十一
「いやっ、離してよ!」
真砂子は男性の手を振り解いた。
「えっ、折角こうやって会えたのにさぁ」
「折角って、こんなの変だと思わないの?」
「変って……、いいじゃないか。たまにはいつもと違う人と話したいし、こうやって男と女が出会ってさあ」
「わたしはいや!」
真砂子は全速力で走り出した。
「ちょっと待って、少し話をしようよ」
男性は追い掛けてきた。男性の足だ、すぐに追いつかれる。でもこの男性といるのは嫌だった。理由は判らないが、とにかく嫌だ。
「わっ!」
男性が声を上げた。男性は首を掴まれたように、手足をバタバタとさせながら、その場を動けないでいる。
――誰かがこの男の動きを止めている?
そうとしか思えない光景。
真砂子は安心して、その場にへたり込んだ。
顔を上げると、自分の部屋に戻っていた。
――お見合いが失敗で戻された? まるで、ペットショップのハムスターか小鳥の相性を見るみたいに?
夢ではなかったはずだ。息が上がり、動悸が激しい。男に手を取られた感触が残っている。
――ああ、気持ちが悪い。手を洗いたい。
真砂子はそっと扉を少しだけ開けて、隙間から外を窺ってみた。安心して大きく開け、部屋から出た。いつもの廊下だ。戸外ではない。
ふうっと息を吐く。階下に降りていこうと進んでいくと、寿々子のいた部屋の扉が開いた。
「誰? 寿々子さん?」
知らない顔の女性、といっても自分と同じくらいの子だった。
「あ、いえ、初めまして、十三江といいます」
「十三江……? この部屋にいたの?」
「ええ、ついさっきから、多分、十五歳になったからだと思います」
十三江は不安そうに真砂子を見た。この子を怖がらせていても仕方がない。この場所を案内しながら、話を聞こう。
「わたしは真砂子。水場に行きたいし、ここの説明を、判る範囲でするから、あなたも今までのことを教えてちょうだい」
「ええ、お願いします」
ここを降りていくのよ、と階段を降り、あちこち指差しながら、食堂や水場、庭に通じる扉を教えた。朝夕、鐘が鳴って食事を知らせる、洗濯や掃除は不要で過している、ここは十代後半から二十代後半の女性ばかりがいるなどを話し、真砂子は水場に入った。
「手を洗いたくて」
洗面台に設えてある水道で手をゴシゴシと力を入れて洗った。男性の手の感触はなかなか消えず、十三江が不思議がる程水を使った。
「多分、夕食どきとか、人が揃いはじめたら質問攻めになると思うけど、あなたがいた所は、その、二歳以上十五歳未満ばかりいたの?」
十三江は首を振った。
「女の子ばかりなのはここと同じですけど、十歳くらいの子からです。あとは十五歳を過ぎても、どうも生理の来てない女の人とかいたみたいです」
「世話の必要な年齢の子どもはいなかったんだ」
「はい、とにかく栄養のある物食べて、運動してって感じでした。急に、二十代の女の人が来て、びっくりしたんです。食べようとしないからじゃないかとその人、言ってましたけど……」
真砂子は思わず尋ねた。
「その人名前判る? 寿々子さんと言っていなかった?」
「ごめんなさい。名前までは聞かなくて……」
十三江は本当にしょんぼりしたように答えた。
「こっちこそごめん、責めているのじゃなくて、こっちで食べようとしなくなった女の人がいなくなったものだから、その人かと思ったのよ」
「はあ……」