十
みんな立ちすくみ、何も言えなかった。深雪は震えるようにへたり込んだ。
「行こう。寿々子さんがいないのなら、長居は無用だし、怖いもの、行きましょう」
亜以子が深雪の腕を引っ張った。深雪は肯いた。その後食堂に行き、寿々子が部屋にいないとみんなに報告した。悲鳴が波のように広がった。誰も寿々子の姿を見ていないと、それで判った。
「死んじゃったの?」
「それとも寿々子さんだけ別の場所に連れていかれたの?」
誰も正解は知らない。憶測だけが各々の胸に湧き、胸の内に置いておけない者は口に出す。
「この状況に反抗すると消されるの?」
想像するだけでいいのに、どうして最悪のことを言ってしまうのだろう。更に混乱を招くだけではないか。真砂子は物を深く考えそうもない軽率な発言者を恨みたくなった。寿々子の部屋を見てきた自分たちが一番怖いのに!
「あれこれ考えないで飼われていればいいの?」
また同じ女性が言う。確か由紀生とか呼ばれていた。思ったことを全部喋ってしまう性質が、この場所では忌々しい。
「あなたやわたしたちが決められることではないようね」
亜以子は無気力に告げた。誰もが肩を落とした。
気力を失いそうになりながら、日が変わった。朝食を終えると、みんなで各々の部屋に下がった。水だけで済ます者もいたくらいだから、誰もがお喋りや体操をしようとする気にならなかったのだろう。一時間ほどしてから金属音が鳴った。ただ、三回ではなく、五回だった。
食事の時間でもないのに、どうしてだろう。真砂子は不思議に思いながら扉を開けた。
扉の外はいつもの廊下ではなく、いきなり戸外だった。公園のように整備された緑地、花々。そして四阿があり、そこに軽食が置いてある。しかし、誰も仲間の女性たちはいない。真砂子一人だけ。
――わたしもどこかへ連れていかれたのかしら?
四阿で座っていようか、花を見ていようか。
危機感がどこかに行ってしまっている。諦めきった自分を嗤いながら、真砂子はゆっくりと歩き出した。
「あー!」
奇声が聞こえた。女性の声ではない。男性だ。
――え? 男がいる?
真砂子は飛び上がりそうになった。若い男性が一人離れた場所にいて、真砂子を見付けて走り出した。真砂子は驚きのあまり、声も出ないし、足も動かなかった。
男性はすぐに近くに来た。若い、といっても二十歳前後くらいなのか、見た目は悪くなさそうだし、不潔感もなかった。しかし、久し振りに女性に会えたと興奮しているのが丸わかりで、真砂子は警戒心しか湧かなかった。きっと猫なら全身の毛を逆立てていただろう。
「ねえ、今まで女の子ばかりの所にいたの? 俺たち今まで男ばかりの所に閉じ込められていたんだよ。だから今日は女の子に会えて嬉しいよ」
「え……」
真砂子は言葉が出ない。だが、男性は真砂子の途切れ途切れの言葉を肯定と捉えて、真砂子の手を取り、四阿に連れていこうとした。
――この人……。
若い年代の男女に仕分けして様子を見たら、今度は無理矢理お見合いでもさせようと、飼い主が考えたのだろうか。
――男から見れば高校生だって立派に女だし、それこそ繁殖用にと考えているのなら……。
そんなことを言っていた女性がいた。