全てのはじまり
それは、なんの変哲も無い普通の日常だった。 いつも通り鍛錬をし、いつも通り業務を行い、いつも通り昼飯を食う筈だった。
誰かが、不思議そうな大声を上げる。その声はすぐに悲鳴へと変わり、その悲鳴もほんの少しだけ続いて途切れた。上半身を食い千切られてしまったら、もう言葉を発することは出来ないだろう。
『グギャアアアァァ!!!』
誰か、を咀嚼するのは一匹の黒い竜だった。それは多分国を見下ろすようにある崖の『竜の巣』から飛翔してきたのだろう。
だが、そんなことはどうだって良かった。国はすぐに大混乱に陥る。
泣き喚き懇願して喰われる者、恐怖で震え失禁する者、愛する家族を守るため剣を持つ者。我先にと逃げる者、様々だった。
俺は剣を持って戦おうとしたが、大臣……俺の父親に地下室に隠れていろと押し込められた。竜の背に誰かが跨っているのが見えた気がした。
夜遊びが盛んだった大臣は娼婦だった俺の母を抱き子供を作った。その子供が俺だ。子を孕んだと知った大臣はすぐに母を捨てた。
それからだった。母が人を殺す事に快楽を見出したのは。
狂った母はウンディーネとサキュバスを自らの身と俺の左目を犠牲に召喚し、無理やり契約を結ばせた。契約を結んだのは3歳の頃だったと思う。9歳の頃に母が死に、何年か師匠の元で修行をし、ちょうど定員に空きがでた王国騎士団の兵に志願した。
剣の才能もあり、学術面も優秀。何より、契約を交わしているという点が審査員に好印象を与えたのか見事に兵士としての道を歩むこととなった。
兵士として国のために命を捧げる事となった2、3年後の20歳の時、歴代史上最年少の団長に就任する事ができた。
話し相手に選んでくれた王女が裏から手を回したのかもしれない。いずれにせよ、なったんならそれで良い。
別に感動も何も無かった。
地下室で蹲っていて、しばらく経ったことだろう。ふと、外が先程に比べ異常なほど静かだという事に気がつく。
ちょうど隠し武器庫に入れられたようで、乱雑に積み重なった木箱の上に一振りの剣があった。それを手にして地下室から出る。
外には何も見えなかった。ほんの少しの瓦礫と、その他にあったのは血が染み込んだ地面だけだった。
『あらら、何にもなくなっちゃったね』
『そうね。ほら、セリム。望みは薄いけど、人がいるか探してみなさい。』
突然頭の中に声が響く。柔らかく幼い声と甘ったるい美しい声の二つ、それは俺が契約した魔物サキュバスとウンディーネだ。
「………どう見ても、何も見当たらないぞ」
辺りに視線を這わして見るも、目に入る範囲には何も動く物はない。何もかも竜に壊されたのだろう。
『竜ってさ、頭いいでしょ?それがわざわざ人間を敵に回すようなことするかな?』
『人間に操られてたんでしょう。そうでなければ、あの行動の説明がつかないし、汚い人間の匂いがぷんぷんするわ。』
光る魂のようなそれは、ふわりと俺から出て姿を変えた。人間の匂い。それはあの背に跨っていた誰か、の事なのだろうか。
「サキュバス、人間の匂いは何処に向かったか、分かるか?」
『当然よ。当たり前のこと聞かないでよ………まぁ、後でご褒美をくれるならやってあげるけど?』
桃色の髪を持つ人間の姿になり、舌舐めずりする彼女を見て、明日のことが急に心配になってきた。
彼女の言う褒美とは、もちろん男の精だ。サキュバスが要求する精の量は非常多く、特殊な薬でも飲まなきゃ、本当洒落にならないほど搾り取られる。
「わかった。好きなだけくれてやるから、早くしてくれ」
サキュバスが意識を集中させ匂いを追跡している間、他に人間が生きているかを確認する。瓦礫と地面の隙間にも何もなく、人は見つからない。
流石に広大な土地を探し回るのは疲れるもので、座れそうな瓦礫の上に腰を下ろす。
世界を支配していたも同然のセブレイス。その国が跡形も無く、竜の手によって消え去った事は、すぐに世界中に知れ渡るだろう。そうすると世界はどうなるだろうか。
まず人々が混乱し、賊なんかが増え、この隙に世界の実権を握ろうとする者達が、大勢現れる事だろう。
その中には強力な力を持つ奴も居るはずだ。命を賭けた殺し合い…………考えてるだけで、興奮してくる。
『セリム、何処にいるか分かったわ。』
「………何処だ?」
『ダグノザラス。通称闇の帝国と言われている国ね』
ダグノザラス。その噂は聞いたことある。その国では暴行強姦は当たり前。人を殺すどころか食う奴もいるらしい。
近年、力を増しておりこの国と並ぶ巨大勢力とも囁かれていた国だ。
「そうか。…………その国に居るのか。」
『どうするの?そいつを見つけ出して。殺すの?…………貴方がお母さんを殺した時みたいに。』
「サキュバス、それ以上口に出すな。消すぞ」
『……………はいはい。分かったわよ。』
まずは、一番近い街に向かう。そこから港町に向かえば、ダグノザラス行きの船に乗れる事だろう。
セリムさんの性格が思っていたのとは少し違うような……。




