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不安  作者: 壇希
8/8

新入生

おっ月さんの暗がりで、集まれ集まれ皆の衆、祭囃子に笛太鼓、飲めや騒げの大合唱、今日のこの日は唯一と、ちんどんしゃんの大騒ぎ


一晩明ければ春うらら、お天道注ぐ吉日に、皆々様のおかげをもちまして、晴れて七つになりました




狐だろうか。甲高い声でひとしきり歌い終えると、その場で軽くぴょんと飛び上がり、白い煙と共に消えてしまった。


「こっちに来なさい。まったく、原の虫唾が治まらないわ」


私の頭上を旋回していたカラスが喚いた。カラスは私の肩に乱暴に着地すると、再び飛び立ち私の行く手を先導し始めた。


「時計の針がこっちを向いてるわ。それにしても、明太子なんて高価な物、私は口に入れたこともありませんよ」


このカラスに着いて行けば学校に辿り着くのだろうか。それにしても、カラスが私の担任なのだろうか。気が滅入る。


いつの間にか山道を登っているようだ。両脇からは干乾びた老人の腕のような枝が伸びている。落ちていた棒切れを振り回すと、ぺきりぺきりと脆くへし折れていく。これは面白い。


風が出てきたのだろうか。周りの木々が鳴いている。悲鳴を上げているのだろうか。面白い。


「ほらほら、しゃんしゃん歩かないと熊に食い殺されるわよ。あら、変わった趣味ねえ」


五月蝿いカラスだ。


「もう七つになったのかい。立派になったねえ。学校でしっかりとおべんきょするんだよ」


足元に転がっている狸が喋っているようだ。何気なく、前方に蹴り飛ばしてみた。


ころりと転がった狸目掛けて、頭上のカラスが急降下をしてきた。カラスは、腹を曝け出した狸に鋭い嘴を何度も突き立てた。からすが頭を横に振る度に、カラスの腹からはどす黒い内臓が飛び散った。


狸の目に既に光はなかった。別段目を背けたいとも思わなかった。父が毎晩行っていた義母との営みに比べれば、生温いものだ。


「これどうやるのかしら」


血塗れのカラスは再び先導を始めた。足が疲れてきた。まだ学校には着かないのか。


急に視界が開けた。かと思うと、そこは絶壁の行き止まりではないか。学校など何処にもない。


「私これからお琴の稽古に行かなくちゃ駄目だから。ここからは自分で考えて進んでね」


そういうと、カラスは絶壁の遥か向こうの海原へと行ってしまった。どうやって琴を弾くのだろう。


ふと手元を見ると、私の自慢の色白い手が、血塗れになっているではないか。血生臭い匂いが鼻を突く。


そうか。これはカラスの導きだ。私は踵を返し、もと来た道を進んだ。


程なくして狸の屍骸に辿り着いた。いつの間にか、後ろの老木の枝に血塗れのカラスが留まっている。


「行くのよ。もう後戻りはできないわ、気付いてるでしょ」


そんなことは知っている。狸の外皮は冷たかった。引き裂かれた狸の腹を両手で押し広げ、中に首を突っ込んだ。


苦しくはない。何処か、胎盤に帰っていくような感覚だ。何かに吸い込まれるように、私の体は狸の中へと滑り込んでいった。





そうだ。私は七つになったのだ。もう後戻りはできない。

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