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不安  作者: 壇希
7/8

B402


福田さんは学生時代、落研ならぬ漫才研究会に属していたそうだ。


「いわゆる漫才ブームが起き始めてた頃でね、その当時俺が友達と組んでたコンビ以外にも10組ほど在籍してて、結構賑わってたんだよ」


その日は学園祭の前日だった。もちろん舞台で漫才を披露する事になっていた福田さんたちは、ネタの最終打ち合わせのため、授業の終わった夕方頃にあらかじめ借りておいた部屋に集合することになっていた。


福田さんがすべての授業を終えたのは、午後6時を回った頃だった。


「その時に、コンビ組んでた友達から連絡があって」


授業が長引いているために少し遅れるということだった。福田さんは一足先に約束のB402号室へ向かったのだという。


残暑も和らいできた季節の日は既に傾き始め、視界を朱色に染め上げていた。


「俺たちが借りた部屋ってのは狭くてね、2人掛けの長テーブルが4本あるだけでいっぱいいっぱいなんだよ。まあ、2人でネタ打ちやるだけだから構わないんだけどさ」


B402号室は、2人掛けの長テーブルが4本正面のホワイトボードに向けて整列しているだけの、殺風景な部屋だった。福田さんは一番入り口に近いテーブルに荷物を置き、ネタ帳を見ながら相方がやってくるのを待っていたという。


どれほど時間が過ぎただろうか。福田さんは何気なく顔を上げると、ホワイトボードに何か張り付いているのに気が付いた。


「入ってきたときはあんなのあったかなぁ、なんて思いながら近づいてみたら、古い写真なんだよ」


手のひらサイズの小さな写真には、生い茂る木々を背景に一人の男性が写っていた。


「無表情っていうか微笑っていうか含み笑いって言うか、とにかく微妙な表情をした男なんだよ」


写真の裏面には、所々茶色く変色した白地に「一九四五年二月、ビルマニテ没」と書かれていた。


「気味が悪くなってきてね、その写真足元にあったゴミ箱に捨てたんだよ」


席に戻ろうと振り返った福田さんはひっくり返った。


福田さんがひっくり返ったのではない。目の前にある4本の長テーブルと8脚の椅子が、文字通りひっくり返っていたのである。


「全部ホワイトボードに向いていた筈のテーブルが、一瞬目を放した隙に音もなく左に90度回ってたんだよ。それも全部きれいに整列して」


どこからか男のひどく低い呻き声が聞こえてきた。足が戦車のように重くなった福田さんの耳には、呻き声が徐々に近づいてくるのがはっきりとわかったのだという。


「もう耳塞いでても聞こえるってくらい声が近づいてきて、絶対殺されるって思ったよ」


その時、部屋のドアが勢いよく開き、相方が呑気に欠伸をしながら入ってきた。それと同時に呻き声は止み、福田さんの足も嘘のように軽くなったという。


どうしたの?という相方の間抜けな声を聞くと、福田さんは思わず膝から崩れ落ちたという。





「いやあ、あの時ほど相方を大切に思ったことはないね」


そういうと、現在ピン芸人として活躍している福田さんは笑った。

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