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不安  作者: 壇希
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呼び声


みきちゃーん


遠く後方から女の呼び声が聞こえた。深夜2時。帰路を急ぐYさんの足が止まった。深夜の静寂の中、狭い住宅街に突如声が響いたのだから無理もない。しかしYさんの名前は「みき」ではない。Yさんは再び歩き出した。


深夜2時。人気はなく、街灯もまばらな住宅街には闇が静かに広がっている。


狭い路地を曲がると、フェンスに囲まれた小さな公園が見えた。入り口の車止めの黄色いポールが街灯に照らし出され、寂しく2本寄り添っている。街灯の下に2人の人影がうずくまっている。いつもここでたむろしている若者だ。


Yさんは帰路を進んだ。2人の近くまで寄ると、いつもと様子が違うことに気づいた。いつもは威圧的な態度でYさんの恐怖心を煽ってくるのだが、どうしたことか、2人は声を殺して泣いているのだ。


公園の中に目を向けてみると、1本だけある街灯の下に、背の高い人影を見つけた。逆光なのか、こちらに背を向けているのか、全体が暗く沈んでいてよく見ることができない。2人の若者は相変わらず静かに涙を流している。


みきちゃーん


遠い背後から再び女の声が響いた。こんな夜更けに誰を探しているというのか。


みきちゃーん


みきちゃーん


立て続けに、すぐ後ろで声がした。Yさんは思わず振り返った。しかし、今し方歩いてきた路地があるだけで、人影は見当たらない。声の感じからすると、あの曲がり角あたりからしたのだろうか。


前に向き直ったYさんは息を飲んだ。2人の若者が立ち上がりこちらを向いていたのだ。しかし、いつものような威圧的な態度ではない。微動だにせず、涙を溜めた無表情な目をこちらに向けているのだ。


公園の中の大きな人影は、相変わらずこちらに背を向けていた。しかし、心なしか左右に体を揺さぶっているように見える。


Yさんは肝の冷えるような恐怖を覚え、止めていた足を急がせた。


小さな駅舎が見えてきた。終電を送った駅舎は、小さな常夜灯が券売機と改札機を照らしているだけだ。


みきちゃーん


再び声が響いた。先程よりもさらに近くなった気がする。この線路の下を通る50m程の地下道を通れば家に帰ることができる。Yさんの心は急いていた。


「みきちゃん」


不意に男の声が、すぐ後ろから聞こえた。Yさんの背中からは冷たい汗が噴き出し、両足は石のように強張った。


やっとの思いで振り返ると、駅舎のすぐ外に並んでいる自販機の脇から、駅員の制服を着た男がひょっこりと顔を覗かせている。


青白い顔に付いている大きな目の周りには、どす黒いクマが何重にも広がっていた。


ばつん、という音と同時に地下道を照らしていた蛍光灯が一斉に切れた。Yさんの前には、真っ暗な一本道が続いている。


向こう側の出口に、人影が躍り出てきた。


みきちゃーん


その声は地下道に反響するほど大きなものだった。


すぐ後ろで、男のくぐもった息遣いが聞こえた。





どうやら、今夜は帰れそうにない。



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