顔2
「仕事が立て込んでてね、休日出勤した代休ってやつかな」
佐野さんは月曜日の正午前に目が覚めたという。
「なんていうか、平日の朝に二度寝するってのは、なんともうれしい気分になっちゃうね」
佐野さんが遅い朝食をとっていると、インターホンが鳴ったのだという。
「誰が来たのかと思ってね、玄関の覗き窓見ても誰もいないんだよ。悪戯かと思って玄関開けて確認したんだ」
その男は目の前にいたという。
「声が出なかったよ。まあ、覗き窓で確認したときは居なかったってのもあるんだけど……、その男、顔が真っ黒だったんだよ」
唇まで黒く、血走った眼を大きく見開いた黒い顔が、佐野さんの鼻先に触れんばかりのところにあったのだという。
「焼け焦げたり、血塗れていたんじゃない。本当に皮膚が黒色をしてたんだよ。黒人なんて比じゃないくらいに」
黒い顔は、真っすぐに佐野さんを見つめていたという。
「見つめるだけで何も言わないんだよ。こっちも恐怖で声も出なかったけどさ」
しかし、その黒い顔は、唐突に絶叫をしたという。
「あーーってね。白い歯剥き出しにして、口の中が異様に赤かったのも気持ち悪かったよ」
あまりの恐怖に、佐野さんは意識が遠のくのを感じたが、次の瞬間には黒い顔もその声も忽然と消えていたという。
「そのあとは、一人で部屋にいるのがあまりにも怖くてね、そのまま近くのファミレスに逃げ込んだよ」
ようやく気持ちも落ち着き、家に帰ろうかというとき、携帯が鳴ったという。
「会社の上司が、仕事中に急死したって連絡が入ってね」
くも膜下出血だったという。その日の晩に、佐野さんは亡き上司の通夜に赴いた。
「思わず声が出ちゃったよ……。なんでも、くも膜下出血で亡くなった人ってのは、顔に血が溜まってるらしくてね、それが徐々に変色したみたいで」
柩に納まった上司の顔は、真っ黒だったという。




