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小竹さんという人

 帰りは小竹さんと一緒になった。

 中野に用があるというと、バスで一緒に行こうということになった。

 千川さんと許斐さんは池袋経由で本郷と水道橋に移動で、長崎さんは所沢に帰るということだった。

「この時間のJRは混むからさ。バスのほうがいいんだよ」

 と小竹さんはいう。女性たちや年上がいなくなってすぐに、小竹さんとは気安く話すようになったのだ。

「そうなんだ」

 たしかに帰宅ラッシュの時間で、僕は小竹さんの言葉に従った。

「そんなこと、ありません。現在の山手線の乗車率は120%程度です」

 建物を出たところでエリスを起動すると、さっそくエリスが異議を唱える。

「いいんだ、エリス」

 とくに急ぐわけでもない。初めての街をバスから眺めるのも楽しいだろう。

 ガントレット型フェアリーにバスの時間を確認していた小竹さんが、ぶつぶつと会話する僕の様子に気づいてあきれたふうにいった。

「水谷のフェアリーはかなりのおせっかいのようだな」

「あ、うん。まあ」

「なんて言われたんだ?」

「エリス?」

 僕はエリスを呼び出した。

 肩の上にまたエリスが姿を現す。

「お気に触るようなことをいたしまして、申し訳ございません。山手線の乗車率について報告いたしておりました」

 しかし、小竹さんはエリスの申し開きの内容は聞いていないようだ。

「へえ、よく聞き取れる。今のピンポイントボイスはすごいな」

「半径5メートル内であれば同時に三か所まで、それぞれ半径15センチの球内へ限定してクリアな音声を伝達できます」

 エリスは、小竹さんの驚きに合わせて自分の製品としての特徴を読み上げる。

 感情など一切ないはずのフェアリーが、自慢しているように聞こえるから不思議だ。

「これやっぱりすごいな。ピンポイントボイス3か所って、フル機能版だろう。赤外線で心肺の監視もしてくれるっていう」

 小竹さんは、やはりこういう機器の性能関連はくわしいようだ。目隠しの話を知らない様子だったのは、性能に関係しないからだろうか。

「はい。超音波と近赤外線で、反射や反射波のドップラー効果を測定することで臓器機能の検知を行っております。併せて赤外吸収能などから各種物質の血中濃度のモニタリングも致します」

「すげえなあ。でも、水谷。ピンを打たれるのってどんな感じなんだ?」

「ソナーのことか?超音波や赤外線の信号なんて打たれても気がつかないよ。今も十五分に一回は打っているはずだけど、そばにいてわからないだろう?」

「たしかにな。でも、それにはキャリブレーションが必要だろう?面倒じゃないか?」

 さすがに詳しい。

「そうだね。確かに、どの信号がその人の体の状態のどういう状況を示すのかは時々ちゃんとした機器で対応状況をチェックする必要がある。でも、検査ステーションでその辺のところは半自動的にやってもらえるから、言うほど面倒でもないよ。検査自体は十分程度だし」

「一回いくらだ?」

「五百円だね」

「何回も行くのは大変じゃないか?」

「一九だし。過去の診療データはフェアリーが全て持っていてどこで受けてもいいから、思い立った時に手近なステーションへ立ち寄るだけなんだ。どちらかといえば、空き時間につい寄ってしまうくらいの感じだね」

「午後一時からなのはいいけど、午後九時までというのがなあ」

「結構、忙しいんだ?」

「俺、バンドやってるから毎晩練習なんだよ」

「へ、へえ……」

 意外な趣味だ、と一瞬思った。が、確かに小竹さんはそういう風にも見える。

「でも、いいなあ。あー、どうしよう。たしか30万円はするはずだよな。」

「あはは」

 正直、もう金額の話には答えたくない。

「正確には、メーカー直販価格が、38万5千円です」

 笑ってごまかそうとしたのに、エリスが余計なことを付け加える。

「エリス。少し黙っててくれ」

「失礼いたしました」

 強い声を出すと、エリスは頭を下げて引っ込んだ。

「俺も思い切ろうかなあ」

 こちらの思惑をよそに、小竹さんは純粋に製品購入へかなり心を動かされている様子だ。

「でも、肩パット型って、対応のジャケットを着ているときしか使えないだろう?」

「そうでもないかな。ジャケットを脱いでもピンポイントボイスが届く範囲にいれば、音場分析でこちらを認識して音声を届けてくるから」

「ああ、なるほど。同じ部屋にいればいいのか」

 小竹さんは唸った。

 これは次に会った時には、購入しているかもしれない。


「しかし、長崎さんは堅いよなあ」

 大通りをゆったり歩く。

 小竹さんの声は、ため息まじりだ。

「ユースギルドは、ギルドシステムの教育と発想力のスキルアップが目的、というのは表向きで、お見合いが本来の目的だよなあ」

 ずいぶん極端な意見だ。

 そもそも、ユースギルドへは、毎月のレポートを欠かさず出して一定の評価を得ているものの中から、レポートの内容や本人の社会背景を考慮した上で、ランダムに選出される。誰もが参加できる訳ではない。

「いや、そっちは目的というわけじゃ」

「いやいやいやいや。違うでしょ。同じくらいの社会背景をもつ、同じことに興味のある男女に共同作業をさせて、恋愛に結び付けようっていう政策なんだって」

 小竹さんは、顔を近づけて語気荒く僕の言葉を完全否定する。

「そ、そうかな」

 この話題では逆らわないほうがいいのかもしれない。

「ユースギルドが始まってから、出生率が大幅に改善したってニュースあったじゃないか」

「あったねえ」

 今年の正月に、ユースギルド開始後の3年間の成果の一つとして、婚姻数と出生率の顕著な上昇が取り上げられていた。

 統計解析系の相互評価でも支持する意見が多かったので、確かな話なのだろう。

 でも、それを目的と言い切っていいのやら。

「なあ、どっちがタイプだ?」

「え?」

「許斐さんと千川さんだよ。俺は千川さんかなあ。許斐さんは性格きつそうだ」

「僕は、どちらもまだ」

 二人とも聡明で親しみやすいところもあり、特段の美人というわけでも特別に可愛いというわけでもないが、魅力的な女性だとは思う。

 ただ正直なところ、きつい性格なのはどちらも同じなんじゃないだろうか。

「そっか。俺、千川さんを狙うから。まあ、気持ちが決まったら言ってくれ」

 なかなか決断の早い人だ。が、おっちょこちょいじゃないかという疑念も残る。

「当面は、評価を上げてカードを多く獲得することを目標にするよ」

 僕はあたりさわりのなさそうな言葉で、話を切り上げることにした。成果物の高評価を目指すことを嫌がる人はいない。

 そしてカードはみんなほしいはずだ。枚数が金額に直結するのだから。

「ああ、それはもちろんだけどね。『目指せ100万枚』だよな」

 また、極端なことを言う。

 僕もカードを上限いっぱい獲得したい気持ちがないわけではないけど、月に1億円がギルドに給付される状況なんて想像もつかない。5人で単純に分けても一人2千万円の月収で、それが最大で半年も続くのだ。

「3千枚を目指すところからにしておこうよ」

「最低ラインかよ。小さいなあ」

「普通、そこをクリアするのだって大変だよ。僕は3回ユースギルドに参加して、まだ一度しかクリアしたことない」

「まあ確かに、俺も2回挑戦して一度もクリアしたことない。でも、大きなところを目指さないと男じゃないぜ」

 小竹さんはこぶしを握った。

 いまどき男らしさにこだわるあたりは、意外と古風な価値観の持ち主のようだ。


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