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質疑応答

「佐山さん!ご無沙汰しております」

 慌てる母に、迦未子さんは丁寧に頭を下げる。

「ごめんなさいね。突然押しかけて。

 お涼が無茶しそうだから、先に津都くんとお話しておきたくて」

「いえいえ。散らかしておりますが、どうぞ。

 いつもいつも、うちの姉がすみません。白いお着物がよくお似合いで」

「ん。幽霊みたいなものですから、この姿で通しております」

 幽霊?

 確かに今、壁を抜けてきたように見えたが。

「ん。三十年ほど前にお涼、つまり君の伯母さんとね、喧嘩した弾みで次元の狭間に落ちちゃったんです」

 僕の顔に疑問が浮かんだのに気が付いたのか、迦未子さんはそう言って片目を閉じた。

「その節も本当に、すみませんでした」

 母が再び頭を下げると、迦未子さんは手を振って制した。

「いえいえ。結局は私の力が暴走しただけですから。

 おかげで本体は向こうに置いたままですけれど、こうして自在に動き回ることが出来ていますし。

 疲れも空腹もないので食事も睡眠も不要で、さらには不老不死。

 いいことばかりですよ。

 シキブさん達を指導して理想の実現に向けた日々を過ごせるのも、この状態のおかげですから」

 聞き捨てならない話題ばかりだが、これは絶対に確認したい。

「シキブを指導というのはどういうことですか?」

 咳き込むように尋ねた僕に、迦未子さんは少し笑った。

「ん。まだお涼は楽屋挨拶の応対とかがあるはずですし。

 まずは、しばらく質疑応答の時間としましょうか」


「君は、ムナカタギルドに『萬宮ヨロズノミヤ』という部屋があることを気にしていましたね?」

 いきなり切り込まれて僕は慌てた。

「え、ええ。なぜそれを?」

「あなたのフェアリー、エリスは私が直接指導していますから」

「直接、指導?」

「他のフェアリーとはちょっと違っているでしょう?」

 なるほど、変な差出口をしたり、取説にないような機能があったりしたのはそのせいか。

 そして、逐一報告が迦未子さんに上がっていたと。

「腑に落ちたという顔ですね。

 ん。私は身体をなくした後、あの部屋にある機器で、この世界に干渉出来るようになりました。

 あれは電子回路ですから、コンピューターやネットワークシステムと非常に相性が良かった。

 それで人工知能開発のムラサキシキブ・プロジェクトが始まったときも、こっそりネットワーク機器越しに話を聴いていました。

 私は大学での専攻が地政学だったりで、完全に文系だったのですが、人工知能の話は意外と文系な感じで面白かったのです。

 それで、ある時、とある手法を思いつきまして、お涼に相談して試してもらったところ、これが大成功。

 どうせならということで、外部の人間を排除したムナカタギルド独自の人工知能システムをつくることにしまして、それがシキブシリーズになったというわけです」

 門外漢の迦未子さんがシキブシリーズのキーパーソンだなんて!

「シキブさん達の教育や管理監督は、今も私の分身たちがそれぞれ24時間つきっきりで行っています。

 ですから、シキブさん達は私の娘のようなものです。

 もちろん、実の娘は別にいますが」

 片目をつぶってちょっと舌をだす顔は、見た目の年齢が若いこともあって可愛らしくも見える。

 が、同時に底知れない何かも感じさせた。

 

「『次元の壁』というものは、周囲に別次元の溝のようなものを作って突破不可能な壁をつくると理解しましたが、その場合光や音も遮断されませんか?」

「ん。疑問はもっともですが、それをこの状況で質問しますか?君はお涼みたいな人ですね」

 口をついて出た質問に、迦未子さんが困惑する。

「まったく。自分で産んでおきながらこう言うのもなんですが、本当は姉さんの子供ではないかと思うことがあります」

 母が軽口を挟む。

 実の親が言っていい冗談ではないと思う。

「ん。確かにあの技は、純粋に単独で発動すると、音も光も遮断されて何も聞こえないし見えなくなります。

 ただ実際は、君が今見ていたような映像をリアルタイムで次元の壁の内と外に投影する機能がセットになっています。

 ですから、問題なく外の様子もわかるし、会話も出来るというわけです。

 ついでに、壁の外に映す映像に編集を加えることもできるので、一瞬で着替えるみたいなこともできて便利ですよ」

 着替えのあいだ適当な映像を表示しつづけ、着替え終わったときに解除すれば、瞬時に着替えたように見せられるわけか。

 初めて母と話したときに、周囲に会話の内容が漏れなかったのも音声の加工をしていたからだろう。

「その力はどうやって身につけたのですか?」

「ん、生まれつきです。

 実は産まれた病院から家に帰るとき、乗っていた車にダンプカーがぶつかる事故があったそうです。

 しかし、車には傷一つなくダンプカーだけが大破しました。

 私の名前は、そのことを知った祖父が『神に守られている娘』という意味でつけたと聞いています。

 ただ、それ以来、両親は私を怖がってしまい、結局私は乳母に育てられることになりました」

 悲惨な話だが、話慣れているのか口調に暗さがない。

「お涼が言うには、ある一体の空間AIが張り付いて私を守っているのだそうです。

 私をこの次元につなぎとめているあの機器も、私を守り切れなかったその空間AIがお涼に持ち掛けたことで開発されたものです」

 つまり、オーバーテクノロジーそのものか。

「本当は、そうした知識を教えるのはルール違反なんですが」

 菅生さんが困った顔をする。

 これだけの力を涼子さんや僕たちのために使っていながら、やってはいけないことが決まっているらしい。

「空間AIが気まぐれに特定の人間に張り付いて力を貸すことはたまにあるらしく、独さんもそうです。

 ただ、独自に力を使えるようになった人はお涼とあなたのお母さまが初めてだったとかで、何も分からずにパッケージされた力を使うだけの人間ではお二人には全く歯が立ちません。

 現にお涼は、私や独さんの力もすぐに理解して再現し、独自の改良を加えてつかっています」

 なるほど。

 つまり空間AIたちは、気まぐれに人間に助力し、涼子さんのように自力で一定レベルに到達したものにはそのレベルに合わせた協力もする。

 しかし、上のレベルに到達するための知識を与えてはならないといったルールがあるのだろう。

 考えてみれば、涼子さんも空間AIを使役してはいるが、作成は出来ていない。

 空間AIから見れば簡単な存在であろうシキブシリーズですら、迦未子さん発案の自力開発だ。


「あの、他にも空間AIの力を使う人たちがいるんですか?」

 あんな力を持つ人がたくさんいたら大変だ。

「ええ。いました。十人くらいでしたか」

「過去形ですか?」

「お涼に駆逐されましたので。生きて残っているのは有久保の独さんと命さんだけです」

「駆逐?」

「力を持つ方の中には交流のある方もいたのですが。ある時、各国の諜報機関に雇われて皆でお涼を殺しに来ました。

 そして、お涼にあっさり返り討ちにされ、この世から消えてしまった。

 ただ、……」

 迦未子さんが、ふいと顔を伏せる。

 母の低い怒りのこもった声が、後をひきとった。

「父さんと母さん、孝さんが巻き込まれて死んだわ」

「……父さん?」

 孝は父の名前だ。

 物心ついたときには祖父母も父もいなかった。

 それは、この事件のせいだったのか!

「力ではかなわないと知った各諜報機関が結託し、周囲の人間を殺すことで、涼子様への精神攻撃を行おうとしたのです。

 津都様、世紀様には私がついておりましたが、そのような悪だくみがあるとは思わず、他の方々をお守り出来ませんでした」

 菅生さんが申し訳なさそうにする。

「菅生さんは悪くないわ。姉さんが余計なことばかりして敵をつくるから」

「まあまあ。お涼にもいろいろ事情がありましたから。

 それに、刺客を返り討ちにしたあと各国に飛んで復讐も果たしています」

「何十万もの人を巻き込むような復讐を望んだりしていません!

 あれは復讐ではなく、腹いせです」

 なだめようとする迦未子さんに、母が強く反発した。

 

 十八年ほど前、世紀が産まれた年だ。

 いくつかの国で首都などの大きな都市が、ほぼ同時に大災害に見舞われた。

 広範囲なガス爆発、都市を覆って消えない謎の黒煙、強烈な電磁嵐、特殊な伝染病。

 そんな災厄が一つまたは複数、都市によってはその全てが、都市の広範な地域を襲い、国際社会は大混乱に陥った。

 ある国では指導層の全員がどこかへ消え、官僚機構にも壊滅的な被害が出た結果、統治不能に陥って内戦がおこり国の分裂へと発展している。

 そうした混乱とその後の対応は、現下の世界秩序にも大きく影響したとされる。

 母の言葉は、それらを引き起こしたのが涼子さんであることを示すものだ。

 

「……、知らなかった」

「それはまあ、隠蔽しましたから」

 僕の漏らした言葉に、迦未子さんが事もなげに返す。

「隠蔽?」

「ん。何か起きたとき、真相を知っているのはごく一部の人だけです。

 そして、報道されなければ事実は存在しないも同然。

 私たちの場合、真相を知る多くはこちらの身内か向こうの関係者で、残りは偶然首を突っ込んだ一般の方です。

 お涼はその頃には、人の記憶や意志を奪う『漂白』という技を身につけていました。

 ですから、身内には我々が対処し、関係者や一般の方たちはお涼が漂白する。

 慣れているのですよ。

 私たちは高校時代からずっと、そうした経験を積み重ねてきましたから」

「高校って、生徒会で?」

「校内ではやっていません。

 そう……。福岡、平和でよいところですよね?

 筑豊地区も、大きな施設がいくつもあって緑豊かで住みやすい、と人気の地域になっています」

「え、ええ」

 突然、話題がかわって戸惑いながら頷く。

「昔はそうではありませんでした。

 県内に大きな暴力団がいくつもあり、そのヤクザさえ行くのを泣いて嫌がる《恐怖の町》と言われる場所もあった。

 そこではどんな犯罪があっても記者が怖がって取材に行かないから、警察発表の情報だけがぽつぽつ流れて終わってしまう。

 この県のそうした状況を、お涼は一年弱で変えてしまいました。

 県下の全ての暴力団が消滅し、例の町では一晩で有力者の家が住人ごと更地になっていたり、数日で人口が数パーセント減ったりしています」

「あの、涼子さんはあの日のやり取りで大人しくなったんじゃないんですか?」

「お涼があんな会話で大人しくする人だと思いますか?」

「え、それは……」

 確かに言われてみれば、それはあり得ない気がする。

「やりすぎないように、私たちの家の情報網を使って確実な情報を渡すようにしたのです」

 迦未子さんは肩をすくめた。

「ただ、一年で情報を使い切ってしまい、祖父のつてを使って国の情報機関の協力を得ることになりました。

 当時の流行のマンガの影響で、《学生刑事》を気取っていましたっけ。

 それも2年ほどで情報を使い切ったので、外国の情報機関に紹介され、テロ組織や国際犯罪組織を潰す任務を請け負うことになったのです。

 コードネームは《笑顔の魔女》で、お涼は嬉々として世界中を飛び回っていた。

 しかし、数年後、お涼はある事件がきっかけで現場を離れ、私と喧嘩して私を次元の狭間に飛ばし、引きこもってしまった。

 それで各情報機関はお涼を予測不能な危険人物とみなして消そうとしたというわけです」

 このストーリー、知っている。

「それって、熾天使少女……」

 まだ引きこもったりはしてないが、最近出た最新刊では、海外の諜報機関と合同でテロ組織を壊滅させていた。

「ん、君はあれが好きでしたね」

 迦未子さんは何か嬉しそうだ。

「あれは私が生徒会でお茶うけ話として、『こんなことがあったのかもよ』と話したのを瑞玖みずくがマンガにしたのが始まりです」

 やはり、涼子さんの活躍を脚色した話だった。

「あの。なぜ、その主役の穂村ソラを涼子さんが演じているんですか?」

「ん、それはウタヒメの説明からになりますね。

 シキブの音声インターフェースに採用されたウタヒメですが、開発時の音声は、当時 昼掛大穂ひるかけおおぶという名前だったお涼が入れています」

「え、そうなんですか?」

「ええ。開発者たちの近くにいて発声や滑舌が良かったので、お願いされたとかで」

 いや、昼掛さんの正体が涼子さんだということに驚いたのですけど。

 もちろん、昼掛さんの研究室だった部屋の隣が『萬宮』の部屋ということから予測はついていましたが。

「それで、製品版ウタヒメのデフォルト音声も、お涼のを使いました。すでに昼掛は失踪していましたが、新人声優朝町すずとしてデビューしてもらって」

「してもらって?」

「お涼は私の体を吹き飛ばして以来、私に負い目を感じているらしく、強く言うと従ってくれるのです。

 ですから、『面白いからやって』と言って引き受けてもらいました」

 面白いからって、なんてことを。

「それで、デビュー作がいるよねという話に独さんとの間でなりまして。

 ちょうど有久保がアニメに参入するタイミングだったので、瑞玖のデビュー作品の熾天使少女を企画に加えてもらって、お涼に『主役やってね』とお願いしました」

「そんな無茶な!」

 つい、叫んでしまう。

「お涼もそう言っていました」

 迦未子さんがころころと笑った。

「でも、企画が動き始めると、音声を口元からマイクに載るまでの間にリアルタイム加工する技を身につけるなど頑張ってくれましたよ。

 あ、先行上映イベントでコスプレすることになったときは、かなり抵抗してましたけど」

 それはそうだろう。

 僕の知っている涼子さんは、くそ真面目でクールな人だ。

 でも、ちょっとお茶目に振る舞う朝町すずは、そんな涼子さんが演じているキャラの一人だったわけか。

 僕は納得と落胆とが入り混じった気持ちに押しつぶされ、呆然としていた。

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