対峙
「それで、どうなったの?」
僕の問いに母は、ちょっと首をひねった。
面倒くさいとか難しいとかのときに、母がよくやる仕草だ。
「直に見てもらったほうが早いけど」
視線を向けられた菅生さんが応じる。
「迦未子様に問い合わせましょうか?」
「お願いするわ」
そして僕に説明する。
「宮様関連の映像は、ご本人の許可がいるのよ」
「宮様って?」
「ああ、萬宮様。佐山さんのニックネームよ。
誰の話でもよく聞いてくれるからそう呼ばれていたの」
え、萬宮。それって確か。
と思う間もなく。
「ご了承頂きました。映像出します」
目の前いっぱいに、炎に包まれる車やバイク、そして人だったものが広がった。
惨劇という言葉が相応しい現場。
映像はそこから少しスライドしていって、閉鎖された飲食店のドアの前を映し出す。
セーラー服姿の三人の少女がうずくまっている。
整った顔立ちだが化粧っ気はなく髪型はお下げ、服も着崩さず、暴走族とは縁が薄そうに見える。
三人が怯えて見つめる先、高さ数メートルほどの場所には、レースとフリルをふんだんにあしらった真っ黒なドレス姿の女性が浮いていた。
ドレスは今でいうゴシックロリータに似ているが、金属類の装飾やアームドレス、ヘッドドレスなどはない。
これがお誕生日服の闇落ち版か。
そして。顔は、確かに涼子さんだ。
薄手の黒い布(マスクというよりヴェールではないかと思う)で鼻と口を隠しているが、見間違えようもない。
許斐さんバージョンの顔を少し幼くした見た目で、いかにも賢そうな高校生といった感じだ。
が、目元に嫌な笑みがある。
「さあ、誰が生き残りたい?」
冷たく言い放れた言葉に、三人は声も出せずに震えている。
そこへ。
「お姉ちゃん、やめて!」
涼子さんに向けて突っ込んできた影があった。
涼子さんはサッと上空高くによけて、火の玉を投げつける。
影は避けずにその場にとどまり、火の玉を打ち消した。
三人をかばったようにも見える。
炎に照らされ、影の正体がはっきりする。
小柄な少女だ。
「これが、母さん?」
「そうよ」
母が、何か文句あるのという顔で答える。
明仙学園中等部の制服である紺のジャンバースカートに、おかっぱ頭。
勝気な瞳にキッと結ばれた口、健康そのものといった丸い頬。
端的に言って、可愛い。
もちろん、自分の母なので、女性としてではなく年下としての意味だが。
今野さんたちは、母を「スイミちゃん」と呼んで可愛がっていたというが、それも納得だ。
「全く酷いわ。妹をいきなり炎で攻撃するんだから」
映像を見ながらそう言う横顔と、映像の中の横顔の違いに僕はクラクラした。
映像の中の涼子さんと母はにらみ合っている。
「なんで制服姿なの?」
「校則で外出時は制服と決まっているから」
「バカなの。なんで私がこの姿か分かっている?」
「お姉ちゃんの趣味でしょ」
「違うわよ。まったく、考えなしのお前のせいで全員を始末しないといけなくなったわ」
「知らないわよ。そもそも、こんな非道なことしなければ良かったじゃない」
まあ、姉妹喧嘩である。
ちなみにこの場面。
「涼子様のあの衣装は、私が仕立てたんですよ。昔取った杵柄で」
と、菅生さんが自慢げに解説を入れていた。
日本に三千年くらいいるらしく、暇に任せて様々な技能を身につけたという。
怯えている三人の目の前に、ふっと現れたものがある。
少女が二人。
青緑のジャケットに格子柄模様のスカート。
これは、明仙学園高等部の昔の制服だ。
家の本棚(というか目の前の本棚)の一番下の段にある学園史の本で見たことがある。
一人は長身の美人で長い髪の一部を編み込んでいて、もう一人は小柄で長髪の姫カットだ。
次の瞬間、小柄なほうが涼子さんのすぐそばに出現し、腕をつかもうとした。
涼子さんが反応すると、瞬時に反対側に現れ、何かの粉を浴びせる。
粉は炎で防がれる。
が、そのすきに小柄な少女は怯える三人の前に戻って呼びかけていた。
「あなたたち、生き残りたければ私の手につかまって!」
同じく、長身のほうも叫ぶ。
「遂美さん、こちらへ!」
不意をつかれたせいで周囲を見回していた涼子さんが、ようやく状況を把握した。
「させない!」
猛然と無数の火の玉をぶつけてくるが、見えない壁が弾き返す。
僕は現実の母の方をみた。
「この二人が?」
「ええ。佐山迦未子さんと有久保独さん」
確かに迦未子さんは先ほど見かけた姿とあまり変わってないし、独さんも面影がある。
「あの壁は迦未子さんが?」
「そう。『次元の壁』。自分の周りを別次元に切り離すことで絶対突破不可能な壁を作る」
なんだその反則みたいな技は。
「独さんの瞬間移動は?」
「『替地』ね。はっきり見通せる場所となら、今いる場所と空間ごと入れ替えることが出来る」
有久保家の人たちの高速移動の秘密は、縮地じゃなかったのか。
何かに気を取られて涼子さんが攻撃を中止した。
瞬間、6人が姿を消す。
替地だ。
映像が移動先の6人に切り替わる。
ビルの屋上で、遠くに吹き上がる炎が見えている。
真下の道を消防車などが次々に駆け抜け、橋を渡ってそちらに向う。
「消火活動の邪魔は、しなくて済みそうですが」
迦未子さんが、そこで言葉を切って上を見上げる。
「逃げ切るのは無理なようですね」
暗い夜空から音もなく、涼子さんが降りてきた。
「佐山さん、有久保さん。ごきげんよう」
「ごきげんよう、佐竹涼子さん」
涼子さんと迦未子さん、独さんは、軽く左足を引いて膝を曲げ、挨拶を交わす。
母によると、この時期の明仙学園女子生徒の定番の挨拶だったらしい。
「面白いことがお出来になるのですね。存じませんでした」
涼子さんの軽口に、迦未子さんは誠実そのものといった声音で返す。
「いえいえ、あなたこそ。私などの力は大したものではございません」
「ご謙遜を。そのお力、是非とも調べさせて頂きたいですわ」
涼子さんは、言葉遣いこそ丁寧だが興奮気味だ。
怒りの他に、初めて見たタイプの力への好奇心のようなものが感じ取れる。
しかし、冷徹さも忘れていない。
「でも、その前に、そこの三人を燃やさせてください」
「お姉ちゃん、やめて!」
激昂する少女姿の母を迦未子さんが手で制して涼子さんに尋ねた。
「ん。佐竹涼子さん。何故そんなに、この三人を?」
「目撃者を消すのは当たり前のことです」
「秘密を約束をさせれば済むのではありませんか?」
「この人たちを信用しろというのですか?」
「見たところ、大方の不良と違い、信用できそうですが」
「保証できますか?」
押し問答になりかけたところに、独さんが割って入った。
「でしたら、こうしてはどうでしょうか」
背負っていた袋から小さな包み一つとストローを取り出して説明する。
「ここに、服用すると眠りに落ち、目が覚めた時にはそれまでの数時間の記憶が消えているという薬があります。
本来は飲み薬ですが、鼻からの吸引でも同じ効果があることを確認しています。
三人にはこれを吸ってもらうというのはいかがでしょうか?」
「そのような薬……」
「有久保家秘伝の薬です。効き目に間違いはありません」
胸を張る独さんに、迦未子さんが言葉を足す。
「ん。眠った三人は佐山家で預かりましょう。起きたら、家の者が尋問します。
それでまだ記憶があるようでしたら別の方法を考える、ということにしてはいかがでしょう。
決して記憶のある状態では、彼女たちを家に帰しません」
「そこまで言うのでしたら」
ようやく、涼子さんは首を縦にふった。
一部始終を聞いていた三人は、ためらいながらも独さんの指示に従い、包みから分包された粉薬を鼻から吸い込んだ。
三人は十秒とかからず眠りに落ちた。
眠る三人を壁際に並べて座らせながら、迦未子さんは引き続き尋ねる。
「あなたがこうした方々を排除したいという強い感情をお持ちなのはわかりました。
ですが、もともと暴走族などは法に触れる存在です。
直接手を下さず、警察に引き渡すなどの方法でも良かったのではないですか?」
涼子さんは鼻で笑った。
「やってみました、数ヶ月ほど。でも、ダメでした。
この手の奴らは、捕まってもあの手この手ですぐ出てきてしまうんです。
今日のあれも、親の小汚い金の力で連中が自由を勝ち取ったお祝いの集会だったんです」
迦未子さんは深くうなずく。
「確かに、そうした手合いもいます。しかし、この三人はどう見ても見物にきた程度の人たち。
そうした方々まで害する必要はないのではありませんか?」
「いえ、同罪です。
もてはやす人たちがいるから増長し、ますます法を破るようになる。
そうして増長した連中が手前勝手な理屈で法を踏みにじり、法の網をくぐって無罪放免を勝ち取る。
その繰り返しです。
あげくに他人を嬲り者にして命を奪ったり人生を破壊したりする、そういう事件もこの何か月かで数件目にしてきました。
こんな馬賊のような連中、根絶やしにするしかありません」
涼子さんの過激な主張に小さくうなずきながら、迦未子さんは変なことを言った。
「馬賊ですか。
しかし、乗っているのは馬ではなく、改造車やバイク、あるいは馬鹿親が買い与えた高級車。
それは言うなれば、車賊では?」
涼子さんは一瞬変な顔をしたが、取り合わず続ける。
「ですから、私はこの手でこの世から、やつらを排除することにしました」
語気の荒い涼子さんに、迦未子さんは落ち着いた声で尋ねる。
「ん。闇の魔法少女の噂が流れていますが、これもどうやらあなたの計画のようですね?」
「ええ。一人だけ生き残りを作り、そこから噂が流れれば、正道を踏み外す人が減るかと思いまして」
うんうんと頷く迦未子さん。
「なるほど。お寺の地獄絵みたいなものですね。
ん。お考えはよくわかりました」
納得されてしまった涼子さんは少し戸惑ったようだった。
迦未子さんは顎に指をあてて半跏思惟像のような笑みを浮かべる。
「実を申しますと。私も幼い頃より、品がなく思慮が浅い人間が声の大きさだけで力を持ち、己の利益のためだけに法を踏みにじって人々に害をなすのを、大変苦々しく思っておりました。
また、それら無法な者たちのせいで、祖父たちが苦労する姿を何度も目にしております。
それはこちらの、有久保家も同様と聞いております」
独さんが頷くのを見てから、迦未子さんは続ける。
「そこで、親友?あなたには私たちの仲間になって頂きたい」
涼子さんは目に見えて混乱した。
「親友?私が?いつ?」
「教室では私が一番後ろの席であなたがひとつ前の席、いつも一緒にお弁当を食べているではないですか」
「いや、だからといって」
「そしてあなたには正義がある」
「正義?私は悪のつもりでいますが?」
「なるほど。まあ、正義というのは自分の感情の正当化のための理屈ですので、定義としては悪と変わりがありません。
言い直しましょう。志です。
私は『この息苦しい世の中を変え、人々が穏やかに暮らせるようにしたい』と願っています。
それはあなたも同じとお見受けします。
世界をより良い場所に変えたいと願う志を私たちは共有し、そして友である。
だから私たちは親友です」
「それは強引です!」
涼子さんの抗議に構わず、迦未子さんは畳み掛ける。
「今度、私は生徒会長になるのですが、親友には副会長を引き受けて頂きたいのです」
「いきなり何の話ですか。生徒会選挙はまだ半年も先ですよね」
「正確には、4ヶ月後です。
しかし、他に立候補者がないことは確認していますし、仮に対立候補が立って選挙になっても圧勝できると判明しています」
「そうですか、さすが佐山家です。でも、何故私を副会長に?」
「あなたについても、既に調べがついています。
小学校の卒業式では、五年生のときに送辞、六年生のときに答辞を読み、中学校でも入学生挨拶を読んでいる。
何故か生徒会選挙には教員からの打診があったのに出なかったそうですが、三年連続でクラス委員を勤めていた。
あなたは、人前に立つのを苦にしないが、トップにはなりたがらない。
そういう方に副会長をやっていただけると、私は楽ができます」
「それはそうかもしれませんが。私は人殺しですよ?」
「そうですね。でも、その罪は法ではさばけない。
不可能犯罪というものでしょう。気にすることはありません」
いや、普通は気にするのでは?と思うが、迦未子さんは本当に気にしてなさそうだ。
「それよりも。私は幼い頃から、祖父に組織のトップのあり方について教えを受けてきました。
その一つに、
『良い組織であれば、普通の優秀な人材は求めずとも集まる。
しかし、世の中を変えるほどの奇才天才の類は決して向こうからは来ない。
それゆえ、広く情報を集め、見つけたならば躊躇なく取り込むべし』
というものがあります。
あなたはそれに該当します。
世を変えるためです。あなたには是非とも取り込まれて頂きたい」
「でも。あなたは、私がうっかりあなたを殺してしまうかも、とは思わないのですか?」
「そんな日もくるかもしれません。しかしその時は、あなたが私の遺志を継いでくださる。
そうではないですか、親友?」
「え、それは……」
「大丈夫、きっとそうなります。ですから、私が死んでも問題ありません」
涼子さんは呆れ顔で呟いた。
「……。とんでもない人に見込まれてしまった」
「ありがとうございます。では、親友とお認め頂いたということで」
「わかりました。もう親友でいいです」
ついに涼子さんは抵抗を諦めた。
「しかしながら親友?お聞きした感じ、あなたのやり方は上手く行っていないのではないですか?」
迦未子さんの投げかけに、涼子さんは痛いところを突かれたという顔になった。
「ええ、まあ。いくら闇の魔法少女の噂が流れても、自重するどころか、やつらは肝試し感覚で騒ぐようなところがあるので」
「やはりでしたか。もっと良いやり方があるはずです。
まずは私たちのやり方に合わせていただけますか?」
「わかりました。合わせましょう。で、誰から消せばいいですか?」
殺し屋の顔のままの涼子さんに、迦未子さんはにこやかに答える。
「いえ。そう急がないでください。私にもまだ道筋は見えていません」
「どういうことでしょう?」
「私たちはまだ高校生です。世の中の全体が見えているわけではありません。
そもそも、大上段に振りかぶってものを言うマスコミや評論家たちにしても、話の根拠が祖父や友人たちから聞いた事実と食い違うことが多く、とても全体がわかっているとは思えません。
どちらかと言えば、自分の理屈や利益に合わせて、勝手な話を作り上げている節さえあります。
先ほど言いました通り「正義とは自分の感情の正当化のための理屈」なのです。
そこに真実などありません。
ですから、まずは身近なところから始めて、一緒に情報を集めながら探って行きませんか?」
涼子さんが怪訝な顔で確認する。
「もしかしたら、生徒会の話を持ち出したのは、その足掛かりにするためですか?
学校は地域社会の縮図ともいいますから」
迦未子さんはにこやかな笑みで否定した。
「いえ、そちらは私の趣味です」
肩透かしに食ってかかかる涼子さん。
「そこは違っていても同意してみせるところなのでは?」
「事実ですので。それに、私たちの学校は私立の中高一貫校という少々特殊な環境ですから、縮図とは言い難いかと」
一連のやり取りに涼子さんの毒気はすっかり抜けてしまったらしい。
力なく同意する。
「なるほど……。了解しました。とりあえず生徒会に参加します」
映像はここで終わった。
現実のほうで、突然の闖入者があったからだ。
「ん。懐かしい。これが始まりだったのよねえ」
真っ白な着物姿の迦未子さんだった。




