イベント日
横浜。
みなとみらい駅で降りてショッピングモールの中を海岸の方へ向かう。
今日は待ちに待ったウタヒメシステム十周年記念ライブ『ウタヒメマツリ・ジュウ』の当日だ。
モールの天井からはウタヒメたちそれぞれのフラッグが下がっている。
会場へ向かっているらしき人々がちらほらいて、期待で盛り上がっている会話も聞こえてくる。
僕ももちろん楽しみだ。
ただ、調査研究にゼミの準備とこの一週間ほどハードな毎日だったので、足元がふらつく。
10月からの大学のゼミは、実際のところ、業務もあるので手を抜きたかった。
しかし、ユースギルドの件を知った担当教員に
「楽しみにしているからね」
などと明るく言われてしまうと、そうもいかない。
結局、エリスに
「ここまでにしていただきます」
と言われて強制的に作業を打ち切られそうになるのを押し返すことを繰り返す日々となっている。
実のところ、エリスにはかなりの作業を肩代わりしてもらっていて、おかげでなんとかなっているので無理に押し切ることも出来ない。
自分の実績としていいのかと気兼ねしてしまうくらいだ。
「ぼんやりしてるのね」
急に左手をつかまれてびっくりした。
振り向くと要さんが面白いものを見たという顔で立っていた。
黒地に白の襟と袖のワンピース姿で、髪は複雑な編み込みにしている。
いかにもお嬢様のお出かけといった様子だ。
「全くです。もう少し気を引き締めてください」
今度は右から声がした。
命お嬢様だ。
こちらは水色のワンピースの上に緑色のレースのケープのようなものを羽織っている。
薄っすらと蛍光しているようにみえるから、ケープは流行りの新素材だろう。
髪は後ろで髪留めを使ってまとめただけだが、なにか惹きつけられるものがある。
「私たちが暗殺者だったら、もう死んでるよ?」
待ってくれ。それはいろいろおかしい。
「強盗ではなくて暗殺ですか?なんで、多少お金が入ったくらいで」
「へえ、多少なんだ?」
「だいぶ状況に慣れてらしたみたいですね」
左右から冷やかされる。
「いえ、慣れたわけじゃないですけど……」
命お嬢様が僕の言葉を遮った。
「申し訳ございません。実はあなたが私たちにとって重要であると、認識されてしまったらしいのです」
なるほど。いや、まて。
「それは一体?」
前から思っていたが、有久保家は一体何に狙われているんだ?
「私と同じになったね?」
要さんは何故か得意気だ。
「ご迷惑をおかけします。少し距離感を間違えました」
どうやら、疑問には答えてもらえないらしい。
というより。
「それなら。こんなところを3人で歩いては危険ですよね?」
「大丈夫よ。周りのお店をよく見て?」
要さんの言葉に周囲を見回して、ハッとした。
人間にまじってロボットが、アイアワが、立ち働いている。
アイシリーズ・アシスタントワーカー、愛称アイアワ。
今月リリースとなったばかりのアイシリーズ初の製品版だ。
それが、給仕、レジ、運送、掃除、警備、カウンターといった各所にいる。
一般的な人間と背格好が全く同じで、人の皮膚に近い見た目の素材で被覆されているので、気がつかなかった。
地味なサングラスとマスクをした人間として認識してしまっていたのだ。
それが、すでにこんなにもたくさん稼働しているとは。
いや、いくらなんでも多すぎる。
「有久保の力でこの周辺にアイアワを集中配備したんですか?」
「これは、市とのコラボ事業です。このエリアの全事業所に期間限定で無償貸与しています。ご存知ありませんでしたか?」
「すみません、最近ニュースが追えてなくて。もしかして、それはこの警護のため?」
「通常業務の一環として、地域の治安維持も担っています。それだけです」
それだけ、で普段街中を歩くことは決してない二人が、こんな無防備な行動をするだろうか。
「あの、アイアワ達はBSWを積んでいたりしますか?」
「なんのことでしょう?」
命お嬢様は品よく微笑む。
「特別な装備はしてないよねえ」
要さんも大きく頷いた。
なるほど、一般向けに展開している機器だ。
何かの際に外部の存在に解体されるかもしれない。
だから、分解されたら分かってしまうような特殊装備を取り付けるはずもない。
いや待て、アイアワは右肩に新開発の電磁波放射装置を積んでいる。
ミリ波による近距離大容量通信用だが、たしか原理的には近赤外領域までの発振が可能だ。
ただし、今は安全性が確認されていないため、製品版はミリ波領域までの出力に限定されている。
もし、そのリミッターがソフトウェア的に解除可能ならどうだろう?
使用時にのみ専用プログラムをダウンロードするようにしておき、終了時に消去すれば痕跡も残らない。
しかしまあ、それよりも。
「何故お二人がここに?普段なら笠野さんが護衛役についてくださいますが」
命お嬢様が首を振った。
「その笠野に押し付けられたのです。警護上の都合があるからと。全く主人使いの荒い人です」
笠野さんが?
そういえば、先日「いいことがある」と言っていたが、もしかしてこのことか。
つまり、この豪勢な「両手に華」状況は、笠野さんからのプレゼント?
「それに、要が『行きたい』とうるさいものですから」
「私、そんなこと言ってない!」
「あら。今日は録画を用意してますからご覧いただきましょうか?」
「ひどい!それ、偽動画だもん」
「偽かどうかは、水谷さんにご判断いただくということで」
そんな少々にぎやかなやり取りを聞くうちに、会場に着いた。
途中、陸橋を渡っていると、近くの交差点付近に人だかりがあり、アイアワ二体が、それぞれ人を小脇に抱えている姿が見えた。
抱えられている人たちには意識がないようだった。
会場では二階席に案内された。
そこそこ広い二階席だが、全て関係者席となっている。
命お嬢様はすぐに関連企業や役所のお偉いさんたちに見つかって囲まれてしまった。
といっても、もちろんお偉いさんは関係者のごく一部。
ほとんどは関係の社員やその家族で、見た目は普通の客と変わらない。
自分たちの席で応援グッズを手に興奮気味に話し込んでいたり、SNSのチェックで忙しかったりだ。
要さんと僕もそれにならい、素知らぬふりで自分の席に着いた。
斜め前、要さんの前の席に見たことのある頭があると思ったら坂崎さんだった。
「よっ!」
振り向いて軽く手を振ってくる。
お嬢様方の警護役なのだろう。
普通なら「警護担当がそんなところにのんきに座っているのはどうなのか」となるところだが、この人に限ってはこうして座っていてもらうと逆に安心感が凄い。
開演直前になって、ようやく命さんも席に着いた。
僕から見ると、要さんを挟んだ一つ向こうの席だ。
さらに向こうには命さんのお姉さんの麗さんが、ご夫妻で座る。
夫の方の顔を生で見るのは初めてだ。
たしかウタヒメシステムで初めて100万枚を達成してそのアイディアのまま動画制作会社を創業し、今はアルテクリエチャンネルの社長をしながら横浜科学未来大学の理事長も務めるという人物だが、こうして見るとどこにでもいそうな普通のお兄さんという感じだ。
着席時に後ろに一例していたので、つられて後ろを見ると、ニュースなどで見たことのあるような人の顔がいくつもあった。
この一角は、特に重要な人物が集められているらしい。
大変なところにきてしまったと冷や汗をかいたところで。
「隣、失礼いたします」
要さんとは反対側の隣に女性がすっと座った。
笠野さんだ。
緋色のワンピース姿で、いつもよりドレスアップしている。
「デート、楽しめました?」
ひそひそと話しかけてくる。
やっぱりあなたの仕業ですか、と言う間もなく。
「笠野?なにをしたの?」
要さんが声をひそめながら、とがめだてを言う。
「いえいえ、要お嬢様。わたくしは何も?ねえ、水谷様?」
僕は曖昧に笑うしかなかった。
ブザーが鳴った。
いよいよ開演だ。
最初のパートは各ウタヒメの持ち曲の披露だった。
と言ってもこの十年でウタヒメは17人になっている。
新しい順に登場するうちの12人までは代表曲一曲をワンコーラスだけの歌唱だ。
その後の5人もフルサイズだが、一曲ずつだった。
朝町すずの登場はラストになった。
フタバ役花崎菜々が情感あふれる歌で喝采を浴びたあと、その花崎菜々の呼び込みで下手側から現れた。
曲は「歌はポップに夢色」というタイトルで、シオリとしてのデビュー曲ではあるが、正直言って今の朝町さんにはキツイのではというキャルキャルした歌だ。
しかし、朝町さんはステップも軽く登場し、安定した高音で、アップテンポな歌をアドリブや手拍子をはさみながら披露する。
会場は盛り上がり、歌い終わったときには、この公演で一番のビッグネームである花崎菜々を上回る拍手喝采を浴びていた。
僕はというと、あまりの感動と興奮で自分の置かれている状況を見失っていたようで、気が付くと両隣がかなり引いていた。
斜め前の坂崎さんも何か言いたげな目でこちらを見ている。
ええ。関係者席はあまり騒がないものとは知っています。
特にこの一角にはお偉いさんが集められているというのも。
すみません。
僕は身を縮めた。
次のパートは初期メンバー3人によるフリートークだった。
シオリ役朝町すず、フタバ役花崎菜々、ヒカリ役岡垣まどかの三人だ。
朝町さんは歌唱からの引き続きだが、全く問題なさそうにしている。
そこに花崎さんが突っ込む。
「なんでそんなに元気なわけ?すずちゃんだけ、年を取ってないんじゃない?」
「ごめんねえ。27歳から年齢が減ってしまって」
「なにそれ!」
「毎年1歳づつ、増えずに減るのよ」
それを聞いて岡垣さんが一言挟む。
「え、朝町さん。今、二十歳なんだ?」
「し、しー!」
「一応年齢非公表だから!」
ベテラン3人の安定感のあるわちゃわちゃで、客席が沸く。
僕も笑っていたのだが、段々と違和感を覚えるようになってきた。
何かおかしい。




