お嬢様の熱弁
「お時間をいただいてごめんなさい。今日のご予定はもう終わりましたか?」
「はい。もう帰るだけです」
車の中で、僕は命さんと向かい合って座っていた。
要さんでもいるのかと思ったけれど、まったくの二人きりだ。
「では、これからお食事でもいかがですか?」
「ええと。よろしければご一緒します」
これは、デートか?
「良かった。九郎、やって頂戴」
命さんが宙に向かっていうと、男性の声がした。
「了解しました」
車載AIの名前は九郎というらしい。
車が静かに動き出した。
「先日は大変な目にあわれたそうですね。鏑木さんや坂崎から聞きました」
どうやら、僕は坂崎さんにもずっと見張られていたらしい。
ということはさっきのあの二人のやり取りは、なんだろう。
再会の挨拶に見えて、実は腹の探り合いだったということだろうか。
それはさておき。
「お金があるというのも結構困るものなんですね」
何気なく言ったつもりだったが、実感のこもった声が出た。
命さんが、くすりといたずらっぽく笑う。
「そうですね。そのうち、命を狙われるかもしれないですよ」
「持っているだけで、ですか?」
「強盗のたぐいなら、そういうものです。それにそうした者たちは理由も手口も分かりやすいだけ、まだいいほうなんですよ」
さらりと恐ろしいことをおっしゃる。
誘われるように僕は、このところの疑問を口にした。
「たった数回のギルドの話し合いの結果だけで、こんな大金が入る仕組みってどうなんでしょう?」
命さんは深く頷いた。
「たしかに。その辺の制度設計はもう少し考えるべきかもしれません。ただ、まぐれ当たりでも一獲千金のチャンスがあるというのは、ウタヒメシステム参加へのモチベーションにつながる。そう思いませんか?」
まるでシステムの運営者のようなことを言う。
たしかに、ウタヒメシステムの責任者である今野さんとは家族ぐるみの付き合いで、システム誕生の裏話にも通じていた。
自分が関係者だという意識があるのかもしれない。
「それは、そうですね」
「ええ。今の時代、良いアイデアというのはそれだけで国に対する大きな貢献になります。一方で、何かのモチベーションがないと、人はせっかくのアイデアを眠らせてしまう。ですから、報酬は大きい方がいいのです」
言葉に熱がある。
しかも、身を乗り出してきた。
顔が近い。
「それにユースギルドはギルドの練習。各専門ギルドに所属して成果を得たときのイメージを掴んでいただくのもユースギルドの役割の一つです」
ギルドはウタヒメシステム上で活動する専門家集団だ。
専門分野ごとに設定されたクランに、それぞれのギルドは所属している。
たしかに、どこかのギルドに所属すれば、そのギルドや所属するクランの別のギルドの成果次第で、時として報酬が数億になることもあるという。
ギルド同士は常に、情勢分析や学術研究、政策提言などの専門性の高いレポートを行って成果を競い合う。
それは、成果物に対して一般から投票されるカードの総枚数でランク付けされる一定の金額と、出したレポートの一つ一つへの政府などからの報酬の合計がギルドの収入となるからだ。
ギルドの得られる報酬には上限があり、上限を超えて溢れた金額分は所属のクランの収入となる。
クランは収入をメンバー全員に均等に配分を行うから、大活躍するギルドがあると他のギルドの所属でも分け前にありつける。
当然、溢れるほど収入を得たギルドのメンバーはギルドの分け前に併せてクランを経由して戻ってくる分配金も受けとれる。
だからもし、クラン内部で立て続けに大きな成果を出すギルドがいくつも出れば、メンバーが受け取る金額は積み上がっていき、結果として相当な額になる。
もっとも、そんなに高額な報酬を受け取れるギルドばかりではない。
だいたいのギルドは定額の収入をメンバーで分け合うので、所属人数は数人だ。
成果をあげているギルドでも、多くて十数人くらいしかいない。
ともあれ、こうしたギルド同士の激しい競争の結果、かつての政治や行政機関、学術組織などのパフォーマンスを誰の目にも明らかなほどに上回り、ついには既存のシステムは合理化されてしまったわけだ。
「ギルドへ参加できる方はもちろん一握り。そして、システムの参加者が国民の半分以上になる以上、ギルドに所属しない一人一人に還元される額はどうしても低くなります。
ですから、モチベーションを高める施策が必要なのです。
一般の方の居場所から地続きの場所にギルドというものがあり、そこでは『まぐれ当たり』でも高額な報酬が得られると示すことが参加意欲につながるはずです」
命さんの熱弁は止まらない。
ウタヒメシステムは住民登録と紐づいている。
だから、登録者は18歳以上の全国民だ。
命さんが「参加者」と表現したのは、月に数回ランダムに割り当てられるレビューへのモデレートと各種のアンケートに回答し続け、基本資格を取得・維持している人のことだろう。
つまり、基本資格で得られる月5万の給付を受けている人たち、約6千万人のことだ。
この給付は前年度の個人年収が3百万以上あると対象から外されるから、収入がそれ以上ある人は資格を維持しないことが多い。
ウタヒメシステムは社会福祉であると同時に参政権の行使も兼ねるのでそれでは困るのだが、業務が忙しいとプライベートな時間まで頭を使いたくないというのは理解できる。
第一種資格を取得すればこの年収制限は外れ、給付金も月7万に増額されるが、その前には第二種資格の取得という壁が立ちはだかっている。
第二種資格へのハードルは高い、らしい。
(「らしい」というのは、嫌味かもしれないが、僕はあっさり超えてしまったのでよくわからないからだ)
それは、レビューを月に一定回数以上こなさないといけないことにある。
レビューの対象となるレポートはモデレート回数に応じて最低でも月20件以上、ランダムに割り当てられる。
そこから自分が好きな数本を選んでレビューするだけだ。
だが、レビューは、「賛成、反対、秀逸、稚拙、不適切」のボタンを選んで押すだけでも済んでしまうモデレートと違って、文章を書かないといけない。
最低文字数は500字だ。
短いがそれなりにまとまった文章が必要となる。
このようなまとまった文章を構築することが、向かない人にはかなり高いハードルとなっている。
しかも、システムAIのユキノシキブによる簡易判定があるから、誤字脱字が多かったり文意がはっきりしなかったりする文章はもちろん、論理に破綻があるとみなされても、投稿時に弾かれる。
ウタヒメシステムが始まると同時に中学や高校でもレビューを書く練習をする授業が行われるようになった。
僕もその授業を受けたが、中学ではクラスのほとんどがユキノシキブの簡易判定を通過出来なかった。
進学した高校でも通過できたのはクラスの半分以下だったと思う。
さらに、レビュー対象となるレポートのレベルも、ハードルの高さに貢献している。
たいていはギルドが出してくる文書だから、ちょっとした学術論文のようなものや、経済分析、政策提言などの、専門性が高く読みこなすにも結構な知識が必要なものばかりだ。
そうしたものがランダムに割り当てられる中から自分がはっきりとした意見を記述できるレポートを探すわけだから、月20件程度では、自分にあったものを選ぶにはとても足りない。
そこで、より多くのレポートが割り当てられるようにモデレート回数を大幅に積み増すことになる。
こうなるともはや作業だ。
だから、第二種資格を取得・維持できる人は少なくなる。
現在は5百万人くらいだという。
なお、第一種資格を得るには、第二種資格に与えられる提出権を行使してレポート(これも2000字の最低文字数とAIによる簡易審査がある)を提出し、そのレビュー評価が一定ランクを超えることが求められる。
それだけの能力があれば企業などでも高収入が見込めるはずで、ギルドに所属するかギルドへの所属を目指す人を除けば、ここまでの無理をする人は少ない。
ただ、第二種資格を獲得した人にとってはこのハードルはあまり高くはない。
第一種資格保持者は3百万人くらいだ。
ユースギルドへの選抜条件は、この第一種資格があり30歳未満であることだ。
選抜されるかは、そのときシステムに登録されている課題テーマと対象者が直近に提出したレポートとの関連性、居住地域(選抜されると実際に顔を合わせる必要がある)、そして最後はくじ運だ。
そのユースギルドで参加者からの支持表明である投票カード(基本資格以上の人たちに毎月10枚が割り当てられる)を万単位で集めたことで今の事態は起きている。
だから、命さんが言う「まぐれ当たり」はそれほど容易いものではない。
命さんの演説は続いている。
「僅かな収入を得るために辛いことを我慢したり、大変な思いをして精神をすり減らす。そんなことが以前はあったといいます。
しかし今は、ウタヒメシステムに参加することで最低限のお金が手に入るのです。
もちろん十分な額ではないでしょう。しかし、助けにはなる。
そしてそれは、ゆとりにつながる。
不足分は無理のない仕事で稼げばいい。もっと稼ぎたい人にはいくらでも道がある。
それが出来ないときには生活保護も各種給付制度もある。
それだけではありません。
建設的で健康な議論が行われる場に参加することで、精神的な安定も手に入ります。
偏った意見は数の力の正しい行使によって排除され、システム内には常に公平で新しい知識が溢れている。
自然と知識も増え、気づきがあり、学びも進みます。
自分にあった社会参加の形も見えてくる。
そして、その上で。
もしかしたら提案した本人すら何でもないと思うようなアイデアが、国の未来を左右するような大きな成果に結びついて、高額な報酬が得られるかもしれない。
そんな夢もある、というわけです。
この、資金と精神の両面で心の支えとなり、安心感や居場所、そして夢までを提供するというシステム。
ウタヒメシステムこそが、究極の社会システムなのです!
この構想を私が伺ったのは中学生の時でしたが、……」
落ち着いた冷静な人のように思っていたが、この人もなかなかの情熱家だ。
僕はすっかり気押されてしまっていた。
僕からすると、ウタヒメシステムはそんなに良いことばかりでもない。
たしかに、ウタヒメシステムで非常識な意見や言いがかりのような物言いを目にすることはほとんどない。
一般のネットサービスで暴れ回っているような悪質な人間は、そもそも数千人に一人くらいの存在だ。
普通の人はそういう場では面倒事を嫌って意見を言わないので、そんな人間ばかりが目立つのだ。
さらにそうした連中は徒党を組むことが多く、ますます誰も発言をしなくなり、傍若無人な連中だけが悪の限りを尽くすことになる。
それが原因で消えていくネットサービスのなんと多いことか。
ところが、このシステムでは圧倒的多数の常識人が積極的にレビューやモデレートを行う仕組みだ。
しかも割り当てがランダムで、ハンドルネーム制なので受ける側は誰から評価を受けたかも分からない。
一方で、システムの側は投稿者の本名から所在地まで全ての情報を把握している。
だから、良からぬ存在は徒党を組んだり脅迫をしたりも出来ず、ただ数の力のままに弾き出される。
でもだからといって、システム内が平和かというとそうとも言えない。
ひねくれた意見を目にすることも少なくないし、そうした人から自分が否定的評価をうけてがっくり来ることも珍しくはない。
また、レビューを請け負う代行業者もいて、中にはレポート作成まで代行に任せるものまでいる。
そして今回のようなお金にたかる人々の存在もあるわけだ。
完全なシステムにはまだ遠いのではないだろうか。
代行業者については、僕としても、様々な締め切りを気にする毎日というのは宿題に追われる中学生の気分を思い出して時折うんざりするから、それに頼る気持ちは分からないではない。
でも自分の意見が言えて、きちんと反応が返ってくるというのは凄く気持ちがいい。
それに、将来の不安に怯えるようなことがなく楽観的でいられるのは、たしかにこのシステムのおかげだと思う。
だから僕は、文句を言いながらもこうして自分の力で頑張ってきている。
そう。
僕もこのウタヒメシステムが気に入っている。
でも、その恩恵とは無縁なはずのスーパーお嬢様にこのシステムの意義を熱く語られるのは、何か理不尽だ。
「……、こうして国家財政の健全化目標も前倒しで達成できたのです。だからこそ、私はこうした事件を起こす者たちは……」
「あの……、すみません」
思い切って口を挟んだ。
「あ、ごめんなさい。少し長話をし過ぎましたね」
はっとして口をつぐんだ命さんが少し恥ずかしそうにする。
「ご用件を伺ってもいいですか?」
「それは、お食事のあとにしましょう。そろそろ着いたようです」
車は大きな門の前に着いたところだった。
一旦停止してから、ゆるゆると門を通り抜ける。
横で守衛が敬礼していた。
これは、レストランではないようだが。
「え。ここは?」
筥松ホールディングスの文字と見たことのある建物。はっとして命さんを見る。
「はい。弊社です」
命さんが微笑んだ。
これはどうやら、楽しいデートというわけではないらしい。
そりゃ、そうだよね。
僕は何故かちょっとがっかりしていた。




