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聴取

「大丈夫かね。起きなさい」

 身体を揺すぶられて、目を開けると中年男性の顔が目の前にあった。

 ごま塩頭に無精ひげで、がっちりした体型だが、ちょっと憎めない顔をしている。

 薄茶色のスーツにノーネクタイだ。

 

 僕は男性に起こされるというのは、あまり好きではない。

 わけもなく腹をたててしまうこともあるくらいだ。

 しかし、今回ばかりはほっとした。


「あの、僕は……?」

「とりあえず、立てるか?」

「ええ」

 差し伸べられた手につかまって立ち上がった。

 大きく力強い手だ。

 

 ひんやりとしてすがすがしい風が緩やかに流れている。

 外だ。

 空は明るくなってきたところのようだ。

 

「どうしてこんなところに寝ていたんだ?」

 いわれて振り返るとゴミの集積所だった。

 粗大ゴミの回収の日らしく、僕が寝ていたのは段ボールなどの紙ゴミの山の上だ。

「酔っているようにも見えないが……。酒のせいかね?」

「あ、はい」

 そう、確かに飲んだはずだ。

 記憶をたどる。

 いや、違う。

 意識を失ったのは酒のせいではない。穂村ソラだ。

 あれは一体、なんだったのだろう。

 そして、この状況は変だ。

 なぜ、僕はここにいる?

 意識のないまま、どうやってここまで来たのだろう。

 誰かが運んで来たのか?

 でも、なぜ?

 そしてなぜ、僕は酔っているように見えない?

 アルコールは相当飲んだはずだ。そして、エルゲリースまで使われた。

 今が次の日の未明だというなら、酩酊状態はまだ続いているはずだ。

 でも、アルコールも薬剤も残っていないのは自分でも分かる。

 ということは、今日はあの夜の翌日の5月6日、ではないということだろうか?


「あの、ありがとうございます」

 お礼を言いながら、エリスを起動する。

 まずは日時の確認だ。

「おはようございます。5月6日月曜日、振替休日の朝4時33分です」

 ピンポイントボイスが耳に響く。

 次の日だ。時間にしてまだ6時間も経っていないだろう。

 どういうことだ?この体になにが起きた?

 エリスの声が聞こえていない男性が、質問を重ねてくる。

「なくなったものとかはないかね?」

「ええと。……大丈夫、みたいです」

 エリスが「問題ありません」と報告するのを聞いて答えた。

 支払や資格の確認などはフェアリーが代行してくれるから、このごろはフェアリー以外を持たずに外出することが多い。

 だから、エリスさえ無事なら何も問題はないわけだ。

 しかし、それがまた変だ。

 あのソファで僕はジャケットを脱がされていたと思う。

 でも今、僕の肩の上ではジャケットと一体化したエリスが稼働している。

 外されたはずのシャツのボタンもきちんと止まっている。

 あれは夢だったのだろうか?

 それにしてはあまりにリアルだった。

 

 もちろん、穂村ソラが現れたなんて、あまりにも非現実的だ。

 その声が生々しくしっかりと耳に焼き付いていて、この身を焼いた炎の感覚がはっきり残っていたとしても。

 僕は腕をさすり、自分の頬に触れた。

 火傷の跡はもちろん、僅かな引き攣れや痛みの欠片さえも見つけられない。

 

「鏑木さん!」

 やせた若い男性が駆けてきた。

 こちらはグレーのスーツにブルーのネクタイだ。

「おお、鶴見。何か見つかったか?」

「いえ、何も。その人、気が付いたんですね。良かった」

「ああ、たった今な」

 鏑木と呼ばれた中年男性は再びこちらに向き直った。

「紹介しよう。部下の鶴見だ。あ、いや。俺の自己紹介がまだだったな……」

 男性はそう言いながらポケットから何かを出した。

 慣れたふうに目の前で開く。身分証と警察庁の文字があった。

 警察手帳だ。

「私は警視庁捜査二課の鏑木という者だ。初めまして」

 隣で、若いほうも同じもの見せてくれる。

「同じく二課の鶴見です」

 鏑木さんが、手帳をしまいながら笑いかける。

「ちょっと聴きたいことがあるんだがいいかな?」

「え、はい」

 警察に事情を聴かれるのは先々週ぶりだが、今度はなんだろう。

「じゃあ。ここで立ち話もなんだから、コーヒーでもおごろう。それともお腹すいているかね?」

「いえ、大丈夫です」

「じゃ、こっちに」

 僕は促されるまま、歩き出した。


 移動した先は昨日沖野さんたちと待ち合わせたコーヒーショップだった。

 二十四時間営業の飲食店はこの辺りにはここだけらしい。

 窓の外を眺める席に並んで座ると鶴見さんが、コーヒーを持って来てくれた。

 一口飲んだところで、鏑木さんが窓の外を眺めながら言った。

「昨日、ここで待ち合わせをしていただろう?」

「え、ええ」

「実は見てたんだよ」

 そうして、窓の外、朽ちかけた商店街の向こうに見えるマンションのほうを見た。

「あのマンションに入るところまで、な」

「それは、つまり……」

「実は、昨日君が会った女性たちについて少し調べていて。それについてお話を聞かせていただきたいんです」

 鶴見さんが、解説を入れてくれた。

 ここから鏑木さんとの一問一答だ。

「昨晩、君は三人とあのマンションに入ったな?」

「ええと。あの建物だったかどうかは分かりませんが、マンションに入ったと思います」

「目的は?」

「もう一軒行こうと言われて連れていかれたんです。途中でなんだか変だとは思いましたが」

「それで?」

「最上階のバーみたいな部屋に案内されました」

「なるほど。そこで酒を飲んだ?」

「はい」

「その後は?」

「気を失ったみたいです」

「気を失った?眠ったのではなくて?」

「うーん。眠ったのかもしれません」

「その後のことは?」

「一度目が覚めて幻のようなものを見た気もします。でも、夢だったのかもしれません」

「幻というのは?」

「あの、ええと。気がつくと女性たちに囲まれてソファに座っていて。そこにアニメキャラの姿をした女性が現れて、その女性が放った炎で焼かれました」

「確かに、それは夢だったかもしれないな」

 鏑木さんが唸った。


「一致する部分もありますね」

 鶴見さんが考え込むように言った。

「一致?」

 僕の言葉に鏑木さんがうなづく。

「昨日の23時過ぎのことだ」

「23時17分です」

 鶴見さんが補足する。

「あの女性グループが所有する最上階の居室で火災報知器が作動し、消防が駆けつける騒ぎがあった」

 鏑木さんはいったんコーヒーを一口飲んで続けた。

「俺たちも立ち入らせてもらったが、Aレンジから煙が出ていただけで他に目立った被害はなかった。床やソファには女性が四人倒れていた」

「四人?」

「はい。この四人ですが、昨日君が会った人たちですね?」

 鶴見さんのフェアリーが証明写真らしい顔写真を四枚、テーブルに投影して見せてくれる。

 角田さん、雪園さん、沖野さん、小川さんだ。

 白川さんの写真はない。

 ということは白川さんとの再会もやはり夢だったのだろうか?

「ええ。この人たちですが……」

「四人はすぐに救急搬送されたが、煙を吸った程度で、すぐに意識も取り戻し、話を聞くことが出来た」

 鏑木さんがすぐに話を引き取る。

「ところが、それぞれ話すことが違うんですよ」

「ある者は煙の化け物が出たと言い、ある者は女の幽霊が出たという」

「なにか恐ろしいものに遭ったという点では共通しています。そして、何かがあって気を失った」

「そこは、君の話とも一致するわけだ」

 僕はうなづいた。


「ところで、君はどうやって部屋を出てあそこに寝ていたんだ?」

「僕にも分かりません」

 鏑木さんでなくてもそこは疑問を感じるだろう。

 でも、知りたいのは僕も同じだ。。

「しかしなあ。エレベーターや非常階段の防犯カメラを確認したが、建物から外に出るそれらしい人間も、人が入っていそうな入れ物も映っていなかったんだ」

「何か薄っすらとでも覚えていませんか?」

「そう言われても……」

 しばらく全員が黙り込む。逆に尋ねてみた。

「部屋の管理システムの記録は?」

「アクセス拒否されました。女性の部屋です。よほどのことがないと見せてもらえないでしょう」

「難問だな」

 鏑木さんがため息をついた。そしてマンションの方を見る。

「あのマンションな。総戸数三百二十のうちの二割近くに、今回の女性グループに関係する人物が住んでいる。全員が若い女性やその家族だ」

「はあ……」

 凄い話だが、いきなり、何の関係があるのだろう。

「女性たちにはそれぞれ関係する男性がいて、中には警察に相談が寄せられるケースもある。相談内容のほとんどは金銭問題だ。ところが、女性側はもちろんだが、相談に来た男性たちも肝心なところで言葉を濁す。みんな、何か言いづらそうにするんだよ」

「男性たちは、なんというか、雰囲気が似ているんです。君にも似た印象がありますが」

 鶴見さんの顔には同情のようなものが読み取れる。

「何かをかばっているような感じなんだよな」

 鏑木さんが頭をかいた。

「そういう男性ばかりが選ばれている、ということかもしれん」

 そして、僕の肩を叩く。

「いろいろと聞かせてくれてありがとう。また連絡するが、君も何か思い出したり言えることが出てきたりしたら、遠慮なく知らせてくれ」

「ありがとうございました。いつでも駆けつけますから、何かあったら連絡ください」

「あ、はい……」

 どうやら、僕は刑事さんたちから配慮を受けたらしかった。


 それにしても……。

 二人と別れて始発の地下鉄に乗った僕は、緊張が解けたからか急に眠くなってきた。

 眠ってしまわないようにするには、人の少ない車内でも座席に座ることなく立ち続け、考え続けるしかない。

 そして考えるべきはAレンジから煙が出たという話だった。

 そう。

 それにしても、Aレンジから煙が出たというのは変な話だ。


 高出力のマイクロ波で水分子を無理に振動させて温度を上げる電子レンジとちがい、赤外線領域に散在する水分子の電磁波エネルギーの吸収帯を赤外線でうまく狙い撃つことで、低エネルギーでの素早い加熱を実現したのがAレンジだ。

 水の分子は、回転したり伸び縮みしたり軸の周りで振動したりと、様々な運動をしている。その一つ一つが赤外線エネルギーの吸収帯に対応していて、運動に対応している赤外線を吸収することでその運動が活発になる。そして運動が活発になれば、水を含む物質は温度が上がる。

 食材はどんなに乾いて見えても何かしら水分子を含むから、効果的に赤外線を当てれば温度が上昇する。

 つまり、加熱できるわけだ。

 Aレンジは、それぞれの吸収帯に最適な配分で赤外線を浴びせることで、下手をすると乾電池で動きかねないほどの低出力でありながら電子レンジを上回る加熱性能を実現している。

 その能力は、漫然と広帯域にエネルギーを浴びせる従来の赤外線調理器具などとは比べ物にならない。

 ムナカタギルドで開発されて数年で、一家に一台と言われるほど普及したのはひとえにこの性能の高さによる。

 Aレンジの名称で売られているのは有久保グループの有久保電器の製品だが、類似製品が各社から続々と販売されるなか、食材に赤外線スキャンを行ったうえで最適な配分を計算し加熱する元祖Aレンジの加熱性能は他の倍以上で、ほぼ市場を独占している。

 ところでこの赤外線スキャンをもとに最適な配分を計算する技術は、実はムナカタギルドのAレンジを開発したグループが設立した、一般には知られていない小さな会社の非公開技術だという噂がある。

 有久保電器は極秘でこの技術の提供を受け、対価として毎年売上の1パーセントほどのライセンス料を支払っているという。

 それが本当なら、販売台数から考えても相当な額をその小さな会社は得ていることになる。

 うらやましい話だ。

 

 いや、おかしな方向に考えがそれてしまった。

 ともかく、そういうわけでAレンジはそもそも煙をあげるような製品ではない。

 眠気を振り払うため僕は、何が起きたのか可能性を列挙しながらさらに考えを続けた。


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