アイディアを二つ
「では、討議に入ろう」
長崎さんが後半突入の宣言をしたときには、始まって三十五分が経っていた。
十分ほど時間がおしている。
「今回の4人のアイディアには共通点を見出しにくいと感じます。どれか一つにしぼって実現性を討議するほうがよくないでしょうか?」
許斐さんが厳しい意見を出す。
僕は小竹さんと顔を見合わせた。
一つにしぼると言っても取り立てて強く推せる意見があるわけではない。どれにするべきだというのだろうか?
「急ぎたい気持ちはわかるが、まだ話を急ぐタイミングではない。少し考えてみてはどうだろう?」
長崎さんが腕を広げ、にこやかに見回す。
一つ一つの言葉は、討論の授業で見るようなコーディネーターとしてのお手本通りとはいえ、この難しい状況をうまくコントロールしている。
この頑張りには応えたい。
「許斐さんと小竹さんの意見は緑化という点で一致しています。この方向で議論できないでしょうか?」
僕が意見を出すと、長崎さんはすぐに千川さんに話を振った。
「なるほど。この意見について、千川さんはどう考える?」
「考えてみる価値はあるのではないでしょうか」
まだ声は固いが、賛同する。
「許斐さんはどうだろうか?」
「検討してみたいと思います」
「小竹さんは?」
「賛成です」
意見が一致したところで、長崎さんが僕の方を向く。
「何か具体的な考えがありますか?」
僕は、この三人の提案書を昨日読み返したときから頭の片隅にくすぶっていたことを言語化しようと、あがいた。
「なにか、そうですね。この小竹さんの提案した素材ようなものを安く販売して、つまり使い捨てで使ってもらえるようにですね。そこにもっと一般的で危険性がないことが証明されているような植物をセットにしてはどうかと思うのですけれど?」
「なるほど。芝生シートのようなものだろうか。みんなはどう思う?」
長崎さんがうまく一言でまとめてくれて、僕はほっと一息ついた。
許斐さんがすぐに反応する。
「過酷な環境でもある程度の水分があれば生育できる食用の植物ということでしたら、いくつか心当たりがあります」
小竹さんもつづいた。
「例えば、水分を吸収して保持し続けるだけの素材は以前から様々なものがありますし、温度の管理については植物工場などで実績のある機能性シートがいくつかあります」
長崎さんが千川さんに再び話をふる。
「千川さん、どうだろう?」
千川さんは言いにくそうに答えた。
「その、そういった植物の頒布や、機能性シートの配布は、あの、すでに行われています」
長崎さんはうなづいた。
「なるほど。実は、僕もそういった取り組みをいくつか見たことがある。ただ、思ったほどうまく根付かなかったり、広大な面積のほんの一部だけを覆っても土地の改良にはならなかったりで、成果をあげている例は少ない。やはり、自然を相手にするというのは簡単なことではないということなのだろう。今回僕は、そこを突破する可能性をみんなの提案のそれぞれに見ていたのだが、もう一歩、もう一声、なにかないだろうか?」
厳しいことを淡々とにこやかに言う。
長崎さんと目が合った僕は、あまり考えることなく喋りだしていた。
「あの、つまり、空から散布するような、一気に地域全体を緑化することができるような案ということですよね。確かに小竹さんの素材も許斐さんの土も、課題をクリアできるとすれば、そういう方向に行けそうです」
長崎さんが、そこまでは言ってないという顔になる。
僕は慌てた。話を修正しないといけない。
そこにふと、頭に浮かんできたイメージがあった。それをそのまま言葉にする。
「あの、例えばですが、木というのはどうでしょうか。人工的な木です。
これなら、ある程度間隔をあけて設置できるので、数が少なくても地域全体に影響を及ぼすことができます。
私の提案したテントは、居住のための小さな拠点を、必要な人が自分で簡単に作れるようにするというものだったわけですが、これを人工的な木を頒布するというようにアイディアを修正したいと思います。イメージとしては、長さ3メートルくらいの棒状のもので、地面に突き立てると後は自動的に木の形になって動作するという感じでどうでしょうか。
それを購入した人々が自分たちの事情にあわせて設置していく。葉や本体から光や温度を吸収してエネルギーとして蓄積したり放出したりして周囲の環境の緩和を行い、根の中からは栄養や水をしみださせて土地を改良していく。不要になったら簡単に取り払うことができ、破損したらすぐに新しいものに置き換えられる。
そういうシステムはいかがでしょうか?」
全員の顔に意表をつかれた驚きと静かな興奮が湧き上がるのが見えた。
「いいですね。行けそうです」
小竹さんが賛同してくれる。
「実現性は私にはわかりませんが、いい考えだと思います」
千川さんも乗ってきた。
「僕もこれは素晴らしいアイディアだと思うよ。許斐さんはどうかな?」
長崎さんに話を振られた許斐さんは、これまでと違って、何かを確かめるように慎重に意見した。
「根を張り枝を広げるというお話ですが、動作ボタンや可動部を作りこむということですか?」
僕は考えながら答えた。
「まだ、思いつきなので何とも言えませんが、例えば、包装を剥いだらエネルギーの吸収が始まって、周囲の状況にあわせた成長が始まる、といったものでいいのではないかと思います。それでどこかを折れば枯れて撤去が可能になる、という感じでしょうか」
「まるで本当の植物のような言い方ですね」
許斐さんが小さく笑った。
「耐候性はどうなりますか?」
「この場合、住宅外装用の光熱変換素材エレメンタルカバーシートが使えると思いますし、可動部は展開に時間がかかってよいのであれば、護岸工事などにも使われている耐候性の高いスーパーオクトパスという素材があります。どちらも中央管理型ですので、周囲の状況に応じた展開をプログラムできるという点では向いていると思います」
「嵐などの対応は?」
「多少の風であれば本物の木と同じように枝の間を抜けていくでしょうし、強い嵐が予想されるときにはあらかじめ枝をたたんで倒れるようにプログラムしておけば良いのではないでしょうか。洪水や火災には、さすがに対応は難しいですが」
「価格は?」
「素材はたしかどちらもそれほどの値段ではなかったと思います。大量に使われている商品ですし」
「わかりました。水谷さんの意見を私も推すことにします」
許斐さんの納得を得て、長崎さんが決断する。
「では、今後の討議はこの水谷くんのアイデアをもとに進めることにしよう」
そして、次のフェーズに入る。
「五分の検討時間を設ける。ここからはシステムを使用して構わない。各自の立場から外部のソースも使ってアイディアを詰めてくれ。僕は資料をまとめる」
僕たちは一斉に端末の操作を始めた。
僕はエレメンタルカバーシートとスーパーオクトパスで樹木状の装置を作るための設計方針を手書きの図でシステムの設計AIに指示して、AIが返してくる案を強度と値段で評価しながら絞り込んだ。
「よし、五分だ。それぞれの検討結果を報告してくれ」
長崎さんの言葉に顔を上げる。
「じゃあ、今度は千川さんから。簡潔にお願いする」
「はい、数本では効果が小さいかと思いますので、百本単位でのリースを提案します。販売対象となるのは広い土地に権利を持つ地主や地域の有力者と考え、百本単位での販売とします。百本を五年リースで年間百万円、つまり大雑把には一本五万円を切る値段にしてもらえれば、補助金などで実質負担額が減ることまで見込むと、提案に乗ってもらえる可能性は高いと考えます」
「なるほど。水谷くん、どうだろう?」
長崎さんの問いに僕はシステムが返してきた概観図を全員に配布しながら答えた。
「はい。こちらの図が3メートルの棒から5本の根と5本の枝が出るモデルで、現在の有力候補です。これは単純な材料費だけでしたら一本あたり六千円程度ですので、加工の手間や内蔵機構、運送費なども考える必要はありますが、五万円よりは安くできる可能性があります」
そこに、小竹さんが待ったを入れる。
「ええと。実は水谷さんのいうエレメンタルカバーシートですが、許容温度範囲がマイナス10度からで、上も50度までしかありません。内陸部の極限条件には耐えられないかと考えます」
僕は息が詰まった。それは確かにまずい。
「ただ、より温度範囲の広い素材がありまして、こちらはマイナス90度から70度くらいまで保証されているのですが、需要がないためか量産にのっていません。このため、非常に高価です」
「ふむ。スーパーオクトパスのほうは?」
「そちらは大丈夫です」
「外装材が問題だな。許斐さんはどうですか?」
許斐さんも厳しい表情だ。
「根に細かい隙間を作ってもらい菌類を住まわせるというやり方でしたら、根から微弱な電気エネルギーの供給を受けることで、栄養と水分を周囲に放出するという目的を達成することが可能な候補がいくつかあります。しかし、この方法では先ほど反対を受けたような土壌にこれまで存在しなかった微生物をまき散らすことが避けられません。また、機械的に水と栄養を供給する方法もありますが、これには本体内に水を取り込んで備蓄する機能と、根の先端まで水溶液を送り届ける機能を作りこむ必要があり、そこの検討は私の守備範囲を超えます」
長崎さんはうなずいた。
「なるほど。課題は外装材と土へ影響をどうするかという二点なわけだ。
どうだろう。とりあえず、エレメンタルカバーシートで対応可能で、それらの菌類を持ち込んでも構わない地域向けにつくってみるというのは。そのうえでこの二つの課題については対応でき次第、バリエーションとして展開すればいい」
僕たち四人に異論はなかった。
「では、ここまでの議論を暫定報告書としてシステムにまとめてもらっている。目を通してくれ」
手元の画面にA4二枚分の書類が表示された。
僕たち四人の提案書の抜粋とそれぞれの問題点、話し合いの流れ、新しい提案の中身などがまとまっている。
「何か問題は?」
問いに、許斐さんが指摘を入れる。
「エレメンタルカバーシートなどの商品名を入れるのはまだ適当ではないと思います」
「ご指摘ありがとう」
長崎さんは、画面をペンで、すっとなぞった。
システムがすぐに対応する。
エレメンタルカバーシートと書かれた部分が、光熱電変換有機素材に書き換わり、欄外に「光や熱を電気エネルギーに変換する特殊有機素材」と注釈が入るのが、こちらの画面にも表示されていく。
ジークシートなどについて触れた部分も同様だ。
文字数が増えてA4二枚に収まらなくなると、話し合いの流れなどの記述から重要度の低い部分が徐々に削られていく。
あっという間に新しい文書が出来上がり、完了のマークが表示された。
「他に問題点は?」
「ありません」
許斐さんが答え、僕たちも頷いた。
「さて、今回はシステムにこの報告書を登録するわけだが、報告書は公開設定をどうするか決めなくてはならない。
僕の意見としては、公開の価値があると思うがどうだろう?」
長崎さんの提案にすぐに応じたのは千川さんだった。
「賛成です。この案には強い可能性を感じます」
千川さんがこちらに向ける視線の意味合いが若干気になるが、そう言ってもらえるのは嬉しい。
小竹さんも続けた。
「この案なら、多くのファンを獲得できると思います」
小竹さんの場合はやはりカードの獲得が狙いだろうか。
「課題はまだ多いと感じますが、この方向で進めていくことに決定するという意味では問題ないと思います」
許斐さんも賛同したが、少し冷ややかな表情だ。
もちろん、案を出した僕に異存があろうはずはない。
「皆さんがよろしければ、それで行きたいと思います」
全員の答えを聞いて長崎さんが宣言した。
「では、暫定報告書を公開設定で登録する」
こうして、文章はシステム上で公開されることになった。
ユースギルド報告書の議論二回目での公開は、僕自身初めてだ。しかもそれが自分の案を軸にしたものなのだから誇らしい。
レビューの対象になるのは最終回の提案書だけだが、この調子でいけばそこでもかなりの高評価が期待できるかもしれない。
そうなれば、実用系科学クラン正式加入時でのギルド選びでも有利になるだろう、などと捕らぬ狸の皮算用が、つい頭の中をよぎる。
しかし、それはこの場で考えるべきことではなかったのかもしれない。
システムAIによる確認も終わり、登録作業が完了した。
「では、今回はここまでとしよう。次回までに実現へ向けた調査研究を行っておいてくれ」
長崎さんが閉会を告げる。
立ち上がったところで、「水谷さん」と千川さんが声をかけてきた。
が、そちらを向こうとしたところで誰かが腕をつかむ。
「ちょっといいかな?」
振り向くと、さっきまでテーブルの向こうにいたはずの許斐さんがすぐ隣にいた。
「悪いけど、水谷くんは借りていくわね」
許斐さんは一方的に千川さんにそう言うと、僕を引きずっていく。
まだあまり知らない人のいきなりの行動に僕は混乱した。
長崎さんも小竹さんもあっけにとられている。
「あの、許斐さん?」
僕の呼びかけにも「いいから、来る」と強圧的だ。
「どうも、すみません。また次回」
僕はひきずられながら、不快感を隠さない千川さんに小さく頭を下げ、他の二人にあいまいな挨拶をした。