プロローグ
秋というのに白く焼くように照りつける南国の陽射しの下。
パステルカラーのステージ衣装をはためかせて、その人は炎と黒煙に包まれる街を見下ろす坂の上を、舞うようにゆったりと歩いている。
穏やかに広がるエメラルドグリーンの海に集結する黒い船たちから断続的に続く砲撃が次々に着弾し、衝撃と熱風が渦巻き、いくつもの叫び声や悲鳴が上がる。
そんな中、歩くその人の長い黒髪もふんわりしたスカートも、激しい爆風の影響を微塵も受けることなく静かに揺れる。
電柱にぶよぶよとしたひものような何かで縛られた僕は、ただその姿を声もなく見ていた。
目の前のこの人は、一体誰だというのだろう。
知っているはずなのに、全く知らない人に見える。
その人はふと空を仰いだ。
空気が揺れた。
パンプスの踵がコンクリートを叩く乾いた音が響く。
左手の瓦礫の上に女性が現れた。
よく知っている人のよく知っている姿になつかしさに似た何かすら感じる。僕の母だ。
鈍色というのだろうか、玉虫色を薄くしたような色のスーツ姿で、胸に銀のコサージュをつけている。
母のお気に入りの服だ。僕の小学校の卒業式も、中学校の卒業式も思えばこの服で来ていた。
そういえば昨日、ミーミで話した時に「明日は同窓会だ」と言っていた。
「遅かったんじゃない?」
パステルカラーの衣装の女性が口を開いた。声は若々しいのに、老人のように落ち着いている。
「姉さん、これはどういうことですか?」
母のきつく抗議する言葉に僕は呆然となった。この人が母の姉?つまり、僕の伯母さん?
「ちょっと予定が繰り上がってしまって。それで、遂美に手伝いをお願いしようと思ったわけ」
「姉さんなら、こんなことせずに一人で収められるはずです!」
「絵面がね。私だと上手くならないの」
「たったそれだけのことで、こんな酷いことを」
「あら、砲撃をしかけてきているのは私じゃないわよ」
「そう仕向けたのは姉さんじゃないですか」
「違うわね」
母がにらみつけるのを伯母は涼しい顔で受け止めている。
また一発、近くのビルに艦砲射撃が着弾した。爆風と黒煙と轟音を散らして、壁面が崩れる。
僕はその時になって、母もまた、そのショートヘアもスーツも全く爆風の影響を受けないことに気がついた。
伯母の周りは避けるように、母の周りでは消え失せるように、烈しい空気の流れが飼いならされている。
唾を飲んで僕は乾ききった口を動かした。
「母さん。あの、この人は?」
母はこわばった顔で、目は伯母をにらんだまま、こちらを向いた。
「あなたの伯母の涼子」
その名前は知っている。佐竹の祖父母の墓の墓誌で見た。一緒に葬られていた一人だ。「享年三十二」と記されていた。
「そういえば、名乗ってなかったわね、津都君。私があなたの伯母だった佐竹涼子よ。お久しぶり。まあ、覚えてないかな」
伯母だったという人は冷たく微笑んだ。