欠片の記憶
リベラは1枚の魔術符を取り出す。
「ちょっと、これ、整理した方がいいんじゃないですか?」
フェーリークスは、リベラの魔法道具入れを見ながら顔をしかめる。
「なんで?どこに何があるか分かればいいだろ?」
「こんなに魔法道具をごっちゃに入れていたら、過って暴発とかしませんか?」
「俺がそんなヘマするわけないだろ。」
「そうですか?書斎を散らかし過ぎて、火の種を踏んだのはどなたでしたっけ?燃やしましたよね?大事な書類。」
火の種とは、魔法薬などの合成に使う材料で、潰すと発火する。
「覚えてないな。」
リベラは知らん顔で、手に取った魔術符を石像の欠片の上に置く。手のひらサイズの小さなその紙には、緑色のインクで魔法陣が描かれている。
「それは?」
「記憶を呼び出す魔法陣。」
陣は、主には何かを呼び出す魔法に適している。
「汝、動かざる者。その身に宿した記憶を示せ。」
リベラは魔術符に手をかざし、抑揚のない声で唱える。
すると魔法陣は緑色の光を発し、石像サイズの映像が浮かび上がった。
「石像があった王宮前の広場ですね。」
街並みに明かりはなく、広場のランプだけがポツポツ見える。その暗い映像にリベラは目を凝らす。
「誰も居ないな。」
と、次の瞬間、強い光を発して映像が飛び散った。
リベラはとっさに目を庇った腕をおろす。
「うわぁ…。面倒くさいな。」
その声を聞き、フェーリークスは、頭を覆った翼の隙間からチラリと顔を覗かせた。
「おや。」
見ると、バラバラの石像の欠片の上に、それぞれ映像が浮かび上がっている。
「小さいですね。」
正直ちょっと見えにくい。
フェーリークスが欠片のそばに降り、顔を近づける。
リベラは部屋の明かりをおとし、手持ちのランプに火を入れた。すると、大きさは変わらないが、映像自体は少し見えやすくなる。
始めに見えた広場のランプが、近く、遠く、様々な角度で映る。
「さっきの光は破壊の衝撃か。」
「もうバラバラなんですね?」
「たぶんな。欠片がそれぞれの記憶を映してるんだろうな。」
「あ、誰か来ましたよ。」
ある欠片には地面に伸びる人影が、また違う欠片には足が映って見える。
「足ですね。」
「足だな。」
散らかった欠片の中を進む人の足。チラチラと映るのはマントの裾だろう。
「手ですね。」
「手だな。」
続いて、青浄石をつまみ上げる、手袋をした手が見えた。そのあとすぐ、人影は夜の街に消えていった。
「汝、動かざる者。感謝を捧ぐ。」
リベラは再び抑揚のない声で唱える。すると、欠片の記憶映像が消える。役目を終えた魔術符も、四隅から霧になって消えた。
「魔導士ですかね?」
「っぽい。としか言えないなぁ。」
リベラは道具入れをしまいながら、フェーリークスに答える。
「なぜです?マントを着ているようでしたし、破壊の衝撃も魔法のようでしたよ?」
「流行りのブーツ、流行りのマント、量産手袋。」
「はい?」
「誰にでも手に入るものばかりだ。」
「やはり犯人はリベラ様、あなたですか?!」
フェーリークスはリベラを見上げる。
「お前、ずっと一緒だったろうが。」
「そうですけど、あなた以外にもこんな没個性センスの者がいるなんて。」
「俺は、ブーツにはこだわりがある。 」
リベラはあぐらをかいた足を、指先でトントンと叩く。
「そうですか?」
「そうです。ま、とりあえず、明日は城下に出てみるか。」
「そうですね。本来の目的もありますし。」
フェーリークスは小さなあくびをして、窓際の止まり木に飛んでいく。
リベラは欠片の包みを結び直し、自分も寝仕度をしてベッドに入った。