王の間
王都の子供たちはみんな知っているだろう。王宮には竜がいる。竜がいて、国と王様を守っている。王都アルブスでは有名なおとぎ話だ。
ドーム型の高い天井に、庭にある池の水面の反射が映る。ここは王の間と呼ばれている。部屋の扉は現役の国王しか開けることができず、大きな窓から見える庭へも、この部屋以外から立ち入ることは出来ない。おとぎ話の竜は確かにいるが、その実在を知っているのは、国王夫妻の他はかなり限られていた。
「ノヴァ、どこにいた。声が届かなかったな。」
「広間にいた。おかしいな。」
クラルス国は王政をしいているが、国王は世襲制ではない。前王の命がついえると、古から国を守護してきた白竜が次の王を選びだす。
例えどこにいようと、その声が聞こえるのだそうだ。その時、その者の体には竜の契約印が現れ、新しい国王が誕生する。現に、ノヴァの右の首筋にもその契約印があり、不思議な紋様を描いている。
「オリエンス、ノヴァ、何かいつもと違う感じとかはしないのか?」
リベラは手近な椅子に深く腰かけ言う。
「そうだな。何かが邪魔をしているような感じがしないでもない。」
「俺は分からないが、この部屋に来るまでオリエンスの声は聞こえなかったな。」
ノヴァはオリエンスの白い鱗を撫でながら、どこか不安そうに言う。
「ノヴァ、心を乱してはいけない。国に影響が出るぞ。」
オリエンスのエメラルド色の瞳が、労るように若い王を見る。
「わかってる。」
ノヴァは気をとり直して幼馴染みを振り返った。
「リベラはどう思う?」
訊かれたリベラは、上等な椅子の上に胡座をかき、頬杖をついている。左手には蓋を開けた懐中天秤をのせ、じっと見つめていた。
「少し混ざってるな…。」
リベラの手の上、青い円形の天秤の中では、白い光の中に、黒い光が少し混ざり揺れている。ここは完全に白竜の領域である。天秤の中の光は通常なら真っ白でいい。
「ほう。それは厄介な。」
リベラの言葉を聞くと、オリエンスは立ち上がり大きな翼を広げる。
咆哮。
部屋の明るさがいっそう増したように見える。
「リベラ。」
リベラの側まで下がっていたノヴァが訊く。
「消えた。」
天秤の中の光は、白一色で静止していた。
オリエンスは翼をたたみ、元のように悠然と寝そべりなおす。
「オリエンス、均衡の像が破壊されたんだ。」
リベラは天秤を懐にしまい、きりだす。
「石も持ち去られている。」
ノヴァが付け加える。
「ほう。無謀なことをするな。」
「何か感じなかったか?」
「ふむ。均衡の範囲内だと思うが。しかし、石を持ち去ったのであれば、王の石像が、ただの象徴ではないと知っている者の仕業かもしれんな。」
リベラとノヴァは顔を見合わせる。
「石が何処に行ったか分からないか?」
「何も感じないところをみると、少なくとも国内にはあるのではないか?」
「…。広いな。」
リベラが渋い顔で呟く。
「その辺はおぬしの仕事であろうが。」
「今日は休暇で来たんだ。」
「相変わらず悠長なやつよ。」
オリエンスは呆れたように鼻を鳴らす。
「ノヴァよ、しばらく定期的にここへ来るといい。有事の際に、今日のようなことがあっては困るからな。」
「わかった。そうしよう。」
「リベラよ、城を発つ前にでもまた顔を見せてくれ。石のことも少し調べておこう。」
「ありがとう。助かるよ。」
オリエンスはふたりに言うと、首を下ろしエメラルド色の瞳を閉じた。