王妃と白い竜
子供のように床に座り込んで、リベラとノヴァは石像の欠片を手にあれこれ話込んでいる。肝心の石の話をなかなか訊く機会がないフェーリークスは、すっかり退屈して広間を行ったり来たりしていた。
「あら、フェーリークス。」
南の出入り口付近で日向ぼっこに落ち着いたとき、ふいに頭上から優しい声がした。
「おぉっ!これはお見苦しいところをお見せ致しました。王妃様におかれましては誠にご機嫌麗しゅう…。」
フェーリークスは羽を広げ、仰々しくお辞儀をしてみせる。それに応えるように、王妃はドレスをつまんでふわりとお辞儀した。
気を良くしたフェーリークスは飛び上がり、未だにこちらに気付かないふたりのところへ飛んでいく。
「おふたりとも!王妃様ですよ!」
「やぁ。ステルラ。相変わらず美しいね。」
振り返ったリベラが、臆面もなくさらりと言う。
「リベラ様もお変わりなく。」
王妃ステルラ・ウェリタスは、にっこり笑って答えた。
「ステルラ、どうかしたか?」
先程まで少年のように無邪気に過ごしていたノヴァだったが、ステルラと侍女の姿を認めるとスッと立ち上がり迎える。
「ええ。オリエンスがおふたりとお話したいと言っています。」
「そうか。」
「ノヴァ、オリエンスの声が聴こえなかったのか?」
リベラはふたりのやり取りを聞き、首を傾げる。
「いくら呼んでも返事がないからと、私に言ってきたようですよ。」
「聴こえなかったな。」
「そんなこと、ちょくちょくあるのか?」
「いや、初めてだ。」
顎に手を当て、ノヴァは眉間にしわを寄せる。
「まぁ、とりあえず、オリエンス翁に会いに行くか。」
「あの、私は王妃様と一緒にいます。」
フェーリークスが、おずおずと言う。
「使い魔が、相手が苦手だからって主人のそばを離れるのはどうかなー。」
「苦手だなんてそんな!ただ王妃様とお話がしたいのです!」
きょどきょどと首を振る鳩は面白い。
「私は構いませんよ?フェーリークス、お茶にしましょうか。」
クスクス笑ってステルラが言う。
「お、恐れ入ります。」
フェーリークスは心底安堵した様子で、ステルラの側に寄った。
「あの、リベラ様、今夜は逗留なさいますか?」
広間を出ようとしたリベラとノヴァに、ステルラの侍女のひとりが声をかける。
「そうだなぁ。ノヴァ、世話になってもいいか?」
「もちろんだ。」
「では、いつものお部屋をご用意しておきます。」
「ありがとう。そうだ。悪いんだけど、それならあの欠片も部屋に運んでおいてくれないかな?」
「かしこまりました。」
侍女は深くお辞儀をし、ふたりを見送った。
王の間へ向かいながら、ノヴァはリベラに訊く。
「あの欠片に何かありそうなのか?」
「そうだなぁ。何にもないんだけど、オリエンスの声が聴こえなかったのが引っかかる。」
「それが欠片のせいだと?」
ノヴァは首を傾げる。
「破壊した犯人が魔導士っぽいのがなぁ。なんかヤなんだよなぁ。」
リベラは歩きながら、うんうん唸る。
「オリエンスにも訊いてみるか。」
そう言うと、ノヴァは突き当たりに現れた扉に手をかけた。高い天井まである大きな扉は、豪華な装飾が惜しげもなく施されている。一見重そうな扉だが、ノヴァが軽く力をかけただけでスゥッと開いていく。
「いつ見ても変な扉だな。」
リベラはそう言いながら、ノヴァに続いて部屋に入った。
「久しいな。清浄の魔導士よ。」
大気を震わす荘厳な声がする。
「その呼び方は嫌いですよ。オリエンス翁。」
リベラは静かに異を唱える。
部屋の中央、一際明るい場所に、白い大きな古竜が悠然と横たわっている。同じ城の中かと思わず疑うほど、その部屋には異質な雰囲気が漂っていた。