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百二十五の薔薇

作者: 本栖川かおる

 彼と私の恋は一本の薔薇から始まった。


 社会人五年生の私。毎年のように入社してくる新人の顔を見るたび、自分が歳をとっていくことを認識させられる。

 総務部人事課。部署名が示すとおり、業務内容は人事に関することが多い。例えば、新人研修などもそのひとつだ。


「佐伯さん」

 研修所の廊下で呼び止めた私に一本の薔薇を差し出す彼。今年入社して新人研修を受けている社員だ。

「私に? なんで?」

「近くの花屋で目にとまったもので、思わず買ってしまいました」

 二十二歳。大人と言っても初々しさが残る笑顔に、私も研修を受けたときはこんな感じだったのだろうかと思う。しかし、何故私なのだろうか。不思議に思いながらも、折角の好意なので戴いてしまった。


 無事に新人研修も終了し、各部への配置が決まる。薔薇をくれた彼の配属は営業部。部課も違えば部屋も違う。広い社内では、たまにすれ違えるかどうか。特に営業職となれば外に出ている事も多いので、さらに遭遇する確率は下がる。特に彼を意識していたわけではなかったけれど、他の新人と比べると接点があっただけに配属場所が気になった。


「お先に」

 切りの良いところで仕事をやめ、時計をみると十九時過ぎ。久しぶりの早めの帰宅に、部屋の途中で掛ける声にも嬉しさが滲む。

「佐伯さん」

 社屋の玄関に差し掛かったとき、後ろから声を掛けられた。新人研修のときに薔薇をくれた彼だ。

「今日はもう終わり?」

「これから同期数名と飲みに行きますけど、佐伯さんもどうです?」

 彼の後ろには三名の見た顔が並んでいる。自宅でのんびりしようと考えていたので少し悩んだけれど、こう言うのもたまには良いかと思い誘いを受けた。


 居酒屋で飲んだ後に全員で駅へ向かう。途中で彼が花屋に立ち寄り、買った花を私に差し出す。手には七本の薔薇。

「くれるの?」

「今日お付き合い戴いたので、皆からのお礼です」

 彼はそう言いながら、周りにいたメンバーに目で了承を得る。周りにいるメンバーはにやけながらも『どうぞ』とジェスチャーをした。彼の取った行動に少し戸惑いながらも、私はそれを受け取った。


 それから月に一回程度、同じメンバーで飲みにいくようになったある日、三人が飲み足りないからと次の店へ行ってしまう。月を追う毎に少しずつ初々しさも抜け、顔が社会人らしくなって行く彼ら。彼と二人で歩く駅までの道で、そんなことを考えていた。

「あ、ちょっと待っててください」と、花屋に入る彼。

 出てきた手には、三本の薔薇が握られている。

「どうぞ」と言った彼。それを受け取る私。なぜいつも薔薇なのだろう。そう思いながらも、私の嗅覚に優しく触れる薔薇の匂いに心を躍らせながら駅までの道を歩いた。

「佐伯さん。ボクとお付き合いしてもらえませんか?」

 あと少しで駅に着くときだった。突然の告白に戸惑う。

「わ、私と!?」

 彼と私は年齢差が五つある。しかも年上は私だ。つい数ヶ月前に誕生日を迎えて二十八になった。若い彼が彼女にするには少しおばさんだ。私はすぐに返事することができず、待ってもらうよう彼に告げた。

 それから毎日のようにどうするか悩み続けたけれど答えは出なかった。彼は返事を催促することは無かったけれど、貰った薔薇が枯れるころに三本の薔薇をまた買ってきてくれた。そして、三度目の薔薇を買ってきてくれた時に、私は返事をした。


*  *  *


 あれから三年経った今日、三十一歳の誕生日を迎えた。私の家に彼を招き、ささやかだったけれど夕食をともにした。

 彼がプレゼントと言って持ってきたのは、百八本の薔薇。薔薇もこれだけの本数が揃うと壮観だ。食事を終え、少し歩こうと言う彼に従い外に出る。初夏の夜の少しひんやりとした空気が肌を撫でた。二人で手をつなぎ静かな住宅街を歩く。

「ねえ。ボクが最初にあげた薔薇の本数覚えてる?」と、彼が訊いてきた。

「うん。一本。研修所の近くにある花屋で目にとまって買ったやつ」

「そう。あの一本って偶然じゃないんだ。わざわざ花屋を探して買ってきた」

「そうなの!?」

 初めて聞くあの時の話に少し驚く。それと同時に、なぜわざわざ花屋を探してまでも薔薇を買わなければいけなかったのかが気になった。

「薔薇ってさ、色で花言葉が違うっていうのもあるけど、本数によっても花言葉が違うんだ」

 知らなかった。色によって花言葉が変わるというのは聞いたことがあるけれど、本数によっても変わる花があるのは驚きだった。

「最初にあげた一本。あれの花言葉は『一目ぼれ』という意味」

 そうだったのか。あの時一本だけ私に花をプレゼントしてくれたのは、そんな意味があったのかと思った。

 彼は正面を見ながら歩き、つぶやくように話を続ける。

「七本は『密かな愛』、三本は『愛してます、告白』と言う意味」

 彼が告白してくれたときは、三本の薔薇だったのを思い出した。今まで彼がプレゼントしてくれた薔薇には全て意味があったことを、私はこの時初めて理解した。とするならば、今日の百八本の薔薇の意味は?

 今までとは大きく本数が違っていたことに、何か意味があるのかもしれないと思ってはいたけれど、花言葉だとは思いもしない。ならば尚更、今日の本数の花言葉が知りたい。

「それじゃ、百八本……」

 私が本数の意味を訊こうとしたとき、彼は自分の口に指をあて、私に喋らないようにとジェスチャーをした。

「そして、今日プレゼントした百八本の意味は――」

「――意味は?」

「結婚してください」

 彼の言葉を聞いて、私は何も言えなくなった。ただ、目頭が熱くなり知らないうちに一筋の雫がこぼれていた。

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