第96話『傭兵戦争〜Vol.6〜』
シリーズ第96話目です。どうぞお気軽にご覧くださいませ!
ブルーノの大地に青々と広がるバーント平原の一端が闇夜の紫に染まる。禍々しい毒の沼が傭兵団の行く手を阻んでいたが、マジカルパープルの紋様を持つ妖しき魔道士ナハトが毒の彩りの堅守を破ってきた。が、闇の皇女ビアリーは敵意を向けることなく穏やかな表情のままナハトへと歩み寄っていった。
「ビアリー様!?貴女は帝国皇女、闇雲に敵に無防備な姿を曝してはなりません!」
「ポワゾン、心配には及びませんわ。彼女はあたくし達と同じ闇と毒の彩り…モニカさんの仰る“絆の力”、あたくしも信じたいのです」
「て、帝国皇女ですって…?なんでそんな偉い人がこんなところに…?」
「そんな些末なことは心の片隅に置いておきなさい。今はただ、あたくしと共に悦楽に身を任せて…」
「ひゃっ!?ま、待って…!何する気…!?」
ビアリーは艶かしく微笑みながらナハトに妖しく四肢を絡ませて纏わりつく。ナハトは頬を紅潮させながら振りほどこうとするが、ビアリーは密かに濃紫の鎖を四肢に這わせており、肌と肌とが密着して離れなくなっていた。
「ビアリー様…!?な、なんということでしょう…」
「おお、おおぉぉ…う、美しい…!!」
「キャ〜〜ッ!ビアリー様〜〜ッ!!」
「グィフト、トック、鼻血出とるがや…し、刺激的過ぎるがや…」
「ちょっと!?何やってるのよ!?は、恥ずかしいわ…離してよ…」
「ウフフッ…気持ち良いでしょう?肌と肌とが触れ合う愛の温もりは…」
「帝国皇女って聞いて驚きね…なんて破廉恥な人なの…」
「ウフフッ…貴女、可愛いわ。同じ闇の彩りに導かれし戦士として、あたくし達に力を貸してくださる?」
「…まあ、どうしてもって言うなら協力してやっても良いわ。私も好きで傭兵団に加担していたわけじゃないし…」
「い、色仕掛けに屈したぞなもし…さすがはビアリー様ぞなもし…」
「ナハトさん、私達は大いに歓迎ですが、傭兵団との契約は破棄して問題ありませんか?契約の遵守は傭兵にとって暗黙の規律であると私は認識しているのですが…」
「大丈夫よ。私は純粋な傭兵ではないもの…それに、魔術の修行の旅をしてたんだけど…恥ずかしい話、お金が無くなっちゃって──」
「うりゃあぁ〜ッ!わっほほ〜い!」
「な、なんだ!?女の子が毒の沼を飛び越してるのだ!」
「こっちに来る…ビアリー様、お下がりください!…うわッ!?」
「やりぃ〜!ナハト見っけ〜!よかったぁ〜!寂しくて死ぬかと思った〜!ナハトったら何も言わずにいなくなっちゃうんだも〜ん!アタシ、ナハトがいなくなったら生きていけないんだよ!?ナハトはいつもアタシの側にいてよね〜!」
「……」
長く伸ばしたピンクの髪にプラチナ色のメッシュを入れ、金色の法衣を着た少女が凄まじい跳躍力で毒の沼を飛び越え、アヌビスの守りを跳ね除けてナハトのもとへ飛び込んで来た。捲し立てるような早口で矢継ぎ早に喋る声は消え入りそうな声のナハトとは対称的に耳鳴りがしそうなほどハイテンションの大声だ。ビアリーの色仕掛けに続いて少女の早口を畳み掛けられたナハトはげんなりと辟易した表情になり、更に陰鬱な色合いになっていった。
「ナハト〜、酷いじゃ〜ん!なんで1人で勝手に何処かに行っちゃうわけ〜!?急にいなくなったら寂しいよ〜!っていうかさ──」
「あ〜…うるさい…同じ血を分けた双子の姉妹とは思えないわ…」
「な、何ッ!?この騒がしいガキがアンタの双子の姉妹だって!?」
「そうよ…自分でも信じ難いけど、このお喋り娘のリヒトは私の双子の姉よ…まったく、騒音を具現化したような存在だわ…」
「むむむ!失礼な!お喋り娘とか騒音とか随分言ってくれるね〜!アタシだって正義のために戦う光の魔道士なんだから〜!」
拳を握り天高く突き上げた左手に視線が集まる。声高らかに発した光の魔道士という二つ名が虚言ではないことをリヒトの左手に煌めくマジカルゴールドの彩りが証明していた。
「祝福の証…貴女も運命に導かれたのね…」
「リヒト、たった今、この人達が私達の仲間になったわ。傭兵団と戦うのよ…」
「ん?よくわかんないけど、了解〜♪ナハトがそう言うならアタシもそうするね!よろよろ〜!」
「イエーイ!魔道士とかよくわかんないけど、超強そうじゃん!よろよろ〜!」
「トック、随分と意気投合してるじゃないか!こりゃ賑やかになりそうだね!」
「ねえ、リーダー、別働隊ってまだかな?それに戦ってる最中なのに、こんなにのんびりしてて大丈夫かな…?」
「まあ、大丈夫だろうさ。イオス、もう少し気楽に考えなよ。私らならなんとかなるって!」
新たにリヒトとナハトを加え、更なる力で彩られていく。が、一行が控えていた拠点はイオスの案じた通りに──ポワゾンの予想を裏切り──混乱に陥っていた。客将リベラが仕掛けた遊撃兵マチルダが拠点に忍び込んでおり、奇襲の不意討ちを仕掛けてきた。ワイヤーでコレットを縛り付け、見せしめとばかりに宙吊りにしていた。
「ふえぇ…た、助けて…!」
「なんてこと…拠点の屋根裏に隠れてるなんて!」
「マチルダ…あんたって奴は…!」
「ヒャヒャヒャッ!余裕かましてボヤッとしてるテメェらが悪いのさ!」
「マチルダ、とか言ったな…黒焦げになりたくなければコレットを離せ!」
「離せと言われて離すバカがどこにいるってんだよ?このコレットとかいうガキ、破落戸の奴隷として高く売っ払ってやらぁ!ヒャヒャヒャッ!」
「…貴様ッ!!」
「おっと、物騒なもん持ってんなぁ?今それをぶっぱなしたらコレットが黒焦げになるぜぇ〜?」
「な…なんだと!?」
「なんて卑劣な真似を…コレットを盾にしてゼータの戦意を奪うなんて…ならば私が相手よ!」
「イレーヌ、待つんだ。コレットを盾にすると見せかけてまた不意討ちを狙っているかもしれない。いずれにしても卑怯な輩だ──」
「ノッティンガムエッジ!」
「ユーストンバースト!」
「うげえぇっ!?だ、誰だ…!?」
シャンパンゴールドの閃光とコーラブラウンの轟拳がマチルダを背後から襲った。一行が即座にマチルダの後方へ視線を移すと気高き貴公子2人が美麗な佇まいで戦いの構えをとっていた。
「間に合いましたね…清き乙女の純潔は、このオール・クレメンスがお守り致します!」
「よくも可愛いコレットを誘拐しようとしてくれたな…このテレーズ・タイラー様がブチのめしてやる!」
「オール!テレーズ!」
「クソッ、スカシた奴らめ…邪魔しやがって…!」
「来い、薄汚い破落戸め!私が直々に成敗してやろう!」
「おうおう!誇り高きアザレアの拳、受けてみやがれ!」
「ケッ、こりゃマズい…!ここは撤退ッ!」
マチルダは旗色が悪くなった途端に逃げ去っていった。コレットは程無く助け出され、一行は束の間の安堵に包まれた。
「チッ、逃げやがって…マチルダの奴!」
「みんな、ごめんね…」
「コレット…無事で良かったぜ…オール、テレーズ、ありがとう」
「何、礼には及ばねぇよ!破落戸退治ならお手の物だぜ!」
「いえ、助かりました。あの…ルーシーの言ってた別働隊とはオール達ですか?」
「はい。此度の傭兵団との戦い、ルーシー様より多くの戦力を要するとの知らせを受け、仲間の皆様を別働隊として集結させました次第です。一同、皆様との合流を心待ちにしておりました」
「アタシもまたみんなと戦えて嬉しいぜ!アザレア・ストリートファイトの奥義をたっぷり見せてやるぞ!」
「私どもの隊は既に陣取っております。参りましょう!」
バーント平原に集結した別働隊には見慣れた顔が大勢揃っていた。旅路の中で出会い、絆を紡いだエイリア、アイリス、リボン、ラパン──アザレアの貴公子オール、テレーズ、シェリー、キャロル、ルーティ、プロト──スプルースの碧の守護者ミリアム、リンド、アイラ──更に驚くことには天駆ける星座の戦士──水瓶座のヴィボルグ、獅子座のミノアまでもが戦列に加わっていた。
「世界的巨大傭兵団との戦い、是非とも取材させてください!頑張りますよ〜!」
「スプルースの大自然の力、傭兵団にも見せてやるわ!」
「貴女達の志、真に尊いものです。我々ギャラクシアも喜んで協力しましょう!」
「…みんな…」
モニカの瞳から込み上げる想いが溢れ出す。ロアッソ共和国でのエレン、アミィとの出会いから始まった旅──その旅路の中で紡がれた絆が繋いできた数多の彩りで心が満たされていき、モニカは感極まっていた。
「モニカ、何泣いてるの!?急にどうしたの…?」
「エレン、すみません…たくさんの仲間が私達と一緒にいると実感出来て、嬉しくなっちゃって…」
「ああ、俺達はたくさんの絆で結ばれているんだぜ。今までも、これからもな!」
「リタ…そうですね…みんな、ありがとう…」
「そう言えば、別働隊に新顔もいるね…リボンの仲間?」
エレンの言葉通り、別働隊の中には初めて会う者もいた。リボンの隣にはライトブルーの髪を短く切り揃えた妖精が並び立っていた。服装はコレットやリデルように可愛らしい少女のものだが、顔立ちはリタやトリッシュのように落ち着いた凛々しさを持ち合わせている。槍を携える小さな左手にはベビーブルーの紋様が優しく彩られていた。
「ボクはシュシュ。リボンが戦いに行くと聞いて、一緒に来ちゃいました。よろしくお願いします」
「シュシュはわたしの大切な友達なんです。普段は妖精王様の衛兵を務めていて、戦闘も得意なんですよ!」
「買い被り過ぎだよ、リボン。妖精族の誇りに賭けて、ボクはこの軍の力になってみせる!」
「つまり、シュシュは妖精族の騎士ということね。共に戦い、共に勝利を掴みましょう!」
「はいッ!騎士ティファ殿、よろしくお願いしますッ!!」
絆が新たな絆を呼び込み、更なる彩りを加えた。守りを担っていたビアリー達ともすぐに合流し、遂に体勢が完全に整う。ビアリーの色仕掛けで仲間に加わったナハト、それに追従したリヒトも一行の面々と顔を合わせた。
「リヒト、ナハト、共に力を合わせ戦っていきましょう!」
「は〜い!よろよろ〜!」
「ハァ…騒がしい姉共々、お世話になるわ…よろしく…」
「心苦しいですが、正しき道を見出だすためには戦わねばなりません。想いを1つに、正義を体現するのです!」
「そうですね、ミノア。私達は私達の手段で我らの理想を示すしかないのです。みんな…戦いましょう!」
『祝福の証の彩りのもとに!!』
祝福の証の彩りのもとに集いし総勢76人──それでもリモーネ率いる数万人の巨大傭兵団には遠く及ばない。しかし、誰1人として目の前に迫る脅威から目を背ける者はいない。全員の心が100%シンクロしており、違えることは無かった。さあ、戦え!彩りの戦士達よ!戦いの先に待ち受ける運命を切り拓くために!!
To Be Continued…




