第84話『Poison Anubis』
シリーズ第84話目です。どうぞお気軽にご覧くださいませ!
ブルーノ国マホガニー領にて邪教戦士ローザと対峙した一行。邪の蔓に囚われた主君ビアリーを救うべく、毒の彩り達が黒紫の薔薇に向かって駆け出していった。
「みんな…手を貸してくれるってのか?」
「もちろんだ!リーダー、一緒にやるぜ!皆、ビアリー様をお救いするんで、夜露死苦!」
「おうよ!全員でビアリー様に力を送るんだ!」
「私達の毒の力がビアリー様の闇の力に昇華するのですね…神よ、祝福を感謝致します…」
「あんた達、何するつもり!?この女はアタシの美貌と色香になって生まれ変わるのよ!?アタシの美を汚さないで!」
首領ポワゾンに続いて次々に毒の戦士がローザを取り囲み、蔓を掴んで毒氣を集束させる。その刹那、最後の抵抗としてビアリーに伸びていた1本の蔓に大きな矛が突き立てられた。妖しいアヌビスブラックの彩り──帝国の兵士である傭兵アヌビスだった。
「キャアアッ!あ、あんた誰なのよおぉ!?」
「フッ、間に合ったようだな…邪教戦士ローザ、覚悟!!」
「貴女は…アヌビス!?」
「ケッ!アヌビス、遅いぞなもし!大遅刻ぞなもし!」
「すまない…テラコッタ領の鎮静化に少々手間取った…」
「アヌビス…ポワゾン達と知り合いだったのですか…?」
「ああ、彼女達が帝国に来て私の力が完全に覚醒したんだ。私は…冥府の神の名のもとに魔に裁きを下す毒の戦士、アヌビスだ」
「アヌビス〜!超美味しい場面に間に合ったじゃん!超ラッキーって感じ!」
「まあ、結果オーライだがや!一気にいくがや!」
妖しく薫る毒の花が百花繚乱とばかりに咲き乱れる。紫、ケミカルパープル、青紫、青鈍色、ヘリオトロープ、モーブ、灰汁色、ナイトグリーン、赤錆色、ボトルグリーン、アマランスパープル、アーセニックグリーン、ケミカルブルー、ダスティパープル、ダスティピンク、アヌビスブラック──闇の力のもとに集いし16色の毒の彩りが蔓を通ってビアリーの体に流れ込む。が、毒に冒されることはなく、闇の力となってビアリーの彩りを昂らせていった。
「ああ…貴女達があたくしを悦ばせてくれるなんて…あたくしの中、可愛い貴女達で満たされて…気持ち良いわ…最高よ…」
「ビアリー姉ちゃん、なんやエロいわ…コレット姉ちゃんは見たらアカンで」
「ふえ?また目隠しされちゃった…わたし、ビアリーが頑張ってるときにいつも目隠ししてるなぁ…」
「ああ〜ん!カシブさん、目隠ししないでください!ビアリーお姉様の美しいお姿が見えませんわ!」
「はいはい、リーベちゃんも見ちゃダメなのである。帝国の皇女様は末恐ろしい御方なのである…」
闇夜の毒に蝕まれた蔓が次第に枯れていく。蔓の色の黒碧は色褪せ、力を無くしてみるみる痩せ細り、贄とするはずのビアリーを解放してしまう。更に毒は蔓から急速に全身を廻り、浸食されたローザの肌が赤黒く染まり、醜く爛れ始めた。
「アヌビスの毒もあればひとたまりもないのだ!これで勝負ありなのだ!」
「どう、ウチらの毒のフルコースの味は?ねえねえ、ローザさ〜ん!?」
「な、な、何よ何よ!?痒い…い、痛いッ…!そんな…アタシの美貌が…や、やめてちょうだい!!」
「兵を捨てる貴方には醜い姿がお似合いよ…あたくしの力でイかせてあげる…」
仲間や家臣との絆の力により魔の蔓から解放された妖艶な皇女ビアリーは濃紫の妖しい気を全身に纏いながらローザをハイヒールで踏みつけ、蔑んだ眼差しを突き刺す。家臣によって自身にもたらされた毒氣に染まった鎌を振るった。
「闇夜に狂える妖しき毒よ、我らに仇為す贄を喰らい尽くせ!オスクリタ・モルテ・ヴェレーノ!!」
「そんなあぁッ!嫌ああぁぁッ!!」
闇に昂る猛毒を浴びたローザは全身が腐敗して朽ち果て、跡形もなく崩れ落ちていった。大将を失った敵兵は即座に降伏し、凄惨な最期を遂げた邪の薔薇との戦いは静かに収束した。が、一行が勝利の感慨に浸る間も無く、妖しい黒紫の花弁が宙を舞い散ると同時に魔族七英雄のベガとディアボロ7人衆のラストが現れた。
「フッ…ローザ、散ってしまったか…まあ、君にしては上出来だったよ」
「敵ながらお見事です。さすがはアルニラム様とカストル様を討っただけのことはありますね…」
「ベガ…ラスト…」
「貴方が…ローザを邪に染め、リール様を魔に堕とした、魔族七英雄…!」
「おや、確か君は…私の花達の同胞、テラコッタ・ソシアルナイツの一員だったか…ローザに処刑されかかっていたが、生き延びていたのだね…」
「その通り。リール様…いや、貴方が私を救ってくださった。しかし、魔族なら私を見捨てても何も不都合は無かったはず…何のつもりで私を助けた?」
「単純なこと。君の美はもっと華やぐべきだ。むざむざ散らせる道理もない…」
「…まあ、形はどうあれ命を救ってもらったことには変わりない。礼は言っておく。が、貴様に連れ去られた皆は返してもらおう…ブライア、いざ参る!」
「ベガ様ッ!」
「…フフッ」
ブライアは赤錆にまみれた刃を向け、騎士の誇りを静かに燃やしながら牙を剥く。心優しきリールの幻影を断ち切るように目の前を軽く薙ぎ払い、猪突猛進とばかりにベガの懐に飛び込む。ベガは手元に荊の刺突剣を発現させ、直立した姿勢のまま涼しい顔で受け流して反撃に転じた。
「せいやぁッ!」
「フフッ、美しい太刀筋だ…だが、甘い!」
舞うような華麗な剣捌きでブライアの剣を払い、目にも止まらぬ速さの突きを連続で見舞う。ブライアも防ぐのが精一杯であり、一気に劣勢に立たされ、膝をつかされてしまう。
「ブライアさん!」
「これが魔族七英雄…なんて強さ…」
「ブライアよ…君はテラコッタの騎士として真摯に剣の腕を磨いたのだろう。模範的、と言っても差し支えない。だが…少々面白味に欠けるな。慣れてしまえば容易く先が読める」
「クッ…言ってくれたな…!貴様なんかに…!」
「やれやれ、どうも生真面目過ぎるようだね。朝露を受ける緑の葉のような、しなやかな心を養うといいだろう」
「貴様…何が言いたい!?」
「まあ、真っ直ぐに直向きに伸びゆく花も美しい。それも一興か。いずれは君も我が花園へ御招待しよう」
「待て!テラコッタ・ソシアルナイツは私の大切な仲間…いや、家族も同然だ!今すぐに皆を返せ!!」
「何、焦ることはない。いずれ必ず彼女達と君との邂逅の場を造ると約束しておこう。さらば、強く美しき彩りの戦士達よ。また会おう──」
ベガは薔薇の花弁に包まれ、身を翻して去っていった。が、ラストは主君に追従せず、その場に佇んでいる。可愛らしささえ感じる柔らかい微笑みは皆の戦意を解し、敵対者同士が向かい合う場としては奇妙なほど穏やかな空気が漂っていた。
「ラスト…次は貴方が?」
「いいえ、“今は”皆様と戦う気はございません。ただ、僕から皆様にご忠告を差し上げたく思います」
「忠告?まあ、あんた可愛い顔した良い男だし、ちょっとぐらい聞いてやろうじゃないのさ!なんだってンだい?」
「恐れ入ります。さて、皆様は次にガルセク渓谷を目指すと思われますが…今そちらへ行くのは大変危険です」
「そうか…それなら、そう言える具体的な理由を聞かせてもらうぜ。俺達全員が納得出来るようにな」
「はい、皆様を狙った巨大な傭兵団がガルセク渓谷を拠点にして待ち構えています。ローザの兵など比較にならないほど…いいえ、一国の軍と見紛うほどの、とんでもない規模です」
「なるほど…隣のアランチョ国には大きな傭兵ギルドがあるらしいから、そこからわんさか攻め込んでくるってことだね…」
「そうですわね、エレンさん。それなら真正面からぶつかれば苦戦は必至…渓谷という地形も戦い慣れした名うての傭兵であれば苦にしないでしょう。わたくし達にとって大きな脅威ですわ」
「その通りです。なんでも世界中から優秀な傭兵を集め、今か今かと臨戦体勢を整えているようです。たしか主導者はリモーネという女性で──」
「リモーネじゃと!?ヴィオを目の敵にしとった、あの黄色い髪の女か…面倒なことになったのう…」
「し、しかも、世界中の強い傭兵があたし達と戦いに来るってこと!?あわわわ…ど、どうしよう!?」
「ブルーノ国の南部に隣り合うフルウム国に退避してください。皆様も物資の補給や作戦の見直しを実施し、体勢を立て直す必要があります」
「確かに傷薬も残り少ないし、危ないところやな…ホンマ助かるわ!」
「待って。ラスト…貴方、親切過ぎるわ。ブライアさんがベガに言ったように見捨てても何も不都合はないのに…そもそも貴方だって私達の敵なんでしょう?なのにどうして?」
「ええ、皆様は僕の主君ベガ様の敵ですから、いずれは戦うことになるでしょう。ですが、今の皆様が戦うべき相手は僕やベガ様ではないはずです。皆様の命を狙う者が世界中から大挙して攻めて来るのですよ…?」
「ちゃんとした答えになってないッス!ゴチャゴチャ理屈を言ってないで核心を言えッス!!」
テリーに問い詰められ、ラストは口をつぐんだ。皆が見つめる中、暫し沈黙していたが、大きく溜め息をついた後、ゆっくりと口を開いた。
「ハァ…主君の意を口外するのは不本意ですが…致し方ありませんね。皆様の左手の甲に印された色彩がベガ様の理想郷──大いなる彩りの花園を実現させるために必要なのです」
「大いなる彩りの花園…?それがベガと貴方の目指す理想なのですか…?」
「はい。花となる祝福の彩りは持ち主の命と共に在る存在…それゆえ、第3者に手出しをされては非常に困るのです」
「え、えっと…私達がみんな生きていないといけないのですか…?」
「その通りです。もし万が一皆様が傭兵どもに殺されでもしてしまえば、皆様の彩りは輪廻の場に送られてしまいます。皆様のどなたか1人でも欠けてしまってはベガ様の理想は実現出来ず、我々魔薔隊も共倒れになってしまうのです」
「そっか…じゃあ、ベガやラストはあたし達を殺す気はないってこと?」
「はい、ベガ様と僕の意向はそうです。他の魔族七英雄様が率いる部隊はどうかわかりませんが…」
「とにかく、私達を気遣ってくださるのですね…ありがとうございます」
「いえ、礼には及びませんよ。これも主君の理想を実現するためですので。では、僕もこの辺りで失礼致します」
ラストは優しく微笑み、一行に手を振りながら花弁に包まれて去っていった。皆が呆気にとられる中、空間には彼が醸し出した穏やかな空気が残っていた。
「なんて優しくて素敵な人…ああ、ラスト様…」
「ラストさん、私達を心配してくれてる…リーベの言う通り、優しい人なんだね♪」
「そうだな、姉貴…っていうか、リモーネ傭兵団の話が事実だとしたら大変じゃん…フルウム国に急ごう!」
「そうですね、トリッシュ。では、次の目的地はフルウム国です!行きましょう!」
「みんな、少し待ってくれる?やっておきたいことがあるから…」
ブライアは辺りの土で小さな塚を作り、寺院に落ちていた剣を墓標代わりに突き刺した。寂しげな瞳で見つめた後、拝むでもなく背を向けて歩き出した。邪教戦士ローザを討ち、アヌビスを加えた一行はフルウム国を目指し、邪気が祓われた寺院を静かに後にした。
To Be Continued…




