第82話『浄化の守り人』
シリーズ第82話目です。どうぞお気軽にご覧くださいませ!
邪を打ち払い、反逆者の汚名を濯ぐべくブルーノ国を西へ西へと横断する一行。ビアリーの配下である毒の彩りを加え、歩を進める一行の前にはマホガニー領が少しずつ近付いていた。
「貴女達…久しぶりに一緒に戦ったけど、しっかり鍛練してきたみたいね。さすがはあたくしの可愛い家臣達…素敵よ♪」
「はいっ、ビアリー様のお褒めに預り光栄です!悪者退治、頑張ろ〜!」
「おう!グィフトの言う通り、あっしらも張り切っていくぞなもし!なあ、アンブラ姐さん?」
「……」
アンブラは一行を仲間として認識はしているらしいが、ガスマスクの奥の表情と胸の奥の心の内は読めない。バラキエルがダスティパープルの猛毒を浄め、暴走を抑えながらでなければ味方も共に戦うことさえ儘ならない──制御しきれぬほどの強大な毒氣を纏う狂える戦士は無言で佇んでいた。
「ハッ…強いのは間違いないけど、何考えてるかわかんない奴だねぇ…」
「ビクトリア、そう言ってやるな。ウチの秘密兵器、アンブラをよろしく頼むよ!」
「……」
「…まあ、腕は確からしいから、頼りにはなりそうじゃのう。バラキエルの女将さんもよろしく頼むぞい!」
「ええ、浄化は私にお任せください。アンブラの魔の力が暴走しないように私が見守っていますよ」
ダスティパープルの紋様が怪しく煌めく狂戦士は静かに闘志を燻らせながら一行に付き従う。その後にアンブラの暴走を抑止する役割を担うバラキエルが続く。穏やかに微笑む彼女の左手にはダスティピンクの彩りが優しく柔らかく煌めいていた。
「ところで、バラキエルさんも毒の彩りの仲間なの?他のみんなとは違う力みたいだけど…」
「うん、バラキエルさんはウチらの毒の浄化を担ってて、ウチらの毒の抗体もバラキエルさんが作ってくれたんだよね〜!」
「ああ、元々はアンブラ姐さんの暴走で怪我した人を助けに来た神官だったぞなもし。そのときが初対面だったんだが…」
「ウチらの毒の力に共鳴して祝福の証が覚醒したんだよね。あの戦いはアンブラ姐さんが暴走してウチらも危なかったから、バラキエルに足を向けて寝られないよ」
「フフッ…ヤートさん、買い被り過ぎですよ。私の力を覚醒させてくださった皆さんとの出会いに感謝しています」
「毒の精霊ウェネーヌは仇を蝕む力だけでなく浄化という加護を与えたのね…すごく興味深いわ」
「そうですね、フェリーナ。さて、日が傾いてきましたね。この辺りで野営にしましょう」
「おう!野営ならお手の物だがや!ビアー、一仕事するがや!」
「は〜い!バリバリ働こ〜!」
一行はシエナ領郊外にて野営を行う。毒の彩り達の手伝いもあり設営は滞りなく進んでいく。モニカ達には不慣れな野営も町外れの廃ビルを拠点としていた毒の戦士達は難なくこなしていった。
「天幕いっちょあがり〜!これで雨風しのげま〜す♪」
「飲み水も食材も十分に蓄えてあります。野営実施に一点の問題もありません」
「ビアー、フェトル、ありがとう…素敵よ♪」
「では、部屋割りはどうしましょうか…単独では危険ですから、2人で休みましょうか」
「それじゃ、ウチはリタ様と一緒!リタ様と2人きりでイチャイチャラブラブするんだ〜♪リタ様とあんなことやこんなこと…」
「あら…妄想逞しいですわね。残念ですけどリタさんはわたくしとご一緒しますから、イオスさんはお友達とご一緒してはいかが?」
「ぶ〜!ルーシーさんにリタ様は渡さないよ!リタ様はウチだけの王子様なんだから〜!」
「あら…わたくし、リタさんを想う気持ちなら負けませんわよ?差詰めわたくしの“王子様”といったところかしら…?」
「むむむ〜…」
「ウフフフ…」
「ふえぇ…ルーシー、顔は笑ってるのに声は怒ってる…怖いよぉ…」
「なんやリタ姉ちゃんモテモテやなぁ〜…これ完全に修羅場やん…」
「それなら2人でリタを共有すれば良いッス!それで丸く収まるッス〜!」
「テリー、人間には“独占欲”という欲求があるようだが…その辺りは加味しなくて大丈夫か?」
「うおぉ!?確かにゼータの言う通りッス!これはかなりの難題ッス〜!」
「…なあ、騒がしいけど、何かあったのか…?」
「リタさん!?な、何もありませんわよ…ご安心なさって♪」
「そうそう!仲良くお話していたところなんだ〜!エヘヘ〜♪」
「……?」
「当人はつゆ知らず、か…やれやれ、アンタも罪作りな娘だね…」
「エレン、何言ってるの?俺がどうかした…?」
一方、艶麗の黒薔薇ベガの居城。だが、玉座の周りを取り巻くテラコッタ・ソシアルナイツの姿はなく、ベガだけが1人鎮座している。辺りに静寂が漂う中、ディアボロ7人衆のラストが主君ベガと向かい合っていた。
「ラストよ、このまま彼女達が立ちはだかる魔に屈すると思うかい?」
「いいえ、どれほど時間がかかろうと間違いなくここまで到達するでしょう。我々は彼女達と戦う運命にあります」
「フフッ、その答えを待っていたよ。ならば我らが打つ手は1つ…何かはわかるね?」
「テラコッタ・ソシアルナイツ…彼女達に任せるということですか?」
「その通り。彼女達は美しく強い騎士だ。戦いに身を置くことで彼女達の華やかな美が躍動するだろう。フフッ、数多の彩りが華やぐ美しき宴、実に楽しみだ…」
一方、シエナ領の野営地。毒の彩りを加え大軍勢となった一行はいつ襲い来るとも知れぬ次なる脅威へと立ち向かうための英気を養うべく、静かに束の間の休息をとっていた。
「ふう…やはり多くの仲間と手を取り合って協力出来ているとすごく前向きな気持ちになれます。祝福の証が紡ぐ“絆の力”を感じますね」
「そうね、モニカ。見張りもポワゾン達が手伝ってくれるから助かるわ。これも精霊の導きなのね」
「よ〜し、見張り終わったのだ!異常なしなのだ!」
「うん、バッチリバッチリ!人数が多いから時間も短くて超いい感じ!交代よろしく〜♪」
「テメリオ、トック、ご苦労さん!ポソニャ、ペソシャ、見張り番の時間だよ!」
「おっす!さて、仕事しようか、相棒!」
「おう、バリバリ働くんで夜露死苦!」
協力し合い野営は滞りなく行われ、夕食の時間となる。カタリナが腕を振るう料理は毒の彩り達も唸らせた。
「超美味し〜い!お店開けるレベルじゃん!」
「でらうみゃあなぁ!カタリナは料理上手だがや!」
「フフッ、まだあるからたくさん食べてね♪…フェリーナ、どうしたの?食欲ない?」
「いいえ、考え事をしていたの。気になることがあって…」
「気になることねぇ…なんだってんだい?」
「ええ、ヴィオが裏切ってから私達を襲うのは魔物だけになった。追っ手はリモーネ傭兵団しか現れていないわ」
「あっ、確かに…じゃあヴィオがあたし達に代わって追っ手を引き付けてるってこと!?」
「そうよ、クレア。賊ならば明確に悪として目に留まるし、ヴィオほどの実力なら私達の熱りを冷ますにも充分なはずよ」
「そっか…ヴィオ…」
夜も深まり、皆が寝静まる刻となった──その頃、夜の闇に狂乱した脅威が牙を剥く。見張りをしていたポワゾンとフェトルが気付くのに何秒も要することはなかった。
『キャ〜〜〜ッ!!』
「リーダー、この悲鳴は…!?」
「緑の嬢ちゃん達だ…フェトル、急ぐよ!」
コレットとリデルが地から現れた蔦の魔物に取り囲まれていた。ポワゾンとフェトルが到着すると、既にゼータ、アンジュ、エリスが魔物と対峙していた。
「ふえぇ…囲まれちゃったよ…」
「助けて、ください…!」
「なんてことなの!魔物が天幕の下から現れた…!」
「リデル!コレット!貴様ッ…!!」
「ゼータ、落ち着くんだ。1人で焦っては余計に事態を悪化させてしまう。単騎で突出せず、皆と連係しよう。僕も着いている!」
「アンジュ…了解した。任務を遂行する」
「こりゃなかなか手強そうだね…フェトル、みんなを急いで呼んできてくれ!」
「承知しました。リーダー、御武運を…」
4人が侵食を阻止している間に一行が次々に到着し、2人の救出作戦が始まった。魔物は闇夜のもとに活性化しており、植物らしい元来の生命力も相俟って一行は苦戦を強いられていった。
「シャドウバレット!」
「エレキテルショット!チッ、手強いじゃん…」
「なかなか倒れないッス…しぶとい奴ッス!」
「ここはアンブラに任せようか。バラキエル、準備は良いか?」
「ええ、参ります…アンブラよ、仇為す者に制裁を与えなさい!」
「グヴア゛ア゛アァァッ!!」
バラキエルの呼び掛けに応じ、夜の闇に怪しい咆哮が響く。アンブラは禍々しい猛毒に染まった魔爪で眼前の敵を散り散りに引き裂く。が、救うべき2人には目もくれず闘争本能に委ねるままに暴れ回った。
「ガウ…グルル…」
「貴様、何をグズグズしている!?コレットとリデルの救出が最優先だろう!?」
「グルルルル…」
「クッ…もう化け物に任せてられん!私が──な、何ッ!?体が…動かん…」
「しまった!ゼータさんにアンブラ姐さんの毒が…!」
「あんなに近付いたらヤバいぞなもし…バラキエル、頼むぞなもし!」
「はい、お任せを!」
ダスティピンクの彩りが救いの手を差し伸べる。ゼータを襲う毒氣が和らぐと思われたが、バラキエルの表情が苦悶に歪んだ。
「クッ、夜の闇で瘴気が強くなってる…浄化しきれません…」
「何ッ!?マズいじゃないか…どうすりゃいいんだ──」
「バラキエルさん、私達も共に参ります!」
「どれだけ闇が深まろうとも、聖騎士として断じて魔に屈しません!」
バラキエルの後にアムールとネイシアが優しい彩りを煌めかせる。ダスティピンクにホーリーホワイトとピンクが重なり浄化の衣を紡ぐと、ゼータを蝕む毒氣が瞬く間に和らいでいった。
「助かった…よし、仕留めてやる!」
「グルル…手ヲ、貸セ…!」
「…仕方無いな」
アンブラとゼータ──ダスティパープルと血紅色の魔方陣が呼応する。荒れ狂う凶気と静かな凶気──2つの凶気が魔の脅威に襲い掛かった。
『汝を蝕み絶望へ堕とすは魔の毒氣!フォルリア・ヴェレーノ・モルターレ!!』
「やった!これならひとたまりも無いだろう。仕留めたぞ!」
「いいえ、まだだわ!まだ根が残って──」
ズバッ!
何処からか短刀が投げ込まれ、根から切り裂かれた魔物は黒紫の気となって消えた。シエナの地に静かに突き刺さる刃は夜の闇に怪しく溶け込むコーヒー色の彩りを纏っていた。
「これは…まさか、ヴィオ!?助けてくれたんですね…」
「間違いないわね。でも、姿は見えないし、彼女の気も感じないわ…どこに行ったのかしら?」
「うむ…それよりも…コレット、リデル、ケガはないか?」
「大丈夫だよ!ゼータ、ありがと!」
「私も大丈夫です…ごめんなさい…」
「2人とも無事でよかった♪でも、ヴィオは何のつもりかな?ちゃんと戻ってきてくれるといいんだけど…」
「そうだな、姉貴…フワァ、魔物倒して安心したら眠みぃ…」
「確かにまだ真夜中だもんね…休むとしようか!」
思いがけぬ玄黒の殺手の救援を受け、襲い来る窮地を脱した一行。目指すマホガニー領が眼前に迫る中、再度眠りに就き、静かに夜を明かした。
To Be Continued…




