第80話『気高き逆賊』
シリーズ第80話目です。どうぞお気軽にご覧くださいませ!
皆が夜の暗がりの中で身を寄せ合い、穏やかなブルーノ国シエナ領の片隅で息を潜めていた。反逆者の汚名を打ち払うべく彩りの戦士としての歩みを止めない一行はヴィオの裏切りへの憤りと戸惑いと哀しみに震えながら拠点である古い館にて負傷者の治療を行い、束の間の休息をとっていた。
「エリスさん、傷は大丈夫ですか?」
「ええ、もう大丈夫よ。ネイシアのおかげで助かったわ」
「ヴィオさん…どうして、私達から…離れてしまったんでしょうか…?」
リデルが絞り出した言葉が現在の一行全員の心情を物語っていた。魔族七英雄カストルを討ち、その後も切り込み隊長として幾度となく貢献してきたヴィオの謀反は一行に大きな衝撃をもたらした。何がヴィオに“裏切り”という選択をさせたのか?賊に落ち延び、仲間達に反旗を翻してまで彼女が為そうとしていることはいったい何なのか?一行の疑問は尽きなかった。
「ヴィオさん、何をするつもりかしら?あたくし達の手を引いて、何処へ導くのでしょう…」
「ルーシーとビアリーの契約を破棄するなんて…アイツ、最初から私達を騙すつもりだったってわけ!?」
「エレン、落ち着いて。私はそうは思わないわ。彼女は賊紛いの汚れ仕事も厭わない人だから、きっと何か理由があるはずよ」
「だと良いけどな…こればかりは俺達にはわからないからなぁ──」
トントントンッ!
扉を叩く音がリタの言葉を遮り、僅かに残った平穏を突き破る。一行の視線が扉に集まる。扉を叩く音は鳴り止まず、一行を急き立てるように次第に強まっていった。
「お客さんかな?無視するのは失礼だし、ちょっと見てくるね──」
「カタリナ、不用意に近付いちゃ危ないよ!だ、誰だろう…あわわわわ…」
「追っ手かもしれん。扉を開けると同時に私が斬る。リミッター解除…」
「ゼータ、待ってよ!わたし達とお友達になりたい人かもしれないよ?」
「コレット、私はお前を守りたい…悪く思わないでくれ…」
「ふえぇ…ゼータ…」
ガチャッ!
「せいやぁ!」
「…クッ!」
扉を開け、閃光の剣を振り抜くまでものの数秒──明らかに不意討ちであるゼータのビームソードを赤錆だらけの古びた剣で受け止めながら現れたのは灰色の鎧を身に纏った騎士らしき黒髪の女性だった。その容貌はテラコッタ領の宮廷騎士らしいが、鎧に始まり靴に至るまで装備は全て薄汚れている。騎士の鎧を着ていながら錆びた剣を得物とし、砂埃にまみれた姿はさながら賊のようだ。
「貴女、なかなかの腕ね…でも、私は敵ではないわ…」
「フン、信用ならんな。いきなり見知らぬ者が現れてそんな美味しい話を持ってくると思うのか?」
「ゼータ、話だけでも聞いてみましょう。今は私達の正義に賛同してくれる協力者が1人でも多く必要です」
「モニカ…了解した。客人よ、無礼なことをした。すまない」
「いいえ、大丈夫。私はブライア、よろしく」
一行はブライアを招き入れ、現状で出来うる精一杯で丁重にもてなした。薄汚れた埃にまみれながらもテラコッタの誇りを纏う彼女はローザ廷での戦いを聞き付けていたらしく、1人1人の左手の甲の彩りをジッと見つめ、彩りの力に想いを馳せた。
「そう…宮廷で騒ぎが起きているのは噂で聞いてたけど、ローザと戦ったのは貴女達だったのね」
「はい。私達は…反逆者の汚名を着てでも為すべきことがあるんです」
「…自分の信念に従うのは素晴らしいことよ。自分に嘘をつきながら戦うのはすごく辛いことだから…」
「ブライアさん…その鎧、テラコッタの騎士の物じゃないかしら?」
「フッ、さすがはバーミリオン騎士団長ティファ殿…その通り。私は嘗てテラコッタ・ソシアルナイツの一員だった…だけど…」
「ローザが君を側に置いたら不都合な事態になった、ということかな?」
「そうよ。私は気付いていた…ローザが魔族に魂を売り渡し、邪教戦士に堕ちたことを。私は黙って見過ごせなかった…無論ローザは怒り狂い、私を逆賊と呼んで罵ったわ…」
ブライアは自らの正義に従うがまま、主君ローザの逆鱗に触れることさえ厭わず、宮廷騎士の身分と名声を擲って逆賊の汚名を着る道を選んだ。一行と同調する真っ直ぐな意思は暗く沈んだ皆の心に小さな希望の光を灯した。
「私は反逆罪で処刑されかかった…ソシアルナイツの皆は止めるように必死に嘆願してくれたけど、既に悪魔となっていたローザは聞く耳を持たなかった…一度は死を覚悟したわ」
「そりゃ災難だったねぇ…で、そこからどうやって助かったってンだい?」
「処刑直前、どこからか荊が現れて刑の執行者を吹き飛ばし、その後は無差別に処刑場を暴れ回った。あれはきっとローザの弟君、リール様の魔術…」
「リールさん…やっぱり優しい人だったんだね…」
「ええ。リール様は包み込むような優しさを持つ御方よ。ソシアルナイツの皆も本物の家族のように大切に想ってくださったわ」
「うむ…それはさておき、ブライアさんはそのまま逃げ延びたってことッスか?」
「うん、その後皆が混乱している隙に私は逃亡した。何度か兵士が追ってきたけど、この剣で返り討ちにしてやったわ」
砂埃にまみれ、赤褐色に朽ちた刀身がブライアの意思の代弁者として静かに佇んでいる。その内にはブライアと同じように誇り高き精神が宿り、静かに闘気を燃やしていた。
「しかし、なんでベガはそんな回りくどいことをするんじゃろうかのう?リールの姿のままでも魔族七英雄として力を使えるじゃろうに──」
「リール様が、魔族七英雄!?そんなはずは…!!」
「ああ、知らなかったのであるか…でも、これは紛れもない事実なのである…」
「反逆者と罵っていただいても、今ここでわたくし達を罰していただいても構いません。ここにいる全員、覚悟は出来ています!」
ブライアは自身にすがり付くルーシーの瞳を凝視する。澱むことのない決意を秘めた瞳には敵意は秘められていなかった。
「…いいえ、私は貴女達を信じるわ。ローザの心を邪に染めたものを、リール様を魔に堕としたものをこの眼で確かめたい…貴女達に協力するわ」
「うおぉ!!なんてお礼を言ったら良いか…感謝感激ッス!!」
「大袈裟ね。私はただ愛する祖国ブルーノを救いたい…宮廷騎士だった者の誇り、そして、この彩りに賭けて…」
ブライアの左手にはダスティグレーの紋様が印されていた。少しばかりな色彩は逆賊の外殻に身を隠しながらも宮廷騎士として信念を貫くブライアの誇り高き精神を体現していた。
「祝福の証…ブライアさんも俺達の仲間なんだな」
「歓迎、感謝するわ。共に正義のために戦いましょう」
一夜明け、ブライアを加えた一行は拠点である館を行き来しながら可能な範囲で体勢を整えていく。道具は闇市で買い揃えるが、粗悪な品でも買わざるを得なかった。
「ふう〜…闇市なんて初めて行ったわ…なんとか値切って安く買うて来たで〜」
「アミィ、ありがとう。これだけ備蓄すれば充分ですね」
「あたいはこれからブライアと酒場に行って情報収集をしてくるよ!まあゆっくりしてな!」
「ビクトリア…お酒は程々にしなさいよ?」
「わかってるって!ったく、エリスはお堅いねぇ!」
一方、魔族七英雄ベガの本拠地──テラコッタ・ソシアルナイツを周りに侍らせ、妖しげな妖気を漂わせながら甘美な時を過ごしていた。
「ああ…ベガ様…」
「フフフ…君達は美しいよ。私達の花園を彩る可憐な花達…」
「ベガ様…ローザがあの娘達に負けて何処かに撤退したようですが…」
「何、慌てるまでもない。今はただ、華やかなる悦楽に浸るとしよう」
「は、はい…ベガ様の仰せのままに…」
一方、一行は祝福の証の彩りが導く道へと歩を進める。次なる目的地は隣のマホガニー領に定められ、準備は整った。
「さて、出発しましょう。ブライア、目的地はマホガニー領でよろしいですか?」
「それでいいわ。情報によるとローザはシエナ領とマホガニー領の境界線付近に潜伏しているみたい。宮廷騎士の皆も早く助けないと…」
「よし、目的地がわかるなら迷うことないな!バリバリ進もうじゃん!」
「はい、私も迷いません。これは天の導き、祝福の証の彩りの導きです!」
館の建つ郊外から戻り、テラコッタ領からシエナ領に続くバーント平原を歩み出す。皆が心を1つに、揺るぎない正義を体現するために臆することなく歩み出した。
「バーント平原って広いですね…開け過ぎてて落ち着かないな…」
「ケイトさんの言う通りなのである。周りを遮る建物が全然無いのである…」
「ん?何か踏んじゃった…って、うわわッ!?」
クレアが踏んだ緑片が増大し、地中から次々に碧黒い蔦となって沸き出てくる。植物の姿をした魔物だった。魔の蔦は瞬く間に辺りに広がり、平原の草花を喰らおうとしていた。
「あわわわわ…ど、どうしよう…!?」
「クレア、慌てないで。私達の精霊の力で戦うのよ!」
「私に任せろ。この程度、軽く焼き払ってやる」
「燃やすなら私だって負けないよ!真っ赤なロアッソの炎で焼き尽くす!」
「ええ、わたくし達の邪魔はさせませんわ!参りましょう!」
「私も戦うわ。我が友テラコッタ・ソシアルナイツと互角以上に渡り合うその力…拝見させてもらうわよ」
ルーシーの指揮のもと、エレンとゼータを中核に据えた陣形をとり、地より出でし植物の魔物を迎え撃つ。新たに加わった逆賊ブライアも錆だらけの刃を魔物に向け、誇り高き彩りの力を振るった。
「フンッ…隙だらけ…」
「見事!やはりテラコッタ・ソシアルナイツの実力は伊達ではないわね」
「フフッ…ティファ殿のお誉めに預り光栄だわ…」
一方、劣勢に立たされる者もいる。ビクトリア、アミィ、ルーシーは植物の魔物に術が効かず、苦戦を強いられていた。
「そんな…なんてこと…」
「チッ!なんだってあたいらの攻撃が効かないってンだい!」
「このままじゃアカンやん…どうにかせんと──」
ドンッ!
「…大丈夫か?」
「間に合った…僕の仲間に手出しはさせないよ!」
「ゼータ、アンジュ、悪いねぇ…あんた達、頼りになるよ!」
皆で手を取り合い、魔の碧に彩りの力を振るう。正義のもとに道を切り拓くべく、その彩りを煌めかせた。
「ゼータ、手を貸して!灰も残さないくらい完全燃焼するよ!」
「了解した。本気でいくぞ!」
エレンとゼータの彩りが呼応して煌めく。灼熱の赤と零血の血紅色、赤紅と燃える猛火が魔を焼き払うべく広がり、荒々しく無慈悲に襲いかかった。
『我らに仇なす者よ、灼熱の紅に抱かれ、燃え尽きろ!ブラッディ・ブレイズバレット!!』
平原に次々と伸び、侵食していく魔の蔦は紅き猛火に焼かれ、灰塵となって消えていった。眼前に立ち塞がる脅威を退け、歩を止めぬ姿は自らの正義を貫く一行の意思を体現していた。
「任務完了。先を急ごうか」
「ええ、マホガニー領まではまだ歩く必要があるわ。追っ手や魔物に気を付けて進みましょう」
立ちはだかる魔物を焼き払い、一行の正義の賛同者であり自らの信念を貫き戦う気高き逆賊ブライアを加えた一行は邪教戦士ローザが潜んでいるとされる隣のマホガニー領へと急ぐ。不名誉な反逆者の汚名を濯ぐべく、迷い無き歩を進めていく。しかし、ヴィオの行動の真意は依然として掴めないままであり、一行の胸の内には僅かな澱みが残っていた。
To Be Continued…




