第79話『裏切りの玄黒』
シリーズ第79話目です。是非ともご覧くださいませ!
急くばかりの気持ちに強いられるまま足早に歩を進めていく。後を振り返ることなく、ただ前へ前へと進む。ブルーノ国シエナ領に踏み入るや否や、ヴィオを目の敵にするリモーネ率いる傭兵団の襲来を受けた一行。自分達の信念を貫き追っ手を退け、目的地のガルセク渓谷へと向かっていた。
「あの傭兵団、なかなか手強かったッスね…いい訓練になったッス!」
「まさかこんな所で会うことになるとはな…リモーネ、相変わらず面倒な奴だ」
「少し日が傾いてきたな。追っ手が来ないうちに宿を探したいね…アミィ、見つかりそうかな?」
一行の1人1人が辺りを気にしながらシエナ領を進んでいた。正義のため、世の平穏のために戦いながら世を忍んで歩むことを強いられた。魔族七英雄ベガの策謀の包囲網に囚われ、悪という汚名を着せられ、荊の道を歩かされ、心身共に傷を負わされた──不本意極まりない事態にも屈することなく、魔の討伐の旅路を歩み続けていた。
「アンジュ姉ちゃん、ウチらたぶん顔も知られとるんやから、宿なんて取れへんちゃうん?下手に動いたら捕まってまうやんなぁ?」
「しまった!たしかにそうだな…不用意に僕達の顔を曝すのは危険かもしれないね…」
「それもそうじゃのう…しかし、徹夜するわけにもいかんから、どうにかせんとなぁ…」
「だからといって追われる身で野宿するのはもっと危険なのである。どこか休める場所がないと困るであるな…」
「たしかに拠点は必要だな…ならば私に任せろ。裏社会で生きた私なら雨風をしのげる場所を探すのは慣れている。あまり快適ではないかもしれないが、構わないな?」
「うん、それならヴィオに任せるよ。みんなもそれでいい?」
「大丈夫だよ、エレン!わたしも頑張るね!」
「了解した。コレットが大丈夫なら私も異論は無い。任務なら遂行するまでだ」
「あの…私も賛成です…ヴィオさん、すみません…」
「よし、そうと決まればなんとかしてみよう。みんな、追っ手には気を付けて──」
「待って。名うての傭兵である貴女でも今単独行動するのはさすがに危険過ぎよ。誰か一緒に行った方が良いわ」
「うむ…フェリーナの言う通りかもな。では、ザラームに頼むとしよう」
「うん!お姉ちゃん、がんばろ〜!」
「ああ、頼むぞ。では、見つかり次第すぐに戻る」
「2人とも気を付けてください。では、一旦ここで野営にしましょう」
ヴィオとザラームに拠点探しを託し、一行は休息をとる。野営地には交代で見張りを据え、魔物や追っ手に目を光らせる。いつも通りならば穏やかな野営地だが、追われる身での野営地には普段とは異なる異様な雰囲気が漂っていた。
「よし、今のところは大丈夫だぜ!」
「ふう…見張りって大変だな…交代よろしく!」
「リタ、トリッシュ、お疲れ様です。さて、次は私とエレンが──」
「ただいま〜!エレンお姉ちゃん、きょてん、見つけたよ〜!」
「ザラーム、ありがと!って、あれ?ヴィオはどうしたの?」
「えっと…おしごとがあるって言ってた。先にいって待っててくれって」
「そっか…じゃあ日も暮れてきたから急ごう!」
「クレア、あんまり離れんじゃないよ!ったく、夕方なのに元気だねぇ…」
「…ヴィオの仕事って何かしら?少しだけ嫌な予感がするわ…」
「フェリーナ、あんたは考え過ぎだよ!とっとと転がり込んじまおうじゃないのさ!」
ザラームに案内され、郊外の古い館に到着した。放棄されて長く経っているのか辺り一面埃にまみれており、所々壁や床の板が破れて隙間風が吹き込んでいる。ヴィオが事前に忠告した通りお世辞にも快適とは言えない場所だったが、現状ではやむを得なかった。
「うへぇ〜…こりゃだいぶ汚れてますね…ゴホゴホッ!」
「ロビン、しっかりせんか!住めば都じゃわい!」
「埃だらけだね…まずはお掃除から始めようか!」
「はい、カタリナお姉様♪ここを私達のスイートホームにしちゃいましょう!」
一行は協力して清掃を行い、拠点としての整備を整えた。雨風をしのぐ場を得るに至り、束の間の穏やかな時間が訪れる。ネイシアとアミィが料理をする中、ゆったりと過ごしていた。
「リデル、今のうちにゆっくり休んでおこうぜ。無理するなよ?」
「あ、はい…リタさん、ありがとうございます…」
「ヴィオ姉ちゃん、大丈夫やろか?追っ手に見つかってへんならええけど…」
「たしかに1人では心配ですね…そろそろ戻ってくるでしょうか──」
ドンドンドン!
扉を乱暴に叩く音で一行の平穏は破られる。窓から外を覗くと賊らしい一団が館を包囲していた。一行が武器を携え臨戦態勢で館を飛び出すと、賊達は待っていたとばかりに突っ掛かってきた。
「よう、姉ちゃん達!誰の許可取ってここに居座ってんだぁ!?」
「誰の許可って…ここは空き家ではないのですか?」
「おうよ!ココらは俺達の縄張りなんだぜ。好き勝手されちゃ困るんだよ…なあ、“団長”?」
団長の姿は一行を黒き絶望の淵に叩き落とす。賊を率いる団長はヴィオだった。ザラームは今にも泣き出しそうな表情のまま、姉が率いる賊の陣営に加わる。途端に驚きと戸惑い、悲しみが一行を支配した。
「みなさん…ごめんなさい…グスッ…」
「ヴィオ!アンタ、なんのつもり!?ふざけないで!!」
「ふざけるな、だと?私は本気だ。反逆者である貴様らを始末させてもらう」
「なんてこと…貴女と敵として向き合うことがあたくし達の運命だなんて…」
「ヴィオさん…わたくし達との契約を破棄するということですか?」
「フッ、頼れる軍師様も所詮は温室育ちのお嬢様か。先行きが不確かな根無し草の軍よりも体制派に就く方が有利なのは至極当然のことだ。これも世の常、諦めろ」
「ヴィオ…イヤだよぉ…グスッ…うわああぁぁん!」
「コレット、泣かないで…ヴィオ、テメェ!そこまで言うなら覚悟は出来てんだろうな!?ブッ飛ばしてやる!!」
「…トリッシュに同意した。たとえ仲間だった者だろうとコレットを傷付ける者は例外なく排除する!!」
「貴女と道を違えるのは不本意ですが…致し方ないですね…ヴィオ、貴女を討ちます!」
「さあ、来い!反逆者どもめ!貴様らの愚かな行いを後悔しながら地獄に堕ちろ!」
反逆者のレッテルを貼られて心揺らぐ中、思わぬ形で追い討ちを見舞われた。玄黒の殺手ヴィオが大勢の賊を従えて一行に反旗を翻した。仲間の賊達が好き放題に暴れ回る中、躊躇うことなく一行の陣形に飛び込んでくるヴィオの狙いはただ1人──時の力を駆って戦うラベンダー色の戦士、ケイトだった。魔族に魂を売り、対峙した際に敗れた相手だ。自身に目掛けて時を司る音速の刃が飛び交う中を目にも止まらぬ速さで駆け、獲物を仕留めにかかる肉食獣のように追い詰めていった。
「ソニックブーム!!」
「フン…無駄だ」
「そ、そんな…!?」
「同じ轍は踏まん。お前を相手に不覚を取ったこと、忘れはしないぞ…退けッ!!」
「ううッ…は、速い…!」
「ケイト!クソッ、なんて速さだ…」
懐に飛び込まれたケイトは一瞬にして切り刻まれ、俯せに倒れ込む。ゼータが舌を巻くほどの俊足は最初に敵として相対した時よりも格段に向上している。信頼出来る仲間が裏切りによって恐るべき脅威となって再び一行に立ちはだかった。
「さて、一番の邪魔者は始末した。かつての仲間の好みで私が貴様らの旅路を終わらせてやる!」
「ヴィオ…ううん…貴女はあたし達の敵、ヴィオの姿をした偽者だよ!偽者なんかに絶対に負けない!あたしの知ってるヴィオは悪に染まる人じゃないもん!」
「ヴィオの居場所はそっちじゃない…こっちだよ。私は待ってるから、戻って来て…!」
「カタリナの言う通りよ。精霊に誓って貴女を倒し、私達のもとに連れ戻すわ!」
クレア、カタリナ、フェリーナの言葉を我関せずと聞き流し、無言で構えをとるヴィオの表情には離反したことに悪びれている様子は一切ない。躊躇うことなく敵意の刃を向け、切り付けていった。
「…邪魔だ」
「うっ、ああッ…」
「クッ!しまった…!」
「エリス!アンジュ!」
「フン、その程度か…国際警察など物の数ではないな」
「さすがヴィオさん、一筋縄ではいきませんわね…急いで何か策を──」
「…いい加減にするッス!ふざけるのも大概にするッスよ!!ヴィオォォォッ!!」
「テリーさん!?単騎特攻は危険ですわ!テリーさん!!」
仲間達を目の前で傷付けられ、堪忍袋の緒が切れた。ルーシーの制止を振り切って駆けるテリーの全身にみなぎる琥珀色の闘気に赤黒く濁った怒りが混じり始める。ヴィオに勝るとも劣らぬ俊足で懐に飛び込み、1発、もう1発──哀しき紅に染まった拳を振るった。
「チェストッ!!」
「うおッ!テリー、貴様…やはりたいしたパンチだな…なかなか効いたぞ」
「ヴィオ、悪に惑うのはここまでッスよ!自分の正義の拳で目を覚まさせてやるッス!うおおおぉぉッ!根性の左ストレートォォッ!」
「何いぃッ!?」
雄々しく唸りながら力ずくで悪を討ち伏せるテリーの拳勢はヴィオのダガーを根元からへし折っていた。自身の武器である拳に切り傷を負いながらも、沸き上がる琥珀色の闘志を込めて叩き込んでいく。その猛襲の勢いは凄まじく、ヴィオに息着く暇さえ与えなかった。
「オラァ!オラオラオラオラァ!!」
「ぐああッ!!」
「闘魂が燃えてきたッス…リーベ、援護を頼むッス!」
「…はい!テリーお姉様の正義、私の愛で彩りますわ!」
テリーとリーベの彩りが呼応し、煌めいていく。直向きに正義を体現する2人の紋様の色──琥珀色とキャンディピンクが彩りの魔方陣を描き、2人の真っ直ぐな正義を紡ぐ大いなる彩りの力へと昇華していった。
『正義の拳と愛の煌めき、我らに仇なす悪を砕かん!ガッツバースト・コンフィチュール!!』
「グッ…!!なかなかやるな…ここは撤退するか…」
彩りの拳閃を受けたヴィオは一行を煙に巻き、ザラームと賊を連れて逃げ去っていった。が、勝利の安堵と歓喜は瞬く間に薄れていき、すれ違うようにやり場の無い悲しみと憤りが辺りに広がった。
「ヴィオ…あんたって奴は…!クソッ!!」
「とにかく負傷者の怪我の治療をしましょう。ネイシア、お願いします」
「…はい…神よ……何故ヴィオさんは……」
辛うじてヴィオ率いる賊一味を退けるも、一行の胸には裏切りに対する哀しみと虚無感、2人の仲間を無くした寂しさが残った。華やかなる彩りの旗印に叛き、数多の仲間を敵にしてまでも賊に身をやつしたヴィオの胸中や如何に…?裏切りの黒き戦士ヴィオ、そして彼女率いる賊一味に連れられたザラームと別れた一行は負傷した仲間達の治療をすべく拠点の古い館に戻り、慎ましく静かに夜を明かした。
To Be Continued…




