第73話『策謀の花園』
シリーズ第73話目です。どうぞお気軽にご覧くださいませ!
ブルーノ国の大地に広がるバーント平原へ踏み出すや否や、テラコッタ領の主に仕える宮廷騎士の襲撃を受けた一行。騎士団領に暮らす民と自身が仕える主君──護る対象は違えど志を同じくするはずの“騎士”と相見えることとなり、ティファの心は揺れていた。アムールとネイシアから傷の治療を受けていたが、心には深い傷が癒えることなく刻まれていた。
「ティファ、傷は大丈夫ですか?」
「モニカ…もう大丈夫よ。やっぱりアムールとネイシアの治癒術は素晴らしいわね」
「ありがとう。でも…私達は体の傷は治せても心の傷は治せない。彼女達…テラコッタ・ソシアルナイツは間違いなく再び私達の前に敵として立ちはだかる。貴女に騎士達と戦う覚悟はありますか?」
(…テラコッタ・ソシアルナイツ…)
『貴女ともあろう方が…騎士の誇りを棄てたのですか!?』
『多勢に無勢だ…だが、正義は我らテラコッタ・ソシアルナイツにある!』
『ティファ様と本気で…命懸けで!殺り合えるんだよ!キャハハハ!』
『…私も戦う。あの方のため…』
突如として自らの──そして仲間達の脅威となった彩りの騎士団──テラコッタ・ソシアルナイツの面々の姿が1人ずつ鮮明に浮かび上がる。不本意なままに刃を交え、迷いながらの戦いの果てに地に膝をつくという騎士として恥ずべき失態を仲間の前で晒した。自分の知る彼女達とは違う──ティファは自身に強いられた非情な決断を受け入れ、敵対する者として相対する覚悟を決めた。
「アムール、それは愚問よ。仲間達が正義のもとに戦っているのに、それをただ見てるなんて私には出来ない!それこそ騎士の名折れよ!」
「…わかりました。それほどの決意があるならば私も止めはしません。かくいう私も騎士の端くれですからね」
「ほえ!?アムール姉ちゃんも騎士やったん!?12星座の戦士ちゃうん…?」
「はい、確かに私は12星座の戦士、乙女座のアムール。ですが、騎士として戦う聖職者、ホーリーオーダーでもあるのです。俗に聖騎士とも呼ばれます」
「なんでそんな大事なことを今まで言わなかったの?私達仲間なんだから隠し事なんてやめてよね!」
「まあまあ、エレンちゃん、落ち着くのである。能ある鷹は爪を隠すのである!」
「では、今一度バーント平原へ向かいましょうか。あたくし達を導く運命の待ち受ける先に…」
一行は再度西部に進路をとり、バーント平原へと踏み入る。眼前に広がる碧き大平原の姿は穏やかでありながら雄大な情景を描き、見る者の心に大自然の畏怖を訴えかけているようだった。
「とりあえず、ガルセク渓谷への玄関口があるマホガニー領までは遠いので、まずは隣のシエナ領を目指しましょう。ブルーノ国は広いので焦らず無理なく行軍していきましょうね」
「そうだな、ルーシー。シエナ領までは体力を温存してゆっくり進もうぜ。俺は山岳部に滞りなく入ることが最優先だと思うよ」
「うん、でもその前にあたいはローザっていう奴に会いたいんだよね。部下の騎士達も白黒着けないで逃げてったから、その辺もキッチリさせないと気が済まないよ!」
「自分もッス!勝手に戦いを挑んで勝手に逃げるなんて、戦士の風上にも置けない奴らッス〜!」
「では、シエナ領に向かう途中でローザ様の宮廷に向かいましょう。彼女達は宮廷騎士なので、そこに行けば会えるはずです」
「おう、取り直しの一番じゃのう!今から楽しみじゃわい!」
「…ん?なんだろ、この香り…あっちからかな…?」
「コレット!?不用意に離れてはダメよ!」
「フェリーナ…ごめんなさい…向こうから何か良い香りがしたから…」
「そうですね、言われてみれば確かに…この香りは、花でしょうか…?」
「はわぁ…甘くて素敵な香りですわ♪妖精達が夢の国に誘う香りなのね!」
「う〜ん、どうしてかな…それはおかしいと思うんだけど…」
「…クレア、なぜそう思う?」
「パパから聞いたことがあるんだけど…バーント平原は面積は広いけど、土地自体は痩せててあまり栄養が多くないから花はせいぜい野花が点在する程度なんだって。だからこんなに香りが広がるくらい花が咲くのは本来はあり得ないはずなんだけど…」
「クレアが言うなら間違いないわね。それにこれだけの香りがするのは相当のものだもの」
「それなら警戒するに越したことはないね。魔物が花に化けているか、あるいはテラコッタの騎士達が仕掛けた罠の可能性もある。僕としてはあまり気乗りしないけど…調査しに行ってみるかい?」
「騎士達の罠ですって!?誇り高き騎士がそんなこと断じて──」
「ティファさん…今はやむを得ません。貴女の苦しみ、私が癒せれば良いのですが…申し訳ありません」
「いいえ…ありがとう、ネイシア…」
辺りに漂う香りを手がかりに碧々と広がる大平原を慎重に歩んでいく。香りの誘う先は甘美な安息か、あるいは甘い罠か、果たして…?
「それにしても良い香りね。心が安らぐわ」
「そうだね、エリス。こうしてずっと嗅いでいると戦いのことを忘れてしまいそうだよ…」
「柵…?薔薇の花があんなに!?」
「見て!誰か人がいる!」
平原の一帯に築かれた庭園に咲き乱れる色とりどりの薔薇の花園の中心にピンクの髪を長く伸ばした眉目秀麗な色白の青年が立っていた。惚れ惚れするほどに美しい顔立ちとほっそりとした体躯には中性的──というよりも女性的な印象を受ける。一行に微笑みかける穏やかな表情に緊張も罠を疑って凝り固まっていた心も自然と解れていった。
「こんにちは、旅の方。この薔薇の香りに誘われたのかな?」
「はい、私はモニカ・リオーネと申します。貴方は?」
「僕はリール。このテラコッタ領で暮らす者です。何かお困りではありませんか?」
「はい、実は領主のローザ様に謁見したいのですが──」
「そうか、実はローザは僕の兄さんなんだ。僕の方から掛け合ってみるよ」
「なんて偶然だい!あんた、話が早いじゃないのさ!」
「とても綺麗な薔薇の花、ですね…あの…リールさんが育ててるんですか?」
「うん、兄さんがここだけなら良いって。最初は“私有地じゃないから勝手なことをされたら困る”って嫌な顔をされたんだけど、だいぶ頼み込んでようやくOKをもらったんだ。表向きは国有の花畑なんだけど、実は僕の趣味なんだ」
「すごいたくさんの色の薔薇…見たことがない色のもあります…」
「ねえ、たしか青い薔薇って存在しないんじゃない?普通の薔薇じゃないのかな…?」
「そうなんだ。これは様々な色に咲く特別な薔薇なんだよ。僕は特に…この、緑の薔薇が好きだな」
「おお…緑の花なんて珍しいのである。緑はどうしても草葉のイメージが強いのである…」
「そうだね。緑は瑞々しく生きる草葉の色…花の彩りを支える色という印象が強いけど、僕は緑という色に強く優しい生命力を感じるんだ。こうして花になると草葉の緑とは違った趣があって美しいね」
リールは緑の薔薇を暫し愛でた後、1輪を手に取る。薔薇を携えてフラリと一行に近付くと、緑の薔薇に口付けをしてみせ、コレットに手渡した。
「よろしくね。可愛いお嬢ちゃん」
「ふえぇ!?あ、ありがとう、ございます…わたし、コレット・フィオレです…」
「コレットか。素敵な名前だね。少しの間だけど、どうぞよろしく」
「なんやキザな人やなぁ…悪い人ではないみたいやけど…」
「いきなりあんなに近付いてくるなんて…リールさん、もしかしてコレットに惚れたのかな…?」
「かもな、姉貴。明らかに意識しているよな…コレットは放っておけないから、ちょっとだけ心配だなぁ…」
突如として現れた心優しき青年リールに連れられ、バーント平原を進む。甘く優しい薔薇の香りに包まれ、歩を進める行軍の足も軽やかになっていった。
「コレット…顔が紅いですよ…?」
「リールさん…カッコいい…」
「勿体無いお言葉だよ。でも、ありがとう♪」
「リール様!それにソイツらは!?」
「…何故敵編隊と…?」
それぞれ濃紫、薄紫、コーヒー色の鎧を着た3人の宮廷騎士達が立ちはだかる。領主ローザの弟であるリールとも見知った仲であるらしく、その身を案じるような心配そうな様子で見つめていた。
「あれあれ〜?リール様の周りに悪い虫さんがいっぱ〜い!キャハハ!」
「パンジー、ヒーザー、ツィガレ…どうしたんだい?」
「“どうしたんだい?”じゃないよ!ローザ様が知ったらなんて言うか…!」
「兄さんは関係無いよ。僕は僕自身の意志でこの方々と一緒にいるんだ。それが何か悪いかい?」
「…リール様を…昏倒させる?」
「そうしよう。リール様は言い出したら聞かないからね。リール様、悪いけど少し荒い手を使うよ?」
「ああ、それなら話が早い。退いてもらう!」
「よっしゃ!私達の出番だね!」
「見てなさい!アンタ達なんて山賊仕込みのパワーでねじ伏せて──」
「お二人さん、気持ちだけ貰っておくよ。僕1人で十分だ!それっ!」
「黒紫の…波動?魔術なのですか?」
「そうだね。僕は昔からこの力を使えるんだ。負けはしないよ!!」
リールはメリッサとヴァネッサを後方へ押し退け、兄ローザの臣下である3人と対峙する。黒紫のオーラを両手に纏わせ、臆することなく騎士達に挑みかかった。
「せぃやぁ!」
「キャハッ!リール様強〜い!」
「なかなかやるね…さすがはローザ様の弟君…」
「フッ…それじゃ、そろそろ本気を出そうかな…覚悟はいいかい?」
リールが右手を振り上げるや否や、黒紫のオーラを纏った荊が地から次々に這い出る。荊自体が意思を持っているかのように自在に動き回り、騎士達を打ち据え、薙ぎ払った。
「華やかなる裁きの荊!ローズウィップ!!」
「ううっ!さすがは魔術に長けたリール様、恐ろしい術をお使いになるね…」
「任務失敗…撤退する…」
「ふえ〜ん!リール様、ひっど〜い!ローザ様に言い付けてやるんだから〜!」
3人の騎士達は南西の方角へと逃げ去っていった。一行がリールの秘められた力に驚きながらも勝利に安堵する中、フェリーナの胸の内には1つの疑問が浮かび上がっていた。
(気のせいかしら?リールさんのあの術、邪気を感じたような…)
「フェリーナ、何かあったか?お前の顔色が変わるということは、まさか…」
「…ええ、その通りよ、ヴィオ。リールさんの術、まだ断定は出来ないけど、もしかしたら…」
「用心するに越したことない、ということだな」
「フェリーナさんも気付いていたのであるか?リールさん、ローザの弟ということは…」
「うむ、だがまだ私達3人しか警戒していないようだ。それにまだ不確かな情報では皆に不要な混乱を招くかもしれない。もう少し同行して様子を見よう」
「そうね。兆候を見せれば皆も自然と気付くはず。それまでは──」
「アンタ達、どうしたの?置いてくよ〜!」
「あ、ごめん。すぐに行くわ!」
ローザ廷を目指すこととなった一行の前に現れた謎の青年リール。果たして彼の正体は?フェリーナ達の予感は的中してしまうのか?一行の行き着く先や如何に…?
To Be Continued…




