第71話『薔薇の貴公子ベガ』
シリーズ第71話目です。どうぞお気軽にご覧くださいませ!
スプルース国にてリデルと対峙し、飛び立つ勇気を込めた一矢のもとに敗れたミリアム──嘗ての自分と重ね合わせていた若草色の少女の成長を見届け、遠ざかる背を晴れやかな表情で見つめていた。
「みんな行っちゃった…寂しくなりましたね…」
「そうね…でも、あの娘達はきっともっと強くなるわ。また会う日を楽しみに待ちましょう」
「ウン…楽シミ!楽シミ!ワタシ、一緒ニ強クナル!」
「リンド、アイラ、帰りましょう。あの娘達が安心して旅が出来るように、私達はスプルースを…この国の緑を守っていきましょう」
「ワカッタ!…アイラ、帰ロウ?」
「う〜ん…もう少しだけ、みんなの背中を見ていたいな。みんなが見えなくなるまで…」
一行を離れたミリアム、アイラ、リンドの3人が見つめる先には彩りの戦士の一員として堂々と歩みを進めるリデルの姿があった。1歩、また1歩と成長していくリデルを仲間達も優しく見守りながら、共に戦い、共に歩んでいった。
「リデルちゃん、体調は大丈夫ですか?無理はしないでくださいね」
「はい。ネイシアさん、心配かけてごめんなさい…」
「ホントにね…リタとヴィオがミリアムの戦意に賛同するなんて驚いたよ…」
「まあ、いいじゃないか、エレン。俺はすごく良い戦いだったと思うぜ。きっとリデルにも良い経験になったと思うよ。な、ヴィオ?」
「そうだな。さて、そろそろブルーノ国に入るぞ。目印の看板が見えてくるはずだが──」
「あれだ!見えてきた!よ〜し、ブルーノ国でもガンガン盛り上がっていこうじゃん!」
その同じ頃、魔空間。カストルの敗北以降は沈黙を貫いてきたかに思われた魔族七英雄だったが、中核を担うアンタレスとベガは密かに黒き策謀を巡らせていた。
「よし、奴等がブルーノ国に入った。ベガ、迎撃の体勢は整っているか?」
「ああ。ブルーノ国における指揮は邪教戦士のローザに任せている。とは言え、奴は邪教戦士としては下位の存在…保険としてディアボロ7人衆であり私の配下であるラストに補佐をさせる手筈となっている」
「フッ、流石はベガ。不測の事態に備えた後ろ楯まで万全か…策士だな」
「これは光栄だ。まあ、少し口が巧いだけのローザが手柄を立てれば幸運だろう。奴の将としての体面は建前、あくまでその実は戦う軍の者達にあるのだからな…」
「まあ、先鋒隊としては十分だろう。俺とシリウスとアルタイルの部隊はまだもう少し時間がかかる。奴らに健闘してもらうとするか…ベガ、頼むぞ」
魔の企みが黒く渦巻く頃、一行はブルーノ国の地を踏み締めていた。青々と広がる広大な平野部と力強く聳える山岳部が一行を出迎える。豊かな大自然の息吹を全身に感じながら、新たな1歩を踏み出そうとしていた。
「大自然の精霊の息吹を感じるわ…穏やかな空気が心地好いわね」
「うわぁ、バーント平原だ!西の山の先にアランチョ国があるんだね…ガルセク渓谷も楽しみだなぁ…」
「ええ、西端のガルセク渓谷を越えれば傭兵ギルドのあるアランチョ国ですわね…ザラームさんを送るためにもうひと頑張りですわよ!」
「は〜い!お姉ちゃん、がんばろう!」
「……あ、ああ。そう、だな……」
(ヴィオさん、明らかに寂しそうな顔をしていますね…やっぱりヴィオさんって冷たそうですけど実はザラームちゃんには甘いですよね──)
(ケイトさん、それは禁句なのである。まあ、でも確かに否定のしようはないのである…)
一行はブルーノ国の国境を越え、玄関口であるテラコッタ領に入る。市場には店の屋台が立ち並び、店主の威勢の良い掛け声と行き交う人々の呼応で活気が満ち溢れ、賑わっていた。
「おお〜…!活気がすごいッス!燃えてるッスね!」
「どの食材もすごく活き活きして美味しそう…美味しい料理になりそうだね♪」
「そうですね、カタリナ。では、せっかくだから買い物していきましょう。食材と傷薬を買いましょうか…アミィ、お願いします」
「ほいほい〜!モニカ姉ちゃん、買い物ならウチに任しとき!」
「へぇ、この一団はアミィが財布を握っているのか…まだ小さいのに偉いね」
「アンジュ姉ちゃん、子供扱いせんといてぇや!ウチは商人の娘や。買い物は得意分野の1つやで〜!」
「ハハッ、すまないね。では、ご教示願おうかな?」
「よ〜し、張り切ってジャンジャン買い物するで〜!」
「へぇ、肉も魚も活きが良いね!酒の肴にも良さそうじゃないのさ!」
「おう、どれも新鮮じゃのう!さて、ここはアミィに着いていくとするか!」
アミィは水を得た魚のように活き活きとした様子で市場に飛び込んでいく。壁を作ることのない気さくなアミィの人柄は市場の賑わいの中にも自然に溶け込んでいき、親譲りの話術も相まって次々と安値で購入していった。
「まあ、ざっとこんなもんやな♪ええ買い物出来たわ!」
「す、すごい…!ほとんど半額…いや、それ以下で買えたものもある…!」
「そやろ〜?伊達に商人の娘やってへんで?」
「そうだね、恐れ入ったよ。値切りの話術もすごいし、商品を見る目も肥えているんだね」
「ヘヘン♪ウチだってやるときはやるで!お財布はウチにお任せや!」
「あたくし達それぞれに役割があるのですわね。これも祝福の証が紡ぐ絆──」
「宿の手配が出来たわ。テラコッタ領は広いから滞在時の拠点にしていきましょう」
「エリス、ありがとうございます。では一度休みましょうか」
まだ日が傾くには早い時間だったが、一旦宿に入り、小休止。荷物を降ろして一息着いたものの、一行はまだ羽を休めることなく、ブルーノ国を歩む道程を見出だすための算段をしていた。
「さて、休むにはまだ早いですわね…これからどうしましょうか?」
「私は街に出てブルーノ国と周辺に関する情報を集めに行くよ。これからまたブルーノ国には長くお世話になりそうだからね」
「エレン、わたしも一緒に行きた〜い!連れてって!」
「俺も行くよ。新しい土地は自分の目で見るに限るからな」
「私も同行するわ。外に出てブルーノ国の息吹をもっと感じ取りたい…」
「私も、よろしいですか?是非ブルーノ国に愛の光を灯しに行きたいですわ♪」
「うん、気を付けて行ってらっしゃい。今日の夕食は私が作るよ。美味しいの作って待ってるからね♪」
「カタリナさん、私もお手伝いします。愛情をたくさん込めて作りますね!」
「やったぁ!カタリナとネイシアの料理、めっちゃ楽しみ!」
「フフッ、楽しみね。モニカ、夕食前に手合わせのお相手願えるかしら?」
「はい。実はティファとは前から手合わせしてみたかったんです。本気でいきます!」
「うおぉ!燃えてるッスね!自分らもトレーニングするッス!」
「よっしゃ!テリー、久しぶりにワシと稽古するか!腕が鳴るのう!」
「なあ、ビクトリア。たまにはアタシとセッションしないか?」
「おっ、トリッシュ!あんたと手合わせって新鮮じゃないのさ!良いねぇ、互いに手加減無しだよ!」
モニカはティファ、テリー、ステラ、トリッシュ、ビクトリアと共に鍛練を始め、カタリナとネイシアは夕食の準備に取りかかり、エレンはコレットとリタ、フェリーナ、リーベを連れて都市部へと繰り出す。一行が再び動き出した頃、魔空間──ベガは配下であるディアボロ7人衆の1人、ラストを呼び出していた。ラストは黒いスーツに身を包み、髪と瞳は鮮やかなピンク色をしている。可愛らしささえ感じる中性的な顔立ちからは闘争心があまり感じられず、いかにも優男という佇まいを見せていた。
「ラスト、ブルーノ国の先鋒隊の指揮だが、ローザだけでは心許ない。お前に補佐役を頼みたい」
「は、はい…僕では役者不足かもしれませんが、ベガ様の命ならば喜んで」
「感謝する。但し、戦果をあげるのは構わないが、彼女達の華やかなる美を汚すことのないようにな」
「はあ…わかりました。ベガ様の為、力を尽くします」
「フフッ、頼りにしているぞ。ローザを助けてやってくれ」
陽が傾き、空の色がオレンジから紺碧に移ろう刻となり、一行は夕食を食べながら穏やかに語らう。一行の中でも料理上手な2人──カタリナとネイシアが愛情を込めて作る料理は皆の空腹を優しく満たしていく。
「うわぁ〜!美味しい!モグモグモグ…」
「クレア、落ち着いて。喉に詰まらせては大変よ?」
「クレアちゃん、まだたくさんありますから、ゆっくり食べてくださいね♪」
「フフフッ、フェリーナさんがお母さんみたいなのである。微笑ましいのである♪」
「うおぉ!ウマいッス!ムシャムシャ…ガツガツ…」
「おう!稽古の後の飯は旨いが、カタリナとネイシアの料理なら格別じゃわい!ガツガツ…モグモグ…」
「テリー姉ちゃんもステラ姉ちゃんも早食いかいな…やれやれ、ホンマに世話の焼ける人達やわ…」
夕食後は集会場を借り、今後の行軍の行程を話し合う。ルーシーとイレーヌが中心となり、ブルーノ国の地図と向かい合いながら行軍の経路を確認していた。
「エレン達が集めてくれた情報によるとテラコッタ領から直接山岳地帯には行けないみたい。魔族やならず者の奇襲の可能性もあるし、東西に長く伸びているバーント平原から進むのが安全かつ妥当ね」
「では、バーント平原を西に横断して山岳地帯を目指しましょう。途中シエナ領を経由していくことになることになるでしょうから、シエナ領に入り次第、再度体勢を立て直して慎重に行軍していきますわよ」
「そういえば、ブルーノ国の平野部ではバーント平原を中心に活動する騎馬騎士の一団がいるはずよ。我々バーミリオン騎士団とも交流があるから、きっと力になってくれるわ」
「おお、それは素晴らしいのである!張り切って前へ進むのである!」
「ええ、なんだか魔族の気配が近いような気がしますけど…あたくし達は負けませんわ!」
「ビアリーの言う通りです。どんな脅威が迫ろうと、私達は絶対に負けません!共に手を取り合い、魔族に立ち向かいましょう!」
一行の中心に立つモニカの号令に皆が意を同じくしていたが、ビアリーの脳裏を過る黒き予感は図らずも的中していた──ベガ率いる魔薔隊の拠点である魔空間〜艶麗〜。色とりどりの薔薇が辺り一面に咲き乱れる中、庭園の主であるベガは1人佇む。ピンクの花弁に包まれながらラストが姿を現すとベガは身を翻し、自身の前に跪くラストに優しい眼差しを向けた。
「ベガ様、先程ローザと示し合わせました。作戦はいつでも開始出来ます」
「ご苦労様。彼女達を迎える用意は整ったのだね?」
「はい。仰せの通りに事が進むよう、力を尽くします」
「フフッ…祝福の証の色を以て戦う少女達はかくも美しい…さあ、私の花園を彩る華やかなる宴の幕開けだ…!」
To Be Continued.The Story Goes To Next Chapter…




