第70話『碧緑の瞳』
シリーズ第70話目です。どうぞお気軽にご覧くださいませ!
スプルース国の山賊達と結託し、魔物の群れを退けた一行。エレンは賊に襲われ恐怖した過去を断ち切り、晴れやかな気持ちで次なる目的地ブルーノ国への歩を進めようとしていた。
「お世話になりました。ありがとうございました」
「礼を言うのはこっちの方さ。魔物相手にたいしたもんだよ!ありがとうな!」
「賊長、あの…私達、この方々と一緒に戦いに行ってもいいですか…?」
「おう、2人とも嬢ちゃん達に鍛えてもらってこい!待ってるぜ!」
「はい!行ってきま〜す!」
「メリッサ、ヴァネッサ、よろしくね!さあ、出発しよっか!」
メリッサとヴァネッサを加え、新たな1歩を踏み出していった。山賊の集落から出発し、少しずつブルーノ国へと渡る国境が近付いてくる。山賊の集落付近は赤茶色が目立つ武骨な岩山だったが、集落を離れるにつれて少しずつ緑が増えてきた。
「もう少しでブルーノ国ですわね。フェリーナさん、ブルーノ国はどんなところですか?」
「ブルーノ国は平原や山岳地帯が多くて山や草木…大自然の精霊の伝承がたくさんあるわ。スプルース国と並んで豊かな自然に恵まれた国よ」
「あたし、ブルーノ国はずっと行きたかったんだ!大自然、ワクワクするね〜!」
「わ〜い、ブルーノ国だ〜!リデルちゃん、楽しみだね!」
「は、はい!そうですね、コレットさん…」
(…リデルちゃん…私は…)
ミリアムはリデルを無意識のうちに案じていた。過去の自分と重なる若草色の少女──彼女のために自分には何が出来るのか──その問いに自分なりの答えを見出だしたミリアムの胸の内にはある決意が秘められていた。
「リデルちゃん、ちょっといいかしら?」
「!?ミ、ミリアムさん?どうかしましたか…?」
リデルはミリアムの声色から奥底に潜む感情の機微を感じ取る。自分に呼び掛けたミリアムの声は硬く強張っており、表情もいつも以上に引き締まっていた。リデルは少し息を呑みながらも、毅然とした態度でミリアムに向かい合っていく。
「貴女が昔の私に似てる、っていう話は前にしたわね?そこで貴女に言いたいことがあるんだけど」
「はい…何かありましたか…?」
「うん、リデルちゃんがこれまでの旅で何を得たか、これから何を得ていくのか、確かめさせてもらうわ!私と勝負しなさい!」
「ミリアム!?何を言ってるンだい!?」
「なんじゃなんじゃ!?どういう心変わりじゃ!?」
思いがけぬ人物がリデルに挑戦状を叩き付けたことに一行は驚き戸惑うが、当のミリアムの瞳には一切の迷いがない。リデルに向けているその真摯な眼差しから冗談の類ではないことが容易に見てとれる。
「ミリアム姉ちゃん、本気なん?いきなりどうしたん?」
「私は…リデルちゃんの成長を願ってる。これからも勇気を持って魔物達に立ち向かって欲しい…だから私は今、リデルちゃんの前に立ち塞がる壁になります!!」
「ミリアムお姉様、思い切りましたわね…」
「驚きッス…なんてことを…」
リデルのみならず、一行の皆にとって青天の霹靂──一行は予想だにしなかった事態に戸惑いを口にしたが、リタとヴィオだけは変わらぬ平静を見せていた。
「なあ、俺はみんながどう思うかよりもリデル本人がどうするかが大事だと思うぜ。リデル、どうする?」
「あの…えっと…や、やります!」
「そうか、ならば私も異論はない。好きにしろ」
「リタちゃん、ヴィオさん…どうしてそんなに落ち着いていられるんですか?」
「そうだな…俺はリデルにとって絶対に有意義な経験になるって思ったんだ。ネイシアは優しいから見てて辛いかもしれないけど…」
「私もリタに同意だ。全く無駄な戦いならとっくに止めている。ミリアムがリデルの成長を願ってのことなら互いに有益だろうし筋も通っている。これなら止める謂われはないからな」
「リタちゃん、ヴィオ、ありがとう。それなら気兼ねなくやらせてもらうわ!行くわよ!!」
「…はい!!」
リデルは突如立ちはだかる壁に立ち向かう決意を固め、ミリアムと対峙する。一行が固唾を呑んで見守る中、リデルの力の具現たる虫の一刺しから口火を切った。
「バグズバンプス!」
「クッ!やる気になったみたいね…それならこちらも!」
ミリアムは両掌を構え、エメラルドグリーンの彩りの力を掌の内に込める。透緑のエネルギー弾はみるみる膨れ上がり、リデルに向けて炸裂していった。
「アルヴェージャ・バースト!!」
「ビードルアーマー!」
甲虫の如く強固な盾がリデルの身を守り、攻勢に転じる。想いを秘めた一矢が蜂の針の形に具現し、弾丸のように放たれた。が──
「ビーニードル!…あ、あれ…?」
「うわわ!?ミリアムさんの体がバラバラになったのである!」
「人体が植物のように千切れるなんて…いったいどうして──」
「気付かなかったのかな?こっちだよっと!」
「キャッ!!」
リデルが撃ったのはミリアムの姿を象った“幻影”だった。木の影に潜んでいたミリアム“本人”に背後から蹴りを見舞われ、砂埃にまみれながら地に伏せた。俯せに倒れるリデルに対してミリアムは一切の慈悲を見せなくなっており、立ちはだかる者としての“覚悟”を表情に滲ませていた。
「うう…痛い…」
「諦めそうな自分に負けては駄目!向かってきなさい!!」
「リデル…負けないで…」
「大丈夫だぜ、カタリナ。俺は信じるよ。酷かもしれないけど、リデルはまだまだ俺達が思う以上の可能性を秘めている。この戦いもきっとリデルの糧になるぜ!」
「リタ…グスッ…」
(あ、姉貴がリタに!?クソッ…が、我慢我慢…)
「トリッシュ、貴女から僅かに邪気を感じるんだけど…大丈夫?」
「ああ、大丈夫だよ…リデル、諦めんな!ミリアムをブッ飛ばしてやれ!」
「負け、ません…頑張ります!」
「そう来なくっちゃ!さあ、向かって来なさい!」
リタは眼に涙を溜めたカタリナを抱き止め、リデルに熱い視線を送り続ける。リデルはゆっくりと立ち上がり、戦意を胸の内に熱く燃やして立ち向かった。
「バグバズ・ノイズ!」
「うわあっ!み、耳が…!」
「で、例によってワシらも巻き込まれると…うぐぅ…」
見守る仲間達をも巻き込むけたたましい羽音がミリアムの神経の末端にまで響き渡る。動きを封じられ、防御もままならぬミリアムに対し、リデルは臆することなく次なる一手を撃ち込んだ。
「ビーニードル!」
「グッ!ううっ…」
「よ〜し、毒が入ったぜ!」
「へぇ、やるじゃないのさ!リデル、その調子でミリアムを脅かしてやりな!」
針が突き刺さった位置から青紫の毒がジワジワと回っていく。毒を受けたミリアムの顔は青ざめていたが、その表情から戦意が失われることは無かった。
「フッ、やるじゃない…こうなったら最後の手段!チェスティーノ・アルヴェージャ・ドレイン!!」
「あっ!?リデル、足下です!」
「えっ!?そ、そんな…!?」
蔓がリデルの足下から次々に沸き出てくる。碧と伸びる蔓は四肢に絡まり、リデルの全身を縛り付けた。更に縛られたリデルの体に覆い被さるように蔓がまとわりつき、蔓の檻の内に封じ込めた。
「リデル姉ちゃん…これ、アカンのとちゃう!?」
「ふえぇ…リデルがツタに閉じ込められちゃった…」
「あわわわ…リ、リデルが…!」
「フフフ…リデルちゃんの体からエネルギーを吸収して毒を治させてもらうわよ!覚悟なさい!」
「リタ、ヴィオ…アンタ達が囃し立てるから…!」
「大丈夫、俺はリデルを信じる…エレンも、みんなも、信じて欲しい!」
「そうだな。リデルは迷いながらも前に進む“覚悟”を持っている。そうでなければ魔族に立ち向かうなんて怖くて投げ出しているだろう。今、ミリアムと戦う姿…それがリデルの“覚悟”の証だ」
自身への信頼を口にするリタとヴィオを尻目にリデルは次々に伸びる蔓に体を包み込まれ、碧の檻に閉じ込められた。皆が口々に不安に満ちた胸中を吐露する中、リデルの闘志は──彩りの戦士として歩む“覚悟”は──少しも揺るがなかった。
『やるじゃん!まさかリデルに手柄を取られるなんてな!すげぇROCKだったよ!』
『トリッシュの言う通り!あっしも正直ビックリしたぞなもし!』
『やったね、リデルちゃん!わたしもと〜っても嬉しいよ!!』
『リデルちゃん、やっぱりやれば出来るじゃない。私だけじゃなく、ここにいる皆が貴女を信じているのよ』
『そうです。今までもこれからもリデルの力は絶対に必要です。共に支え合い、共に歩みましょう!』
(私も、みんなと一緒に戦いたい…負けたくない…!)
仲間達の言葉を思い返すリデルの紋様から若草色の優しい光が次々に溢れ、蔓の檻を突き破る。リデルは碧き闇に閉ざされた檻から勇気を振り絞り踏み出していった。蛹を突き破り、天駆けるべく翔び立つ蝶のように──
「プリマヴェーラ・スウォーム・エマージェンス!!!」
「つ、強い…!リデル、ちゃん…」
ミリアムは宙を舞い、リデルの成長と勇気に想いを馳せながら倒れ込んだ。リデルの前に屈したミリアムだったが、“敗れて悔い無し”とばかりに青々と広がる天を仰ぎながら満足げな微笑みを浮かべていた。
「勝負あり、だな。リデル、頑張ったな…」
「2人の治療をしなきゃ!ネイシア、ミリアムをお願い!」
「はい!…予想以上に激しい戦いでしたね…」
カタリナとネイシアの治療を受け、リデルとミリアムは再度向かい合う。しかし、戦う相手ではなく互いに認め合った“仲間”として向かい合っていた。遂に国境に辿り着き、ミリアムは名残を惜しみながらスプルース国から一行を送り出そうとしていた。
「リデルちゃん、貴女はまだ皆も知らないくらい底知れぬ強さを秘めているわ。きっと私が想像もつかないほどに強くなる…そう信じてる」
「うん!リデルちゃんの一生懸命な姿、すごくカッコ良かったよ!最後まで諦めないで戦うってソフトボールでも大切なことだもの!」
「ミリアムさん…アイラさん…」
「これで安心してスプルースから送り出すことが出来るわ…また会える日が楽しみね」
「そっか…ここでミリアム達とお別れか…元気でね!」
「ミリアム、アイラ、リンド…ありがとうございました。たとえ離れても私達は仲間です!」
「ええ、この左手に印された彩りがあたくし達が集う旗印ですわ。必ずまたお会いしましょうね」
「モニカさん、ビアリーさん…ありがとう!またみんなでソフトボールやろうね!良い旅を!」
「ミンナ、大好キ…バイバイ!マタネ!」
「みんな、スプルースに来てくれてありがとう。必ずまた会いましょう!」
一行はスプルースの旅路を共にしたミリアム、アイラ、リンドの3人と別れた。ミリアムは自分という壁を乗り越えたリデルの背を感慨深げに見つめている。3人と再会を約束し、森の都スプルースを後にした一行の澄み切った眼前にはブルーノ国の豊かな大地が間近に迫っていた。
To Be Continued…




