第66話『夢色ボールパーク〜後編〜』
シリーズ第66話目です。どうぞお気軽にご覧くださいませ!
スプルース国にて出会った少女アイラのソフトボールチームの助っ人を買って出た一行。1週間前までは素人同然だったにも関わらず、アイラの熱血指導のもとの熱心な鍛練と旅路で培った絆の力で勝利を掴んだ。
「うおおぉぉ!美味いッス〜!」
「どんどん焼きますから、たくさん食べてくださいね〜!」
「美味いねぇ…焼き肉だけど、明日は大事な試合だからノンアルコールビールで我慢しとくよ!」
「フフッ、美味しいです…」
試合の中で力を着けていく一行は準々決勝、準決勝と順調に勝ち進んでいき、この日は決勝戦前夜。寄宿舎にアイラを招き、焼き肉で決起集会を行っていた。
「まさかあのグリーンエンペラーズと戦えるなんて…みんなのおかげだよ!」
「へえ、グリーンエンペラーズね…そんなに有名なチームなの?」
「はい、いつも決勝戦、悪くてもベスト4には入る強豪なんです」
「それなら相手に不足なしだな!アタシらも全力でぶつかっていこうじゃん!」
「ええ、わたくしも戦略の研究は万全ですわ!アイラさんの代わりの指揮はお任せくださいね」
「いよいよ千秋楽じゃ!気合い入れていくぞい!」
「そうですね。私も明日の勝利を願います。私達に天の加護がありますように…」
一夜明け、遂に決勝戦を迎えた。対戦相手のチーム、グリーンエンペラーズは毎年優勝争いを繰り広げており、国外からも優秀な選手が参加している程の強豪チームだ。決勝戦のスターティングメンバーは──
1番サード テリー
2番セカンド リタ
3番センター ヴィオ
4番ショート アイラ
5番ファースト エレン
6番レフト ビクトリア
7番キャッチャー クレア
8番ライト リーベ
9番ピッチャー モニカ
「さ〜て、張り切ってやってやろうか!」
「オッス!闘魂燃えてるッスよ!絶対に勝つッス〜!」
「こんな緊張感も悪かないねぇ。ヴィオ、あんたもしっかり頼むよ!」
「フッ、お前もせいぜい足を引っ張るなよ?さて、仕事するか…」
「つい1週間前までバットもグローブも触ったこともなかった俺達が決勝戦なんて…夢を見てるような気分だぜ…」
「リタお姉様、夢は叶えるものですわ!私達の愛と絆の力で美しき勝利を掴みましょ!」
「うん、あたし達なら絶対勝てるよ!やるぞ〜!頑張るぞ〜!」
「みんな、ありがとう。ここまで来られるなんて夢にも思わなかった…頑張ろうね!」
「…はい。私達は負けません!いきますよ!!」
心を1つにした9人はそれぞれの守備位置へと散っていく。遂に決勝戦、戦いの火蓋が切られる!
「プレイボール!!」
モニカは息を整え、1番打者に第1球を投じた。クレアのミットに収まる前にバットが重なり──快音と共にモニカの真横を猛スピードの打球が横切る。リタとアイラが反応する間もなく、ヴィオの立つセンターに転がった。
「クッ、いきなり打たれるだなんて…!」
「しかも初球からだぜ?さすがに俺達には手強そうだな…」
「大丈夫大丈夫!始まったばかりなんだから、そんな暗い顔しないの!」
「エレン…すみません…」
2番打者は躊躇い無く送りバントを仕掛ける。が、転がした打球は勢いが着いたままであり、あわよくば併殺を狙える様相だ。サードのテリーがいつもと同じような調子で猪突猛進とばかりに突っ込み、2塁へ投げる。が、込めすぎた力を制御しきれず、球はリタの遥か頭上へ──
「うわっ!?た、高い…!」
「や、やってしまったッス…!」
「リーベちゃん、3塁だよ!早く球を戻して!」
テリーの2塁送球が高く逸れ、ライトにまで転がってしまった。結局ノーアウト1、3塁──余計に傷口を広げる形となり、いきなりピンチに立たされたモニカ達の表情には次第に焦りの色が滲み始めた。
「いきなりヤバいよ!ど、どうしよう!?あわわわ…」
「クレア、アンタが慌ててどうするの!キャッチャーがしっかり締めてくれないと──」
闘争心を挫かれ焦燥に翳る一行のもとにアイラが駆け寄る。意気消沈したモニカ達とは打って変わって一点の曇りも無く、晴れやかに無邪気に笑っていた。
「勝っても負けても私はみんなと一緒にソフトボールをやれて幸せなんだよ。だから、みんなにも楽しんでほしいな!」
「…アイラ…」
「もちろん勝てれば最高ですけど…大丈夫、万が一負けても命を取られるわけじゃない。楽しみましょう!」
屈託ない爽やかな呼び掛けに皆の凝り固まった気持ちが和らいでいく。アイラは活き活きした表情でソフトボールを心から楽しんでいた。先制点のピンチを迎えてなお笑顔のままグラウンドに立つアイラの姿からは平静を通り越して余裕すら感じられた。世界に平和をもたらすべく魔族との戦いに身を置き続けているうちに、知らず知らずの間に本当の意味での“心の余裕”を失っていたのかもしれない──マウンドに立つモニカを始め、18人全員が小さな気付きを見出だしていた。
「アイラさん、楽しそうですわね…」
「うん、ずっとニコニコしてる。ソフトボールが大好きなんだね!」
「そうじゃのう、カタリナ。ワシもスモウ・レスリングに夢中になるから、気持ちはよくわかるわい!」
その後、3番打者をショートフライに打ち取るも、4番打者にレフトへ犠牲フライを許し、先制点を献上する。アイラの前向きな言葉を受けたものの、モニカの胸中には先手を許したことに対する複雑な想いが絡まっていた。
「…すみません…」
「…モニカ、笑顔で、な?」
「リタ、すみま……ありがとうございます」
緊張が少しずつ和らぎ、なんとか初回を1点のみの失点で食い止めた。一行の攻撃に転じるが、1番テリーはバットに掠りもせず3球三振──2番リタも打つ──というよりは打たされたという様相でキャッチャーゴロに打ち取られた。
「ヴィオさん…頑張って…」
「リデル、大丈夫だよ。ヴィオなら何かやってくれるよ。そんな気がする!」
(たしか力加減はこれくらいだったか…よし、内野は定位置──)
「ヴィオさん!?」
ヴィオは不意を討ち、奇襲バントを敢行する。転がった打球を拾う頃にはヴィオは既に1塁に達しており、内野安打となった。
「ヴィオ姉ちゃん、見事やなぁ…」
「フッ、まあ不意討ちならお手のものだ」
決勝の舞台を楽しむ4番アイラは表情を引き締め、碧の帝王に対峙する。ゆっくりと球を見極め、懐に好球が飛び込むのを見逃さずに振り抜いた。
「行ッけぇぇ〜!!」
ヒット性の打球が一行の希望を乗せ、左中間へ一直線に飛んでいく。センターが白球に向かって駆け、翔びついていく。好守に阻まれ、球がグローブに収まるや否や、ベンチからは溜め息が漏れた。
「アウト!チェンジ!」
「ああ…惜しい…」
「仕方無いわ。切り替えていきましょう。必ず精霊が味方する時が来るわ」
一行は臆することなく碧の帝王達に遮二無二食らい付く。なんとか追加点を食い止めていたが──4回表、グリーンエンペラーズの攻撃で非常事態が発生した。
「あっ…!ううっ!」
「アカン!モニカ姉ちゃん!!」
相手打者の打球がモニカの右手首に直撃する。モニカはマウンドに倒れ込み、守備に着いていた者はおろか、ベンチに控えていた者も慌てて駆け寄った。
「モニカ!大丈夫ッスか!?」
「ええ…少し痛みますが…問題はありませんよ」
「モニカ、アンタの手は剣を握るんだから、無理しないで!ネイシアに治療してもらってよ!」
「…私に任せて。私がピッチャーをやるわ」
アイラはベンチに戻ると、右手にグローブを着けてマウンドに駆けてきた。それまで左手に着けていたはずのグローブが右手に着けられていることに疑問を感じずにはいられなかった。
「アイラ…左手で投げるの?」
「うん。実は私、両利きなの。それに左手の方が力が出せる気がするの…今ならね!」
「アイラ…祝福の証が…!」
仲間達の視線がアイラの左手の一点に集中する。アイラの左手にリーフグリーンの彩り──祝福の証の紋様が浮かび上がっていた。
「最初にマウンドで円陣を組んだときに左手が熱いと思って見てみたら、この印が出てたの。なんだかわかんないけど…」
「そうだよ。俺達はみんなこの印があるんだ。アイラの力、信じてるぜ」
「アイラ、チームメイトとして、“仲間”として、あとは貴女にお願いします!」
「…はいッ!」
モニカはアイラにマウンドを譲り、治療のためにベンチへと退いた。空いたショートにはビアリーが入り、守備の体勢が再び整う。彩りの力を覚醒させ、ソフトボールへの真っ直ぐな想いを1球1球に込めた。
「はあッ!!」
「ストライク、バッターアウト!!」
アイラが好投を見せ、4回裏。一行は緩急自在の相手ピッチャーに打開策を見出だせないままだったが、ベンチにいたコレットが唐突に口を開いた。
「ねえねえ、わたしずっと見てたんだけど…ピッチャーのお姉ちゃん、遅いボール投げるときに握り方を見てるよ?」
「…!!本当だわ…握りを確かめてる…!」
「コレット、フェリーナも気付かないことに気付くなんて、すごいよ!これならきっと打てるね♪」
「そうだな、姉貴。よし、ボッコボコにしてやろう!」
コレットの気付きが奏功し、打線が勢いを着けていく。狙い球を絞ることで瞬く間に好転し、勝ち越しに成功する。更に7番クレアに代わり打席に立った代打ステラに至っては──
「すごい!!場外ホームランだよ!!」
「ワ〜ッハッハ!我ながら会心の一発じゃわい!」
「これで5対1ですわ!一気に試合を決めましょう!」
しかし、劣勢に立たされた碧の帝王は黙ってはいなかった。ステラのホームランでピッチャーを交代し、事態の収束を図ってきた。現れたピッチャーは軟投であり、速球と変化球の区別が付きにくい。打線の勢いを封じられ、8番リーベ、9番ビアリーと倒れた。
「チッ、仕方無いな…とにかくリードを守り抜くぞ」
「アイラお姉様、頼りにしています。素敵な活躍、見せてください!」
アイラはリーベの呼び掛けに白い歯を見せて笑い、マウンドへと駆ける。祝福の証が覚醒したアイラの快投が冴え渡り、エンペラーズ打線を封じ込めていく。6回表に1点を返されたものの、3点をリードした状況で6回裏、1番テリーの打順で指揮を執るルーシーが動いた。
「テリーさん、代打を送りますわ。ごめんなさいね」
「…了解ッス。自分の役割はここまでッス。あとはみんなに任せたッス!」
テリーに代え、代打トリッシュ。一切の理屈を排除し、初球から食らい付くと決めていた。荒々しくも勇猛に、白球に襲いかかるように打ち据えた。
「オラァ!!」
「クッ…!」
少々乱暴に叩き付けた打球はピッチャーのグローブを弾き、内野安打となった。続く2番リタに代え、代打カタリナ。初球から姉妹の連係──トリッシュがスタートを切り、カタリナの打球はライトへと転がった。
「初球エンドラン!?この場面で決めるなんて…さすがだなぁ…」
「フッ、ラブラブ姉妹で一気にチャンスか…よし、私が仕留める」
3番ヴィオは辺りを見渡し、風の流れを見ていた。砂を手に取り、左方向に流れていることを確かめる──力を込めず緩やかに放った打球は風に乗り、レフト前に落ちて弾んだ。
「ヴィオ!やるじゃないのさ!」
「フッ…この程度、当然だ」
畳み掛けたい場面だが、後続が続かず1点止まり。6対2で最終回──代打したトリッシュとカタリナに代わりサードにフェリーナ、セカンドにアミィが着く──あと3つのアウトを取れば優勝を掴み取れる。キャッチャーのステラがアイラにボールを手渡し、穏やかに微笑みかけた。
「アイラ…あとは頼むぞい」
「みんな…ありがとう。みんなが私をここまで連れて来てくれた。最終回はみんなへの感謝を込めて投げるね!」
「こっちこそありがとうやで!ソフトボールって楽しいんやな♪」
「楽しいことは1人よりも皆で共有すればもっと楽しいですわね。楽しみという甘美な味は絆というスパイスで更に美味しくなる…あたくし、今、すごく楽しいですもの」
「アイラにも目覚めた精霊が着いているわ。きっと勝てるとみんな信じてるわよ」
「さあ、気合い入れて優勝するよ!もうひと頑張りしようか!!」
アイラはステラが構えた位置に真っ直ぐに投げ込んでいく。伸びやかな迷いの無い球道はソフトボールに一途に打ち込んできたアイラの道を体現するようだった。
「ストライク、バッターアウト!」
しかし、舞台は決勝戦──碧の帝王は簡単には敗れまいと最後の抵抗を見せる。連打で1アウト1、2塁。更に続けてヒット性の鋭い打球が三遊間へ──
「はあッ!!」
「…!!…ビアリーさん…」
ショートのビアリーが飛び付き、華麗なファインプレーを見せる。2塁のアミィに送球──あと一歩間に合わず、ダブルプレーで決着とはいかなかったが、いよいよ2アウト──あと1つのアウトで栄冠を手にする──その重圧は否応なしにのし掛かり、アイラを手元を狂わせた。
「ボール、フォアボール!」
「…大丈夫じゃ!ほれ、落ち着いて投げんしゃい!」
「はい…ああッ!?」
暴投で労せずして1点を許し、なおも2アウト2、3塁。すると、ルーシーがベンチからマウンドに歩み寄る。ここに来て交代か──と思われたが、どうも違うらしい。ベンチに控えた面々も次々に続き、キャッチャーのステラ、内野手の4人、外野手の3人──全員がマウンドに集まった。
「アイラ、あともう少しだよ!わたしも頑張って応援するからね!」
「あ、あの……きっと大丈夫です…信じています…」
「今、私達が共に歩むこの道はアイラさんが自分の意思で切り開いた道です。アイラさんには天の祝福が必ずありますよ」
「アイラさん、もうわたくしはこれ以上指揮は執りません。アイラさんに託しますわ!」
「ここにあるのは私達とアイラを繋ぐ確かな絆です。貴女の真摯な想い、私達が見届けます!!」
「モニカさん、みんな…私…やってみせるよ!」
アイラはリーフグリーンの紋様をジッと見つめた後、打者に向かい合う。不安と重圧を断ち切ったアイラの心に曇りは無く、ソフトボールへの純粋で直向きな想いがボールに込められ、躍動していた。
「これで決まりだぁぁッ!!」
相手打者のバットが空を斬る。その一瞬、球場の時がピタリと静止する。一瞬の静止の後、大きな歓喜が波紋となって球場全体に轟いていった。
「ストライク、バッターアウト!ゲームセット!!」
モニカ達は碧の帝王に打ち勝ち、優勝を果たした。大きな歓喜の中、誰よりも喜びを噛み締め、絆の力に想いを馳せていたのは他の誰でもない、アイラだった。
To Be Continued…




