第63話『琥珀の闘拳、丹玄の覇王』
シリーズ第63話目です。どうぞお気軽にご覧くださいませ!
アザレア王国にて盗賊団を討伐し、愛する地の平穏を守る一助となったテリー達一行は依頼人から謝礼として精霊の神殿の鍵を授かる。それから数日、多方面から舞い込む依頼を皆で協力して解決しながら更なる高みへ駆け上がろうとしていた。
「闘の神殿の場所が解ったわ!北西部のハイデ山脈の奥地の遺跡群よ」
「どれどれ…うわっ!?随分と深い場所に建ってるじゃないか!!」
「こんなところ、歩きでも車でも無理だぞ!?どうするんだよ…?」
「大丈夫。私が軍に掛け合ってヘリコプターを手配してもらうわ!」
「頼むわよ、ルーティ。闘の精霊はオーディンというのね…フェリーナに習っておけば良かったわ」
「精霊の試練…必ず乗り越えてみせるッス!」
翌日、ルーティの働き掛けにより手配されたヘリコプターに乗り込み、一行は闘の神殿が建つハイデ山脈へと飛んだ。荒々しい山々が連なって聳える世界有数の名峰群である。天に向かって頭を出し、眼下に大地を見下ろす堆い山々を機内から見下ろしながら試練の地へと向かっていた。
「大きいな…僕達人間では遠く及ばぬ大自然の力、やはり偉大だね」
「ああ、ハイデ山脈ほどの絶景は世界中巡ってもなかなかお目にかかれないよな…アザレアの大自然は美しいぜ」
「あれが遺跡群だわ!闘の神殿が見えてきたわよ!」
程無くして闘の神殿に到着した。前人未踏の地である太古の遺跡群の最奥部に佇む神殿の姿は玉座に鎮座する王のような堂々たる風格を漂わせていた。
「ここが闘の神殿…テリー様、準備はよろしいですか?御武運を祈ります…」
「オール、ありがとうッス…必ず…勝つッスよ!」
テリーの紋様と鍵が同調し、扉がゆっくりと開いた。神殿の中は幾千年もの長きに渡り放置されたままで砂埃にまみれているものの厳かな空気が漂っており、散見される華やかな装飾からは太古の栄華の面影が垣間見えていた。
「この神殿、中にいるだけで肌がピリピリするな…これが闘の精霊オーディンの闘気なのか…」
「テリー、貴女なら更なる高みへ至れるはずよ。健闘を祈るわ!」
テリーは奥の祭壇へと歩み寄っていく。ルーティの呼び掛けに対し無言のままだったが、胸の内には情熱の焔が赤々と燻る闘魂が今にも爆発しそうに膨れ上がっていた。
「我が名はテリー。闘の精霊オーディンよ。我が呼び声に応えよ。我に道を示したまえ!!」
(テリー…僕は信じてるよ。君なら出来る!)
「テリー様!強大なエネルギー反応を感知しました。直ちに戦闘体勢をとってください!」
稲妻のような荒々しい褐色の闘気が祭壇に収束し、屈強で大柄な男性の姿を浮かび上がらせる。武器は持たないものの、赤い縁取りがされた黒い甲冑に全身を包んだ容貌はただならぬ威圧感を漂わせていた。
『我は覇王オーディン。ぬしが我が力を受け継ぐ者か…ぬしの真なる望み、申してみよ!』
「精霊の試練を受けたいッス!仲間のため、平和のため、更なる高みに駆け上がりたいッス!」
『よかろう。其がぬしの望みなれば、為すべきは唯一つ。力を示せぃ!!』
オーディンが拳を地面に叩き付けると、地中から黒金で造られた巨大な柵が現れ、テリーと仲間達を隔てる。砂塵が舞う中、武骨な隔たりが地を突き破る情景はあまりに壮観だ。
「うわっ!?テリー様が…なんてことだ…!」
「これが闘の精霊オーディンの力…現状の科学では達し得ない凄まじい力ね…」
「テリー、キャロルと特訓した成果見せろ!負けんじゃねぇぞ!!」
「オーディン様…いざ、尋常に勝負ッス!!」
『ふむ、我と同じく道を歩む者に見合う拳か…ぬしの覚悟、確かめさせてもらうぞ!!』
昂る闘志に心身を委ねるままに飛び込むテリーに対し、オーディンは動じることなくどっしりと構えている。拳で語る2人に言葉は要らない。2人は臆することなく、迷うことなく拳を交えていった。
「チェストッ!!」
『ぬぅん!!』
「せぇやぁッ!」
『ふんッ!!』
2人の闘志が拳を介してぶつかり合い、赤々と燃える火花が散る。勇ましさと雄々しさを感じる血沸き肉踊る闘争は見守る仲間達の心にも火を着けた。
「凄い…思わず此方も熱くなってしまうわ…」
「素晴らしい…テリー様の闘う姿、強さの中に美しさを感じる。キャロルの指導の賜物だね」
「いいや、僕はテリーの手伝いをしただけさ。“練習以上の事は出せない”と言う人もいるけど…今のテリーは間違いなく練習以上の力を発揮しているよ!」
オーディンの拳はテリーの闘志を更に昂らせる。オーディンはテリーの力を汲み取り、彩りの力を同じくする者として嬉々とした様相で向かい合っていた。
『うむ…あるいはぬしならば、我が覇道を今世で体現出来るやも知れぬ…』
「覇道?自分に覇道を歩む資格があるということッスか…?」
『左様。武と力を示して勝利し、強きを以て弱きを蹂躙し、支配する道…其は資格云々ではない。覇道こそ我が力の祝福を受けしぬしが歩むべき道、ぬしの天命よ!!』
己の力の主であるオーディンから非情な言葉を投げ掛けられ、テリーの瞳が迷いに澱む。己の信念に背く道──自身の眼前に浮かび上がる覇道の門──避けられぬ運命なのか──受け入れ難い覚悟を強いられるのか──胸の内に力強く燃えていた紅蓮の炎が一気に鎮められた。
「…そんな…自分は、覇道、なんて…」
『躊躇うな!!ぬしが運命、受け入れるが良い!我が力を受け継ぐ者はいずれ覇道を歩むが定め!力を振るい、征するのみ!!』
「…力だけでは…人の心は動かせないッス。自分の拳は誰かを制圧し、掌握するためのものではないッス!」
『フン、道を違えたか…ならば甘んじて我が拳に屈し、我が覇道の礎となるがよい!我を覇王たらしめる力、貴様の骨身に刻み込んでくれるわ!!』
「ぐううぅああッ!」
オーディンはテリーの喉元を掴み、荒々しく地面に叩き付ける。地に伏せたテリーを見下ろす無慈悲且つ冷酷な覇王オーディンの様相は狂気すら感じさせ、手練れ揃いであるアザレアの彩りの戦士達を戦慄させるほどだった。
「このままではまずいわ…プロト、治癒術を──」
「シェリー、駄目だ!これはテリーのための試練、僕達が手出しすることは許されないよ!」
「そんな…アイツ、テリーを覇道の礎にするとか言ってるんだぞ!?キャロル、後輩を見殺しにするってのか!?」
「そうは言ってない!僕だって手を出せるならとっくに出している!歯痒いけど、今はテリーを信じること…それが僕達の役目だ…」
キャロルはテレーズの言葉を遮った後、歯を食い縛って俯いた。仲間の想いに報いるべく己の拳を磨くため毎日骨身を砕くテリーの姿を一番近くで見つめてきたキャロル──自分自身の身に起こることであるかのように悔しさに心を痛め、涼やかな顔を歪めていた。
『我が力の真髄…覇道を歩む覚悟無き貴様の考えの至るものではあるまい。我はこの地で力を以て全てを征してきた。精霊、人間、魔族、動植物…果ては下級の神さえも力で従わせたものよ!』
「それは…間違ってる、ッス…そんな、強さ…なんて…」
『何とでも言うが良い。口で言うだけならば我が信念は微塵も揺るがぬ。我に比肩し得る境地を望むならば弁舌は不要、ただ力のみを見せよ!まだ闘う意思があるならば立ち上がれ!!』
己の歩む道に於いて一切の妥協を許さず、遥か太古の時代より覇王として君臨する闘の精霊オーディン──屈することなく立ち上がり拳を構えるテリーに対し、威風堂々とした様相でその武力を余すことなく叩き込まんとしていた。
『見よ、覇王の拳!!ぬうおおぉぉッ!!』
「グッ!ううっ…!」
「テリー!!」
オーディンの剛拳が唸りをあげて襲い掛かる。討ち据えられ、傷付いたテリーの余力では組み止めるのが精一杯だ。神殿の主である覇道は黒い焔を両掌に燃やしながら荒々しい闘気を剥き出しにしてテリーを見下ろしていた。
『剥く牙を無くした獅子に歩を進める道無し!ただ滅するのみ!!灰塵に帰すべし!!!』
「テリー様!そんな…なんてことを…!」
『我が覇道の前に平伏せぃ!丹王黒炎拳!!』
「クッ…!」
『ヌハハハ!無駄無駄!!どれほど足掻こうと我が拳の前には無力よ──』
「グウウッ!!」
奥歯を噛み締めながらクロスカウンターの要領で交差させた拳を黒い鎧の胸元に打ち付ける──拳を中心に琥珀色の波紋が広がっていき、波紋の揺らぎに合わせてオーディンの甲冑にヒビが入っていった。
『馬鹿な!?何処に其ほどの力を秘めていたというのだ!?』
「弱きを守る盾となり、強きを挫く剣となる!これが自分の歩む道ッス!せいやッ!!」
『ぐはっ…!なん、だと…!?』
体が軽くなり、真っ直ぐに正拳を見舞う。その拳筋は愚直なほど実直で、揺らいだり曲がったりする余地は一切無い。まさに弱きを守り強きを挫く──テリーが歩んでいく道を体現するかのような清々しい拳だ。覇道への恐怖と迷いを断ち切ったテリーは赤々と燃える闘志を取り戻し、オーディンに休み無く熱き拳を叩き込んだ。
「凄い…テリー様のエネルギー反応が増大しています!これがテリー様の“闘魂”…」
「行け、テリー!オーディンにブチかましてやれ!!」
「さあ、君の道をオーディンに示せ!僕達も共にその道を歩む!君が僕達の羅針盤になるんだ!!」
毒の彩りに敗れた日──拳を磨き直す日々──離れ離れになった仲間達の笑顔──様々な情景が脳裏を巡る中、左手の紋様から琥珀色の闘気が次々に溢れ出す。拳が“覇道”を討つ“波動”を纏い、己の正義の具現となっていった。
「燃えろ闘魂!唸れ剛拳!轟け鼓動!ガッツナックル・コンバット!!」
『ぐおわああぁぁッ!』
鎧の胸部がテリーの拳に砕かれオーディンの体が吹き飛ぶ。鎧の破片と共に宙を舞いながら天を仰ぎ、新たな道の生誕を確信していた。
(弱きを守り強きを挫く、か…覇道だけではない武の道…幾千年の時を越え、この身を以て知ることになろうとは…)
オーディンは砂塵にまみれながら仰向けに倒れ、暫しテリーの拳の道に思いを馳せた。戦意を胸の内に収め、立ち上がるや否や兜を外す。赤い短髪に黒い髭を生やした顔でテリーに晴れやかに微笑みかけた。
『見事!ぬしの信ずる拳の道、とくと見せてもらった!』
「うおおぉ〜!オーディン様にお褒めいただき光栄ッス!感謝感激ッス〜!!」
『ワハハ!ぬしは面白い奴だな…ぬしの力、此処に示された!ぬしの道、喜んで見届けよう!』
テリーの右手の薬指に左手の甲の紋様の彩りと同じように煌めく琥珀の指輪が耀いた。オーディンは満足げな表情を浮かべ、自らの力を受け継ぐに相応しい者との邂逅を大いに歓迎した。
『闘のアンバーを授ける。道を拓く己の拳への誇りと拳を交える者への畏敬の念、忘れるでないぞ!』
「オッス!オーディン様、見ていてくれッス!!」
オーディンが姿を消すのと同時にテリーと仲間達を隔てた柵が消え、アザレアの貴公子達がテリーに駆け寄る。キャロルは優しく微笑みながらテリーの両手をそっと包み込み、穏やかに健闘を称えた。
「テリー、真の強さを手に入れたね。さあ、胸を張って共に前に進もうか!」
「オッス!闘魂メラメラ燃えてるッス…急いでみんなのもとに行くッス〜!」
「よし、そうと決まれば目的地はスプルース国ね!行きましょう!」
To Be Continued…




