第57話『軍師ルーシー』
シリーズ第57話目です。どうぞお気軽にご覧くださいませ!
スプルース国で訪れた寄宿舎に現れたならず者5人組をミリアムの秘策で退けた一行。一夜明け保全森林の魔物駆除に乗り出した。
「よし、あと1匹だ!ルーシー、指示を頼むね!」
「はい!前衛数名で逃げ道を塞ぎ、後衛でモニカさんを援護です!」
「了解!ガードシェル!」
「オラァ!逃がすかよ!」
「よっしゃ、塞いだぞ!頼むぞい!」
「サンライトエッジ!!」
「シードポップガン!」
「グラッサージュ!」
1人1人が旅路を歩みながら紡いだ絆の中で交差し、束となった彩りの力を受けた魔物は黒紫の煙となって消えていった。森に巣食う魔物達の氷山の一角に過ぎないが、討伐成功に束の間の安堵に浸った。
「フッ、終わったか…この程度の魔物、準備運動にもならんな」
「コレット、リーベ、絶妙な間合いでした。ありがとうございます」
「まあ!モニカお姉様のお役に立てるなんて光栄です!」
「エヘへ、よかったね♪みんな頑張ったもんね!」
「うむ、これもルーシーが的確に指示をしてくれるおかげじゃのう!お見事じゃわい!」
「ルーシー、軍師の立ち位置が板に着いてきたね!頼りにしてるよ!」
「そうですか…?エレンさん、ありがとうございます」
「お〜い!ご飯出来たで!カタリナ姉ちゃんとネイシア姉ちゃんが待っとるから早く来てぇな!」
「イェイ!早速食べに行こうじゃん!」
「わたしもお腹空いた〜!ご飯ごはん〜♪」
近場の魔物を駆逐し、食堂で皆が和やかな時間を過ごす。そんな中、イレーヌとルーシーが黙り込んだまま向かい合って食事を摂っている。2人の座る一帯を重い沈黙が支配していたが、イレーヌの方が口火を切り、ルーシーに向かってテーブル越しに身を乗り出した。
「ルーシーさん…ちょっといいかしら?」
「なんでしょう?」
「是非貴女の軍師としての手腕を見極めたいの。兵棋演習でお相手願えるかしら?」
食い付かんばかりに挑みかかるイレーヌ──彼女を見つめるルーシーの瞳は叡知を秘めており、臆することなく煌めいていた。
「わかりました。その勝負、謹んでお受け致します!」
「決まりね。では、せっかくなら実戦宜しく緊張感を持って実施しましょう」
「ええ、構いませんわ。条件はどう致しましょう?」
「貴女が勝ったら貴女にとって非常に有益な情報を提供しましょう。けど、私が勝ったら…リタさんを我が小隊に引き抜かせていただきます!」
「…わかりました!」
少し躊躇いがあったものの、ルーシーは胸中に強い意思を燃やしている。が、周りで小耳にしていた仲間達が寝耳に水とばかりに慌てて集まってきた。
「ルーシー、あんたそれを本気でやるってのかい!?聞き捨てならないよ!」
「そうですよ…リタちゃんを懸けるなんてリスクが大きすぎます!」
「ルーシー…本当に大丈夫なの!?あわわわ…」
「ビクトリアさん、ケイトさん、クレアさん、大丈夫です。わたくしは負けません!」
「大した自信ね。ならば此方も全力でお相手するわよ!」
ルーシーはそこそこに昼食を済ませ、ミリアムから許可を得て技工室に籠った。1時間程で作業を終わらせ、息つく間も無くいそいそと廊下を小走りで駆けるルーシーの前に薄紫の彩りが颯爽と現れた。
「…リタさん!」
「ルーシー、勝負の話聞いたぜ。俺はルーシーと心中なら大歓迎だからな!」
「ええ…勝手に巻き込んでしまってごめんなさい…」
「気にするなよ。で、これからどこか行くの?」
「あの…これから図書館へ…」
「ルーシー、どうしたんだよ!?目に涙溜めて…」
「不安なんです。もし…わたくしの力が及ばなかったらと思うと…」
「大丈夫、俺は信じてるから。ルーシーも自分を信じて!」
「リタさん…」
翌日の午前、遂に兵棋演習の時を迎えた。統裁官としてアンジュ、エリス、ミリアム、ティファが見つめる中、イレーヌとルーシーは互いに闘志と知略を瞳に燃やしながら向かい合った。
「演習は30対30、大将の駒に到達した側の勝利よ。イレーヌ、どちらの駒を使うか選んで」
「では、私は白の駒を使うわ。貴女は黒の駒を──」
「待ってください。わたくしの軍の駒はこれを使わせてくださいませ」
「なッ!?こ…これは…!」
ルーシーが取り出したのはプラスチックで作られた色とりどりの手製の駒──自身の彩りである水色を筆頭に金色、赤、マゼンタ、銀色、琥珀色、黄色、青、薄紫、緑、若草色、橙色、深紅、ミントグリーン、濃紫、ピンク、キャンディピンク、コーヒー色、チョコレート色、ラベンダー色、チリアンパープル、無色透明、カーキ、ホーリーホワイト、ミッドナイトブルー、シルバーピンク、空色、血紅色、シャンパンゴールド、ダークグリーン───今は離れている者もいるが、共に歩み続ける仲間達の彩りを兵棋として具現化したのであった。
「すごいわ…この駒、手作りしたの?」
「ええ。実戦宜しく実施するのでしょう?わたくしにとってこの彩りを持つ仲間と共に在ることが“実戦”なのです」
「なるほど。紋様の色でこの一団の1人1人を再現しているんだね」
「昨日技工室を借りに来たのはこれを作るためだったのね…脱帽です…」
「やる気は十分というわけね。じゃあ始めましょうか!」
「はいッ!!」
ルーシーの先攻で戦いの火蓋が切られる。彩りのイメージがルーシーの脳裏に鮮明に浮かび上がる。色とりどりの駒に仲間達の姿を重ね合わせる軍師ルーシーの華麗かつ聡明な姿は宛ら“実戦”の様相だ。
(きっとテリーさんはこう動く…勇猛に先陣を切る!)
「フフッ、随分と猪突猛進ね。弓兵でいただきよ!」
(あっ…テリーさんが…!)
舞い上がったコインは表──琥珀色の駒を取られ、ルーシーは憤りを宿した瞳でイレーヌを睨み付ける。赤黒く渦巻く怒りに満ちた表情はイレーヌを少しばかり閉口させた。
「あら、随分と攻撃的な顔をするじゃない?平静を乱して勝てるのかしら?」
「…失礼致しましたわ。ではこちらも!」
ミントグリーンの弓兵を前に繰り出し、コイントス──表だった──前衛の歩兵を討ち取られるも、イレーヌは顔色1つ変えない。
「やってくれたわね。これでおあいこよ」
「ええ、負けませんわ!」
「フッ、それでは次は…」
2手目、3手目と両軍は体勢を整えていく。足並みを揃えて進軍させるルーシーに対し、イレーヌは数騎の駒を本隊から大きく離して進軍していた。
(これは…?先鋒隊かもしれませんわね。掻き乱される前に止めなくては!ステラさんを前に──)
「……」
「イレーヌさん、兵を捨てるというの?あたくしは感心しませんわ…」
「ビアリー、何か裏があるかもしれないわよ。全く気の流れが乱れていない…彼女の思惑通りなのかしら?」
「では、ステラさんを取らせていただくわよ。ごめんなさいね」
互いに1騎ずつ討ち取られ、5手目、6手目、7手目、8手目──イレーヌは更に本隊から引き離す駒を少しずつ増やしていく。ルーシーは攻め込んでくる遊撃兵を次々に討ち取っていった。
(ヴィオさんを此方に回して、リーベさんを向かわせて…カタリナさんとトリッシュさんで彼方を阻止しなくては!)
(さて…そろそろ仕掛けどきだわ。フフッ…)
「この兵をリタさんで討ち取ります!…表ですわ!」
「おっと!そう来るとは予想外!でも、いつまで持つかな?リーベちゃんが空けたそこに…ほらね?」
「あっ!?」
イレーヌの9手目──端からの軽装歩兵の奇襲──手薄になった後衛に割り込みを許してしまう。平静を保っていたルーシーの表情が一気に焦燥に歪んだ。
「大丈夫だよ!慌てないで、自分を見失わないで!」
「カタリナさんの言う通りです!諦めないでください!」
(クレアさんで阻止…表!やりましたわ!)
「1人だけだと思った?ほらほら、どうするの?」
(アンジュさんで阻止しないと…そんな…裏…!?)
「リーベちゃんを前に出した時点でこの一帯がガラ空きになったのよ!なんでも綺麗に整えてうまくいくことばかりじゃないわ!」
戦慄し、青ざめ、闘気が引いてしまったルーシーは一気に守勢に立たされる。攻め込んでいた前衛はおろか大将である水色の駒をも動かして守りと避けに徹するが、遂にイレーヌの15手目──
「あら…ケイトさんとネイシアさんで逃げ道を塞いじゃったのね?」
「あっ…ま、待ってください!」
「待ってと言って待ってくれる魔物やならず者がいる?これで終わりよ」
雌雄は決した。イレーヌが得意気な表情で水色の駒を右手に掲げる。空間中に灰色の失意が満ち満ちた中、ルーシーは生気を喪った瞳で視線を虚空に泳がせながら呆然と立ち尽くす。リタは一瞬瞳に寂しさを滲ませたが、覚悟を決めたのか小さく溜め息をついた後、すぐに居直っていた。
「そんな…リタさん…」
「仕方ないな…みんな、ここでお別れだ」
「お別れって…リタ姉ちゃんはそれでええの!?」
「いいんだ。俺はルーシーを信じた。ルーシーも精一杯やってくれた。その結果なんだから──」
「いいえ。この勝負、私の負けよ」
「な、何を言ってるの!?全く不正は無かった。確かにイレーヌの勝ちよ!?」
「盤上を見て。私の軍は10騎取られている。それに対してルーシーは大将含めて5騎しか犠牲を出していないわ」
「ほう、イレーヌの方が犠牲が多かった、ということを言いたいのか?」
「うむ、確かにイレーヌさんの手で犠牲が必要なのか疑わしい場面があったのである。不要な犠牲が多すぎるのである!」
「その通り。私の戦術は兵棋演習の盤上でしか出来ない非現実的な戦術なの。実戦宜しく行うという前言には矛盾するけどね。もしこれを実戦で実行したら軍の威信に関わるわ。まず間違いなく軍師としての私の首は飛んでいるでしょうね」
「そうか…たとえ盤上の演習であったとしても、犠牲を出すまいとする心意気は尊い。僕はルーシーから大切なことを学んだ気がするよ」
「ええ。ともすると“甘い”の一言で切り捨てられるかもしれない。だけど、共に戦う仲間を常に思いやる…それがルーシーの軍師としての才なんだと思うわ」
「素晴らしいわ…私も騎士としてルーシーの誇り高き精神を見習わないといけないわね」
「審判団も満場一致ね。貴女の方が軍師としてもリタさんの良きパートナーとしても相応しい人物であることが証明されたわ──」
イレーヌの言葉が終わるか終わらぬかの瞬間にリタがルーシーに抱き着く。普段は冷静で落ち着いたリタが人目も憚らずにルーシーの華奢な体を強く強く抱き締めた。
「ルーシー…よかった…俺、ルーシーから離れたくなかったんだ…」
「リタさん…わたくしも同じ気持ちです。これからずっと、貴女に全てを捧げますわ」
「あらあら…見せつけてくれるわね。でも、悪い気はしないわ」
「そうだね、エリス。互いに信頼し合える仲間、それも尊く美しい存在だからね」
「お熱いところをごめんなさいね。約束通りルーシーに有益な情報を提供します。これをどうぞ」
「これは…か、鍵!?」
イレーヌの左手には覚えのある鍵が握られていた。その中央に水色と碧色が彩る宝玉が煌めいている。その神秘的な彩りは澄み切った水面の如く美しく涼やかに耀き、ルーシーを新たな一歩へと誘っていった。
To Be Continued…




