第56話『新緑の一矢』
シリーズ第56話目です。どうぞお気軽にお楽しみくださいませ♪♪
スプルース国にてエメラルドグリーンの彩りの力を以て森を護る戦士ミリアムと出会い、森に潜む魔の手の駆逐に踏み出そうとしていた一行。魔物討伐の前に身を寄せていた寄宿舎に祝福の証の彩りを左手に持つ怪しい5人の破落戸達が乗り込んできた。辛うじて寄宿舎の外に誘き寄せたものの、臨戦態勢が整わぬまま、なし崩しに迎撃することとなってしまった。
「貴女達の目的が何かは知りませんが…私達の正義を汚すならば、斬ります!」
「フッ、血気盛んだこと。まあ、アンタらにはジャッロの坊やが随分と世話になったみたいだからねぇ…たっぷりと礼をさせてもらうよ!」
「ジャッロだって!?テメェら、邪教戦士と関わっていやがったのか!」
「そんな…私達と同じ祝福の証の戦士なのに、どうして!?」
「カタリナさんの言う通りです。神に愛されていながら義に背くなんて、断じて許されません!」
「フッ、ありがたい説法は慎んで頂戴するよ、シスターちゃん。でもね、世の中はそう都合良くいかないものさ。それに勝ち馬に乗るのは世渡りの基本だからねぇ…」
「アハハ!憎まれてるね〜!恨まれてるね〜!」
「あれだな〜…出る杭は打たれるんだな、うん」
「チッ、まあいい。誰が相手だろうと切り刻むまでだ!」
「やれるものならやってみなさい。この双壁を撃ち破れたらの話だけどね?グラーノ、セレアル、頼んだよ!」
「了解!ジェンシアの姉やん、任せちゃってよ〜!」
「出番なんだな、うん」
黒を基調としたコートを身に纏ったインクブルーの彩りを持つジェンシアに命じられ、ポテトイエローのグラーノとスイートポテトパープルのセレアル、2人のアーマーナイトが前に躍り出る。果敢に挑みかかる一行の前に堅牢強固な2人が双壁として立ちはだかり、ステラやトリッシュ、エレンといった力自慢の面々でも全く歯が立たない。
「チッ、アタシの槍でびくともしないなんて…!」
「祝福を受けた聖なる剣も効かないとは…神よ…」
「アムールさんの力が効かんとは…ワシの掌も割れそうじゃわい…」
「私の斧も弾かれるなんて…アンタ達の鎧、どんだけ頑丈な装甲なの?」
「あれだな〜…その程度なら負けないんだな、うん」
「そうそう!あんた方とは戦いの年季が違うんだからね♪」
「コイツら、ただ暴れるだけのならず者じゃないってわけかい…なかなか骨が折れそうな奴らだ──」
「あっ、危ない!ビクトリア姉ちゃん!」
「そうはさせるか!シャドウバレット!」
2人の間から迷彩服に身を包んだ女性が飛び込んできた。リタの銃撃を軽くあしらいながら颯爽と身を翻し、銃剣で一薙ぎ──ビクトリアの頬を僅かに掠めていった。
「チッ!やってくれるじゃないか…」
「ケケッ!相ッ変わらず甘ちゃんだねぇ…ビクトリア!」
「ビクトリア、コイツ知り合いなのか!?」
「ああ。コイツは昔、あたいと同じ自警団に所属していたんだ。けど、不意討ちだの追い討ちだの、みみっちい戦い方ばっかりでね…前から気に喰わないと思ってたけど、まさか破落戸になっちまうなんて…呆れたもんだねぇ!マチルダ!」
「ヒャヒャヒャッ!みみっちいだなんて人聞き悪りぃねぇ!戦場を賢く生きるための処世術なんだよ!」
左手に彩られたハンターグリーンを森の緑に溶け込ませ、したたかな雰囲気を漂わせるマチルダという女性が標的であるビクトリアに矛先を向ける。先端に銃剣を備えたロッドを構え、爬虫類のような細長い舌を突き出して嘲り笑っていた。
「何が賢い術だい!相変わらず小賢しい奴だよ…虫酸が走る!」
「勝ちゃいいのさ勝ちゃ!死んじまっちゃ冗談にもなんねぇよ!」
「なんて野蛮な…つくづく下品な方々ですわ!」
「下品だろうと野蛮だろうと、生き残れりゃそれでいいのよ!箱入りお嬢様!」
「ルーシー、コイツはあたいが相手するよ。お仕置きさ!!」
ビクトリアは臆することなくマチルダに対峙する。互いに腹の内を知り尽くした嘗ての同僚に対し、何を隠し立てすることもなく等身大──有りの侭の自分自身でぶつかっていった。
「そらよぉ!」
「はあっ!せぇいや!」
「ケッ、やるじゃないか!どうやら遊び歩いてたわけじゃないみたいだねぇ…」
「何を当ッたり前のこと言ってンだい!さあ、潰してやるよ!」
「フン、その威勢がいつまで続くか見ものだわな!ケケケケケッ!」
「皆さん、ビクトリアさんが引き付けてる間に林間を遊撃して、後方に控える敵将の2人を攻撃しましょう!」
「えっ!?森林の木の間を進むの?モニカ、大丈夫かな…?」
「クレア、これしか手段はないと思います。私はルーシーの策を信じていますし、敵将を討てばきっと統制が乱れるでしょうからね」
「ねえ、エレン。トリッシュやステラ達と一緒に前の2人の相手をしてくれる?私に“秘策”があるから!」
「了解!みんな、ミリアムの“秘策”に賭けよう!」
「うん、お願いね!仕込みに時間がかかるから、ちょっとの間持ちこたえて!」
「よし、ミリアムさんは僕とエリスで守る。みんなは各々の役割に集中してくれ。正念場だよ!」
ミリアムの“秘策”に望みを託し、ルーシーの指揮のもとに森林の中に飛び込んでいく。木々の緑に影を潜ませ、獣道を掻き分けながらカーディナルレッドの大将とインクブルーの副将に慎重に忍び寄っていった。
「リーベちゃん、足下気を付けてね…」
「はい、ケイトお姉様…ふぅ…緊張します…」
「ふえぇ…スカートが枝に引っ掛かっちゃった…どうしよう…」
「ありゃりゃ…コレットちゃん、ジッとしてるのである。私が取ってやるのである──」
「お喋りはそこまでだ。奴らの姿が見えたぞ…今だ!」
「了解。ウィンドカッター!」
「バグズバンプス!」
「クッ!リベラ、アイツら木の間から…」
「ジェンシア、慌てんな。身動きがとりにくいあの地形だ。切り返すくらい造作もない…ヒートストローク!」
「それでは此方も…レイヴンエッジ!」
リベラとジェンシアの剣からカーディナルレッドとインクブルーの衝撃波が放たれる。周りの草葉に当たり勢いが弱まったものの、ヴィオの手元のダガーを弾くには十分だった。
「クッ!貴様ら、感付いていたか…!」
「まあね。さあ、ジャッロの坊やの仕返しだよ──」
「な、なんだ!?動けん…バカな!?」
「ケケッ!?ビクトリア、テメェ…!」
「ちょっとちょっと!?緑の変なのが巻き付いてるんだけど〜!」
「動けないんだな〜…うん…」
「やれやれ…あんた達に気付かれずに蝕脚を張り巡らせるのは苦労したわ…覚悟はいい?」
「何ぃッ!?そ、そんな馬鹿なッ!!!?」
ミリアムの紋様が澄み切った彩りの力を煌めかせる。森の緑に静かに潜んでいたエメラルドグリーンの触脚が四方八方に伸び、破落戸達の四肢を絡めとっていた。
「アルヴェージャ・スプラッシュ=アタコ・ペルフィード!!」
『うああぁぁッ!!』
無数に伸びた蝕脚が充満したエネルギーを炸裂させる。無数に拡散した新緑のエネルギー弾が炭酸の泡のように弾け、破落戸達を捉えた刹那に吹き飛ばした。
「私の“秘策”のお味はいかが?ならず者の皆さん!」
「クソッ、やってくれるじゃないか──」
「ファルコンカッター!」
「ふぎゃ〜…やられたんだな、うん…」
「セレアル!クソッ、新手か!?アンタ達、逃げるよ!」
「は〜い!セレアル、大丈夫〜?逃げるよ〜!」
「ケッ、不意討ちだなんて卑怯な真似する奴らだねぇ!付き合ってられねぇや!」
「ハッ!お前が言うな!おととい来やがれってンだい!」
「地の利を生かしたということかい…覚えてなよ!」
破落戸達は都市部の方向へと敗走した。一行が安堵する中、後方から見慣れないスーツ姿の人物が現れ、エリスのもとに颯爽と駆け寄ってきた。
「ゴメンね、エリス。待たせちゃったわね」
「大丈夫よ、イレーヌ。この娘達が頑張ってくれたわ。それにしてもさっきの一発、さすがの切れ味ね!」
イレーヌと呼ばれる女性は爽やかな笑顔でエリスと親しげに話している。精悍な顔立ちに前髪を長めに垂らしたネイビーの頭髪、上下揃いのグレーのスーツを着ている。その左手には“仲間”の証であるネイビーの紋様が印されていた。
「貴女達が噂の祝福の戦士御一行様ね?私はイレーヌ。どうぞお見知り置きを」
「イレーヌはアズーロ合衆国空軍の大尉なの。オマケにマーシャルアーツの達人、戦闘のプロよ!」
「ほえ〜っ!えらい人が助っ人に来てくれたもんやなぁ…」
「ええ、頼りになる方ですわね。あたくしの親衛隊にも是非御教示願いたいわ」
「駆け付けたときに少し見てたけど…さすがに素人ではないわね。特に貴女、なかなか見込みがあるわ」
「えっ…俺、ですか?」
イレーヌはリタの瞳の一点だけを見つめている。リタは自身にピタリと照準の合ったイレーヌの瞳の中心に向かって吸い込まれそうな錯覚に陥る。自身を見つめるイレーヌの双眸に秘められた意志に言葉が続かず、凍り付いたように動けなくなった。
「銃撃の精度、奇襲に動じない冷静さ、即時的な状況判断力、どれを取っても光るものがあるわね。よければ私の小隊に入らない?」
「ええっ!?き、急にそんなことを言われても…すみません…」
「フッ…まあ、いきなりこんなことを言われても確かに戸惑うわよね…でも黙って見過ごすには惜しい逸材だわ…」
「イレーヌさん…お言葉ですけど、リタさんは渡しませんわよ?」
「あら、貴女が軍師様?よろしければリタさんを訓練生として我が小隊に──」
「青国空軍でしたら相当の精鋭揃いではありませんの?わたくし共がそんなおこがましいですわ…」
(あの、カシブさん…ルーシーさん、顔は笑ってますけど、声が笑ってないです…)
(リデルちゃん、あれはヤキモチというのである。ルーシーさんはリタちゃんを渡したくないのである)
(ヤキモチ…?焼いて食べるお菓子?)
(コレット、話がややこしくなるから静かにしとれ。イレーヌさん、リタを本気で入門させようとしとるのう…)
「そう…そこまで言うなら無理にとは言わないわ。でも、そのうちに気が変わったら──」
「恐らく変わりませんわ。恐縮ですけど、他をあたっていただけません?」
「ルーシー、さっきからイレーヌに対して喧嘩腰なのは何故かしら?仲間なのに敵対的な態度をとられると困るんだけど…」
「あ…ごめんなさい。わたくしはそんなつもりじゃ…」
「気にしないで。軍師様としても手放すのが惜しいのでしょう。その気持ちはよく解るわ」
「まあ、ルーシーも急に変な奴らと戦うことになって気が立ってるだけじゃないかな?エリスも落ち着こう、ね?」
「アンジュさんの言う通りよ。スプルースの緑に包まれてゆっくり休んでくださいね!魔物討伐はまた明日にしましょう!」
リタを巡って少々火花が散ったものの、破落戸達の奇襲を退け、イレーヌを加えた一行はスプルースの一夜をゆったりと過ごした。穏やかな緑にくるまれ戦いの疲れも自然と癒えていく。が、ルーシーの胸の内には“戦い”の火種が赤々と燻ったままだった──
「…リタさん、今宵はわたくしから離れないでください。よろしいかしら?」
「あ、ああ…ルーシー…どうしたんだよ…?」
(なんですの、あのイレーヌという方…リタさんは絶対に渡しませんわ…)
To Be Continued…




