第54話『クレアの決心』
シリーズ第54話目です。どうぞお気軽にご覧くださいませ!
国際警察のエージェントであるアンジュとエリスを加え、アランチョ国へ向けてペーシュ国を発とうと港を訪れた一行。武装商船団の頭目ポルポのオクトパスレッドの彩りに立ち向かうキャプテン・ロビンが立たされた窮地──現れたのはモーブ、ケミカルパープル、ナイトグリーン──3人の毒の彩りだった。
『掃射ッ!!』
「グッ…こ、これは!?ぐわあぁぁッ!!」
毒の彩りがポルポを蝕み、彩りの力の具現である触手が瞬く間に朽ちていく。触手から解放されたロビンはポルポの前に艶かしく微笑みながら向かい合うビアリーの傍らで僅かに安堵すると同時に、自身に対する無力感に苛まれていた。
「あら…もう終わり?もっとあたくしを楽しませてくださいませんこと?」
「チッ、やってくれたねぇ…ロビン、今日はここまでだ!」
ポルポは子分達に肩を担がれ、船に乗って敗走した。船体が水面を掻き分ける音が忙しなく駆け抜け、一瞬の静寂が支配した後、ビアリーはロビンを気遣うように優しい眼差しを向けていたが、ロビンの瞳には苛立ちと落胆が渦巻いていた。
「ロビンさん…大丈夫ですか?」
「ビアリー様…手出しは不要だと言ったじゃないですか!?貴女まで危険に晒されるかもしれなかったのに!どうして私を助けたんですか!?」
「ごめんなさい…ただ、仲間として、貴女をあのまま見過ごしてはいられなかったのです」
「危険な目に遭うのは私1人で十分です。ましてや相手は武装商船団…捕まったらどんな目に遭うか知れないんですよ!?帝国の威信に関わる事件になるかもしれなかったんですよ!?貴女は自身の御身分を考えて行動して頂かないと──」
「その真摯なお気持ちは受け取りますわ。ですが、守られるだけ、待っているだけでは運命を切り拓くことは出来ないのです。あたくしは自らの意思でこの紋様の導く先へ歩みたいのです」
「……」
「ロビン、そういうことだよ。ビアリーは強いんだから、見くびっちゃダメ!OK?」
「はい…エレン姐さん…すみません。では、私の船でスプルース国に行きましょう!」
一行はロビンの船でラズリ洋を渡る。邪教戦士と熱戦を繰り広げたアザレア王国とペーシュ国に別れを告げ、新たな地へと踏み出していった。
「で、次のスプルース国ってのはどんな国なんだい?」
「スプルース国は自然環境の保全に熱心な国よ。森林と緑地が占める面積が多くて、国際的にも高く評価されているわ」
「そうなのか…ティファ、ありがとう。…アミィ、ソワソワしているけど、どうしたんだ?」
「ん…ちょいとクレア姉ちゃんが心配やねん。なんや元気無い気ぃすんねんけど…」
クレアは皆と離れた場所でぼんやりと海を眺めている。その表情にはいつもの溌剌とした色合いは無く、独りで佇んでいるのも相俟って物憂げな雰囲気が漂っていた。
「テリーがいないから寂しいんだろうね…まったく、1人で塞ぎ込まないでもらいたいな…」
「ロアッソ共和国で私達と会う前から一緒にいましたからね…殻に籠らないようにしないと──」
「ねえねえ、クレア!一緒にお菓子食べよ?」
「向こうの席で食べましょう。あっちもいい景色ですよ♪」
「あ、うん…ありがとう、コレット、ケイト…」
クレアの心が曇ったままラズリ洋を越え、スプルース国に到着した。港の周辺にも多数見られる青々と繁る木々、澄み切った空気と穏やかなそよ風が一行を出迎えた。
「わたくし、スプルース国も初めてですけど、空気が澄んでいて気持ち良いですわ♪」
「えっと…樹木が出すフィトンチッドという成分が空気を殺菌して綺麗にするんです…ハイ」
「リデル、詳しいですね…では、まずは都市部へ出ましょうか──」
「Hey,girls!!」
軽快な呼び掛けに一行が振り返ると、すぐ背後に奇妙な服装の女性が立っていた。短い銀髪にアメフトのメットを被り、黒い羽織袴の内側には筆文字で“特選〆鯖”と書かれたTシャツ、足元には雪駄を履いている。服装は統一感が皆無であり、無政府状態だ。
「テリー!?もう修行終わったの…?」
「コレット、明らかに違うわ。テリーはもう少し小柄だし、第一こんな趣味の悪い服装はしないはずよ」
「フェリーナの言う通りだ。テメェ、何者だ?邪教戦士か?ブッ飛ばすぞコラァ!」
「No,No!私、シンディ。邪教戦士とか関係ありまセン!This is the“東方Style”!!」
「東方…?ステラ、あんた見たことあるかい?」
「うむ…ワシの知っとる東方文化とはどうも違う気がするわい。何か勘違いをしとるような…」
「素敵!既成概念に束縛されず自由に自分を表現出来るなんて、素晴らしいわ!」
「リーベ、話がややこしくなるから黙れ。…クレア?どうしたんだ?さっきから下を向いて──」
「クスクス……ヒヒヒッ!アハハハハハッ!最初からずっと我慢してたけどもうダメ!アハハハハハハッ!!」
クレアは腹部を抱えながら何かに取り憑かれたような様相で狂ったように笑い転げた。テリーとの別れで静まっていたのが一転し、一行は唖然呆然だ。
「クレアちゃん…どうしたんでしょう?まさか邪気や悪霊の類が──」
「ネイシアちゃん、邪気や悪霊なら私も気付いているのである。笑いのツボがよくわからんのである…」
「えっと…蓼喰う虫も好き好き、です…ハイ」
「まあ、確かに変な服装だけどね…それにしても笑い過ぎじゃ──」
「この大タワケ〜ッ!!伝統の東方styleを笑い者にするとは…Say Buyしてやるッ!!」
自身の誇りを汚され激昂するシンディの左手には薄墨色の紋様が印されていた。不意に猛烈な突進を見舞われ、クレアは壁まで吹き飛ばされた。
「クレア、大丈夫!?ファーストエイド!」
「カタリナ、ありがとう…イタタ…」
「シンディお姉様…貴女も祝福の証が…!!」
「テメェ、何しやがる!ブッ飛ばしてやる!!」
「伝統の嘲笑、重罪にござる!その娘は獄門張り付け!市中引き回し!!咎首晒しDeath!!!」
シンディは右手に薙刀、左手に金棒を携え、クレアに敵意の眼差しを向ける。先程の突進に加え、双方の武器が片手で持つにはあまりに巨大であることからも彼女の持つ強大な力が容易に想像出来た。
「すごい筋力ですわ…アンジュさん、クレアさん1人で大丈夫でしょうか?」
「そうだね、ルーシー…でも、援護したら更に頭に血が昇ってクレアが危険に晒されるかもしれない。僕も無用な戦いは不本意だが、熱りが冷めるまで持ちこたえるしかないな」
「シンディ…あたしはバカにするつもりなんて無いし、貴女と戦いたくないよ──」
「問答無用ッ!腹を括るがよかろうぞ!Come on!!」
クレアは不本意な想いのままライフルを構え、シンディに向かい合う。胸の内に絡まった複雑な想いを無理矢理に断ち切り、引き金を引いた。
「行け!当たれッ!」
「HaHaHa!!そんな攻撃、箸休めにもならぬ!」
(ねえ、トリッシュ…箸休めの意味間違ってない?)
(うん、そうだよな、姉貴…っていうかアタシら箸自体見たことないけどな…)
(箸とは東方で食事の際に用いる2本1対の棒です。ナイフやフォークのように東方の食事には不可欠なもので──)
(ケイト、説明しなくていい。しかし、変な奴に言いがかりを付けられたものだな…)
シンディは怒りに任せてクレアに襲い掛かる。2本の長尺の武器をそれぞれ片手で操る怪力は否応無しに脅威となって迫っていた。
「ぬぅん!」
「アイアンベイオネット!」
「You,それで攻撃のつもり?show see send man!!」
「…???」
「貴女、“笑止千万”って言いたいの?イントネーションがおかしいわよ…?」
「だよな、エリス…奇妙すぎてツッコミが追い付かないぜ…」
「メタルスピナー!」
「HaッHaッHaッ!!ヌルすぎる!Fire!!」
「うわああぁぁッ!」
金棒の荒々しい一振りで討ち伏せられ、クレアは激しい痛みに全身を揺さぶられながら俯せに倒れた。緑の息吹に安らいでいた一行の心も辺りに響くクレアの悲痛な叫びに澱んでいった。
「クレアちゃん!そんな…酷い…」
「ネイシア、気を確かに持つんだ。あのパワー、恐ろしいな…僕やエリスでも太刀打ち出来るかどうか…」
「その通りね…騎士団でも彼女ほどの筋力の持ち主はそうはいないわ。思い込みが過剰なのが惜しいわね…」
「クレア!立つんじゃ!そんな無様な勝負しとったらテリーに笑われるぞ!立て!立たんかぁぁッ!!」
ステラの叱咤を受けるクレアの脳裏には琥珀色の拳士テリーの姿が浮かんでいた。長く共に旅路を歩んでいたが、突如として訪れた別れに心が乱れたままの自分──その姿が客観的に映し出された刹那、テリーと2人で歩んでいた頃の光景が浮かび上がった。
『うわわわ…囲まれちゃったよ〜!』
『ガッツナックルッス!』
『ありがとう…あっ、テリー、後ろ!!』
『クッ…コイツは拳が効かないッス…これはピンチッス──』
『メタルスピナー!』
『うおぉ!感謝感激ッス!!助かったッス〜!!』
その夜、2人は焚き火を囲み、野営をしていた。赤々と燃える火を前にテリーとクレアは安堵の表情で向かい合っていた。
『テリー…いつもありがと!あたし、テリーがいてくれるから頑張れるよ!』
『何、礼には及ばんッス!自分もクレアがいてくれるから、安心して戦えるッス!頼りにしているッス〜!』
(テリーは…あたしを大切に思ってくれてる。テリーの想いに、みんなの想いに…応えたい!!)
よろめきながらも立ち上がったクレアの紋様が煌めき耀く。テリーへの真っ直ぐな想いと熱い友情が銀色の彩りに具現し、銃口から一直線に駆けて行った。
「耀け、彩りの意思!ラスターシューティング!!」
「ぶるわああぁぁッ!」
「よっしゃあ!見たかルーシー、土俵際の大逆転じゃぞ!!」
「ええ、クレアさん、素敵!きっとテリーさんも喜びますわ!」
銀色の閃光がシンディを撃ち抜く。仰向けに倒れ込んだ後、狼狽えながら立ち上がるや否や、旗色が悪くなったのを察したのか後退りをしていた。一行の冷やかな視線がシンディの一点に集中していた。
「ハァ…ハァ…これが…この仲間達と歩むあたしの決心だよ!邪魔はさせないッ!!」
「ぬうぅ…これで勝ったと思うなかれ!サラバッ!」
「むむ!?に、逃げたのである!」
「なんなんだよ…?一撃で倒れるなんて、随分呆気ない奴だったぜ…」
「よくわからない人でしたね…さあ、スプルース国へ踏み出しましょう!」
「うん、行こうか!レッツゴー!!」
「クレア!?手当てもしてないのに無理しないでよ〜!」
妙な邪魔が入ってしまったものの、モニカの号令で一行は新たな地へと繰り出していく。新たな旅路、新たな出会い、そして新たな戦いへと踏み出す一行の銀色の彩り、突如現れた壁を越え、1つの決意を固めたクレア・ブラウンは晴れやかな笑顔でVサインを見せながら先頭に躍り出て駆け出して行った。
(テリー、約束するよ。あたし、絶対に負けない。テリーの分も戦っていくから、みんなのこと守っていくから、安心して修行頑張って!待ってるからね!!)
To Be Continued…




