第51話『瓶緑の毒蛇』
シリーズ第51話目です。どうぞお気軽にご覧くださいませ!
ペーシュ国にて襲いかかる毒のギルドの後ろ楯であるプラタノ財団の調査に乗り出した一行。毒に冒されたテリーとその治療に専念するネイシアとアムール、スラッジとの戦いでダメージを受けたリタとルーシーを宿に残し、プラタノ財団本社ビルへと到着した。
「すみません、ジャッロ社長についてお伺いしたいのですが──」
「弊社へのアポイントメントはお済みですか?」
「えっ?あ、あの…──」
「恐れ入りますが、飛び込みでの来社はお受け致しかねます。ご連絡の上、またお越しください」
まさにけんもほろろだ。予想通りの展開とは言え、暗雲が立ち込める事態に一行は出鼻を挫かれ、意気消沈するばかりであった。
「チッ、流石に世界的財団だな…強行突破は無理だったか…」
「何か対策を練らないといけませんね…一度ここを離れましょう」
「うむ、モニカさんの言う通り。ここで長居したら怪しまれるかもしれないのである。宿で作戦会議なのである!」
宿に戻り、レストランで紅茶を飲み、一息着きながら作戦を練る。しかし、一行には辺りに漂う穏やかな空気に浸る余裕もない。
「う〜ん…どうしたらいいだろう?困っちゃうね…」
「そうですね、カタリナさん。すごく、大変です…」
「そうですねぇ…ん?アミィ様、どうされましたか…?」
「なあ、オール姉ちゃん…ちょっと顔貸してくれへん?ええアイデアがあるんやけど、手伝ってほしいねん♪」
「ア、アミィ様…私、些か嫌な予感がするのですが…」
「テレーズ姉ちゃん…ヒソヒソ…」
「了解♪…オール、観念しろ!オラァ!!」
「ちょ、ちょっと!?テレーズ、何をするんだ!?待って!待ってくれ!」
オールはその様相を見て悪戯な笑みを浮かべたアミィに耳打ちされたテレーズに担がれ、為されるがままに洋服店に連れ込まれた。整った髪を七三に分け、リクルート風のスーツ、黒縁の眼鏡、黒のビジネスバッグを抱えた姿はおよそごく普通のビジネスマンのような容貌である。
「おお、こりゃええわい!なかなか様になっとるのう!」
「うん、オフィス街にいそう!すごく似合ってるよ!」
「…よりによってこんなことを…しかし、一介の用心棒である私がこんな変装で欺けるでしょうか?」
「大丈夫です。アミィさんから作戦は聞きましたので、わたくしが根回しをしておきましたわ」
「そうそう。ルーシーはアズーロ合衆国のIT企業、GRAPE社の社長令嬢なんだぜ!」
「な、なんと!?あのGRAPE社のお嬢様でしたか…どおりで物腰が洗練され、品があると思いましたよ…畏れ入ります」
「リタ、アンタなんでルーシーのこと話すとき、いつもより声のトーン高いの?なんか嬉しそうだし…」
「ん?まあな…な、ルーシー♪」
「ええ♪…では、オールさんは明後日の15時、プラタノ財団に営業へ赴き、商品のPRと資金提供の交渉を行ってください。営業担当者に成り済ましていれば気付かれないと思いますわ」
「かしこまりました、ルーシー様。私も入念に準備しなければいけませんね」
「頼むわよ、オール。私達は引き続き情報収集を行っていきましょう」
翌日、一行はプラタノ財団の情報を探りにオフィス街に繰り出した。テリーの治療に専念するアムール、ネイシアと共に宿に残ったオールはルーシーの手解きを受けながら変装作戦の準備に追われていた。
「オールさん、夕方には社員証が届きます。お渡しした資料をもとにプレゼンの練習をしましょう」
「ず、随分と周到な根回しですね……」
「ええ、もちろんですわ♪あと、弊社に問い合わせられても対応出来るように偽の履歴書も用意しますので、のちほど少しお手伝いをお願いしますね」
営業マンに変装したオールによる潜入作戦の準備が進められている頃、町外れの廃ビルの地下の暗闇に毒の彩りが静かに、したたかに潜んでいた。
「まったく、グィフトを人質に取られたときは焦ったぞなもし!」
「そりゃまた災難だったね〜…グィフト、大丈夫?」
「うん、大丈夫…絶対に仕返ししてやる!あのツリ目ナイフ女!!」
「まあ、でもあのことは話さなかったんだろう?十分お手柄だよ!」
「ケケケッ!世界的財団の社長であるジャッロ様の期待に応えれば、わっちらの天下だがや!」
「ねえ、リーダー…そろそろ“あの手”を使わない?もっと面白くなると思うなあ♪」
「トック、ちょうど私も同じ事を考えていたところだよ。出掛けてるみんなが帰ってきたら作戦会議といこうか。フフフ、楽しめそうだね…」
その同じ頃、一行はオフィス街を闊歩して情報収集を継続するが、ジャッロの足取りに繋がる有益な情報は得られない。
「フウ…やはりジャッロ社長が行方不明になって混乱しているみたいですね…」
「ちょいと息抜きでもするかい?あそこに良さげなカフェがあるぞ!」
「賛成です!さあ、皆様も渇いた心を満たしに──」
「テレーズ、リーベ、そうもいかないみたい。アイツらがゾロゾロと団体でお出ましよ!」
ルーティの視線の先には青紫、ヘリオトロープ、モーブ、灰汁色──毒の彩りがオフィス街のグレーの中から次々に浮かび上がる。獲物を狙う毒蛇の瞳のような怪しい彩りは一行に一刻の猶予も与えない。
「ラッキー♪みんな、ケンカの準備OK?」
「ウイッス!ブッ飛ばすのだ!」
「どこまでウチらの邪魔するつもり?マジウザいんだけど〜!」
「テメリオ、イオス、ビアー、アタシらの力、見せてやるよ!」
「やらせないわ!精霊の力を以て退ける!」
「フェリーナ、周りを巻き込んではいけません。ティファ、陣形の指示を!」
「承知したわ。みんな、私の指示に従って!」
全員で4人を囲みながら迎え撃つ。青紫の髪を無造作に束ね、上に紫の胴着、下にジャージを着て拳にグローブを装備したヤート──サイドテールに結ったライトブルーの髪、ダークブルーの衣装を着て剣を握るビアー──黒のアフロヘアーにサングラス、黒のレザー服上下を身に纏い、リボルバーを携えたテメリオ──肩まで伸びた癖毛の銀髪、グレーのパーカーに濃紺のデニム姿で槍を構えるイオス──荒々しく一行に襲いかかる4人の武器は例外なく毒氣を纏っていた。
「それそれ〜!くらえ〜ぃ!」
「オラァ!ブチ込んでやるのだ!」
「クッ、連続で来るとはやるな…危ないところだった…」
「おや、そこの被害者さんを見てもまだそんなことが言えるの?そのうちアンタ達もそうなるんだけど♪」
「何ッ!?こ、これはいったい…!?」
道端に植わった草花が毒に冒され、草の瑞々しい緑と花の美しい彩りを失い、一瞬で萎れていった。禍々しい彩りの力の牙に秘められた全てを蝕む力を誇示するには十分すぎるものだった。
「まあ、これでウチらの力がどれほどのものかわかったでしょ?ヘヘン♪」
「今回はここまでなのだ。さらばなのだ!」
「な、なんだったんでしょう?ほとんど攻撃してこなかったですね…」
「そうね、ケイト。オフィス街を探り回る私達を牽制するのが目的だったのかもしれないわね。それにしても…酷い手段だわ…」
「お花さんがかわいそう…何もしてないのに…ひどいよぉ…うえぇん…」
「コレット…クソッ、あいつら絶ッ対ブッ飛ばす!!」
「あまり情報収集の収穫もありませんでしたね…仕方ない、戻って休みましょう」
翌日、オールによる変装潜入作戦決行の時を迎えた。サポートとしてルーシーを連れ、オールは緊張した面持ちで受付嬢のもとに歩み寄っていく。その様相は勝負の時の訪れを確信したものだった。
「GRAPE社第1営業課より参りましたオール・クレメンスと申します。弊社新商品のご紹介に伺いました」
「お待ち申し上げておりました。ご案内致します」
受付嬢に案内され、会議室に通される。広々とした空間にピンと張り詰めた空気が自然と緊張を喚起する。潜入しての諜報が真の目的であるとは言うものの、プレゼンテーションとして最低限の体裁は保たなければならない。入念に練習を重ねてきたが、否応無しに緊張が襲いかかった。
(これはまずいな…ルーシー様、諜報の余裕がないかもしれません…)
(そうですね…ここはなんとかプレゼンを成功させましょう。社内にわたくし達を信用してくださる人物が出来れば、後からでもジャッロ社長のことを聞き出せるかもしれません!)
(か、かしこまりました…最善を尽くします!)
オールは意を決してプレゼンテーションの場に立つ。自分の両肩に重圧がのし掛かるのを感じた。この結果如何では周到な根回しのもとに立てられた計画が全て頓挫する可能性もある。一つ深呼吸をした後、自身を見つめる財団の重役達に対し蒼い瞳に強い意思を煌めかせ、向かい合った。
「それでは、弊社新製品、インテリフォン・オメガの御案内を開始させていただきます──」
プレゼンは滞り無く終わった。用心棒として何度も修羅場を切り抜けてきたオールは重圧をもろともせず、諜報の足掛かりとなる大役を全うした。更に良いことにはオールの熱意が伝わったのか、重役の男性から大変に好感触という反応が返ってきた。
「うむ、昨今の時流に適合した興味深い製品だ。次の重役会で資金提供について前向きに検討させていただくよ」
「ありがとうございます!」
(良かった…オールさん、素晴らしかったですわ!)
(光栄にございます。ルーシー様…まずは一歩前進ですね!)
「いやはや、これは十分投資に値するよ。なあ、フェトルくん?」
「…はい。とても素敵な製品でございますね」
(そんな!?こ、この女性は昨日の…!)
(ええ、ルーシー様、間違いありません。眼差しに敵意を感じます。もしかしたら…!)
敵意に満ちた眼差しを向け、2人の前に立っていたのは昨日ヴィオに衝突したフェトルという女性だった。オールとルーシーはプレゼンに必死になっていて気付いていなかったが、傍らで2人を見つめていたのだ。
「ん?フェトルくん、どうしたんだ?うわわわっ!?」
「フェトルと言ったか…遂に正体を表したな!」
「…消えてもらいます」
フェトルの左手にボトルグリーンの紋様が浮かび上がるのを合図に会議室の床一面に怪しい色合いのキノコが現れる。這い出たキノコは胞子を撒き散らし、数を増やしていく。2人が慌てて逃げ出したところ、ルーシーの電話に着信が入った。
「もしもし、リタさん…どうしましたか?」
『ルーシー、外が大変なことになっているんだ!急いで来てくれ!』
「わかりました。もうすぐ外に出ますわ。合流地点は──」
「まさか!?そんな馬鹿な…う、美しいペーシュ国が…!!」
フェトルの奇襲から逃げ延びたオールとルーシーの眼に飛び込んできたのは信じがたい光景だった。一行に容赦なく牙を剥く毒の彩りを退けることは出来るだろうか?そして2人の眼に映る光景とは…?
To Be Continued…




