第44話『白き貴公子』
シリーズ第44話目です。どうぞお気軽にご覧くださいませ!
美と洗練のアザレア王国にて邪教戦士に挑むべく更なる高みを目指す決意を固めた一行。モニカ班はテレーズの紹介を受け、紋様を持つ近衛兵ルーティの指導の下、アザレア伝統の厳しい訓練を受けていた。
「次はスクワット500回!直ちに整列ッ!」
『はい!!』
長き伝統を誇るアザレア訓練が次々に襲い掛かる。矢継ぎ早に迫り来る特訓は容赦なくモニカ達の肉体を苛め抜いてきた。
「次は反復横飛び500回!モタモタしない!!」
『はい!!』
(き、厳しすぎるぜ…これなら図書館に行ってた方が良かったかも…)
(うん…あたし、もう帰りたい…)
「遅い遅いッ!!そんな動きじゃアヒルにも追い付けないわよ!!」
一方、ルーシー班。王立図書館にて己の力の源である精霊の世界に触れるべく、山積みになった文献と何時間も格闘していた。
「ほい、“東方五行思想”読み終わったで!フワァ…こりゃしんどいわぁ…」
「あの…“大自然と科学”読む方、いらっしゃいますか…?」
「リデルちゃん、私にください。ふう…これも天に課された使命なのですね…」
「“精霊と幻獣の世界”…あたくしの知らない世界がまだたくさん在りますのね…興味深いわ…」
「カシブさん!居眠りしている場合じゃありませんよ!!」
「むむむ…ケイトさん、すまぬ…煮詰まると眠気が酷いのである…」
「では、少し休憩しましょうか。ちょうどお昼ですから、食事にしましょう」
皆が高みを目指すべく奮闘する。それは一つの目標──魔の討伐へと向かうため──その思いは誰1人として違える者は無かった。
「よく頑張りましたね。1時間休憩です。午後もその調子で頑張ってください。では、こちらへどうぞ」
疲労困憊となったモニカ班はルーティに連れられ、食堂へと通される。訓練中に見せていた“上官”としての厳格な表情ではなく、“仲間”としての穏やかな表情へと変わっていた。
「ハァ…お昼のお供はやっぱり紅茶よね♪皆様もいかが?」
「ハッ、アザレアの兵隊さんはそんなオシャレなもん飲んでンのかい!ウチの自衛団は麦茶だよ!羨ましいねぇ!」
「ルーティさん、綺麗だし強いし…ワタシ、憧れちゃう!ルーティさんに負けないよ!」
「ザラーム、ありがとう♪じゃあこのあともビシバシいくわよ!午後は腹筋500回からね!」
「は〜い!!」
(な、なんで無邪気に楽しんでるのよ…ヴィオ、アンタの妹、ある意味大物だね…)
(当然だ。私の妹だから大物に決まってる)
(ヴィオ…アンタもかなり筋金入りのシスコンだね…)
モニカ班は午後も鍛練を重ねる。必死になって汗を流す一行に指示を出すルーティの表情は午前以上に張り切っているようにも見えた。
「次は土嚢積み降ろし100回!!」
『はい!!』
一方、ルーシー班はフェリーナを講師とした講習会を行っていた。が、長時間集中しての奮闘は睡魔という新たな敵を呼び込んでくる。
「妖精は化学的汚染を忌避し、人が造り出した冷たい鉄には宿れず……リーベ!ちゃんと聞いてるの!?これは貴女の精霊の項目なのよ!」
「うう…フェリーナお姉様、ごめんなさい…」
空が夕焼けのオレンジから夜の紺碧に移ろう頃、疲れ果てた様子のモニカ班がルーティの運転するワゴンに乗って戻ってきた。先に宿に戻っていたルーシー班が鍛練を積んだモニカ達を優しい表情で出迎えた。
「おかえりなさい。なんだか顔立ちが精悍になった気がするわ。相当厳しい訓練だったのね…」
「うう…疲れたッス…腹減ったッス〜!」
「そう言うと思って、厨房を借りてご飯作っておいたよ♪たくさん食べてね!」
「サンキュー!カタリナの料理は最高だぜ!」
「ほな、みんなで食べよ!ルーティ姉ちゃんも食べて行きぃや!」
「ええ、ありがとう。お言葉に甘えてご一緒させていただきます」
モニカ達を宿に送り届けたルーティも同席し、夕食を囲む。カタリナが腕に寄りをかけて作った料理は初めて口にしたアザレアの面々をも唸らせた。
「これは素晴らしい…品の良い味付けですね」
「ええ、恐らく王宮のシェフ並みに上手だわ。フフッ…テレーズったら、夢中になって食べてるわね」
「うん、ウマい!超ウマい!カタリナって料理上手なんだな!」
「ありがとうございます…お口に合って良かった♪」
「キツい訓練の後にカタリナの料理…砂漠を歩いた後の水みたいにリフレッシュするよ!」
「うむ、エレンの言う通り!稽古の後の飯は美味いが、それがカタリナの料理なら格別じゃわい!」
翌日、モニカ達は近衛兵の詰所にいた。赤い軍服を着た兵士達がズラリと並び、ピンと張り詰めた緊迫した空気が漂っていた。
「さて、本日開催の国王御前試合に際し、ギャラクシアより客員守衛騎士をお招きしております──」
「ギャラクシア…十二星座の力を司り、世界的にあらゆる事業を手掛ける敏腕ギルドのギャラクシアか!?」
「へえ、流石は断影のヴィオだね。あたいも名前くらいは知ってたけど、初めてお目にかかるよ」
「あら、知ってるなら話は早いわね。では、水瓶座のヴィボルグ様、ご挨拶を」
「はじめまして。ギャラクシアより参りました、ヴィボルグと申します。どうぞよろしく」
ルーティに促され前に出たヴィボルグという女性は濃青の長髪、グレーの甲冑に身を包んでいる。感情の発露が薄い表情や抑揚の少ない淡々とした口調からは事務的な印象を受ける──が、ヴィボルグの左手にはサックスブルーの紋様が彩られている。その力強い彩りは表面上は淡泊に見せている彼女の胸の内に秘められた強固な意志を体現していた。
「ヴィボルグ…貴女も私達と同じように…」
「そうです。ま、お互い様ってことで」
その後、一行は国王御前試合の会場へと赴いた。通された控え室にてアザレア王国とペーシュ国、双方の代表選手がヴィボルグによって紹介された。
「此方がペーシュ国代表のユリア・シュゲルグ選手、此方がアザレア王国代表の──」
「ええっ!?キャロル先輩じゃないッスか!!」
「テリー!まさかこんなところで会えるなんて…」
驚いたテリーの声に反応したのはキャロルという女性だった。白を基調としたジャージに身を包み、美しいプラチナ色の短髪、血色の良い肌が健康的で貴公子のような美しさを醸し出しており、眉目秀麗で爽やかな佇まいだ。
「久しぶりだね。前よりもだいぶ逞しくなったんじゃないか?」
「ありがとうございまッス!キャロル先輩にお褒め頂き光栄ッス!先輩、こちらは自分の仲間達ッス!」
「モニカ・リオーネと申します。テリーには大変お世話になっております」
「クレア・ブラウンです!よろしくお願いしま〜す!」
「ああ、よろしく。すごいな…たくさんの素敵な仲間に恵まれたんだね。それにしても、どうしてこんなところに?」
「はい、実は……」
テリーはキャロルにこれまでの顛末を説明した。アザレアに迫る邪教戦士の影、プロトに敗れ仲間と悔しさを噛み締めたこと、更なる高みを目指しルーティと出会ったこと──その一つ一つを思い出す度にほろ苦い想いがテリーの脳裏を駆けていき、キャロルもそれを察したように暖かく包容するような優しい表情で傾聴していた。
「そうだったのか…でも、アザレアでの経験を通してテリーも仲間の皆様も確実に強くなったはずだよ。その悔しさを忘れないでいれば、きっと目標を達成出来るさ!」
「キャロル先輩…」
「まあ、とりあえず今日は堅苦しいことは抜きにして試合を楽しんでくれ。最高の試合をお見せすることを約束するよ」
キャロルは華麗に身を翻し、トレーニングルームへと消えていった。美しい気品に満ちた振る舞いに一行にも心を奪われる者が……
「キャロルさん……カッコいい……」
「コ、コレットの眼がハートに…すっかり夢中ですね…」
「コレットだけじゃないぞ。リデルとリーベもだ」
「嘘ッ!?あ、姉貴も…!?チッ、あの野郎ォォッ…!!」
「ルーシーまで…!?クソッ…悔しいけど、キャロルさん相手じゃ勝ち目が無いぜ…」
「あんたらねぇ、何を女相手に蕩けてンだい!早く行くよ!」
アザレア、ペーシュ両国から観客が詰めかけたアリーナは超満員──興奮が今にも溢れ出さんばかりに充ち満ちていた。
『青コーナー、ペーシュ国代表、ユリア・シュゲルグ選手!!』
『ユリア!ユリア!!』
ユリアに対しペーシュ国から遠征した応援団が声援を送る。力強く雄々しい声援が会場を揺さぶった。
『赤コーナー、アザレア王国代表、キャロル・ヴァイス選手!!』
『キャ〜〜〜〜ッ!!』
リングへと向かう純白の貴公子を黄色い歓声が包み込む。耳を引き裂かんばかりの声援は周囲の観客のみならず一行からも発せられた。
「すごい歓声なのである…地鳴りが起きそうなのである!」
「アザレアはイケメンが多いんやなぁ…ウチらの面子もメロメロやで…」
観衆の高揚は目前に迫る試合への緊張感に変わる。リング上の2人は互いに戦士としての誇りと相手への畏敬の念を胸に、ゴングの時を待っていた。
「ラウンド1、ファイッ!」
ゴングと同時に激しい打ち合い。数十秒ほど経った頃、キャロルが不意にフラリと体を揺らめかせ、異様と言えるほどの隙を晒した。
「フッ……甘いな」
「クッ…!?」
隙を見せた──と思わせていたキャロルは左腕をユリアの右腕に交差させ、守りの体勢が整わないユリアに華麗な動きで強烈な一撃を見舞った。客席で観戦していたルーシー班は黄色い声援を送り、警備員として試合を見守っていたモニカ班の面々も思わず熱狂する。
「うおお!クロスカウンターッス!!」
「すげぇ…あの動作をあの速さで出来るなんて、流石はテリーの先輩だぜ!」
「……素敵……」
「キャロルさん…」
「ルーシーさん…コレットちゃん…恋する乙女の瞳になっているのである…」
第1ラウンドは熱狂のうちに終わった。向かい合う2人は真剣勝負の対峙者として互いに尊重しながらも、勇ましい闘志をその眼差しに込めてぶつけ合っていた。
「ラウンド2、ファイッ──」
レフェリーの掛け声を掻き消すように大きな地鳴りが起こる。歓声によるものではなく、中央──リングから起こっていた。
「な、なんだ!?うわああぁっ!」
「ううっ…こ、これはいったい!?」
「キャロル先輩!ユリアさん!ど、どうなっているッスか!?」
『フハハハ!ごきげんよう、諸君!邪教戦士ポールポラのショーへようこそ!早速だが国王は私が頂く!』
リングロープが縄となり、キャロルとユリアを縛り付ける。その魔の手は次なる標的として貴賓席で観戦していた両国陛下に伸びようとしていた。ヴィボルグが前に駆け出すと、サックスブルーの水氣が盾となって貴賓席を包み込んだ。
「アクアプロテクション!」
『ほう、貴様はギャラクシアか…相手に不足無し、貴様の力も頂く!』
ポールポラはヴィボルグに標的を変え、リングの骨組みをアームに変形させて襲いかかった。再び牙を剥く邪教戦士の魔の手を退けることが出来るのか?時は来た!彩りの戦士達よ、アザレアの平和を脅かすポールポラの脅威へと立ち向かえ!
To Be Continued…




