第33話『無垢なる悪戯』
シリーズ第33話目です。どうぞお気軽にご覧くださいませ!
魔族の影が潜む“不可能犯罪”の真相の糸口を掴み、妖精の泉へと踏み入った一行。ネイシアの身を案じた末に二手に別れ、妖精王の様子を探っていたが、既にネイシアは妖精王と繋がっていた魔族七英雄カストルの手に堕ちていた。
「どれだけ汚い手を使えば気が済むんだ!今日という今日は許さん!」
「そう簡単にいくのかな?ほ〜れほれ!」
(グッ…また…!)
カストルの胴のプリズムがチョコレートブラウンに染まるや否や、怒りに任せ繰り出したヴィオの刃は一瞬にして収められてしまった。宙吊りになったマリオネットのように忽ち骨抜きにされたヴィオの姿に一行の瞳には戸惑いが影を落とした。
「ヴィオ!?どうしたの?」
「クッ、すまん…どうしても手が出せないんだ…!」
「そうそう!最初からそうやって大人しくしていれば良かったの!ね、スロース!」
「うっす…その通りッスね〜…」
「じゃあ、用済みだし、ボク帰るね!スロース、あとお願いしていい?」
「おっす。カストル兄貴、雑用は任してくださ〜い」
「逃がしません!ソニックブーム──」
「やめろ、ケイト!…グハッ!」
ラベンダー色の衝撃波が突如飛び出したヴィオの鳩尾を引き裂く。至近距離で音速の刃を受けたヴィオは床に叩き付けられ、苦痛に全身を揺さぶられながら仰向けに倒れ込んだ。
「ヴィオ!?アンタ、どうして…!?」
『ヴィオさん…そんな…』
「じゃあ、遠慮なくこの娘は頂いて行くよ!ん〜、可愛いなぁ〜♪」
『やめてください!フォトン!』
「おわっと、ビックリした!…まあ、ボクのコレクションとして命を取らずに大切にしてあげるから、みんな心配しないでね!じゃ、バイバ〜イ!」
『いや〜ッ!!』
『ネイシアああぁぁ!!』
ピンクの彩りを捕えたプリズムの檻はカストルと共に消えていく。全員が細心の注意を払っていたにも関わらず、遂にネイシアは連れ去られてしまった。最悪の事態に全員の表情が暗い失意に沈んだ。
「ネイシアさんが…ネイシアさんが…」
「リデル、泣かないで。魔族七英雄カストル、なんて卑怯な人なの…」
「スロースとか言ったね…アンタ、ちょっと退いてもらうよ!」
「面倒だなぁ…でも、兄貴の頼みなんで、あんたらを倒させていただきま〜す。全軍用意〜!」
『グルルアァァッ!』
スロースは獰猛な魔物達を次々に召喚した。囚われの身となったネイシアへの想いと各々の胸中に燻る無念と怒りを彩りの力に込めて振るった。が、繰り出される魔物達は揃いも揃って手強く、徐々に劣勢に立たされる。
「ダークスフィア!」
「ガードシェル!」
「ファイアボール!…チッ、厄介な敵だね!」
「どうッスか〜?ウチらも本気なんで、活きの良い奴揃えたんスよ。存分に味わってくださいね──」
「ギャアアァッ!」
魔物達の赤黒い血が滴る鎌とも斧とも言えぬ禍々しい武器を携えた黒髪の女が魔物達の悲鳴を引き裂くようにして現れた。肌は薄く青みがかっており、左手には漆黒の紋様が印されていた。
「貴女、何者!?それに精霊の刻印が…!」
「…………」
青肌の女が禍々しい刃を振るうと辺りを占拠していた魔物達は一瞬で消し飛んだ。慌ててスロースが飛び出してきたものの、顔色一つ変えずに一気に畳み掛ける。スロースは尻餅を着き、恐怖に顔を歪めた。
「ひいっ…お前は…!!」
「……消えろ」
武器を振り上げた刹那、スロースは姿を消し、間一髪で逃げ去った。標的を取り逃がしてしまったにも関わらず青肌の女は表情を微塵も変えない。一同が呆気にとられる中、フェリーナだけは魔物達と対峙した時以上に強張った表情を見せていた。
(強い…でも確かに感じる…この人はまさか…)
「……来い」
(ん?これは何だろう?チョコみたいな色の…ビー玉?たしかここはカストルがいた──)
「クレア!急ぐッスよ!」
「う、うん!」
事情を飲み込みきれていない兵士の先導で妖精王の玉座の間に通された。自身の浅薄さに気付き俯く妖精王──やり場の無い憤りと悲しみを押し殺したビアリー──その表情には互いに深いやりきれなさと虚しさが滲み出ていた。
「妖精王様、無礼を承知の上ですが…どういうことか、説明していただけますこと?」
『申し訳ございません…ネイシア様を1人にしたのはあのお方のお告げでした。我々が通じていたあのお方がまさか魔族だったなんて…』
「何故一国一城の主である貴女様が魔族を御存知なかったんですの?願わくは少しでも人間の言葉に耳を貸していただきたかった…」
『返す言葉もございません。なんと詫びをすれば良いのか…』
「だから最初に釘を刺したんだ!狡猾な奴も奴だが、安請け合いする貴様も貴様だ!……あとは目撃者であるこの兵士に聞いてくれ。もう話す気にもならん…ゴホッ、ゴホッ!」
「ヴィオ。まず貴女の手当てをしなくては。一度宿に戻りましょう…」
ティファの提案により、ヴィオ班は負傷したヴィオの手当てと全員の休息のため一旦宿に戻った。腹立たしさと悲しさが全員の胸に黒く渦巻いている中、青肌の女は1人背を向けていた。
「えっと、あの…助けていただいて、ありがとうございました…」
「……礼など要らん。では、失礼する」
「待ってよ。帰るのは別にいいけど、人が感謝してるんだから、名前くらい名乗ったら?」
「……私はフィーネだ。また会おう」
フィーネは黒い闘気を微かに残し、何処かへと消えた。これまでの祝福の証の戦士とは一線を画する禍々しい気が流れていく。フィーネが姿を消すのを見届けるや否やフェリーナの額から尋常ではない程の冷や汗が溢れ出した。
「フウッ…あの人から強い邪気を感じたわ。助けてもらったけど、あまり関わりたくないわね…」
「邪気?祝福の証を持つ人だけど…そんなことが起こり得るのかな…?」
「そうだよね、エイリア。でも、フレアやヒイラギみたいな人がいるんだから、おかしくはないんじゃないかな?」
「ええ、クレアの言う通りよ。何も不思議ではない。あの邪気はフレアやヒイラギはおろか、魔族七英雄に匹敵するかもしれないわ……」
「なんと!?それは大変ッス!顔色悪いのに末恐ろしいッスね…」
「ところで、ヴィオさんはどうして私の攻撃を受けたんでしょう?カストルに手出し出来なくなっていましたし…」
「それも含めてヴィオの回復待ちだね。あのピエロ男、どれだけセコい手を使うんだか…ネイシア、少しだけ待っててね…」
一方、モニカ班。宝珠“虹の涙”が眠る妖精の祠へと勇んで向かい、妖精の街を外れた林道を歩いていた。ネイシアの身に起こった哀しき事態など知る由もなく。
「さあ、行きますよ!リボン、道案内をお願いします!」
「はい。実はわたしも祠に行くことは殆ど無いんです。ちょっと歩きますけど、頑張りましょう!」
「…ネイシア…」
「リタ、心配なのか?まあ、無理もなかろうて…カストルが来とるかもしれんからのう…」
「ああ…大丈夫だ。ヴィオ達がいるから、きっと…」
「ええ、とにかく今はヴィオさん達に任せましょう。わたくし達はわたくし達の役目を果たすのです」
「そうだな、ルーシー……頑張ろうぜ」
ネイシアの身を案じ、モニカ班の面々の表情にも焦りと不安が見え隠れしている。一刻も早く虹の涙を手にするべく自然と林道を駆けて行った。
『来た来た!リボンと人間達だ!』
『ここから先には行かせないわよ!そ〜れっ!!』
悪戯っぽい笑みの妖精達によってモニカ達の視界が光で閉ざされる。目の前が光に塗り替えられた後、不可思議な光景が広がっていた。
「ここは…さっきの林道じゃなくなってる!」
「な、なんじゃこりゃ!?水が上に向かって流れとるぞ!どうなってるんじゃ!?」
「溶岩があるのに湿地が隣り合ってる…こんなのあり得ません!大スクープです!」
モニカ達が放り出されたのは妖精達の作り出した仮想空間だった。そこには平原、荒野、溶岩台地、河川、森林、砂漠、雪原、湿地……この世に存在しうる地形という地形が全て縮図となっていた。地理的な常識も物理的な法則も完全に無視されており、皆混乱するばかりであった。
「キキッ!クキキ〜ッ!」
「魔物である!みんな、戦闘体勢をとるのである!」
「は〜い!さあ、元気出して頑張ろ〜!」
「コレット、あんたはどうして観光気分なんだい…さあ、かかって来なよ!」
戸惑いが晴れぬまま武器を構え、ピエロの面を被った怪しげな怪物達に立ち向かっていった。仮想空間の存在でもその使命を阻む者達は討つ他に道はないのである。
「ブライトエッジ!」
「グラッサージュ!」
「シードポップガン!」
「ピギイィィッ!」
怪我から戦列に復帰したトリッシュとリタも臆せずに力を振るう。精霊の試練に打ち克った魔を討つ彩りの力は少しも鈍っていない。
「エレキテルショット!」
「デスサイス・サマーソルト!」
「ピギャアアァァッ!」
「すごい!2人ともカッコいいよ♪絶好調だね!」
「うむ。カタリナの言う通り2人とも腕は落ちとらんようじゃのう!ワシも負けんぞい!」
モニカ班の面々は有利に戦いを進めていたが、常識はずれの地形に進撃のペースを狂わされていく。魔物達も数を減らしながらもじわじわと迫っていた。
「うう…毒の沼にはまってしまいました…苦しい…」
「うわっ!?まさか川だったなんて…だれか助けてください〜!」
「あちちっ!溶岩だったのである!火傷してしまうのである〜!」
「リーベ、アイリス、カシブ、大丈夫ですか!?クッ、ここは砂漠…足が進まない…」
「わたしに任せて!妖精達に因る世の乱れは妖精であるわたしが正します!」
リボンはピンクに煌めく背の羽で風を断ちながら救援に飛んでいく。その小さな左手には彼女の戦いへの意思がベビーピンクの彩りとなって現れていた。
「ありがとう、リボンちゃん…貴女にも印が…」
「はい。きっとこの印が呼び合ったんですね。リーベさん、大丈夫ですか?次はアイリスさんを助けに行きますね!」
リーベを毒の沼から救出したリボンはアイリスのもとへと急ぐ。離れていたカシブのもとにもルーシーが到着し、癒しの水を以て煤けた傷痕を浄めた。
「ヒールウォーター!」
「すまぬ、ルーシーさん…恩に着るのである。助かった…」
「お気になさらないで。さあ、魔を討ちますわよ!」
戦列にリボンも加わり、魔物達と奇妙な地形の猛攻を振り切った。魔物が全滅すると同時にモニカ達は林道へと戻される。無邪気に笑っていた妖精は表情を歪めて悔しがっていた。
『負けちゃった…カストル様、ごめんなさ〜い!』
「カストル!?あんた達、何か知ってるね!全部吐いてもらうよ!」
『は〜い。でもね、まだアタシの分がまだだよ!それそれ〜っ!!』
再びモニカ達は仮想空間に飛ばされた。虹の涙を手にすることは出来るのか?カストルの魔の手に堕ちたネイシアを救えるのか?そして突如現れた青肌の女、フィーネの正体とは…?
To Be Continued…




