第32話『妖精の泉』
シリーズ第32話目です。どうぞお気軽にご覧くださいませ!
スカーレット領の墓地にて魔族七英雄カストルの操るゾンビ達と対峙した一行。負傷で戦線を離脱していたリタとトリッシュが復帰し、死霊学者カシブを加え、騎士団領から更なる事件へと踏み出そうとしていた。
「俺達がいない間に新顔が増えたな。俺はリタ、よろしく頼むぜ!」
「ああ、よろしく。私の名はヴィオ。傭兵だ」
「私はリーベ・グルマンです。素敵な旅にしましょうね!」
「オッケー!さあ、カストルブッ飛ばしに行くぞ!ガンガンいこうじゃん!」
バーミリオン領で待機していたアイリスと合流し、騎士団ギルドの宿舎で次なる事件となる“不可能犯罪”へ向けての作戦を話し合っていた。が、余りに奇怪な現象になかなか意見がまとまらず、議論は煮詰まっている。ドンヨリと澱んだ重苦しい空気が漂っていた。
「さて…一番難解なものが残っちゃいましたね…」
「う〜ん、いったい何者なんだろうね…変装のプロとかかな?」
「クレア、その可能性は低いわ。外見を酷似させても顔相や体つきまでは変えられないもの。難しいわね…」
「うむ…超自然的な存在の可能性が否定出来ないのである。例えば妖精とか──」
「素敵です!妖精…愛と夢と希望に満ちた存在ですよ!」
「決〜まり!わたしも妖精さんに会ってみたいな♪」
「あんたらねぇ…そんなこと実際にある確証あンのかい?絵本の世界じゃあるまいし…」
「いいえ、一概に否定は出来ないわ。ヴォルトやプルートのように精霊が存在するのだから、妖精が存在しても不思議ではないわよ」
「うむ、フェリーナさんの言う通り!とにかく文献に記された地点に向かってみるのである!百聞は一見に如かずなのである!」
「決まりですね。さあ、行きましょうか!」
「では、私も同行するわ。騎士団領の義を乱した魔族を共に討ちましょう!」
ティファを加えた一行はエイリアの操縦する旅客機で騎士団領を発った。青々と広がる大空は彼女達の行く先の暗示だろうか?それとも…
「そろそろカストルを追い詰めなきゃね…あのピエロにギャフンと言わせなきゃ!」
「ええ、そうですわね。罪の無い人達の運命を歪める魔の力をあたくし達の力で──」
『みなさん、エイリアです。急に霧が濃くなってきました。これ以上濃くならないうちに近くの平地に臨時着陸するので、注意してくださいね』
突発的な濃霧に見舞われ、一行を乗せた飛行機は緊急着陸した。外へ出て辺りを見回すと、次々に立ち込める霧が覆い尽くしていた。殆ど視野が遮られており、すぐ隣に立つ仲間を視認するのが精一杯だ。互いに顔を見合わせ互いの立ち位置を確かめながら、必死に辺りに目を凝らしていた。
「無闇に動くのは危険そうですね…晴れるまで機内で待機しましょう」
「そうだな、モニカ。それにしても変だな…エイリア、出発前の天気予報は晴れだったよな?」
「うん…どうしてだろう?管制塔からの情報では気圧も安定しているって聞いてたけど──」
「た…助けてください!」
何処からか助けを乞う叫び声が響く。20人を超える大所帯であるにも関わらず誰の声にも該当しない。幼い少女のような声だ。が、声はすれども姿が見えない。
「ここです!貴女の目の前です!」
「えっ!?あ、貴女はいったい…」
「わぁ〜!妖精さんだ〜!」
光の中から現れた声の主はモニカの腰辺りまでの背丈の小柄な少女だった。クリーム色の髪をツインテールに結い、ピンク色に煌めく羽を背に生やしているその姿はまさに妖精だった。その様相は明らかに慌てふためいており、表情には焦りの色が顕著に見受けられていた。
「そんなことを話してる場合じゃないんです!お願い!助けて!」
「まあ、落ち着け。もしかしたら君の頼みは私達の思惑と一致するかもしれない。とりあえず話は機内で聞こう」
ヴィオに促され、一行は妖精と機内に戻る。妖精は落ち着きを取り戻し、表情で一行と向き合っていた。
「挨拶もせずごめんなさい。わたしはリボンです」
「私はモニカです、よろしく。それで、どうされましたか?」
「わたしの仲間達がピエロみたいな男の人に唆されて、人間に悪さをするようになってしまったんです。悪さをする妖精がどんどん増えてしまって…」
「ピエロみたいな男!?もっと詳しく聞かせて!」
「はい…ピエロ男に会った仲間は人を騙したり、人間に化けて無実の罪を着せたりして、やりたい放題なんです…」
「人間に化けて罪を着せる…不可能犯罪に繋がりそうじゃん!」
「うん…もしかしたら!もしかするかも!」
「うむ、決まりじゃのう。リボン、差し支えなけりゃ案内してくれんか?」
「えっ!?妖精の泉に、ですか…?」
「うん、私達、そのピエロ男を探しているの。実は──」
事情を理解したリボンに案内され、深い霧に包まれた森を進んでいく。全員が一本のロープを持ち、はぐれないように慎重に歩を進めた。
「随分と暗い森ですね…妖精の住処を見られるなんて、他に絶対ない大スクープですよ!リボンちゃん、ありがとうございます!」
「はい。本当は妖精の泉に人間を立ち入らせるのはご法度なのですが、今回ばかりは皆様に協力させてください。魔族に付け入られるのはわたしも同族として悔しいですから……」
「妖精さんに会えるの楽しみだなぁ!ワクワクしちゃうね♪」
「やれやれ…コレット、遠足じゃないんだからね……って、うわっ!?」
一行の眼に目映い光が射し込む。虹色の光を放つ大きな泉が広がっていた。止めどなく虹色の水が湧き出る泉の周りにはリボンと同じように背に羽を生やした少女の姿をした妖精達が思い思いに飛んでいた。
「これが妖精の泉…!」
「へえ…こんなもんが実際にあるなんて驚きだねぇ…」
「ほれ見たことか!百聞は一見に如かずなのである!」
『あ〜っ!人間!なんで人間がここにいるの!?』
本来人間との接触が禁忌とされている妖精達にとって人間は物珍しい存在なのだろう。妖精達は怪訝な表情で瞬く間に一行を取り囲んだ。
『リボン!人間はここに入れちゃダメって言われたじゃない!』
「違うの!わたし達を助けに来てくれたの!この人達は──」
リボンの説明を受けた仲間の妖精は渋々ながらモニカ達を迎え入れた。警備兵が現れ、泉の中央に建つ妖精王の宮殿へ通される。宮殿の中も玉座に座る妖精王も城の外観に違わぬ神秘的な雰囲気を醸し出していた。
『ふむ…貴女方が我らの世を乱す者を討ってくれるのですね?』
「ええ。あたくし達にお任せくださいませ。そして願わくはどうかお力添えを」
『よろしい。ならば信頼の証として、妖精の祠に眠る宝珠、“虹の涙”を持って来なさい。但し──そこの金色の髪に黒い服の貴女、貴女は此処に残りなさい』
妖精王の眼差しと右手の人差し指はネイシアを指していた。甘桃のシスターと妖精達──その双方に潜む映し身の道化師カストルの影──一行の瞳が突如として猜疑心に曇った。
「ん〜…なんでネイシア姉ちゃんなん?どんな理由かわからへんけど、別に誰でもええんちゃう?」
『いいえ。私は貴女が良いのです。せっかくの機会ですから人間のことについて聞かせていただきましょう』
「えっ!?あの、えっと…私はそんな大したことはお話出来な──キャッ!」
「ネイシアッ!!」
ネイシアはピンクの光に包まれ、妖精王の隣へと連れられた。無理矢理ネイシアを引き離されたような想いに駆られ、一行の瞳には不本意な負の感情が黒い影を落とした。
『心配には及びません。この娘は私のもとでお守り致します』
「本当だな?……失礼。信用していないわけではないが、生憎私は仕事柄、疑い深い性格でね」
『…ええ、もちろんですとも。どうか、道中お気を付けて……さあ、もうお行きなさい。貴女方の力、見せていただきますよ』
(クッ、コイツ、絶対に何か隠してる!ネイシア…!)
妖精王に半ば強引に促され、一行は城を放れる。後ろ髪を引かれるような想いがその足取りを重くしていた。
「ネイシアさん…大丈夫でしょうか…心配です…」
「そうだな、リデル…みんな、一つ提案がある──」
ネイシアを案じた一行はモニカとヴィオをリーダーとして二手に別れる作戦を取る。モニカ班は真っ直ぐ妖精の祠へと向かい、ヴィオ班は情報収集という名目で妖精の泉の街に留まった。妖精王によって用意された宿にてヴィオ班はネイシア奪還の算段をしていた。
「で、どないすんねん?ネイシア姉ちゃん、ほっといたら絶対アカンやろ…」
「そうッスね。ピエロ野郎がいつ現れるかもわからないッス…どうにか城に入りたいッスけど、どうしたらいいッスかね?」
「警備兵がいるから正面からは無理だよね…でもいいアイデアがないな〜…」
「それも含めて情報を集めましょう。慌てず戦況を把握して、ネイシアにも妖精達にも危害が及ばない最善の策を練らなければいけないわ」
「同意しかねる。あくまでも“最善”というだけだろう?私は多少の被害が出るのは厭わん」
「ヴィオ!?」
「奴らもカストルの操り人形かもしれないんだぞ?ネイシアの保護が最優先だ」
「それはそうだけど…妖精達に協力してもらえなくなったら、それこそネイシアに危険が及ぶわ!」
「フェリーナ、確かにお前の言い分も尤もだ。だがな、世の中綺麗に片付くことばかりじゃないんだ。手段を選んでばかりじゃ果たせぬ務めもある」
「ヴィオ……」
「まあ、ここで仲間割れしても仕方ない。早速情報を集めるとしよう」
結局、フェリーナとヴィオの溝が埋まらぬまま、ヴィオ班は情報収集を開始する。訝しがりながらも口を開く者や全く取り合わない者ばかりという状況に苦心しながらも妖精達と次々に対話を交わしていった。
「ピエロみたいな人を夜中に城の近くで見たみたいです。裏から出入りしていたらしいですよ」
「でかした、ケイト!間違いないみたいだね!」
「よし、では裏から突入するぞ。決行は今夜だ!」
妖精達の光が消えた夜、ヴィオ班は息を潜めながら城の裏側へと回った。幸いにも警備が手薄であり、突撃には余りに好都合である。
「なんとか着いたな…よし、ここから入るぞ」
「オッス!突入ッスね!せーの!!」
ドンッ!
「わわっ!?な、何ですか、貴女達は!?」
「すまない。ちょっと邪魔する。ここにピエロみたいな男は来たか?」
「はい…先程、女王様に会いに来られまして──」
「ありがと!さあ、みんな!突撃〜ッ!!」
エレンの号令でヴィオ班全員が城に雪崩れ込む。警備兵は唖然としていたが、只ならぬ空気を感じ取り、一行の後を静かに追い掛けてきた。
「アハハ!何か嗅ぎ回るネズミさん発見〜♪」
「カストル!もう好きにはさせんぞ!」
「ねえ、キミ達が探してるのってさ…もしかして、この娘?」
『みなさん…助けて!』
「ネイシアッ!クッ…遅かった!!」
ヴィオ班の眼前に飛び込んだのはプリズムの檻に閉じ込められたネイシアの姿だった。全員が想定した最悪のシナリオが既に実現してしまっていた。
「妖精の女王様もおめでたい方だよね〜!こっちの話にホイホイ乗っかるんだも〜ん♪」
「貴様…どれだけ汚い手を使えば気が済むんだ!今日という今日は許さん!」
ヴィオは憤りに任せ、カストルに刃を向けた。ヴィオの狂気の刃に対し軽々しい笑みを崩さないカストル。祝福の証の戦士達はカストルの脅威を退けることが出来るのか?そして、囚われたネイシアの運命は…?
To Be Continued…




