第27話『滅殺の剣』
シリーズ第27話目です。どうぞお気軽にご覧くださいませ!
己の目指す武とは?──そんな問いに苦しみ、“心友”エレンと刃を交え、迷いを断ち切ったモニカの前に現れたのは──金髪に赤い鎧、モニカ達の前に伏す騎士の言葉通りの姿をした女剣士だった。金髪を獅子のタテガミのように長く伸ばし、夥しい数の傷が付いた赤い鎧を身に纏っている。その真紅の瞳には殺意とも思える荒々しい闘気が満ち溢れていた。
「笑止!!」
身の丈ほどの巨大な太刀を振り、刃の血を払う彼女の足元には幾人もの騎士が倒れている。彼らは地に伏し、静かに血を流していた。ネイシアが前に飛び出し、沸き上がる憤りを精一杯に御しながら向き合った。
「酷い…どうして貴女は…何の罪もない人々を…」
「フン…現世の武人は騎士道とやらに酔うて軟弱よ。赤子にも劣るわ!」
「ハッ!何を寝ぼけたことを言ってンだい!これっぽっちも理解出来ないよ!」
「………」
「むむっ!?アイツの左手…自分らと同じッス!」
「ホンマや!…祝福の証や!!」
剣士の左手にはクリムゾンの彩りが印されていた。左手から放たれる彩りは彼女の全身を包んでおり、その佇まいと相まって畏怖とさえ思える威圧感を醸し出していた。
「神々の力、精霊の力で罪もない人間を裁くなんて…貴女は何が目的なの!?」
「我が望むは強き武人…彼奴らは我が敵に能わず。愚鈍!」
「テメェ…グダグダ訳わかんねぇ御託並べてんじゃねぇぞコラァ!!」
「フン…滅殺の剣、しかとその身に焼き付けよ!!」
業を煮やしたトリッシュが剣士に飛び掛かる。トリッシュの槍を巨大な剣で受け流すと、鬼神の如き勢いで荒々しく斬り伏せる。
「ぬううぅぅん!」
「グッ…オラァ!!」
「豪絶!!」
「なっ!?グウッ…!」
クリムゾンの閃光が放たれるのと同時にトリッシュが凄まじい勢いで吹き飛ぶ。一瞬であったにも拘わらず、トリッシュの体には無数の斬り傷が付き、赤々とした血が流れていた。
「トリッシュ姉ちゃん!」
「チッ…次は俺が相手だ!シャドウバレット!」
「むっ…ふんぬぅぅ!」
「クソッ…デスサイス・サマーソルト──」
「滅殺!!」
「うあぁあぁあぁッ!」
冥紫の銃撃をかわされ斬撃を受けたリタは体を激しく地に打ち付けた。トリッシュとリタ──精霊の試練を乗り越え、更なる高みへと達した2人を全く寄せ付けない。祝福の証のみに留まらないただならぬ力を見せ付けていた。
「リタさん…そんな…しっかりして!」
「トリッシュ…すぐに手当てするからね…」
「姉、貴…ゴメン…」
「ルーシー…悪りぃ…負け、ちまった…」
「フン…恥と知れ!!」
鬼気迫る表情でトリッシュとリタを睨み付ける。その瞳には一切の慈悲が無く、倒れている2人に更に斬りかかろうかという様相を見せている。モニカが仲間達を掻き分け、闘志をみなぎらせるフレアの眼前に踏み出した。
「ならば私が相手です!このモニカ・リオーネ…リオーネ流の名に賭けて、貴女を討ちます!」
「ふむ…我が名はフレア。うぬが修羅、見せてみよ!」
フレアが地を踏み鳴らすとその身を包むクリムゾンが溢れ出た。モニカの紋様も力強く金色の光を放ち、モニカの体を包み込んだ。
「せぇいやぁぁッ!」
「ぬぅん!ふんッ!」
(これは…なんて凄まじい力…腕力だけではない、人智を越えた何か…この力は…!?)
モニカもフレアの鬼気迫る剣勢に何か並々ならぬ存在を感じ取っていた。対するフレアもモニカの太刀筋を見るや否や剣を握り直し、足元に現れたクリムゾンの魔方陣から力強く振り切った。
「獅豪閃!」
「クッ…!」
斬撃が赤々とした衝撃波となり、モニカに襲い掛かる。間一髪でかわしたものの、至近距離を飛んでいく速度と勢いはモニカの上半身が少しよろめく程度の強さを持ち合わせていた。更に息つく間もなくフレアは怒濤の如く迫り来る。
「豪破斬!」
「グウッ…」
「滅!!」
「うあぁぁッ…!」
斬撃と共に凶気に満ちた痛みが走る──モニカの右腕から鮮血が地に滴る。燻りながら疼く苦悶に顔を歪めるも、その闘志──祝福の証に課された使命への意志は揺るがない。
「天陽剣!!」
「むっ…滅獅斬!」
「うぅッ…はぁッ!天地斬光波!」
「ふむ…我が武に見合う剣…絶えて久しき闘士の瞳…良かろう、獅子に刃向こうてみよ!牙を剥けぃ!!」
昂るフレアの闘気からは禍々しささえ感じられる。モニカは己の剣術への想い、共に歩み続ける仲間達への想い、そして自らの左手に印され、彩られた祝福の証の使命への想いを胸に秘め、瞳にその強い意志を輝かせていた。
「ぬん!ぬぅりゃあ!」
「せいやぁ!はあぁッ!」
「どりゃあぁぁ!」
フレアが猛々しく振る巨大な太刀が激しく地を穿つ。2人が剣を討ち合った地点にはひび割れ裂けたような痕がまばらな血痕と共に生々しく残っていた。
「ああ…こ、怖い…怖い、です…」
「ふえぇ…あのお姉さん、モニカに全然負けないよ…どうするの…?」
「むむむ…重心の低い良い構えだし、気迫のこもった良い面構えじゃが…どうも只者じゃない気がするのう。末恐ろしいわい…」
「そうですわね…彼女の剣からは闇の気配を感じるわ…モニカさん、腕に傷が…」
「ビアリー様、大丈夫ッス!アイツはモニカに比べて熱さが無いッス!最後に勝負を決めるのは燃える闘魂ッスよ!!」
(モニカ、負けないで!アンタは…強いんだよ!誰よりも!!)
仲間達の心配を尻目にモニカはフレアと激しく剣をぶつけ合う。2人が波止場に打ち付ける波のようにぶつかっては離れる度に金色とクリムゾンの力強い彩りが辺りに広がった。互いの武を重ね合い、誇り合い、見せ付け合うかのように。
「ぬん!!」
「クッ…斬魔烈光破!」
「絶!!」
(フレア…これだけ戦って一度も息を切らしてない…強い!)
「滅殺!!」
(来る…!!)
フレアの左手から放たれたクリムゾンの彩りが禍々しい気流を産み出し、身の丈ほどの太刀が赤々と妖しく光る。肩の傷痕に苦しむモニカの脳裏に斬り伏せられたトリッシュとリタの姿が即座によぎる。その瞳に金色の輝きが産まれ、凛とした光を放った。
(負けない…!リオーネ流のため…皆のため…この世界のため…負けられないんだ!!)
モニカの体が金色の光に包まれ、その背には光の翼が生えているようにも見える。モニカは高々と翔び上がり、フレアの狂おしき凶刃に立ち向かった。
「リオーネ流奥義!!金陽翔天斬!!」
「万物滅殺!!獅王百獣刃!!」
2つの刃が重なると、2人を包んでいた彩りが辺りに激しく溢れ出す。その衝撃は間近に迫った騎士団領にまで轟いた。地に点在していた草木はおろか、空を包んでいた雲さえも吹き飛び、そこには“無”が縮図となって造り出されていた。
まっさらな地に時が止まったように倒れ伏す神々の子達───その彩りを交えた2人の剣士も例外ではない。凍り付いたような不気味な静寂は金色の彩りによって破られた。
「う、うぅ…大丈夫、ですか…?」
「モニカ…あたいは大丈夫さ。お疲れ様…」
「フレアは…?フレアはどこに──!!──」
「モニカ・リオーネ。うぬが彩り、うぬが力、真に目覚めさせてみせよ。その刻こそ…グッ…ゴホッ!」
フレアの口から赤々とした血が吹き出す。一顧だにすることもなく拭うと怪訝な表情を浮かべるモニカの前に真紅の瞳に鬼気と闘気を込めたまま居直った。
「フレア…貴女の力、貴女の武は…」
「フン…その彩り目覚めし刻こそ、我とうぬの真の決着を着ける刻なり!」
フレアはクリムゾンの闘気を残し、いずこかへと消えた。倒れていた仲間達も次々に立ち上がる。彼女達の心には驚きと共に言い知れぬ虚無感が駆け抜けていた。
「フレア…彼女は自ら修羅の道へ…」
「そうね。きっと祝福の証の力を高め過ぎた結果、心身に甚大な負荷がかかっているんだわ。可哀想…」
「感傷的になるのは後!トリッシュとリタを病院へ運ぶよ!クレア、関所へ行って騎士団の人を呼んできて!」
「わ、わかった!急がなきゃ!」
騎士団の協力もあり、トリッシュとリタはバーミリオン領に立つ病院へと搬送された。フレアとの戦いで傷を負ったモニカも手当てを受け、その日は病院で一夜を過ごす。翌朝、一行は担当医に呼び出された。
「お連れのお二人ですが…負傷の度合いが強いので、少しの間入院していただくことになります。」
「に、入院!?」
「はい…皆様が応急措置をしてくださったおかげで現時点での回復も良好ですが、だいたい1週間ほど…」
「そんな…連れていくことは出来ないんですか!?」
「モニカ、仕方ないさ。手負いのまま連れてく方が可哀想じゃないのかい?」
「そやで!2人が休んどる間に騎士団領での仕事を片付けたらええやん!な?寂しいかもしれへんけど、ここはグッと我慢や!」
「そう、ですね…お願いします…」
一行はトリッシュとリタを病院に残し、騎士団領へと踏み出すこととなった。不本意な事態に皆の胸中にはぶつけることの出来ない悔しさと哀しみが滲んだ。
「トリッシュ、リタ…行ってきます。」
「…ゴメン…俺達、こんなことになっちゃって…」
「気にしない、気にしない!ゆっくり休んで!」
「ああ、サンキュー!みんな…姉貴のこと、頼む。」
「トリッシュ…大丈夫だから、心配しないで。」
「その通り!しっかり骨休めするんじゃぞい!」
「じゃ、騎士団領での仕事が終わったら戻るからね!ちゃんと留守番してるんだよ!」
一行が病室を後にしようとした刹那、待って──という声が重なる。モニカ達が振り向くや否や、2人は再び声を揃えた。
『行ってらっしゃい!』
2人は左手の黄色と薄紫を見せながら沸き上がる悔しさを隠すように微笑んだ。モニカは表情を和らげ、何も言わずに頷く。リデル、コレット、ネイシアの瞳は潤み、次第にその眼から込み上げるものが溢れ出した。2人の強い想いを胸に、一行は騎士団領へ飛び出す。
バーミリオン領。バーミリオン騎士団によって統治される地区であり、騎士団領の中でも勢力の強い地区である。モニカ達が外へ出ると、1人の騎士が歩み寄ってきた。
「神々の子…貴女達ね。」
兜を外したその素顔は女性だった。年齢はアイリスと同程度と思われるが化粧っ気はなく、黒いメッシュの入ったカーキ色の短髪に加え重厚な甲冑を身に着けていることもあってどこか男性的な雰囲気が漂っていた。
「はい。私はモニカ。モニカ・リオーネと申します。」
「私はティファ。バーミリオン騎士団の騎士です。どうぞよろしく。さて、いきなり本題に入るんだけど、貴女達を案内したい所があるの。着いてきて。」
滅殺の剣を振るう狂気の剣士フレア。彼女の凶刃を受け、トリッシュとリタは傷を深い負った。フレアの目指す武とは?モニカはそんな疑問を胸にそっとしまい込み、涼やかな微笑みを見せるティファに連れられ、騎士団領を歩んでいった。
To Be Continued…




