第206話『樹緑の農婦』
シリーズ第206話目です。どうぞお気軽にご覧くださいませ!
彩りの義勇軍一行は偉大な賢人の待つゴギョウ国に辿り着いた。が、中央部を統べる賢人以外の4人の統率者達が秘宝賢者の石を巡って争っており、4人を束ねる立場に置かれている賢人も仲裁に追われているという。一行は南部、北部、東部、西部の統率者と会って新たな絆を紡ぎ、バラバラになった五行の郷を絆で繋ぎ合わせることとした。
「テリー、良い戦いだったね。君の熱い心が伝わってきて、僕も熱くなれたよ!」
「うおぉ!キャロル先輩、感謝感激ッス!みんなと鍛え上げた絆の力をリングで表現出来たッス~!」
「テリーのおかげでボローニャと絆を紡ぐことが出来ましたね。では、次は東部に行ってみましょうか」
「ああ。先ほど街で聞いてきたのだが…東部の統率者はどうも偏屈な奴らしい。ボローニャと同じようにはいかないかもしれないぞ」
「だからといって逃げたりしないわよ!こうしている間にもテラコッタの騎士さん方とナモ様はあたし達の助けを待ってるんだからね!さあ、行くわよ!」
リモーネに先導され、皆も勇んで東部へと向かう。ゴギョウ国南部の統率者ボローニャは炎の拳を振るう剛胆な格闘家であり、テリーと拳を交えることですぐに打ち解けた。幸先良い幕開けに一行は安堵するが、果たして残る3人は一行の言葉を聞き入れてくれるのであろうか?一行は期待と不安を胸に東部へと歩を進めていった。
一方、魔空間~艶麗~。城主ベガは居室で魔の色彩である黒紫の羽の蝶を1人愛でており、精悍な顔には穏やかな微笑みを浮かべている。突如として扉をノックする音が重く腰を降ろしていた静寂を破り、ベガに促されて可憐な兵将ラストが姿を現した。
「ベガ様。ディアボロ7人衆のラスト、参りました。僕に何かご用命でしょうか?」
「ラスト、これを見たまえ。我ら魔薔隊の旗印たる“あの娘”だ」
「えっ、写真!?ベガ様、これはいったい…!?」
「フフッ、驚いたかい?私のペットであるこの蝶に人間界を映写させたのさ。これなら魔界にいても彼女のことをずっと見ていられるからね…フフフフッ…!」
(ベガ様、いつの間に…だけど、彼女が僕達の理想郷に必要不可欠な存在であることは間違いない。ベガ様がこれほど執着なさるのだから…)
一方、彩りの義勇軍はゴギョウ国東部に到着した。白い外壁と赤い屋根の建物が雑然と建ち並ぶ南部とは街並みが大きく異なる。木肌の茶色そのままの丸太で出来た外壁と天井に鬱蒼と生い茂った葉の緑が美しい屋根が特徴的な建物が大自然と共存しながら不規則に建ち並んでいる。そののどかな情景は都市というよりも農村と言った方が適切だろう。南部と同じ国とは思えないほどの相違に一行は目を丸くする。
「これが東部…南部とは空気が全く違うわね…大自然の息吹を感じるわ」
「住民の人もおじいさんおばあさんが多い気がするよ。スローライフを満喫してるって感じだね!」
「そうだな、エレン殿。では、聞き込みをしよう…そこの御老人、ちょっと良いか?」
「おっ、旅の方か。ゴギョウ国へようこそ!何か困り事かい?」
「はい。ひとつ御伺いしたいのですが、東部の統率者さんの御自宅はどちらでしょうか?」
「ああ、すぐそこだよ。案内するから着いておいで」
一行は東部の住民に連れられ、統率者の住まいである屋敷に到着する。東部の建物としては一際大きいが、それだけではない。屋敷の辺り一面に広大な畑が縦横無尽に広がっており、何種類もの野菜が栽培されている。一行はいよいよ農村と呼ぶに相応しい光景を前に、この地に住まう東部の主との邂逅に臨まんとしていた。
「空気が澄んでて気持ち良い…故郷のスプルース国を思い出すわ」
「それにしても、すっごい大きな畑…まさか統率者さんが――」
「ん…お客さんとは珍しいねぇ。それにこんな団体さんでどうしたのかな?」
「あわわっ、ご、ごめんなさい!こんなに広い畑を見たの初めてで…」
「良いよ良いよ。旅の方、ゴギョウ国東部へようこそ」
屋敷の裏から現れた東部の統率者である女性は穏やかに微笑みながら一行に歩み寄り、恭しくお辞儀をする。茶色い帽子を被る深緑の髪をボサボサに伸ばしており、耳は尖っている。服装は茶色の上着とズボン、上着の下には黄緑のシャツを着ている。ゆったりとした口調で一行を歓待する東部の長は偏屈という前評判からは想像もつかないほど穏和な人物だった。
「歓迎していただき感謝します。私はモニカ・リオーネと申します。どうぞよろしくお願い致します」
「そうかい、ご丁寧にどうも。ボクはサレント。ここで農業をして暮らしているのさ」
「農業…ってことはこの畑、全部サレントさんの畑なのか!?」
「ああ、そうさ。ゴギョウ国の国内産の野菜はほとんどボクの畑で採れたものなんだよ。みんなが美味しいって言って食べてくれるのが一番嬉しいね」
サレントは穏やかな微笑みを湛えながらも声色には自らが携わる生業への誇りを滲ませている。大自然と共存しながら自給自足の生活を送る東部の長は生き生きとした雰囲気を醸し出しており、傍目には充実感を感じさせていた。
「サレントさん、なんか生き生きしてるじゃんかよ。それなら賢者の石とかいう代物が無くても――」
「ポワゾン!その話は――」
「うん、賢者の石ねぇ…そのことで最近騒がしくて、気疲れしちゃうんだよね。ボクはこうして野菜を育てながら静かに暮らせれば、それで良いんだけどなぁ…」
「…サレント殿…」
「まあ、こんなところで立ち話もなんだから、ボクの家にどうぞ。野菜ジュースで良ければご馳走するよ」
「…イレーヌ、悪りい。私としたことが軽率だった…」
「いいえ、仕方ないわ。でも、ゴギョウ国の人々にとってデリケートな問題だから、気を付けましょう」
一行はサレントの屋敷に通される。“賢者の石”という言葉を耳にした刹那、晴れ晴れとしていたサレントの表情と心が瞬く間に曇っていたのを一行の全員が感じ取る中、当のサレントは客人の前ということもあってか気丈な態度を見せている。心の奥底に間違いなく翳りがあるにもかかわらず、一行に野菜ジュースを振る舞う表情は穏やかであり、ジュースを一番に口にしたコレットは無邪気な笑みを浮かべていた。
「うわぁ~!とっても美味しい~!」
「おお、美味しいかい?ニンジンとリンゴをミキサーにかけて、仕上げにほんの少しレモン汁を入れたミックスジュースだよ」
「どれどれ、コレットがそう言うなら…うん、とても優しい味がするな。きっと野菜達もサレントの愛情を感じて――」
「うわああっ!だ、誰かああぁぁぁっ!!」
「な、なんだ…!?みんな、手伝ってくれるかい?」
住民の悲鳴を聞き付け、サレントの先導で彩りの義勇軍全員が外に飛び出す。ゴギョウ国東部の人々と共存する緑に身を隠していた植物の魔物が牙を剥き、村や畑を我が物顔で跋扈している。住民が逃げ惑う道中には養分を吸われて見るも無残に干からびた野菜がちらほらと転がっており、緑豊かなスプルース国を思い返していたエメラルドグリーンの彩りの戦士ミリアムがやり場のない憤りを吐露した。
「なんてことを…ここまで育てるのにサレントさん達がどれだけ苦労したと思っているのよ!?」
「ボク達の畑を…東部のみんなが手塩にかけて育てた野菜達を粗末にする奴は絶対に許さない!」
「ホントにひっどい!アタシ達ドルチェ自警団が畑を守ってみせるよ!!」
「私らビアリー様親衛隊も手ぇ貸すぜ!売られたケンカは買う主義なんで、夜露死苦ゥ!!」
「わかりました。ドルチェ、ポワゾン、畑の防衛をお願いします。私達で魔物を倒しましょう!」
モニカ率いる隊が魔物に向かっていき、ドルチェ自警団とビアリー親衛隊である毒の戦士達が散開して畑と残る野菜の防衛に就く。彩りの義勇軍は役割分担によって畑と緑を守りながら悪を討ち、ゴギョウ国東部に平和をもたらす正義を臆することなく振るった。
「いきます!ブライトエッジ!」
「スターダストボムや~!」
「ギギイイィィィッ!」
「アルヴェージャ・スプラッシュ!コイツら、絶対に許さないわ…この地の緑を守ってみせる!」
一方、ドルチェ自警団とビアリー親衛隊が中心となった一団が畑付近の魔物達を駆逐していく。これ以上憂き目に遭う野菜達を出さないために闘志を昂らせ、1人1人が勇んで彩りの力を叩き込んでいった。
「ブッ飛ばすぜ!ベノムナックル!」
「ドルチェサーベル!…あっ、コレットちゃん!」
「ふえっ!?きゃあああっ!!」
「コレットちゃん、危ない!」
サレントはコレットを庇い、黒紫のオーラに包まれたカカシを左手だけで握り潰した。魔物が取り憑いて操られていたカカシを壊したサレントの左手にはビリジアンの紋様が煌めいていた。
「サレントさん…カカシさんがボロボロになっちゃった…」
「大丈夫。カカシはまた作り直してやればいいさ。ボクもみんなと一緒に戦うよ…!」
「おう!サレントさん、バリバリ全力で夜露死苦ゥ!」
ゴギョウ国東部の統率者サレントが戦列に加わり、彩りの義勇軍は一気に優勢に立っていく。村と畑の勝手知ったるサレントが的確な指示を出し、次々と植物の魔物達を討ち祓っていった。
「くらえ、灼熱のデビルズファング!」
「グギギイイィッ!!」
「よ~し、もうひと頑張り!コレットちゃん、手伝ってくれるかい?」
「は~い!わたし、頑張るね、サレントさん!」
サレントのビリジアンとコレットの緑、瑞々しい2つの碧が呼応して織り重なる。2人の真っ直ぐな想いが1つになり、大自然の息吹を体現していった。
『永久に輝け、緑の息吹!エバーグリーン・ナトゥラレサ!!』
「グギャアアアッ!!」
魔物達は常盤の息吹に溶け、跡形も無く消え去った。ゴギョウ国東部の緑と畑の野菜達は守られ、彩りの義勇軍は英雄として住民達から大きな歓待を受けた。
「英雄様方、この度は魔物を退治してくださり、ありがとうございました。どうかお納めください」
「は、はい…こんなにたくさんの野菜、ありがとうございます…謹んで頂戴致します…」
「サレント殿、歓待に感謝する。貴女と絆を紡げて嬉しく思うよ」
「みんな、また遊びに来てね。コレットちゃん、ボクと友達になってくれてありがとう。大好きだよ~♪」
「うん、わたしも!サレントさん、だ~い好き♪」
「なっ!?コ、コレットちゃんとハグ…だと…!?」
「ゼータ氏ぃ…コレットちゃん独占禁止法を施行するぜぇ…OK?」
「…了解した」
豊かな緑を貪り食う魔を討ち祓い、ゴギョウ国東部を統べるビリジアンの彩りの農婦サレントと新たな絆を紡いだ。ゼータ、ルーヴ、ズィヒールの3人が嫉妬の眼差しを向ける中、コレットとサレントは友情の抱擁を交わしていた。
To Be Continued…