第205話『緋色の拳』
シリーズ第205話目です。どうぞお気軽にご覧くださいませ!
薔薇の貴公子ベガに囚われた彩りの騎士達とマルベリー王国女王ナモを救うべく、前へ前へと歩みを進める彩りの義勇軍一行。マルベリー王国軍の兵達に化けて夜の闇から襲い掛かった魔物の群れをマグノリアの使命感で増幅したサイコパワーが切り裂き、ベガ主催の宵闇の宴の幕を引いた。翌朝、一行は間近に迫った次なる目的地に想いを馳せながらフェアソー山脈を越えようとしていた。
「皆、間もなくゴギョウ国に到着する。あともう一頑張りだ!」
「ふえぇ…足が痛いよぉ…お腹空いたよぉ…」
「コレット、大丈夫か?道が下り坂になってきた。もう一息で抜けられるぞ」
「おっ、街が見えてきたッス!きっとあそこッス~!!」
一行はフェアソー山脈を越え、ゴギョウ国に到着した。マルベリー王国とはフェアソー山脈を隔てて北西に隣り合い、東部の果てに聳える大山脈群の先にはドルチェ達の故郷フルウム国が隣接する。中央部、東部、西部、南部、北部の5つの区画で街並みが異なっており、一行を迎え入れた南部の都市は白い外壁に赤い屋根の建物が雑然と建ち並んでいた。
「この街並み、間違いない…ここがゴギョウ国だ」
「すっごい…ゴギョウ国ってフルウム国とは大きな山脈群を隔てていたから、未開の地って呼ばれてたんだよね!うわぁ~…噂のゴギョウ国まで来たんだなぁ…」
「うむ。ドルチェよ、小生も感激しているでごわす!さあ、さっそく賢人様に会いに行くでごわす!!」
「なあ、それよりもまずは拠点になる宿を探さないか?お腹も空いたし、少し休憩しようぜ」
「そうよ、ヴァイン。賢人様にもご都合があるでしょうし、無計画に動いても時間を無駄にしてしまうだけよ」
「…うむ。リタとヤンタオの言う通りでごわすな。ならば拠点探しと参ろうでごわす!」
偉大なる賢人の膝元に辿り着いたことで逸る気持ちを抑えつつ、一行は宿に入り、小休止をとる。ゴギョウ国の宿は清貧で落ち着いた雰囲気であり、英気を養う場に相応しい穏やかな佇まいだ。新たな地の拠点を設け、賢人探しへの意気も俄然高まっていく。
「よし、無事に宿確保ね!ここをゴギョウ国探索の拠点にしましょう!」
「ほな、賢人様について情報を集めに行こか!買い出しもせなアカンし、レッツゴーやで♪」
「そうですね、アミィ。では、買い出しの道中で街の方から聞いてみましょう」
宿での小休止を終え、モニカ、アミィ、ビクトリア、マグノリア、ケイトの5人は南部の商店街へと繰り出す。買い出しの道すがら、賢人への足掛かりを得るべく、ケイトが傷薬を売っていた商人の男性に穏やかに声をかけた。
「すみません。ゴギョウ国に偉大な賢人様がいらっしゃると聞いたのですが、何かご存知ですか?」
「…賢人様、かい?まあ、いるにはいるけど…うん…」
「なんだい、煮え切らないねぇ。いるけどなんか訳ありってかい?」
「…ああ。実は今、中央部以外の統率者4人が内輪揉めしてて、賢人様もお客さんにお会いするどころじゃないんだよ…」
「何っ!?ここまで来たのに…なんてことだ…!」
統率者同士の内輪揉めというゴギョウ国の危地を目の当たりにさせられ、モニカ達は唖然とする。それまでは穏やかに笑っていたものの、賢人の話題になってから苦虫を噛み潰したような表情になった商人の男達は更に言葉を続けた。
「えっと…統率者のお嬢さん方が揉め始めたのって、たしか賢者の石とかいう宝物が見つかってからだよな?」
「そうそう。なんでも願いを叶えられるだか言ってたな…自分のことだけ考えたって、結局一文の得にもなりゃしねぇのによ…」
「だよなぁ。左手に不思議な印を持った5人の統率者のお嬢さん方が持ちつ持たれつしてやってきたのに、どうして欲に目が眩んじまったかねぇ…」
「どうだかなぁ…お嬢ちゃん達、賢人様を当てにしてわざわざ山越えて来たんだろうけど…悪いことは言わないから、他をあたりな」
「…そうですか。ありがとうございました…」
結局、賢人の有力な情報は得られないまま日は傾いた。昼過ぎから数時間にわたり聞き込みを続けたにも関わらず、手掛かり無し――宿に帰り着いた5人は激しく落胆していた。
「…そうでしたの…大変でしたわね…」
「…はい。ゴギョウ国には賢者の石という宝物があることと、統率者の5人は祝福の証を持っているということはわかったのですが…」
「祝福の証、か…ならば統率者のところに直接出向いて話してみるか?」
「そうね、手始めに南部の統率者さんに会ってみましょう。精霊の祝福を受けた方ならば分かりあえるかもしれないわ」
「そうだな、フェリーナ殿。我らは僅かでも望みがある限り、それに賭ける道を選ぼう。我らの助けを待つ人がいるのだから」
胸に希望を燃やし続けるマグノリアの真摯な言葉に皆が真剣な表情で頷く。ゴギョウ国に踏み入った彩りの義勇軍全員の想いのベクトルは寸分違えることなく、全く同じ方向を向いていた。
一方、魔族七英雄ベガの居城、魔空間~艶麗~。妖気と共に薔薇の薫りが漂っているものの、テラコッタの騎士達とナモの姿はなく、薔薇の貴公子ベガと可憐なる兵将ラストの2人だけが向かい合っていた。
「ベガ様、あの娘達はゴギョウ国に到着しました」
「ああ、そのようだね。それよりも…ラスト、我らの騎士達にたっぷりと愛情を注いでくれたようだね」
「…は、はい…あの…恥ずかしいので、あまり大声で言わないでいただければと…」
「フフッ、良いではないか。私がナモと宵闇の宴を楽しんでいた頃、とても楽しい時間を過ごしていたのだろう?」
「…はい。みんなとても悦んでくれました。僕も幸せです♪」
「…そうか。君が幸せであるならば私も嬉しく思う。我ら魔薔隊の理想郷を実現させ、更なる幸せを共有しようではないか」
翌日、彩りの義勇軍一行は南部統率者が住まうという一際大きな屋敷を訪れる。が、その佇まいは周りと比べ明らかに異様だ。武骨な文字で“必勝”と書かれた看板を掲げており、扉の両隣には筋骨隆々の男性の石像が鎮座している。他を寄せ付けないほど奇妙な情景に彩りの義勇軍も及び腰だ。
「な、なんていうか…趣味悪いね…」
「しっ、失礼だよ!クレア、屋敷の人に聞かれたらまずいから、気を付けて…」
「あんまりこの辺に長居しても怪しまれるんじゃないの?ほら、さっさと中に入れてもらうよ!」
「そうですね、エレン。では、ここは私が…」
コンコン!
『入れ!!』
高圧的な口調でありながらも屋敷の者は堂々と一行を迎え入れる。中からの呼び掛けに促され、一行は大きな扉をゆっくりと開く。屋敷の中では男達が鍛練で汗を流し、躍動と熱気が満ち溢れている。筋力トレーニングの機器やサンドバッグ、リングが備えられ、さながらスポーツジムのようだ。
「見ない顔だな…こんな大勢で何の用だ?」
「この屋敷に南部の統率者がいらっしゃると耳にした。急で恐縮だが、御挨拶をさせていただきたい」
「…まあ、いいだろう。ボローニャ様!客人です!!」
配下らしき男が呼び掛けるや否や、屋敷の主であるボローニャという名の女性が姿を現した。鮮やかな真紅の髪をスポーツ刈りに切り揃え、頭には黒い鉢巻、上半身は黒いTシャツの上に赤い胴着、下半身は赤いジャージのショートパンツを穿いている。燃えるような紅の瞳は闘志を湛えて爛々と輝き、真っ直ぐに一行を見つめていた。
「なんだ?まさかお前達、道場破りか!?」
「いいえ、ただの旅の者です…私はモニカ・リオーネと申します」
「オレはボローニャ!ゴギョウ国南部を武勇で統べる者だ!よろしく頼む!!」
「武勇、ですか…私達も魔族の脅威と戦うために日々鍛練を――」
「おい!お前達、見たところ腕の立ちそうな連中がたくさんいるな!良ければ誰かオレと手合わせしないか!?」
熱血なボローニャのペースに一方的に振り回され、彩りの義勇軍一行は面食らう。皆が当惑する中、ただ1人臆することなく我こそはと手を挙げる。琥珀色の拳闘士テリーだった。
「オッス!ならば自分が相手になるッス~!!」
「よ~し!そう来なくっちゃなぁ!お前、名前を聞いておこうか!」
「テリー・フェルナンデス!自分の燃える闘魂、ボローニャさんに見せつけてやるッス~!!」
斯くしてテリーとボローニャはリングに上がり、拳を突き合わせる。青コーナーのリングサイド、セコンドを務めるキャロルは真剣にテリーを見守りながらも、相対するボローニャの只ならぬ闘気を感じ取っていた。
「テリー、きっとボローニャさんは相当の手練れだ。気を引き締めて臨むんだよ」
「…オッス。キャロル先輩、見ててくださいッス!」
「よ~し、燃えてきたねぇ…始めようか!」
「レディ…ファイッ!!」
カ~ン!!
ゴングの音に合わせ、リングを取り囲む皆の視線がテリーとボローニャの2人に集まる。暫し様子を伺いながら静かに火花を散らしていたが、先手を打ったのはボローニャだった。
「うおぉああッ!!」
「クッ…!!」
「うおぉら!どうしたどうしたぁ!?」
(ボローニャさん、強いッス…拳圧だけじゃない、燃える闘魂を感じるッス!)
ボローニャのラッシュをまともに受け、テリーはジリジリとコーナーに追い込まれていく。逃げ場の無い状況に立たされるものの、テリーの胸中に猛る闘魂は萎むことなく赤々と燃え盛る。テリーは形勢逆転を次の一手に賭けていた。
「テリーが苦戦するなんて…やはり相当の腕ですね」
「ああ、かなりの鍛練を積んだことは想像に難くない。テリー殿、ボローニャ殿に一矢報いられるだろうか…」
(たしか距離感はこれくらい…タイミングは…今ッス!)
「な、何ッ!?」
不意を突かれる格好になり、ボローニャは思わずよろめく。テリーは先輩であるピュアホワイトの拳闘士キャロルのクロスカウンターを見よう見まねで放った。普段は前へ前へと踏み出すインファイターであるテリーにとっては不慣れな戦術であり、キャロルと比べて不恰好で拙いものの、琥珀色に煌めく闘魂は確かにボローニャを捉えていた。
「テリー…今のパンチ、効いたぜ!」
「オッス!自分には燃える闘魂と絆の力があるッス!共に戦うみんなのためにも負けられないッス~!!」
「良いねぇ、燃えるねぇ!それならこっちも気兼ねなく本気を出せるってもんだ!!」
「な、なんと!?祝福の証ッス…!」
ボローニャの赤く熱い闘志が顕現し、呼応するように屋敷内の室温も上がっていく。本拠地で負けまいとするボローニャの左手には燃え盛る緋色の紋様が爛々と耀いていた。
「負けないッス…チェストッ!!」
「あたたたたたぁ!ほわあぁぁたああぁぁッ!!」
「クッ、あちちッ…!これがボローニャさんの力…炎の拳ッスか…!!」
ボローニャの拳が灼熱の炎を纏いながらテリーに牙を剥く。猛々しく燃え上がる緋色の拳が容赦なく襲い掛かり、テリーは気圧されて後退りする。テリーの闘志に翳りが見え始めた刹那、闘のアンバーの腕輪から守護精霊である覇王オーディンが姿を現し、怯むばかりのテリーを熱く鼓舞した。
『テリー、恐れるな!たとえ相手がどれほどの強者であろうと、己の拳に対する誇りを忘れるでないと言うた筈!其を忘れたとは言わせぬぞ!!』
「オーディン様…目が覚めたッス!自分の燃える闘魂、見ていてくれッス!!」
『うむ!我も僅かながら力を授けよう!共に覇王たる力を紡いで行こうぞ!!』
テリーとオーディンが心を合わせ、猛る闘魂をボローニャの闘志に負けじと赤く熱く燃やしていく。2人の闘気はテリーの両の拳に集束し、彩りの義勇軍の皆が歩む道を切り開くための羅針盤となっていった。
『猛り狂え、仇為す者を討つ覇王の拳閃!ガッツナックル・プリンケプス!!』
「うあああッ!オレの負けだあああぁぁぁッ!!」
テリーの覇王たる剛拳が緋色の拳闘士ボローニャを討ち、戦いを通じてゴギョウ国南部の統率者と新たな絆を紡いだ。ボローニャは敗れはしたものの清々しく笑っており、テリーと互いに健闘を称え合った。
「ボローニャさん、熱い戦いだったッス!燃える闘魂を感じたッス~!!」
「こっちこそ!テリーの強さ、仲間のみんなへの想いが伝わってきたぜ!久しぶりに気持ち良い戦いだった!」
「うおぉ、感謝感激ッス!自分、ボローニャさんとも戦友として仲良くしていきたいッス!何とぞよろしくッス~!!」
「ああ、もちろんだ!今日は楽しめたぞ!また来るが良い!!」
拳を交えたテリーとボローニャは清々しく握手を交わし、新たに紡がれた絆を体現していた。2人の燃える闘魂が交差し、琥珀色と緋色が熱く猛々しく織り重なる。ゴギョウ国南部統率者ボローニャと絆を紡いだ一行は新たな一歩を踏み出そうとしていた。
To Be Continued…