第204話『宵闇の宴』
シリーズ第204話目です。どうぞお気軽にご覧くださいませ!
リモーネ傭兵団の別働隊13人を新たに加え、次なる目的地ゴギョウ国に向けて着実に歩を進める彩りの義勇軍一行。薔薇の貴公子ベガの傀儡とされたテラコッタの騎士達とマルベリー王国の女王ナモを救うためにゴギョウ国を統べる偉大な賢人に一条の光を見出し、希望を信じて前へ前へと皆が足並みを揃えて踏み出していった。
「リモーネ、さすがだな。リーダーとして一傭兵団を統べるだけのことはある…見事な戦いだったよ」
「ど、どうしたのよヴィオ?アンタが他人をべた褒めなんてしたら大雨が降るわ!」
「チッ、せっかく人が労ってやったというのに随分な言い草だな。まあ、今度は私に勝てるように訓練しておくことだ」
「フン、何よ…“労ってやった”って…べ、別に、嬉しくなんかないんだから…」
ヴィオとリモーネは互いに憎まれ口を叩き合っているが、表情は笑っている。一行の中でも付き合いの長い2人は傭兵として戦う中で酸いも甘いも共有し、確かな絆で結ばれているのだ。
「やれやれ、ヴィオさんもリモーネも素直じゃないなぁ…」
「そうね、ジェローム。まあ、昔からリモーネは愛情表現が不器用だから、いつものことよね」
「はい。リモーネさんって本当はヴィオさんのことを心から信頼していて、とても大切に想っていらっしゃるんですよね♪」
「うん、おねえちゃんもそうだよ!おねえちゃん、このまえリモーネさんのことだ~いすきっていってたもん!」
『アハハハハッ!!』
ザラームの無邪気な発言に不意を突かれ、不器用なヴィオとリモーネは無言のまま頬を紅潮させる。彩りの義勇軍は大きな笑い声に包まれながら、足取りも軽やかにゴギョウ国へと歩を進めていった。
一方、魔族七英雄ベガの居城である魔空間~艶麗~。が、城主である薔薇の貴公子ベガの姿はなく、配下の青年ラストが玉座に座している。傍目には少女に見えるほどの可愛らしさが感じられる中性的な顔立ちの彼を取り巻くのは傀儡となったテラコッタの騎士達。立ち込める妖気と薔薇の薫りの中、自らの彩りを可憐な王子に捧げていた。
「ああ…ラスト様…」
「…ふぅ…カメリア、気持ち良かったかい?」
「はぁ~い…超幸せぇ…ラスト様ァ…」
「フフッ、良かった。さて、ラナン、次は君の番だよ。僕の愛情を君の中にたっぷり注いであげるからね…」
「ああ、ラスト様…身に余る光栄ですわ…」
一方、彩りの義勇軍はフェアソー山脈を進む。しかし、堅牢な岩山は一行の体力を奪い、簡単には越えさせない。朝早くからゴギョウ国に向けて歩みを進めていたものの、時刻は既に夕方になろうとしていた。
「日が傾いてきたわね…そろそろ夜営にしましょうか?」
「そうだね、エリス。では、この辺りに夜営キャンプを設けよう」
「待って。さっきみたいにならず者や魔物が現れるかもしれないわ。みんなで夜間守衛を交代で行いましょう」
「承知した、イレーヌ殿。恐らく明日にはゴギョウ国に到着出来るはずだ。皆で協力して夜を乗り切ろう」
オレンジの夕陽が地を照らす中、彩りの義勇軍一行は皆で分担し、テキパキと夜営の準備を整える。総勢132人の大軍勢によって手早く丁寧に拠点が構えられ、フェアソー山脈の岩山を憩う地とした――その後、程無く日が沈み、空が夜の紺碧に染まる。彩りの義勇軍皆が交代で守衛を務め、穏やかな安息を守り合った。
「ふぃ~、守衛さん交代の時間だよ~!アルボル、お疲れ様~♪」
「ああ、スグリもお疲れだべ!ヘンドリックスさん、ニュクスさん、お願いするだよ!」
「オッケー!アタシはナイトライブはお手のものだから任せとけ!」
「私も夜の領域に住んでいたから、闇は体にも心にも馴染んでいるわ。何なりとお任せになって」
「おお、頼もしいのう!ワシらの一門、夜営に長けた者も増えたもんじゃわい!」
皆が交代で夜間守衛を務め、フェアソー山脈の夜は静かに更け行く。一行が束の間の休息をとる中、モニカ、ビアリー、イレーヌ、マグノリアの4人は天幕の中で小軍議を執り行っていた。
「魔族七英雄ベガ…あたくし達だけでなく、見知らぬ方の運命まで弄ぶなんて…」
「はい…今日の行軍が順調だったのはリモーネ傭兵団の皆さんのおかげですね…マグノリア、もうすぐフェアソー山脈を越えられるでしょうか?」
「うむ、ゴギョウ国はもう少しだ。翌朝に出発すれば昼前には到着出来るだろう」
「そっか。なんとかゴギョウ国の賢人様に力になってもらえると良いわね。ナモ様とテラコッタの騎士さん達を救いに…私達が紡ぐ絆を救いに行きましょう!」
イレーヌの言葉に3人は表情を引き締めながら頷く。次なる目的地が近付くと同時に彩りの戦士達が囚われた地が、魔界の王子との戦いの時が迫って来る。否応無しにのし掛かる脅威と緊迫を誰もが感じ取り、理解していた。
一方、夜の闇に溶け込むのは魔の黒紫とマルベリーパープル、2つの紫が交差しながら妖しく耀く。薔薇の貴公子ベガがマルベリー王国女王ナモを伴い、白銀の月光の下に佇んでいた。
「ふむ、あの娘達は羽を休めているようだね。夜の帳は命を安息へと誘い、魔を昂らせる…実に美しい…」
「ベガ様…ニャハハ♪」
「美しい花ナモよ、今宵は月も美しく輝いている…私と2人で宵の宴を楽しむとしようか」
「ニャハハッ…身に余る光栄ですのよ…ベガ様ァ…!」
ベガとナモが闇の淵の中で妖しく微笑む中、“宵の宴”の時間は刻一刻と迫る。月明かりの照らす宵闇の中でベガの腕に抱かれ、悦に入っているナモは愛用の香水の甘い薫りではなく、薔薇の薫りを辺りに漂わせていた――
――数時間後、夜間守衛をしていたアヌビスとゼータが大急ぎで陣営内を駆け回る。2人が駆けると同時に陣営にも緊張が走り、慌ただしく武器を構える音がそこかしこから聞かれた。
「あら、アヌビス…そんなに慌ててどうしたのです?」
「ビアリー様!陣営に武装した集団が迫っております。急ぎ迎撃の態勢に入ります故、ご注意ください!」
「そう…きっとまたあの男ね…懲りない人だわ。モニカさん、いきましょう」
「はい!私達の正義を以て道を切り開きましょう!」
モニカ達が駆け付けると、マグノリアが我が目を疑い、呆然と立ち尽くしていた。ジリジリと一行の夜営地に迫るのはマルベリー王国軍の兵士だった。兜も甲冑も槍も見覚えのある兵士達が自らに敵意を向けながら迫って来る光景はマグノリアの心を深い闇に落とした。
「まさか何者かがクーデターを起こしたのか!?なんてことだ…!」
「いや、彼らから人間ではあり得ない邪気を感じるのである。恐らく兵士さんそのままではなく、姿だけを真似しているのである!」
「そうね。私もカシブさんと同意見よ。躊躇う必要はないわ」
「…そうか…ならば…サイコバスタァァァァッ!!」
マグノリアは闘志に憤りを織り混ぜ、マルベリー王国兵に向けて蛍光マゼンタのエネルギー弾を放つ。彩りの力を受けた兵は全身を細切れに散らせていき、ニョロニョロと這い回る蔦の魔物の姿に戻っていった。
「やはり魔物だったか…マルベリー王国に対する冒涜、断じて許さん!」
「では、わたくしが指揮を執りますわ!わたくし達の絆の力を見せ、歩む道を阻む者を討つのです!」
「ルーシー殿、指揮は任せた!我が祖国の誇り、我が手で取り戻してみせる!」
軍師ルーシーの号令を受け、臨戦態勢が整う。先頭に立つ蛍光マゼンタの邪術士は全身に赤黒い怒気を纏っており、他を寄せ付けない異様なオーラを放っている。祖国の兵を模した姿の魔物達に誇りを汚された怒りを両掌に込めて叩き込んだ。
「消し飛べ!サイコブレイクッ!!」
「くらいな!ワイルドファング!!」
「ギィアアアァァ…!」
「よし、次ッ!ルーヴ殿、参るぞ!!」
「おうよ!蛮族のパワー、魔物どもに見せつけてやらぁ!!」
一方、日中に悪漢の一団、魔物の群れと連戦したリモーネ傭兵団の面々は疲れもあってか苦戦を強いられていた。倒しても倒しても休み無く次々に押し寄せる波状攻撃に討ち伏せられ、中には魔物の振るう槍の前に倒れる者も見られた。
「ヤーピスダガー!…クッ、キリがないわね…」
「つ、強い…!うわああぁぁッ!!」
「カチュア!そ、 そんな…こんなのって…」
「僕だけじゃ治療が間に合わない…どうしたら――」
「アリーヴェデルチ!」
「ラペーシュフォトン!」
凛としたコーヒー色と柔らかなピーチピンクの光が突き刺さり、黒紫の蔦が寄り集まる一帯を討つ。ヴィオとペルシカの2人が駆け付け、彩りの傭兵団の危地に一条の光を灯した。
「大丈夫か?腕の良い衛生兵を連れて助けに来てやったぞ」
「ヴィオ…助けに“来てやった”って、一言多いわよ…」
「フフッ、素直じゃないリモーネに代わってお礼を言うわ。ペルシカちゃん、ジェロームの手伝いをお願い出来る?」
「…は、はい!みなさん、今治療しますから、待っててくださいね…」
治療にペルシカが加わり、リモーネ傭兵団は少しずつ態勢を立て直していく。彩りの義勇軍が魔物兵を相手に奮戦するのを背にしたマグノリアは蛍光マゼンタの闘気を矛の形に練り上げて携え、将らしき姿をした一際魔物と一騎討ちに臨まんとしていた。
「ウオオオォォ…!」
「…マルベリー王国の誇りを汚した罪は重いぞ。貴様の死を以て購ってもらう!」
「グウウウゥゥゥッ!」
「来い!貴様らへの憎悪で強大化したサイコパワーをたっぷりと味わわせてやる!!」
マグノリアは蛍光マゼンタの闘気の矛を猛々しく振り回し、荒々しく魔物将を打ち据える。彼女の得物であるサイコパワーを増幅させる憤りと憎悪は目の前の敵将だけではなく、その先に待ち受ける薔薇の貴公子に対しても向けられていた。
「サイコハルバード!」
「グギイィィッ!ギリギリギリッ…!!」
「行けええ!サイコバスタァァァァ!!」
「ギギギギイイィィ!!」
マグノリアは彩りの闘気を練り上げては叩き付け、練り上げては叩き付けを繰り返す。暫し怒りに委ねるままに戦っていたが、ふと脳裏にマルベリーパープルの彩りの女王ナモの無邪気な微笑みが鮮明に過った。
『マグノリア!頼りにしてるのよん♪ニャハハッ!』
(ナモ様…必ずや貴女を救ってみせます…暫しお待ちください!)
魔物に対する怒りは主君を救うという使命感に変わり、優しくマグノリアの背を押していく。蛍光マゼンタの闘気が紡ぎ出した大剣を両手に携え、全身全霊を込めて降り下ろした。
「受けよ、我が必殺の剣閃!ジェノサイド・サイコキャリバー!!」
「グギャアアアアッ!!」
敵将はサイコパワーの魔剣に袈裟懸けに切り裂かれ、蔦の原形すら留めずにバラバラになって消えていった。雌雄を決する一閃を見舞った刹那、マグノリアの眼前に桑紫の薔薇の花弁が舞い散る。マグノリアは主君を探して辺りを見回すものの、既に闇夜の漆黒に溶け込んでいた。皆の結託を以て魔物の群れを退けることに成功したが、マグノリアの心は晴れぬままだった。
To Be Continued…