第200話『草緑の少女、世界樹の老師』
記念すべき第200話目です!!これからも楽しく執筆して参りますので、よろしくお願い致します!お気軽にご覧くださいませ!!
薔薇の貴公子ベガに囚われた彩りの騎士達とマルベリー王国女王ナモを救うため、新たな一歩を踏み出した彩りの義勇軍一行。マルベリー王国王室に受け継がれる樹の神殿の鍵をマグノリアから受け取ったリデルは樹の精霊ユグドラシルの試練に挑まんとしていた。
「まさか世界樹の恵みを体現する方に出会えるとは…こういう巡り合わせもあるのだな…」
「ええ。きっとこれも運命の導きなのね…フェリーナさん、ユグドラシル様はどのような御方なのかしら?」
「マグノリアが話してくれた通り、樹の精霊ユグドラシルは創世の時代から生き続ける大精霊よ。大自然を司り、豊穣の神として祀る地方もあるわ」
「そっか…じゃあアタシ達もユグドラシル様の恵みに生かされてるってことじゃん!それってすげぇな!」
「おっ、でっかい木が見えてきたッス!きっともうすぐッス~!」
「うむ、間違いない。あの大樹が精霊の宿る世界樹だ」
フランボワーズ王国とマルベリー王国の国境線の最南端、チェスナット山脈の麓に世界樹と称される大樹が聳え立っていた。高々と天に伸びゆく頂は何処とも知れず、数多に分かれる枝には無数の碧の葉を着けている。幾千年の時を数えながらも力強く大地に大きな根を張る情景は壮観であり、根元から見上げる一行を驚きと共に出迎えた。
「うわぁ~…近くで見るとより大きいね…すっご~い!」
「おお、こんなところに扉があるのう。木をまるごと神殿にするとは恐れ入ったわい!」
「では、お渡しした鍵を使って扉を開かれよ。リデル殿、武運を祈る」
「マグノリアさん…ありがとうございます!頑張ります!」
鍵がリデルの紋様に呼応し、大きな扉が軋みながらゆっくりと開く。一行を迎え入れる樹の神殿は大樹をそのまま刳り貫いて建てられており、自然のままの葉の緑と木肌の茶色が独特の雰囲気を醸し出している。その空気は精霊を祀る厳かな場であることを忘れさせるほどに穏やかであり、柔らかな木漏れ日が優しく差し込んでいた。
「まあ!大自然の在るがままを体現する神殿…なんて素敵なんでしょう!」
「ポカポカして暖かいね…う~ん、気持ち良い~…」
「わたちも…ママとお昼寝…」
「おいおい、森林浴してる場合じゃないだろ…これからリデルの嬢ちゃんが試練挑むんだろ?なあ?」
「は、はい!が、頑張ってみます…行ってきます!」
「うん、貴女なら出来る。自信持って、行ってらっしゃい!」
ポルポとミリアムに優しく背を押され、リデルは最奥部の祭壇へと踏み出す。普段は内気で控えめなリデルだが、彩りの戦士たる証である若草色の紋様を左手の甲に瑞々しく煌めかせ、自らに課された試練に挑まんとしていた。
「我が名はリデル。樹の精霊ユグドラシルよ。我が呼び声に応えよ。我に道を示したまえ!!」
「リデル…貴女の戦う姿はいつも私達に勇気をくれます。今度は私達みんなが貴女に勇気をあげますからね!」
「精霊の気を感じる…リデル、来るわよ!」
フェリーナの言葉を受け、リデルは表情を引き締める。何処からともなく風が吹き、瑞々しい緑色の葉が祭壇の一点に集束した。風が収まるや否や、眼前の光景にリデルは目を見開く。ビンニー国の闘技大会で窮地に陥った刹那に現れ、優しく鼓舞してくれた穏やかな老人――樹の精霊ユグドラシルが目の前に立っていた。
『やあ、リデル。ようやく会えたね。君が来てくれる日を楽しみに待っていたよ』
「ユグドラシル様、こんにちは…あの…わ、私に…精霊の試練を受けさせてください!」
『ああ、もちろん良いよ。では、ちょっとお友達には離れててもらおうね!』
ユグドラシルが杖を振るうと地中から背の高い木製の柵が現れ、リデルと仲間達を隔てる。穏やかだった樹の神殿には俄に緊張した空気が充ち満ちていた。
「わわわっ!リデルさんが…!」
「そっか、タンガは初めてだもんね。これが精霊の試練…私達に介入の余地は無いのよ」
「うっへぇ~、リデル~…頑張ってよ~…」
「あれだな~…オイラ達は全力でリデルを応援するんだな、うん!」
柵に隔てられた先で待つ仲間達の声が気にかかるのか、リデルは時折後方へ視線を泳がせている。事態を察したユグドラシルは試練が始まろうとしているにも拘らず、孫を見守る祖父のような様相で心配そうにリデルを気遣っていた。
『リデル、大丈夫かい?怖くなったらいつでも言うんだよ。無理はしなくて良いからね』
「…怖くありません!離れてても、こうして私を見守っててくれる…待っていてくださる皆さんのために戦います!」
『そうか。頼もしいね。では、始めるとしようか!』
リデルの決然たる意思が若草色の煌めきを放ち、樹の精霊ユグドラシルの試練の幕が開く。リデルが得物の昆虫図鑑を構える頃には一帯を支配する緊迫感が一層強まる。世界樹の精霊の穏やかな微笑みは跡形も無く消えており、試練を課す者としての厳格さを見せながらリデルに向かってきた。
「あ…く、 来る…!」
『むぅおおおッ!!』
「バグズバンプス!」
『ぬうぅ…!』
「スウォームバースト!」
『うぐっ、ううっ…!』
小さな虫の一刺しが集束し、1寸に宿る5分の魂が幾重にも織り重なってユグドラシルを捉える。リデルは自らが攻勢に立つことに少しばかり驚きを滲ませながらも、胸の内には僅かに安堵が芽吹いていた。
「あ…当たった…!」
『フフッ、その調子だよ。さあ、まだまだ遠慮しないでおいで!』
「はい!私、頑張るので…見ててください!」
『うんうん、君が元気だとワシも嬉しくなるよ。さあ、君の力をもっともっとワシに見せてごらん!』
試練を課す者である樹の精霊ユグドラシルに背を押され、リデルは若草色の彩りの戦士として果敢に立ち向かっていく。緊張と高揚で胸が高鳴るのを必死に御しながら熱い想いを込めた彩りの力を樹の精霊に叩き込む姿はいつもの気弱なリデルとは別人のようだ。
一方、柵で隔てられた先で待つ彩りの義勇軍一行は固唾を呑んでリデルを見守っていた。傍目にはユグドラシルに対してリデルが優勢に立っているように見えるが、安心してばかりもいられないという様相で心配そうに見つめている。
「あれだな~、リデル、良い調子なんだな。うん!」
「セレアル、安心するのはまだ早いぜ。このリベラ様の直感だが…あのじいさん、まだ本気を出してない!」
「ああ、私も同じことを考えていた。現在のところ、彼から発せられるエネルギー反応が予想以上に少ない…大自然の根源たる精霊ならば、エネルギーの桁が違うはずなのだが…」
「そやなぁ、ゼータ姉ちゃん。なんたって創世の時代の精霊様やもんなぁ…能ある鷹は爪を隠すって言うし、一山ありそうやな…」
「ふえぇ…リデルちゃん…」
一行が心配する暇もあらばこそ、ユグドラシルは胸に一物という様子でニヤリと笑う。図らずも不安を口にしていた面々の予感が的中してしまい、固唾を呑んで見守る一行に大きな不安がのしかかってきた。
『うん、頑張っているね。では、これはどうかな?』
「えっ?…ええっ!?」
『リデル、君がワシの力の旗印となれるか、ここからが本番だよ。ワシもちょっとだけ本気を出させてもらうからね!』
「あっ…あああ…こ、怖い…!」
ユグドラシルが杖で辺りを軽く薙ぐとリデルの足下がゆっくりと崩れ始める。踏み締めていた土が腐り始め、辺りの草葉や芽が瞬く間に枯れていく。樹の神殿を包んでいた瑞々しい緑がみるみる禍々しい黒紫に変わり、穏やかだった空気も瞬く間に澱んでいった。
「はわわ…リデルちゃん!」
「さすがは大自然の根源の精霊だぜ…草木や土のエネルギーを自由に操作出来るなんて…!」
「こ、これは…!ユグドラシルの伝承に記されていた記述そのままだ!」
「マグノリア…これが魔の瘴気に食い荒らされた大地の姿なの?」
「…ああ。これは創世記に記述された枯れ果てた大地そのままだ。ユグドラシルは自らが創り上げた大地を自らの手で壊しているのだ…!」
マグノリアの言葉に一行は戦慄する。自らが創り上げた世界を自らの手で壊す――創世記の時代から生きながらえる精霊の強大な力を目の当たりにさせられ、一行は言葉も出ない。当のリデルも腐敗した土に体の自由を奪われ、見守る一行とは比較にならないほど大きな戦慄に震えていた。
『おや、怖いかい?もし自信がなければやめても良いからね?』
「…や、やります…!やらせてください!私、私…助けたい人がいるんです…!」
『うん。それならワシは君を信じる。そう決めたなら、助けたい人のために、諦めずに立ち向かってみなさい!』
樹の精霊ユグドラシルは表情には微笑みを浮かべているが、笑顔の裏の心の奥底にはひた隠しにしている厳しさを帯びている。リデルは必死に藻掻いて腐った土から抜け出そうとするが、瘴気に冒された土は動けば動くほどにリデルの体を捕らえていく。
「…スウォームバースト!で、出られない…!」
『おやおや、大変そうだね。さあ、どうするのかな?』
「ど、どうしよう…怖い…怖い……だ、誰か……!」
リデルは魔の瘴気に食われた土にじわじわと呑まれていき、知らず知らずに芽生えた恐怖心が膨らんでいく。リデルが危地に立たされる中、柵の先で固唾を呑んで見守る一行の群衆を掻き分け、柵に縋りついて声を張り上げる者がいる。スイートポテトパープルの重装兵セレアルだった。
「リデル!オイラが助けるんだな!」
「セレアル、ダメよ!これはリデルのための試練、私達が手を出してはいけないのよ!」
「ミリアムさん…そんなの、わかってるんだな…でも、オイラは…オイラは……」
「セレアル…貴女、泣いてるの…?」
「リデル…リデルゥゥゥゥッ!うわあああッ…!!」
「セレアル…!」
普段はおっとりとしたセレアルがリデルを想いながら激情を露にし、凛としているミリアムも瞳を潤ませる。だが、皆の想いも虚しく腐敗した土はどんどんリデルの体を呑み込んでいき、黄緑色の頭髪が僅かに確認出来るほどとなっていた。
(リデル、ワシに代わってこの大地を蘇らせてくれ。君なら出来る…ワシは信じているよ…!)
(セレアルさんとミリアムさんの声…皆さんの想いに、応えたい…)
視界が腐った土の暗褐色に閉ざされ、心が不安から諦めに移ろっていく中、リデルの心に覚えのある声が響く。セレアルともミリアムとも違えば、他の同行する仲間の誰とも違っている。共に歩み、共に戦いながら絆を紡いだ彩りの騎士であり、スプリンググリーンの彩りの戦士であるミュゲだった。
『リデルさん…リデルさん、聞こえますか?』
「ミ、ミュゲさん!?あの…ベガに捕まっているはずでは…?」
『そうです。でも、今は私達の体は魔物の精神に乗っ取られています。皆さんの仲間である私達は…今はこうして精神だけで生きているのです…』
「ミュゲさん…少しだけ待っててください!必ず…必ず助けに行きますから!」
『はい!みんな待ってます!少しだけですけど…私の力、使ってください!』
薔薇の貴公子ベガに囚われた葉騎士ミュゲのスプリンググリーンの闘気がリデルの全身を包み、腐敗した土を吹き飛ばす。リデルの若草色とミュゲのスプリンググリーンがより瑞々しく美しい彩りの力に昇華し、ユグドラシルが司る世界樹の恵みを体現していった。
「天に舞い、地を彩れ。命を紡ぐ恵みの息吹!プリマヴェーラ・スウォーム・エナジーブレス!!」
『うおおおっ…!こ、これは…見事だ…!』
ミュゲの想いを受け取ったリデルの彩りの力が辺り一面に広がっていく。腐敗した土は命を育む力強さを取り戻し、瘴気で黒紫に朽ちていた草葉は瞬く間に蘇って生き生きとした緑色に戻っていく。樹の精霊ユグドラシルは感無量という表情を浮かべ、自らに代わって世界樹の恵みを体現したリデルの頭を優しく撫でた。
『リデル…よく頑張ったね。よしよし、良い子だ…』
「エヘヘ…ユグドラシル様、ありがとうございます…」
『礼を言うのはワシの方だ。君がワシの力の旗印となれて安心したよ。ワシもジジイの身じゃが、君の力になろう』
ユグドラシルが微笑みかけると、リデルの右手の薬指に若草色と乳白色を基調とした宝石が輝く。命の象徴とも言える若草色と乳白色の2色が複雑に交差する宝石は生きとし生ける者を祝福する世界樹の恩恵を縮図にしたようだ。
『ワシの力の証、樹のオパールだよ。君が大切に想う仲間への優しさ、大自然への愛情を待っている人がいる。一歩前に踏み出す勇気を忘れないようにね』
「…はい!」
『よ~し、良い返事だ。もし困ったら仲間達やワシになんでも相談しなさい。仲間達やワシはいつだって君を見守っているからね』
ユグドラシルはリデルに優しく手を振り、樹のオパールに吸い込まれるように消えていった。程無くリデルと一行を隔てていた柵が消えると、取り分けリデルを案じていたセレアルとミリアムが駆け寄ってきた。セレアルはリデルの華奢な体を抱き締め、ミリアムは土で汚れた髪を撫でる。若草色の少女リデルが世界樹の恵みを体現して精霊の試練を乗り越え、彩りの義勇軍一行は待ち受ける旅路への意気を高めていた。
To Be Continued…