第197話『哀しきブーケ』
シリーズ第197話目です。どうぞお気軽にご覧くださいませ!
フランボワーズ王国とマルベリー王国、山間に佇む2つの王国の戦乱の首謀者は魔族七英雄の1柱である薔薇の貴公子ベガだった。桑紫の暗愚王ナモはベガが紡ぐ言の葉に無邪気に従い、蛍光マゼンタの邪術士マグノリアは主君ナモの命に愚直に従い、マルベリー王国に集いし彩りの戦士達は総大将を務めるマグノリアの指令に何も知らずに従う。彼女達の服従の連鎖は全てベガの筋書き通りであり、両軍合わせて143人の彩りの戦士達は全員がベガの掌で踊らされていたのだった。
「さあ、覚悟しろ!ナモ様を返してもらうぞ!!ベガアアァァッ!!!」
「フッ、直向きなのは嫌いではない。喜んでお相手しようではないか…!」
「…テラコッタの騎士達を…私の家族を救ってみせる!みんな、今助けに行くわ!」
「共に歩む同志を“家族”として想う…素晴らしい心意気です。では、僕は貴女が越えるべき“壁”となりましょう。ディアボロ7人衆のラスト、参ります!」
マグノリアは自ら“サイコパワー”と称する蛍光マゼンタの闘気を両掌に纏わせてベガに飛び掛かり、ブライアはラストに赤錆にまみれた剣を振るう。2人の彩りの戦士は大切な人を守るため、救うための戦いに迷うことなく決然たる意思を携えて飛び込み、眉目秀麗な魔界の王子2人に果敢に彩りの力を叩き込む。
「我が意思よ、魔を討つ刃となれ…フェイタルスラッシュ!」
「クッ…さすがはあの娘達の副将…!」
「くらええぇぇッ!サイコハルバードッ!!」
「…ほう、これは…!」
マグノリアとブライアの鬼気迫る戦いに圧倒され、彩りの義勇軍の面々はその場から動くことが出来ない。2人を援護すべくアクションを起こす者がいても何も不思議ではない状況であるにも拘らず、誰1人として動こうとしない――否、動けないのだ。大切な人を想いながら我武者羅にベガとラストに挑むマグノリアとブライアの姿からはたとえ味方であろうとも他者の介入を断じて許さないと言わんばかりの奇妙な空気が醸し出されていた。
「ブライア…マグノリア…!」
「愛する人の運命を守るために戦う美しい勇姿…あたくしの心を昂らせてくださるわね…」
「しかし…この戦争は彼奴の仕業だったというのか!彼奴め…よくも我らがフランボワーズ王国とマルベリー王国を乱してくれたな…!」
「フレッサ…今はウチらに出来ることをしようよ。フランボワーズ王国とマルベリー王国を魔族から守るためにも!」
スグリの言葉にフレッサだけでなく、ミルティ、フラゴラ、アルボルも物言わずに頷く。彩りの義勇軍一行が固唾を呑んで見守る中、ブライアとマグノリアは使命感に駆られながら猛々しく彩りの力を振るい、ベガとラストを相手に善戦を見せていた。
「ううっ…ベガ様、予想以上の腕です…!」
「ああ、そのようだね。戦いの舞台に咲き誇る花々はかくも美しい…」
「…私には為すべきことがある。これ以上私の大切な家族を汚させはしない…!」
「どうだ、貴様らへの憎しみで増大したサイコパワーの味は!?ナモ様のためにも貴様らに負けるわけには――」
「…ニャハハッ、レムレースファング♪」
「…シャイニングブレード…」
「ぐわあぁっ!ナ、ナモ様…!?」
「クッ!マリー様…そんな、はずは…」
勇んで戦いに挑んでいたマグノリアとブライアは黒き絶望の淵に叩き落とされる。信じてきた者が躊躇い無く自らに魔の刃を向ける――悪夢のような無慈悲な現実が2人の心を微塵に切り裂き、否応無しに戦意を喪わせていった。
「マリー様…どうして!?」
「…ベガ様…ラスト様…」
「もはや我らの言葉も届かないのか…ナモ様…!」
「ベガ様…そろそろ“開花”と参りましょう!」
「ああ、時は来た。彩りの騎士達よ、美しい君達は更に美しく生まれ変わる…今日は君達の新たな誕生日だ!」
ベガは涼しい表情を崩さずにパチンと指を鳴らす。マルベリー王国の女王ナモとテラコッタの騎士達は魔の彩りである黒紫の妖気に包まれ、彼女達を中心として禍々しい瘴気が渦巻いた。
「開花って…何が起こるの!?」
「な、なんだってンだい!?ドス黒い風が…!」
「ベガ様…ラスト様…」
「みんな…!?なんて、ことを…」
「まさか、ナモ様と同じように…ちくしょおおおぉぉぉッ!!!」
眼前に広がる光景にマグノリアは赤黒い憤りに駆られ、ブライアは絶望に蒼白く染まる。テラコッタの騎士達の背部から茨が繁茂し、全身にはそれぞれの紋様と同じ色の薔薇の花が無数に咲き乱れる。彩りの騎士18人はマルベリー王国の女王ナモと同じように禍々しい人型のブーケに姿を変えられてしまった。
「ベガ様…ラスト様…」
「みんな、とても綺麗な花を咲かせたね…見惚れてしまうほどに素敵だよ」
「ああ、ラスト様…御寵愛、嬉しうございます…」
「なんて素晴らしい…なんて美しいのだ!私の愛が君達の中で結実したのだね…心から嬉しく思うよ…」
「ベガ様の御寵愛…有り難き幸せ…」
テラコッタの騎士達が魔の瘴気に陶酔する中、彩りの義勇軍一行がブライアとマグノリアのもとに駆け付ける。魔のブーケと化した彩りの騎士達は既に薔薇の貴公子の傀儡であり、微睡んだ瞳には彩りの義勇軍に対する敵意が滲んでいた。
「魔族七英雄ベガ…なんてことを!」
「フフフ…美しいだろう?彼女達は私の花園を彩る花々…我らの理想郷の縮図よ…」
「ベガ様の花の種がこの娘達の体内で育っていたのです。そして、たった今、ベガ様と僕の理想郷を体現するためのパートナーとなったのですよ!」
「テメェら…俺様達のビンニー国で好き勝手した上に騎士様を化け物にしやがって!ふざけるなよ!!」
「フッ、粗雑で礼を失した物言いよ…蛮族というのは相も変わらず醜い輩だ」
「フン、随分言ってくれるのう。儂らとてお前さん方にはビンニー国を荒らされた借りがある!蛮族は恩も恨みも倍返しじゃわい!」
「フッ、そんな貸し借りなど些末なことよ。私はただ、君達の中にいる理想郷の象徴…あと1人さえ居れば理想が叶うのだからな…」
彩りの義勇軍全員が眼差しに敵意を込めて突き刺す中、薔薇の貴公子ベガはその中のただ1人だけを見つめている。が、“理想郷の象徴”としてベガの瞳に映るたった1人は自身に降りかかる命運を知るよしも無かった。
「ベガ様、この娘達の“生誕”も無事に終わりました。パーティーの第1幕はそろそろお開きと致しましょう」
「ああ、そうしようか。では、さらばだ。美しき彩りの戦士達よ。また会おう」
「な、何ッ!?これは…!」
「コイツは凄まじい邪気なのである…!あっ…テラコッタの騎士様方が…!?」
「グラジオさん!ガーベラさん!行っちゃダメだ!戻ってきてくれ!!」
「ヒーザー様…ヒアシンス様…ああ、神よ…」
「……」
「ナモ様…!!」
ベガがパチンと指を鳴らすと、背後に大きな黒紫の渦が生じた。魔の薫りに染まったテラコッタの騎士達が瘴気の渦に呑み込まれ、1人また1人と消えていく。彩りの義勇軍の面々がテラコッタの騎士達へ口々に叫ぶ中、賊騎士ブライアは魔の瘴気に堕とされた“家族”を救う決意と覚悟を無言のまま静かに固めていた。
そんな中、初めて出会った日に自らに向けられた主君ナモの天真爛漫な笑顔がマグノリアの脳裏に鮮明に浮かび上がった。自分を必要とし、自分に居場所を与えてくれる主君への真っ直ぐな想いがマグノリアの胸に赤々と燃え上がる。
かつてマグノリアはとある国の軍師であったが、愚直なほど頑固一徹で融通の効かないきらいがあったために彼女の策に異を唱える者も多く、人望は薄かった。軍内で孤立していたところをマルベリー王国からお忍びで訪れていたナモと出会う。ナモはマグノリアを一目で気に入り、その場でマルベリー王国に引き抜かれた。以来、無邪気な笑顔で自らを引き入れてくれた桑紫の女王に絶対の忠誠を誓い、ナモの命に背いたことはただの一度も無い。マルベリー王国の邪術士は女王ナモの真摯な側近であったのだ。
「ナモ様…このマグノリアが今助けに――」
「駄目!それ以上行ったら貴女も呑み込まれてしまうわ!」
「離せッ!ナモ様を見捨てろというのか!?」
「そうは言ってないわ!貴女が魔に落ちることをナモ様は望んでいないはずよ!」
「!!そ、それは…」
「私はこの軍の一員として“家族”を救う道を選ぶわ。貴女がすべきことは主君と共に魔界に行くことじゃない。彩りの戦士として…人として懸命に生きて、囚われた主君を救うことよ!」
「ブライア殿…ご厚意、痛み入る。それでも…私は…!」
「マグノリア…」
「…許せ!」
マグノリアは自らを羽交い締めにした賊騎士ブライアを乱暴に突き飛ばし、主君ナモのもとへと駆けていく。テラコッタの騎士達は誰1人振り返ることなく全員瘴気の渦に消えていったが、ナモは祖国マルベリー王国に名残を惜しむようにぼんやりと佇んでいた。
「ナモ様!!不肖マグノリアが助けに参りましたッ!!」
「マグノリア…?ベガ様は…?」
「其奴などお気になさらず!さあ、私と一緒にマルベリー王国へ!王国の全国民がナモ様をお待ち申し上げております!」
「…マルベリー、王国…?」
マグノリアは必死に手を伸ばすが、ナモは訳もわからずポカンとしている。が、マグノリアは忠誠を誓った主君のため、自身の居場所であるマルベリー王国のため、諦めずに熱い言葉を紡ぎ続けた。
「…ナモ様…今からでも遅くはありません。私と共に、帰りましょう…!」
「…バイバイ♪」
「そんな…ナ、ナモ様……ナモ様ァァァァァッ!!」
ナモは一瞬だけマグノリアに微笑みかけ、手を振りながら瘴気の中へと消えていった。黒紫の瘴気が晴れた先に主君の姿はなく、マグノリアは虚空に両手を泳がせ、その場に崩れ落ちた。テラコッタの騎士達とマルベリー王国の女王が魔界へと消え、一行は為す術無く哀しみの淵に立ち尽くしていた。
To Be Continued…