第193話『Mulberry Kingdom』
シリーズ第193話目です。どうぞお気軽にご覧くださいませ!
フランボワーズとマルベリー、穏やかな山間に並び立つ2つの王国は静かに火花を散らしている。カタリナの胸に抱かれるアイスバーグブルーの幼子ソリンの純真な笑顔に暫しの癒しを得るものの、その安らぎは束の間のものであった。
「ソリン、お腹いっぱいになって寝ちゃった…戦いが迫ってるのが嘘みたいだね」
「はい…マルベリー王国がいつ攻めて来るかわかりませんからね…敵軍には祝福の証を持つ戦士も何人か将として参加しているみたいですし…」
「うん、きっとジャンヌやマチルダだけじゃないよね。ソリンを連れてた人も祝福の証を持ってたみたいだし、まだ後ろに控えてるのかも…」
「うむ。クレアの言う通り、祝福の証を持つ輩がまだいるかもしれぬなぁ…モリスティア、ちょいと情報提供してくれんかのう?」
「わ、わかった!えっと…」
蛮族四天王の1柱イザサに促され、かつてマルベリー王国に加担していた鰯青の蛮族モリスティアが口を開く。およそ蛮族とは思えない気弱な彩りの戦士はゆっくりと言葉を選びながら語り始めた――
――マルベリー王国。フランボワーズ王国と東に国境で接しており、西部と南北は山々に囲まれた盆地の国である。大昔の冷戦の歴史からフランボワーズ王国との関係はお世辞にも良好とは言えず、更に昨今のマグノリアによる挑発が火に油を注いでいる。今や民衆にとってもフランボワーズ王国との情勢が一番の関心事であるという状況だ。王城の最奥部の玉座の間ではマルベリーパープルと蛍光マゼンタ、2つの彩りが奇妙な妖気を醸し出していた。
「…ナモ様、フランボワーズ王国に戦意有りとジャンヌより報せが届きました」
「そっか!それじゃ、もうすぐ楽しいパーティーが始まるんだね~♪」
「左様でございます。我々の力を結集し、ナモ様にお楽しみ頂けますように尽くして参ります…フフフッ…」
「ニャハハッ!今から楽しみ~♪パーティー出来るって思うとウキウキしちゃうよね!ニャハハハハハッ!」
高笑いするマルベリーパープルの暗愚王ナモと妖しく微笑む蛍光マゼンタの邪術士マグノリアの傘下には多くの彩りの戦士達が将として控えている。彩りの義勇軍の策を乱し、戦乱の引き金を引く役割を遂行した黒豹の拳闘士ジャンヌ・パンサーが力自慢の荒くれ者達を従え、屋内訓練場で汗を流していた。
「よし、今だ…ドラァ!」
「がふッ…!さすがジャンヌさん、全青格闘王のパンチは桁違いッスね!」
「だろ?アズーロ合衆国稀代の天才格闘家ジャンヌ・パンサー様のパンチ、その身にしっかり焼き付けておきなぁ!」
「グッ…うおおおッ!!」
(ヘッ、お国のために戦おうなんざ、ぶっちゃけこれっぽっちも思っちゃいねぇ…アタシはアイツと戦えりゃそれでいい…今度こそテリー・フェルナンデスを倒す!)
一方、王城の裏庭に設けられた兵士訓練用のグラウンドでは猛獣達の荒々しい息遣いが聞かれている。サバンナグリーンの紋様を持つ彩りの猛獣使いカチディスが鞭を振るい、自らの剣となり盾となる獣達を鍛え上げていた。
「グルルルゥッ!ガルルウウゥゥッ!!」
「よし、午前の訓練はここまでにしようか!アンタ達、食事の時間だよ!」
「ガウウッ!ハグハグハグ…」
「よしよし、みんなたっぷり食えよ~…ソリンを連れてったアイツら、目にもの見せてやる…!」
その同じ頃、城下町の酒場。ハンターグリーンの狙撃手マチルダが相棒であるハンティングピンクの狂戦士ガンズと大勢のならず者達を引き連れ、真っ昼間から酒を酌み交わしていた。
「ぷは~っ、美味いねぇ!兄ちゃん、ビールおかわり!」
「あの…お客様…こちらで10杯目ですが、大丈夫でしょうか…?」
「ああ!?昼間から酒飲んじゃダメなんて法律はねぇよ!もし金の心配してんなら大きなお世話さ!ヒャヒャヒャッ!」
「ヘヘッ、いい感じに酔って来たよ…グルルウウゥゥッ!」
「おいおい、店で暴れんなよガンズ!この店はあたしらのシマなんだからな!ヒャヒャヒャヒャッ!!」
更に場は移り、繁華街。背の高いデパートが建ち並ぶ街中で腕に覚えのある傭兵達を連れているのはアミィのライバルであるキャンディオレンジの彩りの戦士コーネリア・ファルベだった。商業界に名を轟かせる大企業ファルベホールディングスの会長の一人娘は財力にものを言わせて戦闘に秀でた傭兵達を雇い、自らの率いる小隊を磐石のものとしていた。
「コーネリアさん、ファルベ印のキャンディ完売しました!」
「ありがとなの!あなた、いい子だからコーネリアちゃんがご褒美に好きなもの買ってあげるピョン!」
「ありがとうございますッ!コーネリア小隊で良かった~!傭兵やってて良かった~!」
「キャハッ♪お金の力に任せなさいなの!欲しいものなんでも買ってあげるのよん♪」
一方、小隊の中には異様な雰囲気を醸し出すものもいた。クレアを目の敵にしている薄墨色の勘違い東方戦士シンディは自らが設えた小さな部屋に小隊の兵数名を招き入れる。床一面に畳が敷かれ、壁には筆文字で“禅”と書かれた掛軸が飾られ、丹塗りの鳥居の下には奇妙な石像が鎮座している。無政府状態といえるほど統一性を欠いた不可思議な空間ではシンディ謹製の東方の茶が畳の上で正座する兵達に振る舞われていたが、異様な雰囲気のシンディワールドに戸惑いを隠せない。
「あの…シンディさん――」
「No!私語厳禁death!東方の心意気、“侘び寂び”を感じながら味わいなサ~い!」
(…なあ、“侘び寂び”ってなんだよ…?)
(知らねぇよ。東方の心意気って言われてもなぁ…シンディさん、東の国で何を見てきたんだろう…?)
シンディ小隊の兵が呆れ果てる中、城下町を離れた郊外の湖ではある小隊がぼんやりと釣りに興じている。オクトパスレッドの彩りを持つ武装商船団の首領ポルポが水面を静かに見つめていた。
「ポルポさん、これって何かの訓練なんですか…?」
「もちろん!釣りっていうのは忍耐力、精神力が養われるんだ。心が負けてるようじゃ勝てる勝負も勝てないからね!」
「おお、確かに!さすがはポルポさん、素晴らしいアイデアですね!」
「…いや…もっともらしいこと言ってるけど…なぁ?」
「うん…親分、水辺が恋しかっただけだよな…この辺、山ばかりだから…」
ポルポが恋しい水辺を満喫する頃、平原を満喫する者もいた。赤い髪を短く切り揃え、上半身は胸元に“Go!!”と記された赤いTシャツ1枚、下半身には赤と黒を基調としたショートパンツを穿いている、誰の目にも活発そうに映るであろう少女だった。愛用の赤と白のスニーカーで駆け抜ける左手にはシグナルレッドの紋様が燃えるように輝いていた。
「ううぅりゃああッ!!」
「ハドソンさん、速い…!しかもずっと走りっぱなしで息切れもしてないなんて…!」
「ハァ、ハァ…ハドソンさん…ちょっと休憩しませんか…?」
「まだまだ!絶対にフランボワーズ王国に勝つんだから!走り込みあと100セットやるよッ!!」
『はいッ!!』
ハドソン小隊の体育会系の熱気とは対照的に、弓矢を携えた女性が森で1人静かに佇んでいる。緩くウェーブのかかった黒髪を長く伸ばし、紺色と紫を基調とした衣装に身を包み、目元には緑色のゴーグルを着用している。弓を構える左手には白藤色の紋様が静かに煌めいていた。
「…パーフェクト。敵も1人残らず射抜いてみせる…」
「サラさん、マグノリア様がお呼びです。至急玉座の間にお越しください」
「…ええ、わかったわ」
サラという名の弓使いは静かに身を翻し、小さく溜め息をついた後に王城へと歩を進める。他の将達とは異なり、兵達と距離を置く孤高の弓使いは戦う意思の象徴たる白藤色の紋様を静かに柔らかに煌めかせていた――
――モリスティアは一度皆を見回す。ふう、と軽く息をついて語りを終えた。自分を除く彩りの義勇軍130人の視線を一身に受けて緊張していたらしく、額には汗が伝っていた。
「…というところさ。これが私の知る限りだよ」
「モリスティア、ありがとうございます。まさか祝福の証を持つ戦士達がそんなにいるなんて…」
「ああ、それに俺達が会ったことの無い連中もいるみたいだな…気を引き締めていこうぜ」
「ハァ…またコーネリアと会わなアカンのか~…今から憂鬱やわ…」
彩りの義勇軍一行は多くの祝福の証の戦士が加担していることに驚きつつ、間近に迫る戦いに向けて再び気を引き締める。が、蛮族四天王は表情に穏やかな笑みを浮かべながらモリスティアのもとに歩み寄った。
「それにしても…よくまあそんなに情報を集めてたもんだよな!」
「うむ、ザキハの言う通りじゃのう。モリスティアは他人の顔色を伺うのがうまいが、それだけ顔が広けりゃたいしたもんじゃ!」
「ま、外面が良いとも言うけどな!でも、冗談抜きに助かったぜ!」
「うむ。モリスティア、我らの力となってくれる事、まこと感謝致す」
「みんな…良かった…少しでも力になれたら、良かった…!」
蛮族四天王の面々は軽口を叩きながらも旧知の仲であるモリスティアへの信頼を口にする。カラフルな絆を紡ぐ蛮族達の姿は一行の心も彩り、戦いへの意気を静かに高めていった。
その同じ頃、マルベリー王城玉座の間。小隊のリーダーを務める彩りの戦士達が一堂に会する。マルベリーパープル、蛍光マゼンタ、パンサーブラック、サバンナグリーン、ハンターグリーン、ハンティングピンク、キャンディオレンジ、薄墨色、オクトパスレッド、シグナルレッド、白藤色――11色の彩りが策謀を軸にして妖しく渦巻いていた。
「さ~て、そろそろゴングが鳴りそうだな!このジャンヌ・パンサー様がノックアウトしてやる!」
「キャハハッ!ジャンヌちゃん、やる気満々だピョン!張り切っていってみよ~♪」
「Oh,Yeah!究極の東方Spirit、見せてやるDeath!!」
「アタシのペット達もやる気満々だよ!サラ、準備は良いか?」
「ええ、いつでも行けるわよ。任務はパーフェクトにこなしてみせるわ」
「みんな…楽しもうね…“パーティー”の始まりだよ♪」
マルベリー王国を統べ、将を務める彩りの戦士達を率いる小さき女王の左手に桑紫の彩りが妖しく揺らめく。奇妙なほどの静寂は嵐の前の静けさか?火花を散らす2つの王国の戦いは今にも動き出そうとしていた。
To Be Continued…