第191話『織り合う彩り、違える彩り』
シリーズ第191話目です。どうぞお気軽にご覧くださいませ!
花薫るフランボワーズ王国には早朝とは思えない緊迫した空気が充ち満ちている。マルベリー王国の進軍が始まったという一報を受け、彩りの義勇軍はスクラムを組んで国境の外郭前に立ち並ぶ。モニカ、ドルチェ、ルーティ、ティファ、シュシュの5人は得物を構え、目前に来たる“守る戦い”に備えていた。
「いよいよ来るわね…フランボワーズ王国を守りましょう!」
「伝令の情報によると複数の小隊が個別に迫っているみたいね…」
「うう~、緊張するなぁ…自警団じゃ味わえない緊張感だよ…」
「ボクもドキドキします…妖精王様の護衛とは勝手が違うので、ボクに務まるかどうか…」
「シュシュ、貴女は1人ではありません。私達皆が想いを1つにすればきっと成し遂げられます!私達の絆の力を見せ、フランボワーズ王国を救うのです!」
一方、蛍光マゼンタの邪術士マグノリア率いるマルベリー王国軍の小隊。数十人もの兵を従える蛍光マゼンタの彩りの邪術士は不敵な笑みを浮かべながら国境の障壁へと向かっていた。
「マグノリア様!フランボワーズ王国が迎撃態勢を整えているとのこと!」
「ほ~う、そうかい。向こうもその気なら、こっちもやり甲斐があるってもんだ!」
「我らへの反逆、断じて許さん!正義は我らマルベリー王国に有り!!」
「その通~り!さて、どれだけ痛め付けてやろうか…ヒヒヒヒヒッ!」
マグノリアは大勢の兵を従え、妖しく笑いながらフランボワーズ王国へと歩を進める。マルベリー王国の彩りの戦士は隣の花園の王国に容赦無く妖しい牙を剥かんとしていた。
一方、魔族七英雄ベガの居城。魔の瘴気が充ちる中、祝福の色彩に美を見出だす薔薇の貴公子ベガと小悪魔のように甘い微笑みの青年ラストが静かに佇んでいた。
「…いよいよですね、ベガ様…」
「…ああ。我らの理想郷の礎としてフランボワーズ王国ほど相応しい地はあるまい。魔界でしか我ら魔薔隊の理想郷が人間界で実現する日が近付いているのだ…!」
「この戦いですが…行く行くはあの娘達も…?」
「いずれは、ね。まあ、何事にも段取りというものがあるから焦ることはないよ。この戦いは華やかなる宴の前座とでも言おうか…」
ベガが涼しい表情で、ラストが固唾を呑んで見守る中、程無くマグノリア率いる小隊が国境線前に到着し、両国の陣営が火花を散らす。しかし、フランボワーズ王国側の狙いは守衛、マルベリー王国側の狙いは侵攻――双方の思惑は全く正反対だった。
「これはこれは。フランボワーズ王国を守る誇り高き勇者御一行様!」
「マグノリア、貴女達の目論見通りにはさせません。私達は絆の力でフランボワーズ王国を守るためにここにいるのです!」
「絆の力だぁ!?そんなもん、マルベリー王国の軍力でフランボワーズ王国ごと叩き潰してやる!ヒヒヒヒヒッ!!」
「…させません!貴女達をここから通すわけにはいかないのです!お引き取り願います!!」
「フン、ならば力尽くで退かせてやろう!総員、突撃いいぃぃッ!!」
『おおおぉぉぉ~ッ!!』
指揮を執るマグノリアの号令を受け、黒い鎧を着た兵士達が国境線の外郭に雪崩れ込んで来た。マルベリー王国の兵達が振るう刃が次々に襲い掛かるものの、守衛専従である彩りの義勇軍は一切手を出そうとはしない。
「うおおぉぉら!!」
「うわあぁ!?これじゃ多勢に無勢だよ…」
「クッ、強い…ティファ様、援護をお願いするわ!」
「ええ、守りなら私に任せて!…ガードシェル!」
バーミリオン領の騎士ティファがカーキ色の紋様を凛と煌めかせ、堅牢な彩りの盾を紡いでいく。荒々しく迫るマルベリー王国の刃を受け止め、背後に控えるフランボワーズ王国を守っていく。兵士達が苦慮する中、蛍光マゼンタの邪術士マグノリアは何処吹く風とばかりに微笑んでいた。
「何も無いところから盾が現れるなんて…小賢しい連中だ…」
「でも、どうにかしなきゃな。マグノリア様、いかが致しましょう?」
「OK!それなら任せろ…サイコハルバード!」
「クッ…確かに強いけど、騎士の誇りは悪に屈しない!そう簡単には破らせないわ!」
「ヒヒヒッ、随分と強情っ張りな騎士様だな…だが、それもいつまで持つかな!?」
蛍光マゼンタの矛とカーキ色の盾、2つの彩りの力が真正面からぶつかり合い、火花を散らす。侵略せんとするマグノリアと守らんとするティファ――フランボワーズ王国への想いは対照的だが、己の想い描く正義を体現しようとする意志は2人とも同じように抱いていた。
その同じ頃、蛮族四天王のザキハ、ナダベ、イザサ、リューゲルの前に筋骨隆々の荒くれ者の小隊が現れる。祖国ビンニー国と山を隔てて隣り合うフランボワーズ王国の危機を放っておける性分ではなく、4人揃って彩りの義勇軍に加わった。ビンニー国の英雄と称えられる荒くれ闘士達は守る戦いへの意思を胸に赤々と燃やしていた。
「おっ、どうやらこっちにもお出座しみたいだな!」
「よっしゃあ!ビンニー国で鍛えた俺様の拳で全員ボコボコにしてやるぜ!」
「ナダベ、それは罷り成らぬぞ。今の儂らの務めはマルベリー王国を倒すことではなく、フランボワーズ王国を守ることで――」
「待たれよ!お主…まさかモリスティアか!?」
「げえっ!ば、蛮族四天王…!?」
対峙した相手が蛮族四天王と知るや否や敵将は目に見えて怯え始めた。マルベリー王国の荒くれ者を率いていたのはモリスティアという女性だった。海のような深い青の髪を長く伸ばし、上半身には青いインナーシャツに骨と毛皮の鎧、下半身にはボロボロのデニムを穿いている。得物の大きな曲刀を携える左手にはサーディンブルーの紋様が印されていた。
「おうおう!俺様達にケンカ売れるぐらいに度胸が着いたんだな、モリスティア!?」
「ナ、ナダベ…いや、そういうわけじゃ――」
「おい、モリスティア…テメェ、ビンニー国のお隣さんにどんなご挨拶するつもりだったのよ?ほら、アタイらが笑ってるうちがタイムリミットだ。その辺にしとこうぜ…なぁ?」
「ひいぃっ!?ザ、ザキハ…ごめん…金が欲しかっただけなんだ…悪かったよ…!」
「おいおい、金が欲しいなら御天道様に胸張って言えることで稼ぎやがれってんだ!黙って俺様達に着いてきな!!」
「わ、わかった!い、言う通りにするから…!」
ザキハとナダベに凄まれ、蛮族としてはあまりにも臆病な鰯青の彩りの戦士モリスティアは呆気なく彩りの義勇軍に引き入れられた。あまりにも唐突な将の離反を目の当たりにさせられ、マルベリー王国の荒くれ者達は唖然呆然。戦いへの士気はあっという間に地に落ちた。
「モリスティア様…そんな…あっさり寝返るなんて…」
「フフッ、モリスティアは以前から臆病なきらいがあったが…此度はその性格が我らに味方したようだな」
「さて、儂らは無用な戦いはしとうない。お主達、将を失ったならば潔く退く方が得策じゃぞ?」
「ク、クソッ…覚えてろよ!」
蛮族四天王に対峙したモリスティア率いる小隊が戦わずして撤退を始め、マルベリー王国軍は出鼻を挫かれた。陣頭指揮を執る蛍光マゼンタの邪術士マグノリアは図らずも一小隊の撤退を目の当たりにさせられ、焦燥に表情を歪めた。
「何ッ!?て、撤退してる…どうなってるんだ!?」
「マグノリア様、大将格モリスティア様が敵軍に引き抜かれたとのこと!」
「チッ、裏切っただと!?まあ良いさ…“戦い”はこれからだ…ヒヒヒヒッ!」
マグノリアはすぐに居直り、両掌に蛍光マゼンタの闘気を纏わせながら不敵に笑う。その妖しい微笑みに呼応するように――彩りの義勇軍の意思に反して――パンサーブラックの彩りを纏った拳が荒々しく唸りをあげた。
「フフッ、そろそろ頃合いだな…ドラァ!」
「ガフッ…!」
「あっ!?ジャンヌさん…!」
「しまった…遅かったか…!」
テリー班の5人は一瞬にして青ざめた。黒豹の拳闘士ジャンヌは戦乱の引き金を引くためにマルベリー王国が一行に仕向けた火種だったのだ。1人の兵を殴り飛ばし、守衛専従である彩りの義勇軍があたかも戦争の意思を持っているかのように仕立て上げてみせたのだ。
「ジャンヌ、自分らは手を出してはいけないッスよ!ルール違反ッス!!」
「はあ?ルール違反?そんなの知らねぇよ!こっちは最初からこうするつもりだったのさ!!」
「そんな!じゃあジャンヌさんはマルベリー王国の…!?」
「貴様、なんたる愚行だ!我々を騙すつもりで歩み寄るなど、断じて許さん!!」
「ギャハハ!騙される方が悪いんだよ、脳ミソ筋肉ども!そんじゃ、お前らも戦いの意思アリってことで!バイバ~イ♪」
ジャンヌは自ら殴りつけた兵士をバイクの後部に乗せ、テリー班の5人を嘲り笑いながら撤退していった。バイクのマフラー音を辺りに響かせながらマグノリア小隊のもとへと駆けると、サムズアップで任務完了を示した。
「おお、ジャンヌ!うまくいったってことか…?」
「Yes!ちょっと強く殴り過ぎちゃったかもしれないけどな…大丈夫か?」
「あ、はい…大丈夫ッス…アハハ…」
「よ~し、今日のノルマ達成!まだ朝っぱらだけど、撤退だ、撤退!」
マグノリアの号令は即座に全小隊に伝わり、程無くマルベリー王国軍は去っていった。彩りの義勇軍も王城の軍議室に集結するが、テリー班の面々は暗い表情で項垂れていた。
「ジャンヌ・パンサー…なんてことを…!」
「すまない…僕としたことが、迂闊だった…!」
「クソッ…怪しいって思った時点でぶっ飛ばしていれば…チクショウ!」
「テラコッタの騎士ランディニ、一生の不覚…どんな罰でも受ける所存だ…!」
「こんなことしてちゃ、ラパン流の名折れです…本当にごめんなさい…!」
「自分は…取り返しのつかないことをしてしまったッス…みんな、申し訳ないッス…」
テリーが頭を下げるのに続き、共にスクラムを組む4人も頭を下げる。重々しい空気の中、見るに見かねた闘の精霊オーディンがアンバーの腕輪から姿を現し、テリー達を叱咤激励する。
『テリー、そして共に戦う勇者よ、顔を上げい!確かに至らぬことはあったかもしれぬが、彩りの戦士として恥ずべきことは何一つしていない!胸を張らんか!!』
「大丈夫よ。オーディン様の仰る通り、テリー達は何も悪くないわ。向こうの悪意に嵌められただけよ」
「ジャンヌの奴、やってくれたわね…前にリモーネ傭兵団で味方だったこともあったけど、今は敵同士。ギャフンと言わせてやるわよ!アンタ達の力も必要なんだからシャキッとしなさい!」
「東方の言葉で“覆水盆に返らず”というもんがある。起きてしもうた事は仕方ないし、お前さん達の心意気は痛いぐらい伝わっとる。そんなに気に病むな!」
「フェリーナ、リモーネ、ステラ…熱い言葉に暖かい心、感謝感激ッス!絶対挽回してみせるッス!」
「ところで、ゼータ殿…先ほどから上の空だが、いかがなされた?」
「すまない、フレッサ…いや…たいしたことではないのだが…」
「ハッ、水臭いねぇ。いつもみたいにハッキリ言ったらどうなのさ?」
「ゼータ、遠慮しないで話してください。言わずに抱えている方が辛いと思いますよ」
「うむ、では厚意に甘えるとしよう…さっきから気になっていたのだが…カタリナ、その生命体はなんだ?」
ゼータの言葉を受け、皆の視線がカタリナが抱き抱えている生き物に集まる。明るい茶髪の頭部には可愛らしいピンク色のリボンを結んでおり、顔立ちは人間の少女のようだ。が、真っ白な体毛で覆われた両腕は丸太のように太い上に極端に長く、反比例するように脚が短いため異様なほどアンバランスな体つきをしている。カタリナにすっかり懐いており、赤ん坊のように無垢な笑顔を見せているが、左手には彩りの戦士の証であるアイスバーグブルーの紋様が印されていた。
「あっ、この娘?さっき拾ったんだよ。名前はソリンっていうんだって♪」
「わたち、ソリン!キャキャキャキャッ!」
「いやいや、姉貴、ちょっと待って。どういう経緯か全くわからないんだけど…」
「それに祝福の証が…つまり俺達の仲間ってことか?とにかく、説明してくれ」
「うん、実はね…」
蛍光マゼンタの邪術士マグノリアの仕向けたパンサーブラックの拳闘士ジャンヌの暴拳に堕ち、不本意ながら“フランボワーズ王国は戦意有り”と見なされてしまった。蛮族四天王に引き抜かれた鰯青の蛮族モリスティアとカタリナが連れてきた新雪の幼子ソリンを加え、総勢131人となった彩りの義勇軍一行。カタリナは全員の視線を一身に受けながらソリンを保護した経緯を説明し始めた。
To Be Continued…