第189話『花園の守人』
シリーズ第189話目です。どうぞお気軽にご覧くださいませ!
妖しい牙を剥くマルベリー王国の脅威から美しき花々薫るフランボワーズ王国を守る戦いに臨まんとする彩りの義勇軍一行。隣国との一触即発の空気に緊迫感が満ちる中、フランボワーズを守護する彩りの戦士4人が王妃ビビアンが座する玉座の間に一堂に介していた。
「予断を許さない状況はまだ変わりませんが…私達と志を同じくしてくださる方々に巡り会えて本当に良かったですね、フレッサ」
「うむ。ビンニー国で少し腕を拝見したが、皆様戦いに慣れておられる。必ずやフランボワーズを守ってくださることだろう」
「まあ!あの方々って強い御方なんですのね。そんな方々とお友達になれたと思うと心がウキウキしますわね♪フランボワーズ王国の未来は明るいわ!」
「…そ、そうですね、ビビアン様!ウチも頑張るから、きっと大丈夫だよ…アハハ…」
「やれやれ…この姫様は…」
4人が相変わらずという王妃ビビアンの様相に溜め息をつく中、彩りの義勇軍一行は思い思いにフランボワーズ王国での一時を過ごす。毒の戦士のスラッジ、ビアー、グィフトの3人が王城前に広がる花畑をゆったりと散策していた。
「ウヒョヒョッ、近くで見ると益々綺麗ぞなもし!」
「ね~、めっちゃ綺麗だよね~!こっそり1輪貰っちゃお~♪」
「えっ?ちょっ、ちょっと…勝手に取って大丈夫なの?」
「ビアーは心配性だな~。たぶん1輪くらい大丈夫だよ~。摘んでリデルに見せてあげよっと――」
「くおおぉるああぁぁッ!!おんめぇ、何してくれてんだあああッ!!」
グィフトが不用意に1輪摘もうとした刹那、何処からともなく凄まじい怒号が響く。程無く怒号の主である庭師らしき女性が大きな園芸鋏を片手に怒涛の勢いでグィフトに詰め寄って来た。短く切ったダークグリーンの髪、茶色と黄緑を基調とした服に身を包み、目元を覆う大きな防護眼鏡をかけている。自らの聖域とも言える庭園を汚された庭師の女は赤黒い怒気を全身に纏っていた。
「あ…あの、えっと…お花綺麗だな~って愛でてました…」
「いんや、おんめぇ花摘もうとしてたべ!んな嘘言ったってオラの目は誤魔化せねぇだよ!!」
「うう…ご、ごめんなさい…」
「謝って済むなら警察要んねぇ!おんめぇ、この庭こ~んだけ綺麗にすんのにど~んだけ時間かかってると思ってんだぁ!?」
独特の訛りが特徴的な庭師の女性は今にも噛み付かんばかりの剣幕でグィフトに捲し立てる。ビアーとスラッジは庭師の凄まじい形相に呆気にとられ、呆然と立ち尽くすばかりであった。
「あ~あ、怒られちゃった…だから言ったのに…」
「なあ、庭師の姉ちゃんよぉ…ウチの若けぇのが無礼をしたぞなもし…頼む、この通り!許してくれぃ!」
「庭師さん…ごめんなさい!」
スラッジに続き当事者であるグィフトが詫び、ビアーも黙したまま頭を下げて謝罪の意を示す。庭師の女は腕を組んだまま黙っていたが、怒りに強張った表情を次第に緩めていき、穏やかな表情を見せた。
「…ん、次から気ぃ付けてくれりゃ良いだ。姉ちゃんも反省してるみてぇだし、おんめぇ達には世話になるんだもんな!よろしくだべ!」
「おう、フランボワーズの平和はあっしらが守るぞなもし!あっしはスラッジ。で、コイツらは仲間のビアーとグィフトぞなもし。よろしく頼むぞなもし!」
「オラはアルボル。見ての通り王城の庭師やってるだ。よろしく頼むだよ!」
アルボルは防護眼鏡を上げ、鮮やかな緑の瞳をキラキラと輝かせながらニカッと笑う。屈託の無い笑顔で毒の戦士達と握手を交わす姿は先ほどまでの憤怒は何処かへと消し飛んでおり、実に朗らかで爽やかだ。
一方、マルベリー王国。妖しい策謀の舞台の主演を務めるであろう彩りの戦士達が薄暗い砦に集い、不敵な笑みを浮かべている。マグノリアの左手に印された蛍光マゼンタは鮮やかで暗き闇にも良く目立っていた。
「ふむ…アイツら、フランボワーズ王国にぞろぞろと団体で来なさったか…今は自由行動をしているようだな」
「ヒャヒャヒャッ!この期に及んでのんびり観光なんざ、随分とお気楽だこと!なあ、マグノリアよぉ…まだお預けってかい?あたしゃ今すぐでも行けるっての!」
「まあ、そう焦るなって。こっちも全員揃ってないし、“あの御方”も泳がせておけって仰るから、少し様子を見るとしよう。もう少し待ったら暴れさせてやるからな、マチルダ、ガンズ!」
「…ああ…全員叩き潰してやる…グルルルルゥオオォッ!」
隣国マルベリーに妖しい策謀が蠢く中、毒の戦士3人はアルボルに連れられて庭園を練り歩く。辺り一面に咲き誇る花々の優しい薫りが包み込み、戦いに明け暮れる一行の心を解していく。
「なあ、アルボルはいつもここで庭仕事しとるんけぇ?」
「んだ。オラはこの庭を毎日掃除して、花の葉っぱ整えて、木の枝切って…いつ誰が来ても良いように綺麗にしてるんだべ!」
「そっか…こんなに広い庭の掃除って大変そうだね…ねえ、ウチらでアルボルの仕事を手伝わない?」
「ビアー、それ良いね!アルボルを怒らせちゃったお詫びをしたいし、張り切って手伝うよ~!」
「良いのか?助かるべ!そんなら枯れ葉やゴミを拾ってこの袋に集めてくんろ!」
「おう!それなら近くにいる奴を呼んで来るぞなもし!みんなでやれば早く終わるぞなもし!」
「おお、ありがてぇだ!恩に着るべ!」
アルボルの指揮のもと、庭園の掃除が始まった。スラッジによって近くを歩いていた面々が集められ、十数人の清掃チームが組まれた。広い庭園ではあるものの頭数は十分であるため、掃除はアルボルが予想したよりも早く進んでいく。
「ふぅ…この辺は一通り片付いたみたいだね!」
「みなさん、お疲れ様です。アルボルさん、こんなに広い庭園を毎日お1人で掃除するなんてすごいですね!」
「へへっ、ペルシカちゃん、ありがとうな!みんなも手伝ってくれて助かったべ!」
「よし、一段落したね。では、せっかく来たんだし、僕達も美しい庭園をゆったり楽しもうか!」
「わぁ…お花、可愛い…良い香り…フフフッ…」
皆が協力し合うことで掃除がハイペースで進行し、余裕が出来た即席の清掃チームは花々を愛でながらゆったりと歩を進める。草花をこよなく愛する若草色の少女リデルは笑顔でフランボワーズ王国に咲き誇る花を愛でていたが、バナナイエローの剣士ドルチェは1人怪訝な表情を見せていた。
「ドルチェ、どうしたでごわすか?浮かない顔をしてるでごわす…」
「ヴァイン…リデルの近くに咲いてるあの黒い花、なんか変じゃない?周りの花と比べて明らかに違和感が――」
「あっ!リデル、危ない!」
「ま、魔物!?オ、オラの庭が…どうしてだべ!?」
花々に潜んでいた魔の手先が牙を剥く。花に擬態していた魔物がリデルに奇襲を仕掛けて来た。毒の戦士グィフトが間一髪でリデルを不意討ちから救い出したものの、フランボワーズ王国の平穏な空気は一瞬にしてかき乱された。
「あ、危なかった~…リデル、大丈夫!?」
「は、はい…グィフトさん、ありがとうございます…」
「よし、戦闘態勢だ!アルボル、お前は下がれ!」
「す、すまねぇだ…クソッ…オラにも戦える力があれば――」
「みんな、木や花を傷付けないように気を付けて!ルーシーには及ばないかもしれないけど、ここは私が指揮を執るわ!」
城下町へと買い出しに出掛けて不在の軍師ルーシーに代わり、ネイビーブルーの戦士イレーヌが軍師代理を務め、迎撃の態勢を整える。彩りの戦士達は即座に陣形を組んで迎え撃つが、一行を苦戦させるのは魔物自身ではなかった。
「ギリギリギリギリィッ!」
「なかなか手強いわね…それなら私達の毒で――」
「オトロヴァ、待つぞなもし!あっしらの毒の術を使ったら庭園の花を腐らせちまうぞなもし!そんなことしたらそれこそアルボルにいくら詫び入れても足りねぇ!」
「そ、そっか…どうしよう…」
「チッ、周りの花を撃っちまうな…こりゃちょ~っと面倒な敵だな~…」
「クッ…もう!花が心配で全力出せないよ!!」
泉青の拳闘士カチュアが恐らく皆の胸中に燻っていたであろう苛立ちを口にしてしまう。庭園の花々を汚すまいとするあまり、躊躇いとなって彩りの力を弱めてしまっていた。彩りの戦士達が不慣れな戦況に苦慮する中、後ろで見守るアルボルは己への無力感と悔しさに唇を噛み締めていた。
(オラは、オラは…みんなが庭の花を守るために頑張ってるのに、どうして見てるだけなんだべ…神様、お願いだ…オラに…オラに戦う力を分けてくんろ…!)
「えっ?後ろから茶色い光が…アルボルさん…!?」
「ま、まさかこれは…!」
自分の力でフランボワーズ王国の庭園を守りたい――アルボルの強き願いが彼女の左手の甲にウォルナットブラウンの紋様を浮かび上がらせる。アルボルの胸に燃えるのは2つの闘志――庭園の守護者としての決然たる意思と彩りの戦士としての確固たる意志が赤々と燃え盛っていた。
「し、祝福の証が…覚醒した…!」
「ち、力が湧いて来るだよ…みんな、オラも一緒に戦うだ!今のオラならきっと出来るべ!」
「アルボル…お願いね!」
彩りの戦士として覚醒したアルボルを戦列に加え、フランボワーズ王国の花園を汚す魔物を討つべく立ち向かう。美しき花園の守人たる意志がアルボルの背を押し、彩りの戦士として躍動させていた。
「スライディングキック!…アルボルさん、援護お願い!」
「任せろ、アイラちゃん!オラだって出来る…えぇいやッ!」
「グギギィ~ッ!ギリギリギリギリッ!!」
「よし、効いてるわね!私もいくわよ…ファルコンカッター!」
「ついでにアタシも!タイドナックル!」
アルボル愛用の園芸鋏がウォルナットブラウンの闘気を纏いながら花園を脅かす魔物を切り裂き、イレーヌの凛とした青とカチュアの涼やかな青が続く。花の魔物は次第に気圧されていくものの、剥き出しの本能からか仇為す者への抵抗を止めようとはしなかった。
「ガアアアアァァッ!」
「クッ…させないでごわす!」
「あっしらで攻撃を食い止めるぞなもし!アルボル、あとは任せたぞなもし!」
「みんな…ありがとう。オラの想い、見てて欲しいだ!」
ウォルナットブラウンの彩りの闘気がアルボルの全身を包み、仕事道具から得物へと昇華した園芸鋏の刃が研ぎ澄まされる。彩りの戦士として覚醒したフランボワーズ王国の庭師は仇為す者を切り裂く刃を躊躇うことなく振るい、庭園を汚す魔を討ち祓った。
「オラがこの庭を守るんだべ!ルカニダエ・シザークロス!!」
「ギャアアアァァ…!」
魔物はアルボルの鋏に細切れに裂かれ、黒紫の煙となって消えていった。一行はウォルナットブラウンの新たな彩りの戦士を迎え、鮮やかな歓喜の輪を作っていた。
「すっご~い!アルボルさん、カッコ良かったよ!」
「ドルチェの言う通りぞなもし!まさか祝福の証が覚醒するなんてビックリぞなもし!」
「ああ、僕も驚いたよ。きっとアルボルの庭園を守る人としての誇りが力を呼び覚ましたんだろうね」
「いんや、オラに勇気をくれたみんなのおかげだべ。何から何まで恩に着るべ…なあ、グィフトちゃん…ちょっとこっち来てくんろ」
「へっ?あ、はい…?」
アルボルはグィフトを手招きし、花々薫る一帯へと引き入れる。日陰に潜んでいた1輪のピンクの花を鋏で丁寧に摘み取り、ポカンとして立ち尽くすグィフトにそのまま手渡した。
「ほれ、いろいろ助けてくれたお礼だ!受け取るべ!」
「ええっ!?さっきあんなに怒ってたのに…貰っちゃって良いの?」
「ああ、オラの所有物じゃねぇし、陰になってる1輪なら大丈夫だべ。それに…オラ、知ってるだよ。グィフトちゃん、リデルちゃんのために花摘もうとしてたんだべ?」
「…うん…リデルって花が好きだから、つい見せてあげたくなっちゃって…」
「だべ?幸せはみんなで分け合えばもっとキラキラ輝くだよ!ほれ、リデルちゃんに見せてあげると良いべ!」
グィフトはアルボルの言葉に白い歯を見せて笑い、ピンクの花を手にリデルのもとへと駆けていく。同じ幸せを共有するグィフトとリデルは共に笑い合っており、アルボルも満足げな微笑みを浮かべていた。ウォルナットブラウンの庭師アルボルを加えた彩りの義勇軍は花園の真ん中で更に美しく輝く絆を紡いでいた。
To Be Continued…