第170話『色彩武勇~vol.8~』
シリーズ第170話目です。どうぞお気軽にご覧くださいませ!
アルパインブルーと新橋色――蛮族四天王の統べるビンニー国の闘技場の真ん中で2つの青が交差する。強き勇気と深き叡知を以て一行を勝利へと導くルーシー班の副将を務めるテラコッタの水騎士ヒアシンスはアルパインブルーの紋様を涼やかに煌めかせながら、新橋色の紋様を爛々と耀かせる敵軍大将の僧兵イトケと相対していた。
「ごきげんよう。テラコッタの騎士ヒアシンス、お相手致します!」
「どもども!コウメイさんはわたし達の一門の中でもかなり腕利きの戦士なんですよ。そんなコウメイさんに勝つんですから、きっとヒアシンスさんも素晴らしい戦士なんでしょうね!」
「フフッ、素晴らしい戦士だなんて恐縮だわ。私の力が貴女にどれほど通じるか、とても楽しみです!互いに力を尽くし、良い勝負にしましょう!」
「はい!わたしの力…喜んでお見せしましょうぞ!」
僧兵の一団を率いる新橋色の戦士イトケは得物の錫杖を左手に構え、トントンと地を鳴らす。一見すると闘志を微塵も感じられぬ不可解な行動に水騎士ヒアシンスは思わず首を傾げる。
「ん…?イトケ様…どうされました?」
「おやおや、わたしにばかり気を取られて大丈夫なんですか?もう戦いは始まっているのですよ~!?」
「えっ?は、始まってるって…あっ!?」
イトケの彩りの力の具現を視界に捉えるや否や、目の前に広がる光景にテラコッタの水騎士ヒアシンスは驚愕する。涼やかな新橋色の水塊で象られた兵がイトケの前にズラリと立ち並び、彩りの防陣を形成していた。簡素な装備ではあるものの、幾人もの兵達が槍を構えて横一列に並び立つ姿は傍目にも壮観だ。
「こ、これは何!?どうなってるの…!?」
「ありゃりゃ、そんなに怖がらなくても…まだ始まったばっかりですよ?では、わたしの彩りの力、参ります…歩兵、前へッ!」
「う、動いた!?ううっ…」
「あらら、どうしたんですか?それじゃ遠慮なく…歩兵、もう一歩前へッ!」
「あ…ああ…く、来る…!」
イトケの号令に合わせ、前列に並んでいた軽装の兵達がじわりじわりと前に歩み出て来る。ヒアシンスは普段の沈着冷静な様相が嘘のように錯乱し、恐怖に蒼白く染まっていたが、奥底に追いやられていた闘志を奮い立たせ、亜蒼の彩りの力を纏ったバイオリンを奏でた。
「…我が彩りの旋律、聴きなさい!アクアチューン!」
「おお~!歩が全員一撃で消し飛ぶとはさっすが!では、これなら…桂馬の飛翔、受けてみよ!」
「クッ…また違う兵がいきなり現れた…!」
次々に周囲に配した兵を動かして戦うイトケとバイオリンの旋律で戦うヒアシンスの奇妙な異種格闘技戦は異様な光景を闘技の舞台に生み出す。ヒアシンスは一度は翳った闘志に再び火を灯しており、毅然とした意思でイトケに立ち向かうものの出遅れた感は否めず、守勢に立たされているのは誰の目にも明らかだった。
「これがイトケ殿の彩りの力…まさかヒアシンスが戦慄して動きが鈍ってしまうとは…!」
「おお、これは…東方のボードゲーム“将棋”のようじゃのう!実物は初めて見たわい!」
「ショウギ…?初めて聞いたんだけど、どういうゲームなんだろう…ミノリ、知ってる?」
「応。盤上で駒を操り戦わせ、敵軍の王将を取る遊戯也。知略と戦術に長けた者が強き遊戯よ。しかし、イトケ殿の力は将棋の駒を模した幻影、実物とは似て非なる物也」
「ふむ、つまりチェスみたいなものか…ならばルーシーとヒアシンスがあのガキに負ける道理はないだろう」
「ヴィオ、そう簡単にはいかないと思うわ。確かにルーシーとヒアシンスは真に賢くて聡明な人だけど…彼女の精霊の力とショウギというゲームに求められる戦略性…この2つが融合すると思うと、まだ何か起こりそうな予感がするわ」
「ああ、あたいもフェリーナに同意するよ。あたいはゴチャゴチャ頭使うってのはどうも苦手だけど…ルーシーとヒアシンスでも苦戦するのは間違いないね」
ビクトリアの言葉を受け、トリッシュは腕を組んだまま無言で頷き、カタリナは不安に表情を曇らせる。敵軍大将イトケの彩りの力は脅威となり、ルーシー班に容赦無く牙を剥いていた。
「角行、敵陣へ!いっけええぇぇッ!!」
「させないわ…アクアチューン!」
「おっとっと、危ない!角はとても大切な兵だから簡単に討ち取られるわけにはいかないんだよね~!」
「フフン、この期に及んで怖じ気付いたのかしら?…ん?そ、装備が…変わっていく…!?」
「ヘヘン、敵陣に入ったから“成り”だよ~ん♪角行が竜馬に成りました~!覚悟してくださいね♪」
「そ、そんな…兵が、一瞬で強くなった…嘘でしょう!?」
”角行”と呼ばれる兵がヒアシンスの半径数メートルという地点に達するや否や、新橋色の闘気に包まれて姿を変え、冠する名も“竜馬”と改めた。身に纏う甲冑は重厚感を増し、携えた得物も刃の数が増えた仰々しいものに変わっており、その様相は明らかに凶暴性に磨きがかかっている。ヒアシンスは必死に猛攻を振り切り、辛うじて“竜馬”を討ち取ったものの、その後も新橋色の兵達は湧き出るように次々に現れ、じわじわとヒアシンスの体力を削ぎ落としていく。
「今だ!飛車、かかれぃっ!」
「は、速い…!」
「敵陣到着~!飛車が竜王に成りましたよっと♪」
「そ、そんな…!」
“竜王”という名を冠した兵が竜の牙を模した武骨な大剣を振り回し、甲冑の重味を全く感じさせない俊足でヒアシンスに迫り来る。アルパインブルーの彩りの水騎士ヒアシンスは遮二無二食らい付くものの、既に新橋色の兵の大軍勢に取り巻かれていた。
「ありゃ、竜王が倒されちゃった…でも、そっちに気が向くのを待ってました!」
「な、なんですって…!?」
「これで詰みだよ!とどめは後に控えてた香車で一突き!猪突猛進で進めええぇぇッ!」
「うああああぁぁぁッ!!」
「…そ、そこまで!勝者、イトケ選手!」
テラコッタの水騎士ヒアシンスはイトケの操る“香車”という一兵の猛烈な突進に弾き飛ばされ、舞台に叩き付けられるように仰向けに倒れた。イトケの左手の甲に印された新橋色の彩りの力と東方の盤上遊戯“将棋”の融合を見せつけられ、ルーシー班の面々は戦慄していたが、大将のルーシーは動じることなく静かに闘志を燃やしていた。
「ヒアシンスさんが負けるなんて…イトケさんの力、恐ろしいわ…大丈夫ですか!?」
「エレナ、ありがとう…なんとか大丈夫よ。ルーシー、ごめんなさい…後はお願いするわ…」
「はい…わたくしの番ですわね。この軍の勝利のため、力を尽くしますわ!」
「ルーシー…頼んだのだ!私達はみんなルーシーを信じているのだ…きっと勝てるのだ!」
「ルーシー様…貴女の美しき彩りの力、この舞台で見せてくださいませ!」
大将ルーシーが決然たる闘志を携え、敵軍大将イトケに挑まんと意気を高める中、蒼き激流の王妃がルーシーの眼前に姿を現す。右手の薬指に輝く水のアクアマリンから精霊ウンディーネが姿を現した。
「ウンディーネ様!?」
『ルーシー、ヒアシンスが戦った光景を見て承知していると思いますが、イトケとの戦いは一筋縄ではいかないでしょう。心してかかりなさい』
「…ええ。わたくしは彩りの義勇軍と共に歩み、共に戦います!どうか見届けてください、ウンディーネ様!」
『ええ、もちろんです。いつ何時も仲間達を大切に想う貴女の彩りの力、イトケに見せて差し上げなさい!』
ルーシーは水の精霊ウンディーネの言葉に表情を引き締めながら頷き、得物の竪琴を優しく爪弾きながら彩りの力を具現化させる。ルーシーの周りを彩りの義勇軍一行の中核――此度の闘技大会で大将を務める者の姿を象った兵が取り巻いていた。指揮を執るルーシー自身をキングに準え、ルーシーと共に一行の中核を担う17人がズラリと立ち並び、観衆を驚愕させた。
「うおおおッ!すごいッス!自分らがリングにいるッス~!」
「わぁ~!すごいすごい!わたし達もルーシーと一緒に戦うんだね!」
「そうだね、コレット。ルーシーったら、粋なことしてくれるじゃない!燃えてきたよ!」
「これはきっと軍師として私達を束ねてくれるルーシーの熱い想いが形になったのですね。私達彩りの義勇軍の旗印である絆の力の象徴です!」
「そうだな、モニカ…俺達も一緒に戦うぜ…ルーシー!」
水色と新橋色、2つの蒼き叡知が静かに火花を散らす。キリリと引き締まった表情を見せる水色の彩りの戦士ルーシーとは対照的に、新橋色の彩りの戦士イトケは屈託の無い無邪気な様相でニカッと笑っていた。
「おおお~、この並びは西方の“チェス”というやつですね!」
「…ええ。東方の“将棋”を表現した貴女の力、貴女の深き叡知を感じました。わたくしも彩りの義勇軍の軍師として、“仲間”と共に貴女と戦います!」
「おお、そいつは面白そう!そんじゃ、チェスと将棋の交流戦と参りますか!わたしの兵は手強いですよん♪」
「御言葉ながら、わたくしの布陣は簡単には打ち崩せませんわよ。わたくしの周りを固めてくださるのは“兵”ではなく、“仲間”ですからね!」
“兵”ではなく“仲間”――軍師として、彩りの義勇軍の一員として目の前の戦いに挑むルーシーの決意を端的に表した言葉だ。同じ旗印のもとに共に歩みを進め、共に戦う仲間達への真摯な想いを胸に仲間の姿を象った彩りの兵達の指揮を執った。
「角筋受け難し!角行で陣形を乱して一気に――」
「そこですわ!リタさんの銃撃を受けなさい!」
「うええっ!?それなら香車で貫いて突破口を――」
「させませんわ!ステラさんとビクトリアさんの防御は簡単には破れませんわよ!」
「むむぅ…攻めにも守りにも隙がない…ルーシー様、指揮に慣れている…!」
ルーシーは落ち着いて1人1人の動きと戦局を見通し、イトケ率いる新橋色の彩りの兵達を1人ずつ的確に駆逐していき、じわじわと制圧圏を広げていく。彩りの義勇軍を勝利へと導き続ける水青の令嬢の知略は左手の甲に印された新橋色の紋様に悟りを求めて戦う天真爛漫な僧兵の少女イトケを確かに追い詰めていた。
「イトケさん、いかがなさいました?わたくしの彩りの力、まだまだたっぷりと味わってくださいませ!」
「う、うう…こ、こうなったら…飛車で正面の拳闘士を――」
「それも読み通りですわ♪テリーさんの拳はどんな鎧も打ち砕くのです!」
「そ、そんなああぁぁ!?角行も飛車も討たれた…あわわわ…どどど、どうしようどうしようどうしよう!?」
ルーシーの彩りの力で模したものであるとは言え、いかなる脅威をも跳ね除けてきた彩りの義勇軍の結束を見せつけられたイトケは激しく動揺する。ルーシーの軍勢の強襲を受けて守勢に立たされるものの居直るまで長く時間はかからず、すぐに守りの策を編み出してルーシーの前に立ちはだかる重装兵の砦を紡ぎ出す。一際分厚い甲冑に身を包んだ“金将”と荒々しい闘志をみなぎらせながら双刀を構える“銀将”がイトケの周りを囲み、守りを固めて迎え撃とうとしていた。
「飛車がいないけど固めなきゃ…金将の守り、金無双で参る!」
「ならばそこの装束を着た兵を…ネイシアさんの聖なる力で討ちます!これで双剣士の背後を取りましたわ!」
「ああっ!?ぎ、銀将は真後には動けない…しまったぁぁ…!」
「ウフフッ、クイーンはどの方向にでも動けるのです。それに正面にはヴィオさん…奇襲を担うナイト、斜向かいにはリーベさん…遊撃を務めるビショップ、貴女の向かって左手にはテリーさん…縦横無尽のルークが控えておりますわよ。さあ、間もなくチェックメイトですわ!」
『ルーシー…強くなりましたね。さあ、とどめの一手を貴女自身の手で!』
水の精霊ウンディーネに背を押されたルーシーは悪戯っぽい笑みを浮かべながら敵軍大将イトケの“詰み”を高らかに宣言する。得物の竪琴を奏でながらチェックメイトの一手を叩き込んだ。
「汝の策謀、波涛の旋律に水泡と帰す!スプラッシュロンド・スカッコマット!!」
「ほにゃああああぁぁッ!!」
「そこまで!勝者、ルーシー選手!この試合、ルーシー軍の勝利!」
『…おおおおおお~ッ!!』
僅かに時差があったものの、ルーシーの勝利とイトケの健闘を讃える拍手と歓声が沸き上がる。闘技大会とは思えぬ緊迫感から解き放たれ、歓声が次々に沸き立つ中、ルーシー班の面々が歓喜の輪を作り出す。
「ルーシー、素晴らしい戦いだったわ!貴女の軍師たる姿、とても素敵よ!」
「良かった…見てるこっちが緊張したのだ…さすがはルーシーなのだ!」
「ルーシー様、お見事です。貴女の美しさと聡明さはどんな宝石にも勝る輝きです。これからも微力ながらルーシー様をお守り致します!」
「さすがね、ルーシー。貴女が戦士として、軍師として歩む先には必ず勝利という到達点がある…そう確信したわ」
「ありがとうございます。こうしてみなさんが側にいてくださるから、わたくしも勇気を持って戦えるのです。どうかこれからもわたくしを、この軍を支えてくださいませ!」
「ルーシーさん…完敗です。貴女は最初に『共に戦うのは“兵”ではなく“仲間”』と仰った。きっとその時点で勝敗は決していたのかな~って思うんです。わたし、ルーシーさんのように共に歩む1人1人を大切にする方と戦えて嬉しかったです!ありがと!」
イトケは清々しいほどに潔く自身の弱さと敗北を認め、朗らかな笑みを浮かべながらルーシーと握手を交わした。荒くれ者が集う蛮族の国の真ん中で、知略を駆使する彩りの戦士2人は互いを認め合い、新たな絆を確かに紡いでいた。
To Be Continued…