第17話『血紅色の瞳』
シリーズ第17話目です。どうぞご覧くださいませ〜!
ルーフス国にてアルニラムの配下であるディアボロ七人衆エンヴィと対峙したモニカ達一行はミロリー海を船で進み、ガンメタル島を目指していた。
「お待たせ!あの水門を越えればガンメタル島の海域、アオニビ海だよ!」
「いよいよガンメタル島ですね──!…これはいったい…海が濁っている…!?」
「これは酷いわ。海の精霊の息吹が感じられない…科学のみに支配されている…」
ミロリー海とは見違えるアオニビ海の姿に一行は言葉を失う。有刺鉄線が張られた物々しい仕切りの中を進み、ガンメタル島に近付くほど汚染は強まり、灰色に濁っていく。化学薬品と廃棄物に染まり、石油の膜が覆う水面には骨と内臓が剥き出しになった魚が目を充血させて浮かんでいた。
「…お魚さんが…可哀想…ふえぇえぇん…」
「そんな…何故こんな無慈悲なことを…神よ…うっ、うっ…」
「ああ…そりゃショックだろうね。酷い汚染だろう?さっきの水門も物騒な仕切りも、隣接する海域に汚染が及ばないようにするためなんだ…」
「コレット、ネイシア…どこにだって独り善がりな輩はいるもんなのさ。あんた達みたいに考える人がもっとたくさんいれば──」
「あっ、あれ…もしかしたらガンメタル島じゃない?本当に機械仕掛けだね…怖くなってきたなぁ…」
「弱気になっとる場合じゃなかろう!ほれ、降りる準備をするぞい!」
アオニビ海の汚染の実態に衝撃を受けつつ、一行はガンメタル島に到着する。島とは名ばかりであり、その姿はもはや鉄の塊でしかない。草木の緑はおろか土の茶色すらない無彩色の大地を踏み締めた。
「ありがとうございました。では、行って参ります」
「ああ、気を付けて。船はここに停めておくから、いつでも戻ってくるんだよ」
灰色の地をコツコツと鳴らして歩く。大気は重苦しくこもっており、一行の足取りも自然と重くなる。
「ハァ…なんか嫌な感じ。無機質過ぎて気が滅入るなぁ…」
「エレンさんの言う通りですね。あたくし、既に疲れてきましたわ…」
「ビアリー様…大丈夫ッスか?アミィ、ビアリー様に飲み物を差し上げるッス!」
「ほいほい〜…緑があらへんとこんなにも辛いもんなんやなぁ…カタリナ姉ちゃん、待っててや〜…」
しばらく歩くと一行のすぐ後からカラン、カラン…と金属的な音が鳴る。音のする方へ目をやるとリタが薬莢を転がしていた。
「リタさん…あの…何をしてるんですか…?」
「ああ、この辺ってあんまり景色変わらないだろ?だから歩いてきた所がすぐわかるように、目印にしているんだ」
「わぁ〜!リタ頭良い!すごいね〜♪」
「ありがとうございます。目印があれば安心して歩けますね」
「あたしも手伝うね!よっ、ほいっと…」
リタに倣いクレアが薬莢を取り出して転がす。少し勢いをつけて転がった薬莢は寂れた鉄の塊に触れ──
カシャン!
乾いた軽い音が響く。それに併せ激しいサイレンによる警告が耳を突き、感情の起伏のないアナウンスの冷たい声が聞こえる。
『──侵入者を確認。排除体勢に移行します──』
「わわわっ!大変なことになっちゃった…どうしよう!?」
「困りましたね…今のうちに逃げましょう──」
「いいえ。逃げては逆効果ですよ。ここで迎撃する方が得策ですわ!」
「ルーシー!?何言ってんだい!早く逃げなきゃまずいじゃないのさ!」
「こうした警備ロボットは対象物が逃げれば逃げるほど警備規模を強化するようにAIが設定されているのです。規模が最小のうちに叩きましょう!」
「ルーシーさんがそう仰るなら、間違いはないと思います。あとは天の御心のままに…」
「フッ…ルーシーと心中か…いいぜ!俺は賭けるぞ!」
「決まりじゃのう!よっしゃ、かかって来んしゃい!」
30秒も経たないうちに防衛ロボットが一行を取り囲む。無機質な機械の体に秘めた狂気に対し彩りの力で精一杯に立ち向かっていく。
「ブライトエッジ!」
「ファイアボール!」
「エレキテルショット!」
『──動力炉破損。内部損傷率87%──機能停止──機能停止──』
モニカ達の攻撃を受け、ロボット達は次々に機能を停止する。襲い掛かる未知の恐怖に怯むことなく、彩られた力を振るい立ち向かっていく。
「ウインドカッター!」
「リーフエッジ!」
「ロックランサー!よっしゃ、あと少しだよ!一気に畳み掛けて──」
「待て!そこで何をしている!」
一行のもとに1人の男性が駆けてきた。白髪が散見されるボサボサの頭髪、頬が痩せこけた顔に大きな眼鏡をかけ、ダークグレーのスーツの上に白衣を羽織っている。彼は壊されたロボットを見るや否や深い溜め息をついた。
「やれやれ、まさかこんなお嬢さん方に壊されるとは…私の技術もまだ改善の余地があるということか…」
「では…このロボットは貴方がお造りになったのですか?」
「その通りです。まあ、更なる技術向上の切っ掛けを頂いたと捉え、とりあえず感謝しておきましょう」
「ハッ、とんだご挨拶だねぇ…ところで、この島に魔族の研究者がいるらしいんだけど、あんた知らないかい?」
「おや、恐らく皆様が探しているのは私のことでしょう。こんな偶然もあるものですね」
「マジか!?頼む、力を貸してくれ!姉貴を助けたいんだ!」
「まあまあ、そう急くことはありませんよ。そういう御用でしたら喜んで協力致します。私も魔族には辟易しておりますので」
「ありがとうございます!私はモニカ・リオーネです。貴方は?」
「私はラムダと申します。では、立ち話もなんですから、私の研究室までお越しください」
一行はラムダに連れられ、研究室に通された。外と変わらず無機質で目に入るのは無彩色ばかりである。
「では、資料のアップデートを行いますので、少々お待ちください。5分もあれば完了します」
「あっぷでぇと…?むむ、難しい言葉が出てきたッス…」
「簡単に言えば情報を最新のものに書き直すことだよ。情報って毎日新しいものが飛び込んでくるからな」
「おお、なるほどッス!リタの叡知に感謝感激ッス!」
「どういたしまして。それにしても、本当に機械ばっかりだな…どうも落ち着かな──」
「きゃああぁぁッ!!」
ネイシアの悲鳴が響き、一行は隣の部屋に飛び込む。ネイシアが見つめる方へ視線を移すとカプセルに満たされた黄緑の培養液の中に無数のケーブルに繋がれた1人の女性の姿が浮かんでいた。
「これは…人間!?」
「おや、それを見てしまいましたか。まだ未完成なのですが…」
「未完成…?この方も機械だと仰るんですの?」
「彼女は…3年前に亡くなった、私の娘です」
「ラムダさんの…娘!?」
「ええ。交通事故に遭い、亡くなったのです。犯人は魔族に魅入られた狂人でした。私は一人娘であるこの娘を救いたいと願った。体の傷を修復、損傷した脳や臓器を人工のものに替え、ここまで漕ぎ着けたのですが、3年間眠ったままです…」
「それは間違っています!こうして無理に命を繋ぎ止められて娘さんは幸せなのでしょうか?彼女といい、この島といい、アオニビ海といい…この世の理に反しています!」
「ふむ。ネイシアさん、でしたか…そういう考えも否定はしません。しかし、私にも貴女とは違う立場、考え方があります。それによって善しとするものも違う…ただそれだけのことでしょう?」
「そ、それは…」
「まあ、いいでしょう。そろそろアップデートも…な、なんだ!?娘の…左手が…」
「あれは…祝福の証!」
培養液の中、左手が血紅色に煌めく。彼女の凄まじい力が具現化し、一瞬でカプセルが破られた。
「ああ…目覚めたか!ユリア、待ちわびたぞ!」
「私はユリアという名ではない。識別コード:Z42-4989Zだ」
「ラムダさん…恐らくは人工脳による初期化行動によって生前の記憶が無くなっていると思われますわ」
「そうか…ではルーシーさん、生まれ変わった娘に名前を付けてくださいませんか?」
「えっ!?急にそんなこと言われましても…どうしましょう…」
「ほな、頭と終わりがZやから…ゼータなんてどや?イケてるやろ!」
「うわぁ〜!すっごくカッコいいね!私はコレット。よろしくね、ゼータ!」
「ゼータ…了解した。識別コード、更新完了」
「まさか娘が目覚めるとは…君達は何者だ?」
「あたくし達はゼータさんと同じ紋様を持っています。その使命の導きのもと、魔族討伐の旅をしておりますの。ねえ、皆さん?」
ビアリーの一声を受け、一行は左手をラムダに見せる。紋様の無数の彩りに眼鏡の奥の瞳が輝きを取り戻した。
「そうか。この紋様が娘を蘇らせてくれたのか…皆様には重ねてお礼をしなければなりませんね。では、最初に通した中央応接スペースに戻ってください。魔族の巣窟についてご説明致します」
一行が席に着くとテーブル中央に世界地図の映像が浮かび上がる。その中の7ヶ所にドクロマークが印されていた。
「この7つのポイントが魔族の活動が最も活発な地帯、魔空間です」
「えっ…魔空間は…あの…どんなところ…なんですか?」
「はい。私達が住むこの世界とは異なる次元に存在する空間で、魔族や魔物達はこれらの地点に生じた次元の歪みを経由してこの世界に乗り込んでいるのです」
「そうか…じゃあ、そのどこかに行けば姉貴を助けられるんだな?」
「いいえ。先程トリッシュさんからお伺いした話を総合すると…こちらの座標値S57.01、W90.73地点がお姉様がいる地点でしょう」
「ん?ちょい待たんか!そこ、海の真ん中じゃろう!」
「ええ。世界最大の海洋、スマルト海のほぼ中央です。しかもここは恐らく潜水しなければ到達出来ません。今から潜水艦を造るにしても、何年後になるか…」
「そんなに待てるかよ!アタシは…姉貴を救いたいんだよ…ラムダさんがゼータを救ったみたいに!」
「トリッシュさん…お気持ちは痛いほどお察ししますが、こればかりは──」
「私に任せて!潜水艦ならアテがあるから、心配無用だよ!」
「エレン……」
「わかりました。潜水艦の件はエレンさんに一存しましょう。では、資料データの印刷をお渡しします。どうかお気を付けて──」
「待て。私も行ってやる」
不意にゼータが立ち上がり、立ち去ろうとした一行を呼び止める。左手には血紅色の紋様が煌めく。
「ゼータ…協力してくれるんですか?」
「トリッシュの姉を救出するまでな。トリッシュが姉に向けてる想いは、父が私に向けてる想いに似ているかもしれない…それを見てみたいのだ」
「フフッ…皆様、少しの間、娘をよろしくお願い致します」
「はい。よろしく、ゼータ。では、まず雷の神殿に行きましょう。ねえ、トリッシュ?」
「ああ、そうだな…ちょっと用事があるんだ。ゼータ、いいか?」
「了解した。では、雷の神殿に向かおう」
ラムダ博士により知らされた魔空間の存在。モニカ達はカタリナを魔の巣窟から救い出すことが出来るのだろうか?ゼータを加えた一行はガンメタル島を後にし、雷の神殿へと向かうのであった。
To Be Continued…