第16話『姉への想い』
シリーズ第16話目です。どうぞお気軽にご覧くださいませ!
魔族の手掛かりを探るためにガンメタル島を目指し、海路を進んでいたモニカ達一行。カタリナが魔濤隊隊長アルニラムの手に堕ち、失意のうちにルーフス国へ到着。停泊した港に隣接する宿舎に到着するも、一行の晴れない心を映すかのように鈍色の曇り空が夕陽を覆い隠していた。
「トリッシュの様子はどうですか…?」
「駄目だ。何を言ってもだんまりだったぜ…」
「相当ショックだったみたいね…あの様子じゃどれだけ時間がかかるかわからないわ」
「えっと…私も辛い…ですけど…トリッシュさんが…一番辛いと思います…」
「ハァ…あたいは正直、こういう腫れ物に触れるような空気ってあんまり好きじゃないんだよねぇ…」
「う〜ん…ビクトリアの言い分もわからなくはないけど、今回ばかりはね…体育会系バカ2人も空気読んだのか外で練習してるし…」
「そやなぁ…カタリナ姉ちゃんを助けるにしてもまずはガンメタル島に行かなアカンし…そもそもあの泡を破る方法を見つけんと…前途多難や〜!」
トリッシュは部屋で1人俯いていた。灯りも点けず、暗がりの中で哀しみの淵で藻掻き苦しんでいた。
「……姉貴。ゴメンな…」
(トリッシュ…好きだよ…大好き…)
「クソッ!姉貴…守れなかった…救えなかった…うあああああぁぁぁぁッ!!!!」
その頃、魔空間。玉座の前に幾つもの燭台が立ち並ぶ中、その1つに青い光がぼんやりと浮かんでいた。
「神々の子…うぬらが力は魔獄の糧となる。是我らが理想也」
「ほう…青ということは“氷”か…フン、アルニラムめ。やはり勝手に動いたか…」
「うん…ま、いいじゃん。結果オーライってことで」
「やれやれ…どうも彼女は自由過ぎる嫌いがあるな。魔族七英雄を名乗るからには、もう少し私達のことも鑑みてもらいたいものだ」
その頃、アルニラムは深海のような深い青が揺らめく魔空間〜海鳴〜に佇んでいた。直属の配下であるエンヴィという青髪青眼の男を付き従えている。
「アルニラム様。この度我が物となった神々の子…いかが致しましょう?」
「そうね…もう少し様子を見ましょう。あの娘達を誘き寄せなければ楽しめないから…」
「畏まりました。奴等の動向は継続して監視し、大きな動きがあり次第報告致します」
「ええ、お願いするわ。じゃ、私は泳いでくるから、留守を頼むわね♪」
(…アルニラム様…私は貴女を…いや、何も思うまい。今はただ、貴女の理想を…)
そして、魔空間〜海鳴〜の片隅に水泡の檻に捕らわれたカタリナがいた。青々とした光が揺らめく中、紋様の青が煌めいている。
『トリッシュ…みんな…きっと助けに来てくれるよね。ここがどこかさえもわからないけど、紋様を見てたらなんだかそんな気がしてきた。みんな、待ってるからね…』
一方、ルーフス国。陽が落ち、真っ暗な夜空から雨粒が降り続く。雨雲が虚空を包み込み、月の白銀色の光が注ぎ込む隙間も無い。
「モニカ!大変だよ!」
「コレット…どうしましたか?」
「トリッシュがいないの!どこに行っちゃったのかわからないの…どうしよう…」
「悪りぃ、俺がシャワー浴びに行ってる間に…早く探さないと!」
消えてしまったトリッシュを全員で宿舎のあちこちを探し回る。精神的に追い込まれたトリッシュを案じ、彼女達の表情にも焦りの色が見られる。
「トリッシュ!トリッシュ!!どこにいるんですか!?」
「トリッシュさん!いらっしゃるならお返事なさって!」
「お〜い、トリッシュ〜!どこに行っちゃったの〜!?」
「みんな、外にいたッス!海を眺めてるッスよ!」
テリーの一声を聞き、全員で外に飛び出す。トリッシュは失意に沈んだ表情で鈍色の雨雲と漆黒の夜の闇で藍鼠色に染まるミロリー海の水面を見つめていた。
「トリッシュ!!」
「…みんな…」
「“みんな…”とちゃうわ!トリッシュ姉ちゃん、知らないうちにどこか行ってもうて…心配したんやからな!」
「ゴメン…でも、アタシもうどうしたらいいのか…」
「大丈夫ですよ、トリッシュさん。貴女の深い愛があれば、きっとカタリナさんを助けることが出来ます。私達に祝福をもたらしてくださった神々も──」
「そんな大層な能書きだけでどうにかなるもんかよ!事実、アタシは…姉貴を救えなかったんだぞ!アルニラムに手も足も出なかったんだぞ!!なのに、これ以上どうしろっていうんだよ!?」
「悲劇に負けて塞ぎ込んではいけませんわ。今こそ敗地から立ち上がり、戦わなければ──」
「うるせぇ!誰もアタシの気持ちなんてわかってたまるかってんだ!もうアタシには──」
ピシャッ!!
一行の中からエレンが無言で近付いていき、赤い紋様が煌めく左手でトリッシュの頬を強く打った。少し仰け反ったトリッシュは居直るや否やエレンを睨み付ける。
「いってぇ…何しやがんだよコラァ!」
「いつまでも甘ったれてるんじゃないよ!普段はカッコつけてるくせに、今のアンタは逃げてばっかりじゃない!!」
「…エレン…」
「トリッシュ…今のアンタをカタリナが見たらどう感じると思う?今、どんな気持ちでアンタのことを待ってると思う?」
「姉貴が…アタシを…」
「アンタとカタリナ、とってもお似合いだよ。普段あれだけイチャイチャしているのは冗談なんかじゃないんでしょ?アンタは照れたりしてるけどさ、カタリナに対するアンタ自身の正直な気持ち、聞かせてごらん」
「姉貴は…アタシが守りたい、誰より一番大事な人だよ。姉貴は誰よりも優しくて柔らかで暖かい心を持ってて、一生懸命なんだけど、なんかほっとけないところもあって…だから…その…えっと…もしアタシが…あの…」
「なんだい!ここまで来といて、たじろぐこたぁないじゃないのさ!シャキッとしな!!」
「うん!あたしもトリッシュのカタリナへの飾らない想い、真っ直ぐな想い、聞きたいな!」
「その通り!ほれほれ、ハッキリ言いんしゃい!!気持ちを込めて!!」
まごつくトリッシュを仲間達が口々に促す。一度深呼吸して仲間達に対して居直るトリッシュは鼻の下から頬にかけて薄紅に染めているが、その表情は凛々しさを帯びている。
「もしアタシが男だったら、姉貴と結婚したい!!それくらい姉貴が大好きだ!姉貴を愛してる!!誰より姉貴を愛したい!誰より姉貴の近くにいたい!!誰より姉貴を守りたい!!!」
一瞬の沈黙の後、暖かな拍手が沸き起こった。皆、トリッシュに対し澱みない笑顔を浮かべている。
「よく言ったね!アンタがそう思ってるなら、きっとカタリナもアンタのことをそれくらい大切に想ってるはずだよ!」
「トリッシュさん…素晴らしいわ。こんなにありのままに、特にこうして改まってだなんて、心から想っていなければ言えませんよ」
「エレン…ルーシー…」
「トリッシュ、貴女のカタリナに対する真っ直ぐな想い、聞かせてくれてありがとうございました。だとしたら、為すべきことはただ1つ…わかりますね?」
「ああ!姉貴をさらって行きやがったアルニラムをブッ飛ばす!あの蒼白女、首を洗って待ってろよ!アイツのいる場所に乗り込んでボッコボコに──」
「果たして貴様らにそれが出来るかな?神々の子よ」
一行が声のする方を振り返ると、エンヴィが涼しげな表情を見せながら立っている。青髪青眼によく馴染んだ黒いスーツが夜の闇に溶け込みそうだ。
「私はディアボロ七人衆のエンヴィ。アルニラム様直属の配下だ」
「アルニラム直属だと…!姉貴をどこへやった!テメェからブチのめしてやる!」
「フッ、私はここで貴様らと剣を交えるつもりはない。だが、そちらがどうしてもご所望というならば──」
「創彩虹符“太陽”!」
「ぬぅっ!」
モニカ達の背後から放たれた金色の光弾がエンヴィの手元を捉え、剣を弾き飛ばす。エンヴィの睨む視線の先には吟遊詩人が立っていた。
「詩人さん!どうしてここに!?」
「貴様…何者だ!」
「何、私はただの歌詠みですよ。それ以上でも以下でもございません」
「フッ…命拾いしたな、神々の子よ。しかし、貴様らはアルニラム様の理想のもと、海の塵となる運命だ。それだけは覚えておけ!」
エンヴィは捨て台詞を残して消えていった。モニカ達は改めて詩人の方へと向き直る。
「皆様、お怪我はございませんか?」
「はい、ありがとうございます。でも、どうしてここにいらしたのですか?」
「ちょっとこっちの方へ野暮用がありましてね。…おや、カタリナ様がいらっしゃらないようですが…」
「えっと、カタリナさんは…アルニラムに…さらわれて…ごめんなさい…」
「…!…そうでしたか…では、皆様はカタリナ様を助けに向かわれるのですね?」
「ええ。明朝にはここを発ち、ガンメタル島に向かいますわ。魔の巣窟を見出ださないと…」
「わかりました。では、こちらをお持ちください。アルニラムの力に対抗するには…トリッシュ様、貴女の力を強める必要があります」
詩人はトリッシュに不思議な宝玉で飾られた鍵を差し出す。黄色と紫が対に交わり、幻想的な煌めきを放っている。
「詩人さん…ありがとう。これがあれば、アルニラムに対抗出来るんだな?」
「いいえ、紋様の力を強めるために貴女は試練を受けなければなりません。それは試練の場に立つための鍵です。カタリナ様への想いがあればきっと試練に打ち克つことも出来るでしょう」
「そうなのか…わかった。やってやるよ!試練だろうがなんだろうが、全部ブッ飛ばしてやる!!」
「フフッ、その意気です。ガンメタル島北西の海域に雷の精霊ヴォルトが祀られた“雷の神殿”があります。そこが試練の場です。どうかお気を付けて。それでは、失礼致します」
詩人は静かに微笑みを浮かべ、去っていった。トリッシュは手元で不思議な鍵が煌めいているのを見つめている。
「試練、か…トリッシュならきっと大丈夫!絶対うまくいくよ!!」
「雷の精霊ヴォルト…きっとトリッシュの力になるわ。精霊の試練が加護に変わるように私も願っているわよ」
「クレア、フェリーナ…よ〜し!姉貴を救えるくらい強くなるぞ〜!!」
「では、先に雷の神殿へ向かいましょうか?トリッシュもその方が都合が──」
「いや、先にガンメタル島に向かおう。雷の神殿は帰り際で大丈夫だよ」
「むむっ!善は急げッスよ!?先にトリッシュの力を鍛えてからでも──」
「まあまあ、トリッシュがそう言うんだ。予定通り真っ直ぐガンメタル島に向かって、帰り際に雷の神殿に行こうぜ」
(姉貴…アタシが助けに行くから、待っててくれよ…絶対に助けるから…)
夜が明け、ルーフス国から出発する時を迎えた。船に乗り込んだ一行の瞳には祝福の証の使命が燃え、輝いている。
「じゃあ、出港するよ。ガンメタル島へご案内だ!」
「ありがとうございます。いざ、ガンメタル島へ!みんな、行きましょう!」
一行を乗せた船はガンメタル島へ向けて海を駆け出した。トリッシュのカタリナへの想い。アルニラムとエンヴィの魔の手。雷の神殿にて待ち受ける試練。様々に錯綜する中、機械仕掛けの孤島が迫っていた。
To Be Continued…