第135話『蛮勇闘技~vol.25~』
シリーズ第135話目です。どうぞお気軽にご覧くださいませ!
赤々と燃え上がる荒々しい熱気に包まれる蛮族の国ビンニー国に蒼々とした冷気が襲い掛かっている。優しさという名の強さを以て立ち向かうカタリナ班に相対する敵軍の大将はサファイアブルーの彩りの力を持つヤチェという女性だった。カタリナ班副将のテラコッタの氷騎士サルビアを氷漬けにして封じ込め、闘技の舞台にて自らの力を誇示している。
ヤチェは副将サルビアはもちろん、大将カタリナも間違いなく恩恵を受けているであろう氷の精霊セルシウスによって命を救われ、以来異常なほど妄信するようになっていた。カタリナが憤りを纏いながら得物である片刃の剣を向ける中、狂える蒼玉の戦士は冷気を纏った大剣を高々と掲げ、高らかに彩りの力への誇りを恥じらうことも躊躇うこともなく平気で口にした。
「どうだ、全てを凍てつかせる氷の精霊の力は?北の最果てに有る我らフタロシア国の民は氷の精霊セルシウス様の御加護によって生かされている。そして、このオレこそがセルシウス様の力の代行者なのだ!」
「私は…セルシウス様には会ったこともないし、どんな御方なのかもわからない。でも、貴女がセルシウス様の代行者だと言うのなら、私はセルシウス様を許さない!貴女を倒して、サルビアを助けてみせる!!」
「フン、バカな奴め!セルシウス様の力、その身を以て思い知るがいい!!」
蒼き蛮族ヤチェが荒々しく大剣を振るい、相対するカタリナに襲い掛かる。雌雄を決する両軍の大将同士の戦いの火蓋が切られ、彩りの冷気に満ちたアリーナにスタンドからの熱気が一気に流れ込み、奇妙な高揚感と緊張感を醸し出していた。
「サルビアさん…カタリナさん…あわわわ…!」
「うう~、肌がピリピリする…キャプテン同士の戦い、すごい緊張感だね…」
「ケッ、アイツも氷使いぞなもし…同じ雷使いのトリッシュとヘンドリックスと同じように氷使い同士で惹かれ合ったぞなもし!」
「やっぱり同じ精霊の力を持つ彩りの戦士同士は惹かれ合うんですね…でも、カタリナさんは負けません!」
「うん、カタリナさんは私達の…このチームのキャプテンだもん!きっと勝てるよ!」
「ああ、リボンとアイラの言う通り。カタリナ…あんたなら大丈夫ぞなもし。あっしもアイラもリボンも…サルビアも、信じているぞなもし!」
共に戦う仲間達の想いを胸に、青き彩りの大将カタリナは毅然とした意思を抱いて立ち向かう。氷漬けにされたサルビアを救うために青い紋様を煌めかせ、凍てつく彩りの力を臆することなく解き放った。
「負けない…フロストザッパー!」
「がはっ!…フフッ、なかなかやるじゃねぇか…それにお前もセルシウス様の御加護…氷の力…いい感じじゃねぇかよおおぉぉッ!!」
「キャッ!な、何!?」
「オラオラァ!ヒャハハハ!!氷の蛮族であるオレがコイツをぶっ壊すところ、見ていてくれよ!!!セルシウス様ァァァァッ!!!!」
「ば、蛮族なんだ…それにさっきよりも力が強くなってる…ど、どうしよう…」
カタリナの彩りの力を受けたヤチェは怯むどころか氷の力にセルシウスの姿を見ることでより一層昂り、更に狂気に囚われていく。目の前の敵軍大将であるカタリナを食らわんとする蒼玉の蛮族は破壊衝動を剥き出しにして襲い掛かった。
「姉貴…だ、大丈夫かな…?」
「いよいよ化けの皮が剥がれたってところかな…アイツ、北方の蛮族だったんだね…」
「そうさね、エレンのお嬢。まあ、人類さえあれば蛮族は形成されるからね。人の文明があるところに蛮族ありだよ!」
「彼女から凄まじい狂気を感じる…氷の精霊セルシウスの加護に過剰に心酔しているわ。自分自身をセルシウスの姿に投影して、代行者という名目で同一視しているのね」
「人間である自身と精霊と同一視するなんて…天地の理さえ見えぬとは、哀しき方ですね…」
「そうだな、バラキエル。増長している奴ほど滑稽な者はない。カタリナもそんな奴に負けはしないだろう」
アヌビスの言葉に皆が頷くものの、現実は甘くない。昂るヤチェの剛剣は瞬く間にカタリナを追い込んでおり、戦局は劣勢と言わざるを得ない状況だ。
「うおぉらあぁ!!」
「キャアアッ!!」
「ハァ…お前、美人じゃねぇかよ…セルシウス様と…同じくらい…」
「や、やめて…!」
「そう怖がるなよ。殺したりしないからさ…オレが一生愛を注いでやるから、一緒に幸せになろうな…」
蹴倒したカタリナが横たわる姿を間近に見つめ、ヤチェのサファイアブルーの紋様が妖しく煌めく。カタリナが気付いた頃にはサルビアと同じように体が凍り付き始めていた。
「ギギギッ!あの野郎、カタリナも凍らせる気ぞなもし!!」
「スラッジさん、ダメです!わたし達が手を出したらカタリナさんが…このチームが反則負けになってしまいます!サルビアさんもカタリナさんもそんなことは望んでいません!」
「んなこたぁ言われなくてもわかってるぞなもし!けんど、サルビアがあんな目に遭わされたのを見て、黙って見てらんねぇぞなもし!」
「スラッジさん、私達はカタリナさんを信じようよ。ソフトボールだってゲームセットまで何が起こるかわからない。大丈夫だって信じなきゃ!」
「アイラ…そうだな。カタリナ、あっしらが信じてるぞなもし!負けんなよ!!」
仲間達の願いも虚しく、蒼き冷気はじわじわとカタリナの体を凍てつかせていく。全てが蒼き冷気に閉ざされ、最早これまでか――と皆が思い始めた頃――
カタリナの体が氷に包まれ、心さえも凍てつき始めた刹那、何者かがカタリナの心の中に語りかける。落ち着いていながらも凛々しさを帯びた女性の声だった。が、声はすれども姿は見えず――体が凍り付き始め、焦りが滲んでいたカタリナは自身の胸に響く声に必死に耳を傾けた。
『我よ。我が彩り、我が冷気を分かちし者よ…心して聞きなさい』
「こ、声が直接心に響いてくる…!?貴女は!?」
『我はセルシウス。汝ら氷の彩りの力を統べる者、と言っておこう』
「セルシウス様…私、サルビア、スラッジ…そして、ヤチェの…彩りの力を…統べる精霊!?」
『うむ、左様。さて、汝に仇為す彼の者…ヤチェは己自身と向き合わず、我が力のみを依り代としておる。それは汝ら彩りの戦士として在るべき姿ではない。己が意思を以て立ち向かい、己自身の意思で体現してこそ、彩りの力は真に発揮されるのだ!』
「自分自身の意思…わかりました。私自身の力で…私自身の意思で、ヤチェにそれを教えます!そして、私の仲間を救ってみせます!」
『ああ、任せたぞ。我が彩りを受け継ぎし者…カタリナ・ランパード…いつの日か会おう!』
カタリナは自らの力を統べる氷の精霊セルシウスの想いを胸に燃やしながら、器によって姿を変える氷のようにしなやかでありながら岩のように堅牢で鋼のように強固な意思で立ち向かう決意を固める。それに合わせてカタリナの体を包み始めた氷に亀裂が走り、粉々になって砕け散った。
「ぐわっ!バ、バカな…何が起こったというのだ!?」
「…今、セルシウス様が私に言ったの。貴女に自分の力で戦うことを伝えろって!」
「なんだと!?貴様にセルシウス様の何がわかる!?」
「セルシウス様は優しい方で、貴女を心から気にかけてくださっていたよ。だからこそセルシウス様に執着しないで、自分自身の力で道を切り開いてほしいって心配していたんだよ!?本当にセルシウス様を愛しているなら、その想いに応えなきゃ!」
「黙れ!御託を並べてる暇があるなら、かかって来やがれ!セルシウス様の力でぶっ壊してやるからよぉ!!」
ヤチェは荒々しくカタリナの懐に飛び込み、氷の刃を打ち据えるように乱暴に振るう。が、先程とは一転してカタリナが攻勢に立ち、蒼き蛮族ヤチェに毅然とした意思を以て立ち向かっていった。
「えぇい!やあッ!!」
「グッ…!図に乗りやがって…!!」
「行くよ!アイスカッター!」
「何ッ!?そ、そんなバカな…!!」
「私はセルシウス様じゃない…でも、だからこそ、セルシウス様は私に力を貸してくれる!貴女にだってそうだよ!貴女は貴女、セルシウス様じゃない!」
氷の精霊への執着からヤチェを解き放つべくカタリナの全身を青き彩りが包み込む。自分自身の彩りと敵対するヤチェの彩り――氷の彩りの母なる精霊セルシウスの想いを刃に込め、精一杯に振り切っていった。
「振るうは凍てつく零度の刃!グラキエース・スラッシャー!!」
「がああぁぁッ!!」
「そこまで!勝者、カタリナ選手!この試合、カタリナ軍の勝利!」
『うおおぉぉ~ッ!!』
遂に雌雄が決し、スタンドから注いだ熱気がアリーナに立ち込めた妖しい冷気を一気に吹き飛ばす。蒼き蛮族ヤチェが倒れ、氷の牢に閉じ込められたサルビアは程無くして解放された。仲間達が大将のもとに駆け寄るが、カタリナは治癒の力を解き放つべく、優しい彩りを紡いでいた。
「やったぁ!カタリナさん、サヨナラホームランでゲームセットだね!」
「ありがとう…みんな、少し待ってて…ファーストエイド!」
「うう…な、何故?何故オレの傷を治した?」
「それは…私にとってヤチェも大切な“仲間”だって思ったから。それじゃダメかな?」
「仲間、か…でも、オレはセルシウス様の力がないと足手まといだ…自分は自分ってカタリナは言うけど、そんなこと――」
「そんなの関係無い。私は…私達は貴女という人と一緒にいられたらそれで良いんだよ。同じ氷の彩りを持って出会ったヤチェのこと、すごく愛しく想うんだ…ヤチェ、大好きだよ♪」
「…!!」
カタリナの裏表のない無条件の愛情に満ちた言葉を受け、ヤチェは目を見開く。共に戦う4人の仲間達もカタリナへの信頼を次々に口にしていた。
「はぁ…優しいなぁ…私達が頑張れるのってカタリナさんがマネージャーさんみたいにチームを支えてくれるからだよね!」
「はい!カタリナさんはとても優しくて、いつもみんなのことを気にかけてて…わたしもカタリナさんの優しさに何度も助けられています!」
「カタリナは料理上手だし、傷を癒してくれるし、みんなの母親みたいな存在ぞなもし!カタリナがいるから、あっしら彩りの戦士は思い切り戦えるぞなもし!」
「そうね。カタリナは彩りの戦士としての誇りと共に優しさという強さがある。貴女が愛するセルシウス様もきっとカタリナみたいに強くて優しい方なのね!」
「ヤチェ、同じ氷の彩りの戦士として、気持ちはいつも一緒だよ。セルシウス様の代わりにはなれないかもしれないけど、私達が見てるからね…」
「くっ…う、うう…うわああぁぁッ…!!」
「ヤチェ…よしよし、大丈夫だよ。私が側で見てるし、セルシウス様も見ててくれるからね…」
ヤチェは自分自身ではなく、カタリナに自らが心酔していた精霊セルシウスの姿を見出だし、泣き崩れた。カタリナは蒼き蛮族ヤチェを優しく受け入れて包み込む。優しさという名の強さが闘技場に満ち溢れ、暖かい拍手が包み込んでいた。
To Be Continued…