第117話『蛮勇闘技~vol.7~』
シリーズ第117話目です。どうぞお気軽にご覧くださいませ!
ビンニー国の闘技大会に心に1つにして挑む一行。荒くれ者の集うエレン班の大将エレン、対する敵軍は大将ベラハ――両軍の大将同士が相対する。更に驚いたことに敵軍の大将ベラハはコチニールレッドの紋様を持つ彩りの戦士であった。奇妙な得物“操虫棍”に寄り集まるコチニールレッドの蟲達を巧みに操り、エレン班の副将を務めるテラコッタの赤き騎士ランタナを一切の情け容赦無く嬲り、打ち倒していた。
「さ~て、大将さんのお出座しだね!アタシのペット達と一緒に相手してやるよ!」
「アンタ、よくもやってくれたね!ランタナの敵、討たせてもらうよ!」
「まあまあ、あまりカッカしなさるなよ。泣いても笑ってもアタシとアンタの勝負で白黒着いちゃうんだからさ、互いに後悔のない戦いをしようじゃないか!」
「…それもそうだね。悔いのないように…アンタを叩き潰す!!」
「ありゃりゃ、熱い目しちゃって……そんじゃ、こっちも負けずに燃えるとするかねぇ!」
蛮勇を誇る荒くれ者達を統べる大将エレンは闘志を赤々と燃やし、毅然とした姿勢でベラハに立ち向かっていく。旅に出る直前に故郷ロアッソの武器屋で買った得物の斧はすっかり使い込まれ、エレンの手に馴染んでいる。最初にモニカ、アミィ、クレア、テリーと共に故郷ロアッソをゴブリンの軍団から守った時は新品だったが、未だ旅路は半ばであるにも拘らず既に年季物の風格を漂わせている。今は遠く離れた故郷から旅路を共に歩み続ける“相棒”を携え、目の前に立ちはだかる脅威に臆することなく立ち向かっていった。
「ええいッ!!」
「おっとっと、ほいっと~!」
「うらああぁぁッ!はああぁぁッ!!」
「おお、熱い熱い!ヘタすりゃ先にこっちが火傷させられそうだ!良いねぇ、こっちも更にヒートアップ出来そうだよ!!」
灼熱の炎のように荒々しく襲い来るエレンの猛攻に対しベラハは全く動じる様子がない。言葉では闘志が昂るように言っているが、表情は間違いなく平静を保ったままだ。コチニールレッドの敵軍大将は得物の操虫棍を振るうが、蟲達は主人であるベラハの周りを気ままに漂っている。エレンの力量を見定めるべく牽制しているのか、あるいはこれも全て手の内なのか、ベラハの焦らすような振る舞いにエレンは次第に苛立ちを募らせていた。
「これはこれは……さすがは大将さんってところかな!」
「アンタ、煮え切らない奴だね……いつまでもグダグダしてないで、いい加減に覚悟を決めたらどうなの!?」
「まあまあ、そんなに焦らなくたって良いじゃない?これから気が済むまで味わわせてやるよ……嫌だって言うまで……ううん、嫌だって言っても止めない。アンタを骨の髄まで食い尽くしてやるよ!!」
俄に沸き立つベラハの闘志に呼応するようにコチニールレッドの彩りが怪しい煌めきを放つ。ベラハが全身に妖気を纏いながら操虫棍を振り上げると、コチニールレッドの大群が主であるベラハの頭上に集合し、騒がしい羽音を鳴らしながら剥き出しの闘争本能をギラギラと燃やす複眼の双眸をエレンに向けていた。
「さ~て、そろそろ仕事の時間だよ!ブルチャーラ・スウォーム!!」
(来る…コイツらがランタナを…!)
「おっほほ~♪アンタ随分と露出の多い服装だね!“どうぞ食ってください”って言ってるようなもんじゃない!望み通り食い尽くしてやるから、覚悟してな!」
「そうはさせないよ!ファイアボール!」
エレンの赤き彩りの力が自身に向かって飛び掛かるベラハのコチニールレッドの彩りを焼き尽くす。炎に包まれた彩りの蟲は力なく地面に落ち、煙をあげながら静かにその場に踞った。
「フフン、どうよ?虫なんて焼き落としてしまえば問題無し!もうこれでアンタの好きにはさせないからね!」
「ふぅ~ん…そうかい…果たしてそう簡単にいくのかな?」
コチニールレッドの彩りの蟲が生命の息吹を絶やすことなく灰の中で蠢く。ベラハに付き従う蟲は息絶えるどころか寧ろ赤々と燃える炎を糧として更に活力を増進しているように見える。外殻の甲冑だけを焼いた灰の中から飛び出す様相は蛹から羽化した成虫のようにも見えた。
「も、燃えてない!?どうして……!?」
「フフッ、そりゃ当たり前だ。この子達は焼かれることのない炎の虫さ……アタシはアンタと同じ炎の精霊イフリートの加護を受けた彩りの戦士だからね!」
「炎の精霊、イフリート……!?」
炎の精霊イフリート――自分自身とベラハの力を司る精霊の名を耳にしたエレンは息を呑む。対照的にベラハは得意気に笑みを浮かべながら言葉を続けた。
「ああ。アタシの故郷のガリバルディ国は溶岩の台地に造られた火山地帯の国でさ、イフリートはすごく身近な精霊なんだ。ガリバルディ火山の噴火口の最奥部にはイフリートの祀られている炎の神殿が建っているんだよ!」
(か、火山の噴火口!?私もいつか精霊の試練を受けることになると思うけど、よりによってそんな危険な場所だなんて……)
「おっと、戦いの最中なのにお国自慢しちゃったね。まあ、アンタもイフリートの加護を受けた戦士なら、それに恥じないくらいに……もっともっと赤く熱く炎を燃やしてみせろ!」
「それなら望むところだよ!!私は熱さ比べなら誰にも負けない!!ベラハ、アンタも燃え尽きさせてやるからね!!」
エレンはベラハの赤き彩りに呼応するように闘志を赤々と燃え上がらせる。炎の戦士としての熱い心と得物の斧を携え、勇猛果敢に振るう姿は自身が束ねている荒くれ者達を彷彿させた。
「フレイムアックス!!」
「うおっ!?チッ、こうなりゃ一度距離を取って――」
「逃がさないよ!ロアッソフレイム!」
「全員集合!守れ!」
「そ、そんな!?炎をかき消すなんて……!」
「ふぃ~……かすっただけでもかなり熱い炎だね!!コイツはヤバいや……」
「間合い取るなんて、随分と弱気なんじゃない?私と同じイフリートの戦士さん、逃がさないからね!!」
「おっと、そうはいかないよ?それにこれも作戦の内、迂闊にアタシに近付いたらアンタの体は虫食いの穴だらけになっちまうよ。この子達はさっきからアンタを食いたくてウズウズしてるんだからね!」
(クッ、確かに危険だけど……なんとかして懐に飛び込みたいな……近付いて一気にカタを付ける!!)
(こりゃ近付かせるわけにはいかないねぇ……離れた位置からゆっくり楽しむとするか……)
懐に飛び込んで一気に畳み掛けたいエレンと距離を取ってじっくりと攻めたいベラハ――互いに有利な間合いを掴むべく腹の内の探り合いが始まる。緊迫感に満ちた心理戦を観衆は手に汗を握りながら見つめていた。
「むむむ…エレン、苦戦しとるのう…大丈夫じゃろうか?」
「ベラハさんはご自分の有利な間合いを保とうとしているのですわね……熱いだけでなく、綿密な策もお持ちとは……手強い方ですわ」
「ハッ、攻撃も防御もムシっ子に任せて自分は手を汚さねぇってかい……あたいはこういう奴は気に食わないねぇ!」
「良いなぁ、炎の虫……餌は何を食べるのかな……?」
「リデル、論点がズレてるぜ……あのベラハって奴、一筋縄ではいかない相手だよな……」
「リタ、大丈夫です。エレンはどんな逆境も熱い心で跳ね除ける強い人です。ロアッソからずっと私は見ていました。エレンなら必ず勝てます!」
「…そやな、モニカ姉ちゃん。エレン姉ちゃんは負けへん、負けへんで!」
旅路の第一歩をエレンと共に踏み出したモニカとアミィは確かな信頼を口にする。エレンの勝利を信じる仲間達が見守る中、遂に戦いが動き出す。先手を打ったのはエレンだった。左手の赤い紋様が煌めき、彩りの炎を紡ぎ出していった。
「ファイアボール!!」
「フン、避けるまでもない!守れ!!」
「そこだッ!フレイムアックス!!」
「よっしゃ、いただき!ブルチャーラ・スウォーム!!」
「クッ……!!」
「よっしゃあぁ!もらったぁ!これで決まりだあぁぁッ!!」
「あわわわ…エ、エレンが…!」
「エレンのお嬢……!!」
遂にエレンはベラハの操るコチニールレッドの蟲の贄となってしまった。自らの彩りの力を司る炎の蟲が群がり仇なす者を食らう光景を目の前で見届けたベラハは勝利を確信したのか構えを解き、嘲るような高笑いをしてみせた。
「ヒャッハッハッハ!!最後は随分と呆気なかったな!?まあ、アンタはアタシのペットの餌になれるんだ!同じ炎の戦士として有り難く思うんだな!!ギャハハハハ!!」
「エレンお姉様…なんてこと…」
「ランタナが耐えられなかったのだ…エレン殿の胆力でもこれは…」
「いや、様子がおかしいのである!虫達がエレンさんの体からポロポロ落ちていくのである!」
「エレン…何をしたんだ!?」
「ふう~、危ないところだった……さ~て、どこの誰がアンタのペットの餌になるって!?」
「な、なんだと!?まさか食われてもいないなんて……!!」
予想外の光景にベラハは目を疑った。仲間達や観客がざわめく中、エレンは何事も無かったかのように平然と立ち上がる。虫達に噛まれた形跡はおろか、火傷の痕も着けられていない。闘技場に集いしエレン以外の全員が思わぬどんでん返しに驚きを隠せない。驚きが渦を巻く中、エレンは屈託無い表情でニカッと笑ってみせた。
「噛まれてから傷が付けられるまでのコンマ何秒かの間だね……私の祝福の証にこの子達の気を急いで一気に集めて、炎の彩りの力を取り戻した、ってところかな♪」
「な、何だって…どういうことだ!?」
「だってこの子達、さっきは私の炎で強くなったんだもんね……貸したものはきっちり返してもらったよ!!」
「な、な、何ぃ!?馬鹿な…馬鹿な…!!」
「覚悟しなよ!そぉら!オラオラアァッ!!」
「うげえぇッ!!」
「オラァ!オラオラオラオラァッ!!」
「グッ!うぐうッ…!!」
『おおおぉぉぉ~……!!』
エレンは狙い通りに懐に飛び込み、一気呵成とばかりに畳み掛ける。赤い紋様が燃える左手で得物の斧を振るうだけでなく、右手の拳を握り締めて殴り、脚を振り上げて蹴りを見舞う――輝きながら燃える炎の演舞は観客の心さえも熱くヒートアップさせた。
「舞い上がれ、真紅の爆炎!舞い踊れ、灼熱の業火!ロアッソブラスト・ファイアダンス!!」
「うっぎゃああぁぁッ!!」
「…そこまで!勝者、エレン選手!この試合、エレン軍の勝利!!」
『うおおおおおぉぉぉ~ッ!!!!』
大歓声が包む中、勝利を掴み取ったエレンは再びニカッと笑い、拳を突き上げる。エレン班の仲間達が歓声の中をくぐって大将のもとへ駆け寄り、共に喜びを分かち合った。
「エレン!良かった……ホントにもう、ヒヤヒヤさせるんだから……変に無茶するところは旅する前から変わってないね……」
「エレン姐さん、さすがッス!このロビン、エレン姐さんに一生着いていくッス!!」
「エレン様、お見事です!この美しい勝利、客席で待つ皆様もお喜びでしょう」
「素晴らしい戦いだったよ、エレン。こうして一緒に戦えてとても嬉しいよ……ありがとう!」
「エイリア、ロビン、ジーリョ、ランタナ……ありがとう。みんなで掴んだ勝利、私もとても嬉しい!よ~し、みんな、勝鬨をあげるよ!!」
『おおおぉぉぉ~ッ!!』
大将エレンの号令で荒くれ者達が雄々しい勝鬨をあげる。勇ましく勝鬨に闘技場は喝采に包まれた。エレン班の勝利はまだまだ戦いに挑む一行の背を押し、熱く鼓舞していた。
To Be Continued…